9 なりみちに みちしんすれは ほとけなる
翌朝、博頼は忠塘と共に食堂にいた。
簡素だが、火嶺郷の豊かな山の幸を使った朝餉を食べていると、
導師の道弾が入ってきた。
「ご機嫌麗しゅう、北条内記様」
「ご厄介になっております」
博頼は軽く礼をする。
「昨日は進展はありましたかな?」
「葦里少監殿と菊理殿のおかげで、様々なことを知りました。
語りの間も拝見しました」
「ほう、語りの間に行かれたのですな」
道弾は静かに頷く。
「非常にかむさびた場でございました」
「それは、それは。して、本日はいかがされるので?」
「引き続き、書庫で調査を。
できれば灯語寺の成り立ちなどを知ることができればと思うのですが」
博頼は、寺院の歴史と大君の治との関係を探りたいと考えていた。
「それならば、午後より身が空いておりますので、蔵を案内しましょう。
そちらに縁起絵巻の写しがあったはずです」
道弾の提案に、博頼は深く頭を下げた。
「恐れ入ります」
こうして、灯語寺の歴史を探ることになった。
小昼をとった後、博頼一人、道弾に従い、本堂の裏にある蔵に向かった。
菊理は家の用事が、忠塘は大宰府へ経過報告の書をしたためたいとのことだった。
二人で歩く。道すがら道弾が博頼に尋ねる。
「内記様はこれまでに大宰府に来られたことは?」
「いえ、此度が初めてでして」
「さようか。さらば藤原と四つ郷の関係はあまりご存じでないか」
「関係が深そうとは思いますが」
「ははは。しかり。されど本当に関係が深いのは根深郷と葦里氏だけです」
「それは興味があります」
「ようやく少監様の目がなくなりましたからな。ぜひ、お話ししましょう」
道弾はそう言って、口元に静かな笑みを浮かべた。
彼は、博頼が単なる文書調査官ではないこと、
そしてこの地の「語り」に関心を持っていることを見抜いていた。
道弾は、蔵の重い扉を開け、博頼を中に導いた。
中は涼しく、古文書の香りが満ちていた。
道弾が棚から比麗山灯語寺縁起絵巻の写しを取り出す。
蔵内に設けられた書見の間に移り、道弾が美しい色彩の絵巻を広げる。
そこには比麗山灯語寺に仏がどのようにしてたどり着いたかが、文章と絵で解説されていた。
その中に道信、忍壁首成通という名と、寺院が建立される様子が出てくる。
「この道信殿と忍壁首殿というのは?」
「道信様は、この比麗山を始め、四つ郷の寺院の開祖と伝わっております。
はるか四百年も前のことです。忍壁首様は都から遣わされた方で、
道信様のお心を深く理解し、寺院建立に尽力されたとか。その後、四つ郷を広く治めたと伝え聞きます」
「それでは、この忍壁首様が、畏れ多くも大君の代わりに今の四つ郷をお造りに?」
「いえいえ、そうではありません」
そう言って、道弾は書架の方に行き、一冊の書を持ってくる
「それは?」
「語りの間をもつ、ここ灯語寺に伝わる忍壁首様が書かれた史籍です。
我々は密かに真の歴史書と呼んでおります」
怪しげに道弾が微笑み、どうぞとばかりに文机に置く。
博頼は訝しがりながらも、ゆっくり書を開く。
そこには、ときの王権、ヤマトに対し、火嶺を筆頭に四つ郷が反旗を翻したことが記されていた。
この内容は真峯命御縁記の内容と一致している。
ただ、そこに小さく注釈が付いている。
『まことは蘇我と葛城の争いなり。火嶺はただ巻き込まれ、戦となる』、
『真峯様は四つ郷を滅することを望むが、不肖成通の謀にて平定す。替わりに根深をヤマトと融和す』
博頼は目を見開く。
葛城。
それは、博頼の母方の血筋が関わっていたという衝撃的な記述であった。
そして、その争いを解決したのが、忍壁首成通であるという。
「こっこれは」
「この出来事は史上では、四つ郷の役と呼ばれています。
しかし本当はヤマト王権内での争いだったのです。
今の天皇家と藤原家のように……」
道弾の口から語られる真実は、生々しい権力闘争の歴史であった。
まさか葛城が絡もうとは、博頼は混乱した思考を整理しようとしながら、
一番知りたい核心に触れる問いを口にした。
「……藤原と根深のつながりとは?」
道弾はゆっくりと座して、改めて語り始めた。
「役のあと、四つ郷はヤマトに臣従します。
その証として、根深郷の葦里氏はヤマトより姓と名を授かることになります。
それが葦里首和土尊。
それ以後、葦里氏は中央貴族との結びつきを強くしていくことになるのです。
承平天慶の乱の話を少監様より聞かれましたかな?」
「それをきっかけに一族が都に進出したと」
「都に出たのはそうですが、そもそも乱で活躍したのは藤原一門の推挙があったからです。
この時点で天皇家より藤原家の方が権勢があったものですから。
藤原家が四つ郷に目をつけたのですよ」
「ふうむ」
「ヤマトは四つ郷を取り込むつもりでいた。
しかし道信様と忍壁首様はそれを阻止した。
ヤマトの勢力であるお二人がなぜそのようなことをしたのかは分かりません。
その後、ヤマトは葦里氏を足掛けにして、四つ郷を支配する計画だったのでしょう。
それが途中で藤原家のものとなったということです」
「むむむ。私ごとき一介の役人には過ぎたる話のようだ」
「ははは。まあ気負いなさるな。内記様には史実を知っていただければ十分です。
拙僧も今の四つ郷の状態をどうこうする気はありません」
道弾は静かに微笑んだ。
博頼は、都の師時少輔が探る「古文書」の真の価値、四つ郷を支配する大義名分をようやく理解した。
それは良いが、対して今目の前にある真の歴史書、この存在は危うい。
「さっ、博頼様。そろそろ日が暮れてきたようです。これまでにして、宴に参りましょう」
「……さようですな」
道弾に導かれて、博頼は庭園へと移動していく。
ひとしれす ふみしるされぬ まこととは
しるすへのあと たすねゆくかな
(人に知られず、紀(歴史)にも記されていない真実とは一体どんなものだろうか。それを知るための方法を私は探し求めていく)




