8 ちをつきつなく よつのきすなを
強烈な体験を終え、三人は本堂の方へと戻った。
博頼は、先ほどの光景が頭から離れない。
(あれは何だったというのか?自分が大学寮で学んできただ知識では説明できない、
信じがたい出来事だ。幻影を見せられたのかもしれない。しかし、肌で感じた炎の熱気、
そして「久玖里様」と菊理殿との対話は、現実であったとも思う)
博頼が思考に沈んでいるうちに建物が近づいてきた。
中に入り、書庫に隣接する休息用の部屋に、博頼と忠塘は腰を下ろした。
菊理が口を開く。
「もう日も暮れていきますね。酒でもご用意いたしましょう」
「ありがたや」
忠塘が感謝し、博頼も頭を下げる。
菊理の酒の準備を待ちつつ、博頼は向かいに座る忠塘をみて、問いかけた。
「葦里少監殿」
「何か?」
「語りの間と申しましたか、あれは少監殿の郷にもございますか?」
「根深には……もはやありません」
忠塘の返答に、博頼は眉をひそめる。
「もはや?」
忠塘が続ける。
「かつては四つ郷、すべてに語りの間と座がありました。
火嶺に火座、水守に水座、
羽根に風座、そして根深に土座。
四つ郷にそれぞれ語り部がおり、土地の記憶を引き継いでいたのです」
博頼が知的好奇心に導かれるままに頷く。
「さすれば何故、今は火嶺に全てがあるのです」
「そっそれは……」
準備を整え、酒を運んできた菊理が、その問いに応える。
「大君による治にございます」
「……」
菊理の一言は、四つ郷の支配が、都の政治的な力によって決定づけられたことを示唆していた。
博頼は政に近づきたくないという思いから口を閉ざす。
「それよりも北条内記殿。明日の宴が楽しみですなあ」
忠塘が、重い空気を振り払うように強引に話題を変えた。
博頼もその意図を汲む。
「しかり。そういえば道弾殿は筑紫三笛の一人と言われたが、他の方はどのような方なのです」
忠塘は博頼が話題に乗ってくれたのを嬉しく思い、応える。
「筑紫の三笛は、四つ郷の三寺院に伝わる秘技の笛の音を意味しますのじゃ。
すなわち火嶺の灯語、水守の水源、羽根の翔蓮。
いずれもこの世のものとは思えぬ、楽の極地ですぞ」
博頼は、再び四つ郷の要素が三つに絞られたことに気づき、問うた。
「根深の地言寺はなぜ入っていないのでしょう?」
忠塘は「うぐ」と小さく呻き、言葉を選ぶ。
「金剛山地言寺の導師は、都からの藤原の方ゆえ、その……」
「語りの力がないのです」
博頼は、菊理の強い言葉に驚く。
「語りの力?」
「はい。地言寺以外の寺院は、かつて郷を治めていた豪族の血筋を継いでいます。
灯語寺の道弾様は、我が日見氏の姻戚。
水源寺の道鑑様は水実氏、翔蓮寺の道楓様は十森氏の血筋をひいてでございます。
しかし金剛寺は、都の権威をもつ寺院ですので、土地のものは僧におりません」
「そうでございますか。『語り』は土地に宿るものというのですね」
菊理の言葉から、血筋と土地の関係が重要であることが分かってきた。
それが未だに水面下で四つ郷を支配していることも。
「まあ。博頼様、語りに興味を抱いてくださるのね」
よろこぶ菊理。その熱い目線にドキッとする博頼。
都の貴族社会にはない、直情的な強い視線であった。
「まあそんな感じです。ささっ、一献どうぞ」
忠塘が慌てて博頼に酒をつぐ。
博頼は訝しむ。
なぜか分からないが忠塘殿はあまり根深と語りの関係を話したくないようだ。
そのあとは、忠塘と菊理にせがまれて都で今流行るものの話となった。
炉にある火がゆっくりと燃える。静かに火嶺の夜が更けていった。
ものかたり あやしきひのか おとろきて
おもへははるけき みちきたりけり
(不思議な火の側で(人々の)語る話は驚きばかりだ。考えてみれば(都から)遥か遠くの場所に来たものだ)




