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水を読む器  作者: katari
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12 ねふかきえにし においたつかな

博頼ひろより忠塘ただとうの一行は、約束通り早朝に火嶺ひみね郷を立ち、南東に位置する根深ねぶか郷を目指していた。

朝日を受けて、神々しい火嶺山ひみねさんを背に受けながら進む。


博頼は、歩きながらしばし思考に耽る。

忠塘が篳篥ひちりきの名手であることを知ったが、これとて藤原との繋がりが強いことの証拠だろう。

楽の奥義は本来、門外不出のもの。忠塘ほどの腕前は、中央の有力貴族の力なくして至れまい。

また道弾どうだんから葛城の血筋と「四つ郷の役」の真実を聞いた博頼は、忠塘に対して警戒心を強めていた。


小休止に入った博頼は、向かいに座った忠塘に尋ねる。

「火嶺でみた記録では、根深は四つ郷の中で、最も古い歴史をもつとありましたが、まことでしょうか?」

忠塘が答える。

「ええ、真偽のほどは定かではありませんが、我々の郷には上代のことを語る伝承があります。

郷ができた順を伝えるもので、根深に人が根付き、つぎに羽根はね、そして火嶺、水守みずもりの順に広がったと」

「ふうむ」


図らずも四つ郷の成立順序という歴史の断片を知った博頼はそちらに興味を取られそうになる。

だが、無理やり好奇心を押し込めて、忠塘の一族が関わったであろう「大君の治」の真相に迫るため、核心をついた質問をする。

「では、なぜそのような古い歴史をもつ根深が、ほかの四つ郷とのつながりが薄くなっているのですか?」


忠塘の顔が一瞬、硬直するのを博頼は見逃さなかった。

博頼は、「根深は語りの力がない」という菊理きくりの言葉から、根深はほかの郷に比べて何かが欠けているのだと推測している。


忠塘は、言葉を選びながら、ゆっくりと答えた。

「それは、その...地言寺は都の藤原様のご縁故で建てられた新しい寺でございますゆえ。

古い伝承よりも、新しい仏の教えを重んじる。それだけのことでございます」

忠塘はそう言って、都の権威を理由に挙げたが、その説明は道弾や菊理が言う「語りの力がない」という真実を覆い隠すための口実であると、博頼は確信した。


博頼は、忠塘の様子から、これ以上根深の過去の真実を直接問いただすのは得策ではないと判断した。

真実は、根深の地言寺に残る書から分かるはずだ。

「さようですか。都の影響は、やはり遠い筑紫にも強く及んでいるのですね」

博頼はそう言って、忠塘への追及をひとまずやめた。


火嶺郷を出立して三日。

博頼と忠塘の一行は、ついに根深郷へと足を踏み入れた。

火嶺の険しい岩肌や、地の底から響くような「語り」の気配とは対照的に、根深郷は緩やかな扇状地に豊かな田畑が広がる、穏やかな土地であった。

しかし、博頼はその平穏な景色の中に、妙な「静けさ」を感じていた。それは、土地が本来持つはずの呼吸が、何か重い蓋によって押さえつけられているような違和感であった。

「内記殿、あれが金剛山地言寺こんごうざんちごんじですぞ」

忠塘が指さした先には、都の周辺にひしめきあっているものと同じ、立派な瓦屋根の寺院がそびえていた。

装飾的な鴟尾しびが西日に輝くその姿は、博頼には見慣れた「藤原の寺」そのものであった。

古き信仰を受け継ぐ火嶺の灯語寺とは、醸し出す空気が根本から異なっている。


ふしいらか みやこにならひ いふるへとも 

              さとをわすれて しかそなきける

(藤原氏の栄華を象徴するような立派な瓦屋根で、都の寺院とも肩を並べるほどに威厳に満ち溢れているけれども、周囲の郷の営みとは切り離され、ああ、寂しく鹿が鳴いていることよ)


寺の門前で来意を告げると、しばらくして一人の役人が家人らしき者どもを引き連れて現れた。

「太宰府よりの検分、お待ちしておりました。私は地言寺を管理しております、大領だいりょう従八位上じゅはちいじょう深藤ふかふじの土実つちざねと申します」


そう名乗った男は、立ち姿から指先の所作に至るまで都の流儀で洗練されていた。

名の「深藤」が示す通り、藤原家との深い繋がりを誇示しているかのようだった。


「従六位上行中務少内記、北条博頼と申します。

わざわざの出迎え、かたじけない」

博頼が名乗ると、土実は微かに口角を上げた。

しかし、その目は冷徹で、獲物を品定めするような鋭さを秘めている。


「なんの、北条内記様。

ここは藤原家の寄進によって成り立つ御寺なれば、その家門にあらせられるお方を丁重にもてなすのも当然のこと。

ささ、本堂へ案内いたしましょう。

葦里少監様もお疲れ様でした。

博多より手に入れたお茶を用意しております」

そつなく案内を進める土実の様子に、博頼は心の中で少し苦笑した。


都の貴族となんら変わらない、慇懃無礼で腹に一物を抱えた独特の空気。

それは筑紫の野生の中に放り出されていた博頼にとって、ある種、懐かしささえ感じさせるものだった。

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