11 かつらきに ふみをつらねて みすもりの
翌朝、昨日と同じように博頼と忠塘が食堂で朝餉をとっていると、
道弾がやってきた。
「お二方、おはようございます」
「昨晩はおもてなしをありがとうございました」
「いえいえ。お粗末さまでした。して、本日のご予定は?」
博頼は、昨日の調査で得た真実の続きを探るべく、予定を述べた。
「昨日と同じく蔵に入れていただけないでしょうか?」
道弾は静かに首を振った。
「それには及びません」
「?」
博頼が問うと、道弾は手に持った書を差し出した。
「こちらに、件の史籍の写しをご用意しました」
「なんと」
博頼は驚くとともに、道弾の信頼に感謝した。
「内記様のことは信頼できますゆえ」
「かたじけない」
「それでは、部屋でさっそく読ませていただきます」
「それでは、拙僧はこれで」
博頼は去っていく道弾に頭を下げる。
道弾は、博頼が「語り」に関心を持つ者であると認め、
「忍壁首成通の書」の写しを渡したのだ。
「良かったですな。して何の史籍で?」
忠塘が何となしに尋ねてくる。
ただし、その目が鋭いことを博頼は見抜いていた。
博頼は、忠塘の警戒を解くように、しかし真実を隠して答える。
「火嶺の歴史書ですよ。
真峯命御縁記との対応関係を確認したいのです」
「ふむ」
忠塘はとりあえず納得したかの顔をしている。
しかし、博頼が知った「蘇我と葛城の争い」や「葦里氏とヤマトの融和」の真相を博頼が知っていることは、
まだ忠塘には隠しておく必要があった。
「ところで、少監殿」
博頼は、次の目的地を切り出した。
「なにか?」
「明日にでも根深郷に参りたいのですが」
「なにゆえ?」
忠塘の目が光る。
博頼は、忠塘が根深郷に関する話題を避けたいことを知っていたが、あえてそこを突いた。
「根深はほかの四つ郷とは少し違うところがあるのですよね。
史料を正しく批判するためにも、ぜひとも地言寺へ参り、伝え残された書などを拝見したい」
「ううむ。まあいずれ必要ならば、後先は関係ないか」
小さく呟く忠塘。
彼は、博頼の調査を止める明確な理由がないことを悟ったようだ。
「いかがです?」
「承知した。明日にでも出立いたしましょう。
根深は徒歩ならば、ここから三日ほどで着きましょう」
「よろしくお願いします」
博頼は、これで「語りの力」を失い、藤原氏に取り込まれた根深郷の秘密、
そして、正史にはない隠された史実に近づけることを確信した。
博頼は食堂で忠塘と別れ、与えられた自室に戻った。
そして、書見台の前で腰を下ろし、道弾から渡された史籍の写しを開く。
そこには、筑前にいる長官の真峯と成通がせめぎ合いを繰り広げた記録がつらつらと書かれていた。
二人の書状のやり取りが記述されていて、臨場感あふれる内容であった。
それによると、やはり真峯は四つ郷を潰したかったようだ。
しきりに軍を送ろうとする真峯に対し、色々な理由をつけて断る成通という図式が延々と続いていた。
いつの世も上官に泣かされる部下がいるものよと、博頼は苦笑いする。
読み進めていた博頼の手が止まる。
それは、散々に催促や脅しを載せた真峯の書状がぴたりと止んだという一文だった。
その後の文に目を移し、博頼ははっとする。
『葛城臣清人が計事によりて、畏くも大君より真峯様に褒詞を下さる。真峯様はこれを喜びたまふこと甚し。四つ郷の事は、以後は不肖成通に委任せらるることと成りぬ』
葛城の名が急に出てきた。
自身の母方の血筋を思い浮かべ、博頼の心臓は激しく鼓動した。
『しかるに、清人様とはそののち、書簡の遣り取りすること、数度に及びぬ。聞けば、御立場が、いかにぞか芳しからぬにや。願はくは、四つ郷へ来りたまへと勧め申せり』
「葛城が四つ郷に!」
目を見開く博頼。思いもよらぬ情報を知って、震える手で続きをめくる。
『葛城清人様ご一族を水守郷に迎え入れぬ。今は水実清澄尊様の善処に委ね奉るのみ。この事、真峯様に露見するなかれ。心を鎮め、気を引き締むべし』
「水守に葛城がいる?」
博頼は動揺が収まらない。
成通は、真峯の目を盗んで、都で失脚した葛城の一族を水守郷に匿っていたのだ。
(水守にすぐにでも確認に行くべきか?いや、それでは少監殿に怪しまれよう。
まずはやはり根深に向かうべきか)
博頼は、忠塘の警戒を避けつつ、どこから真相に迫るべきか思案した。
葛城の血筋を引く者が水守郷にいるという情報は、博頼にとって最も真相を調べたいことだった。
しかし、忠塘に根深郷へ行くことを伝えてしまった手前、予定を変更するのは得策ではない。
博頼はだんだんと事態が大ごとになっていく気配を感じ始めていた。
しらぬまの つちとのきすなに おののいて
みすもりなるか わかふるさとは
(予想外の、この土地との結びつきの深さに驚きが隠せない。水守郷は私の故郷なのだろうか)
「どこまで首を突っ込むべきか」
小さくつぶやき、博頼は、明日の根深郷への旅立ちに向けて、さらに事態を整理しようと試みるのだった。




