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水を読む器  作者: katari
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2 たひちこそ つねなきよには あらわれにけり

翌る日の昼下がり。

のらりくらりと務めを終え、北条邸に戻った博頼ひろよりに、家政を司る家司が声をかけた。

「内記の君。中務省より文が届いております。急ぎの御公務かと」

「うむ」

博頼は、受け取った文をさっと広げ、一瞥した。


彼は静かに文を巻き納め、一言つぶやく。

「出かける」

家司が短く問い返す。

「いずこへ?」

「少輔の君がお呼びだ。邸へ参る」

上司からの直々の呼び出しとはと、家司は厄介ごとにならなければと主人を気づかった。


「畏まりました。ご準備いたします」

「すぐ頼む」

博頼はそう言い残し、一度自室に入る。

文机を前に瞑目する彼の心には、昨夜詠んだ歌がかすかに浮かんでいた。


博頼の家人が訪いを告げ、門の中へと案内された博頼。

見事な回遊式庭園が目に入ってくる。

池に浮かぶ御堂に案内されると、そこにいたのは、一人の好々爺のような人物。

中務少輔なかつかさしょう従五位上じゅごいのじょう藤原ふじわら朝臣のあそん師時もろときであった。


「こっちへ近こう」

「はっ」


「わざわざすまんな」

ニコニコと、師時は人当たりの良い笑みを浮かべる。

「いえ、滅相もありません」


「じつはな、北条内記。ちと頼みがあるのじゃ」

「はっ」博頼は表情を変えない。


「大宰府へ行ってくれぬか?」

博頼の優雅な顔に、わずかに動揺の色が走った。

都から遥か離れた筑紫の地。


「大宰府でございますか。内記の職掌から外れるかと」

「本来はこんなことはないのじゃが。

権帥の君から、古の重要な文書が、大宰府より南に下った地方で見つかったという知らせがきたのだ。

代理のものでは流石に処理するのは無理でなあ。あの方が自分で向かえばいいものを。

都から離れることはできぬと泣きついてこられた」


「大弐の君は?」

「……できれば、有職故実に深い知識をもつものに代わりに確認してもらいたいと畏くも文をいただいた」


無言で師時を見つめる博頼。

「藤原一門はみな都で重要な役目を担っておるので動けん。

されど断れば、博頼、分かるな、主上のお考えが形となろう。

そこで、そなたの出番だ。文書の知識にかけては、そなたが省内でとくに優れているときく。

頼めるな?」


「……しかと承りました」

「なに期間は、ほんの一年。大宰府から帰るころには位をあげてやろう。

費用はすべて儂が持つ。よろしく頼むぞ」

博頼は、心の底からの面倒くささを押し殺して礼をし、堂を退いた。


自邸までの帰り道。

牛車に揺られながら、博頼は悶々とする。

明らかに、これは天皇家と藤原家の争いに巻き込まれた形だ。


前の主上と今の主上は続けて藤原と外戚の縁がない。

しかも、今の主上は、譲位のあと院として天皇を助けるという。

藤原の力は弱まるばかりだ。

博頼は、藤原の末端で使いやすい。歯止めとして選ばれたのだ。


「大宰府へ赴かん長など、不要ではないか」

ため息をつく。されど思う。旅か。

その費用はすべて師時が持つと言う。ならばそれもありか。

私は、かの道真公ではない。せっかくの旅だ、楽しむとするか。


気を取り直す。

都での穏やかな暮らしを奪われた不満は消えないものの、博頼は旅支度を算段し始めるのだった。

京の流水に背を向け、見知らぬ筑紫へと向かう旅路こそ、常なき世の理を映すものだと、半ば諦め、半ば期待する心持ちであった。


ふりわきて ゆうまにくれぬ たひころも

              つるべおつるを しばしまたなむ


(急に降って湧いた旅で、旅衣の準備をする間に日が暮れていってしまう。秋の釣瓶落としの夕暮れよ、どうか少しだけ待っていておくれ)

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