第30話:うまい酒を片手に
「斯くして、竜種まで現れた魔物の大暴走は、謎の魔法使いの手によって終息を迎えた。いったいあの魔法使いは誰なのか、敵か? 味方か? あるいは……!? んんんんん!! 素晴らしい幕引きだなぁ!」
「おにいさんどうしたの?」
「おっと……ンンッ! 何でもないよリップちゃん」
『安らぎ亭』の部屋の中で一人で演劇のように喋っていると、いつの間にか扉を開けて立っていたリップちゃんに見られてしまった。
こう、一人でいるときのハイテンションを人に見られるのってたとえ相手が理解していない7歳児であっても恥かしいものだよね。
こてーん、と首を傾げているリップちゃんに何でもないよと笑って答えた。
ちなみに
リップちゃんに見られた仮面とローブについては、両手いっぱいのお菓子を犠牲にして二人だけの秘密にしてもらうことになった。
こういう小さい子って、秘密とか大好きだからね。
……なお、何故か秘密にしていたことが次の日には広まっていた小学生時代。
油断はしないようにしよう。
「それより、どうしたのかな? もう、眠たくない?」
「うん、いっぱいねたよ」
てててて、とリップちゃんが俺のところまで来たため、何か用なのかと目線を合わせる。
そんな彼女に「どうしたんだい?」と聞く前に、リップちゃんの顔が近づいて俺の頬にやわこいものが当たった。
「?」
「えっとね……たすけてくれてありがとうの、おれい! おかあさんがおとうさんにしたらよろこんでた!」
「oh……」
東山東里(25)、この度リップちゃん(7)からお礼のキッスをいただいてしまった。
まぁ子供のすることだし、挨拶みたいなものだろう。リップちゃんも見たことあるのを真似しているだけみたいだ。
だからね、親父さん。
ドアの隙間からハイライトのない目で包丁を手にするのはやめた方がいいと思うんだ俺!
口パクで「コ ロ ス」もリップちゃんの教育に良くないと思うんだ俺!
「おにいさん、あのね」
「……ん? お、おう……ま、まだなにかあるの……?」
「リップ、おおきくなったらおにいさんとけっこんする!」
それからの親父さんのことを、俺は恐ろしくてとても語る気にはなれなかった。
リップちゃん、恐ろしい子。あれは将来魔性の看板娘だわ。
◇
竜種の出現、および魔物の大暴走の発生から三日が経った。
あれだけの事態であったにもかかわらず、ボーリスの街はいつも通りの日常を送っている。
地竜については調査した結果、以前の地竜の番であると予想がされている。以前のが雌の個体で今回が雄の個体だったらしい。
一応ギルドが調査に出した星5つの斥候が『帰らずの森』で地竜の物と思われる巣を発見したとのこと。卵はなかったが鱗が多数発見されたそうだ。
まぁそんなわけで。
結果的に見れば、被害は魔物の大暴走に多数の怪我人を出したことと、東の城壁の一部が崩壊したことのみ。幸運なことに、死者は謎の魔法使いのおかげで出ていなかった。
謎の! 魔法使いの! おかげで!
むしろ、魔物の素材回収で今のギルドの解体所はフル稼働中なことに加えて、受付の人たちもあの魔物の大暴走の後処理などですっごく忙しそう。
そして今回の魔物の大暴走についてなのだが、最初は原因として謎の魔法使いの名が挙がっていた。
まぁ正直な話、あんな場面で登場するのだ。疑われても仕方ないだろう。
だがそこで待ったをかけたのがギルドマスターと『白亜の剣』のアイシャ・ガーデンだった。
ギルドのトップと星6つの彼女の言葉により、改めて元凶を調査。
その結果、イーケンス達の名が挙がったという。
森の調査に赴いた冒険者が、魔物に食い散らかされたであろう死体を発見し、それが星5つの冒険者『王蛇』イーケンスとその手下であった冒険者たちの物であると結果を報告。これは直前で配下の一人であったアロウが森への依頼を受けていたことからも明らかとなっている。
あの時、アロウが俺を騙すために一人で受注しに行ったことが俺の身を救う(俺も森にいた的な意味で)ことになるとは思わなかったな。
そしてその傍らにあった木箱から魔道具を発見。それが国では違法とされる『魔暴走の灯』であることから今回の魔物の大暴走はイーケンスらによって引き起こされたということになった。
もっとも、竜種まで引き寄せる効果はないはず、とのことなので竜種の出現と魔物の大暴走は別の事件として扱われることになったが。
よって、イーケンス達の罪状はあくまでも魔物の大暴走を引き起こした事のみとなっている。死んでるけど。
「なぁなぁ、聞いたか――」
そんな話が出る中でも冒険者たちはいつも通りで、依頼を受け、報酬を受け取り、暇そうなやつらはギルド内で酒を飲みながらダラダラと過ごす。
ただ一つだけ、そんなおしゃべりな冒険者たちが口にするのはどこもかしこもただ一つ。
「ああ、黒いローブに仮面の魔法使い……いったい何者なんだろうな……」
「何でも、元宮廷魔法使いって話だぜ? 強すぎて疎まれたからやめたって話だ」
「はぁ? どこ情報だよそれ。勇者の末裔に決まってんだろ。竜種を倒せる奴だ。そうに決まってる」
「どっちも人伝じゃねぇかよ。まぁいい。ここは俺が真実を話してやろう。あの魔法使いは――」
「……ムフッ」
きっと第三者が見れば完全に不審者な笑い声をかみ殺す。
近くで飲んでいた冒険者たちがうわぁという目を向けて離れていくが気にしない。
「(んんんんん!!!! さいっこうの気分だなぁ……!!)」
どこもかしこも、俺の……謎の魔法使いの話題で持ちきりだった。
たいっへん気分がよろしい。顔には出さないが、内心では呵々大笑だ。
これぞ俺の求めていた光景。求めていた名声。
誰もかれもが俺の話をしている。
「(これだけで、転生した甲斐があったというもの!)」
あれは誰なのか、いったいどこから来たのか、以前は何をしていたのか。
ありもしない憶測が飛び交い、それがあちこちで否定され、そしてまた新たな噂が生まれて尾ひれが付いていく。
中にはちょっとそれどこからきたんよ、と笑ってしまいそうになる噂まであった。
改めて言おう。
たーのしー!
「あ、店員さん」
「あ、はい! ご注文ですか?」
ムフフ、と笑みを浮かべていた俺は、一度落ち着いて表情を戻して店員さんを呼び止めた。
「いつものジュースですか?」
「いや、今日はちょっとね」
そういって注文を伝えると、店員さんは「かしこまりましたー!」と笑顔で応えてくれた。
そして「お待たせしましたー!」と運ばれてきた木のコップからは、いつものジュースとは異なるアルコールのかほり。
これこれ、とそれを手にした俺は、周囲の冒険者たちの噂話に耳を傾けながらグイッと呷った。
当然ながら、この世界における酒はあっちで飲んでいた安酒にも劣る。
「……カァァァァッ!! うまいっ!」
だがしかし、転生してから初めて飲んだこの美酒の味を、俺はきっと忘れないだろう。




