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水を読む器  作者: katari
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6 かたりつつ みてらにひひく いにしえのきく

翌朝、夜明けとともに一行は集落を出立した。

ここからは、徒歩にて険しい山道へと入っていく。


博頼ひろよりたちが山に分け入り、嶺郷みねごうを目指す。

風はなく、ただ山の底から立ちのぼる湯気が、白く、静かに空へと昇っていく。

その湯気は、地の奥に眠る火の気配を孕んでいた。


忠塘ただとうは博頼に語る。

嶺山みねさんは、かつて噴き上げた火の記憶を今も抱えています」

「なるほど、まるで神の呼吸のような微かな残響を感じますな」

「なんと、かむさびた表現、見事ですなあ」

博頼の感想に、忠塘は感服する。


一行は、火嶺山にぐっと近づいた台地に広がる草原の奥に歩を進め、やがて火嶺郷へと辿り着いた。

その中心にあるのは、麗山れいざんとう語寺ごじであった。


阿弥陀如来が坐す本堂へと通され、そこで博頼、忠塘と、導師の道弾どうだんが向き合う。


博頼が声を発する。

「お初にお目にかかる。

従六位上行中務少内記(じゅろくいじょうぎょうなかつかさしょうないき)、

北条ほうじょう博頼のひろよりと申す」


道弾は深いまなざしを博頼に向ける。

「北条内記様、遠路はるばるようこそ。

拙僧は本寺を任されております、

従八位上じゅはちいじょう、道弾と申します。

葦里少監様もお変わりないようで」


忠塘がやわらかく微笑み、口を開く

「お互い息災で何よりじゃ。

こちらの北条内記殿はな、じつに風流な歌をお詠みになる。

道弾殿と気が合うはずじゃ」


博頼が少し興味をもつ。

「道弾殿はいずこの教授を?」

「いえいえ、歌は嗜む程度で披露するほどでもありません。

拙僧は楽を少々」


「またまた謙遜を。

道弾殿は筑紫三笛の一人と謳われた名手ですぞ」

忠塘が博頼にいう。


博頼の声が明るい。

「なんと。それはぜひ一聴願いたいものです」

「きっと、よき歌が浮かびましょうぞ」


道弾は朗らかに笑い、博頼と忠塘を見比べた。

「ははは。まあ折角、都からお越しの貴人と出会えたのですから、これも何かの仏縁。

明日の晩はちょうどよく望月。月見の会を準備いたしましょう」

「これはよきかな」


またしらぬ みやうしゆのしらへ これにあり

                みてらのえにし こころときめき


(私がまだ知らない名人の笛の音があるらしい。御寺に導かれた縁にわくわくするものだ)


ひとしきり和やかに会話を楽しんだあと、博頼は居住まいを正した。

楽しき縁とはいえ、公の任務を忘れるわけにはいかない。

「さて、道弾殿。本日は、かしこくも大宰大弐様のご指示で、灯語寺の文書を調査させていただきたい。

このことは権帥様もご承知のことである」

博頼は、都から来た内記としての権威を背負い、毅然とした態度で告げた。


道弾は博頼の真剣な眼差しを受け止めた。

「それはそれは。拙僧に異はありません。

書庫へ案内いたしましょう。誰か?」

導師が声をかけると、奥から一人の女性が現れた。

「はい」


「この者は名をきくと申します。女房として本寺を支えてくれています。

じつは、ここ火嶺郷を治める郡司、日見ひみ氏の娘でして。

灯語寺の古い記録は彼女が詳しいゆえ、案内役をさせましょう」


博頼は、その女性を一目見て、理由もわからず緊張した。

彼女は、都の優雅な姫君とは全く異なる、野性的でありながら、なんとも言えぬ妖気をまとっていた。


「よろしくお願いいたしますわ」

菊理は静かに一礼した。

その目は深く、博頼の心を射抜くようであった。


博頼の動揺を気づかず、忠塘が呑気に菊理へ語りかける。

「おお、菊理殿。久方ぶりじゃな。

日見ひみ主政しゅせい殿は息災かな?」

「ご無沙汰しております、葦里少監様」


忠塘と菊理の間には、地縁があるようだった。

博頼は、菊理を通じて、都の官位とは無縁の、

古の理がうっすらと存在を示し始めているのを、本能的に感じ取った。


「それでは、案内しましょう」

菊理が立ち上がり、声をかける。


その声にはっとする博頼。

「いかがされた?」

忠塘が尋ねた。

「いえ、では参りましょう」

博頼は、何でもないと返すのが精一杯だった。


三人は導師の道弾の前を辞して、灯語寺の書庫へと向かった。

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