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水を読む器  作者: katari
10/13

10 たたひたすらに おとにたくさん

夜になり、道弾どうだんが催す月見の宴が始まった。

庭園には、夜空の月を愛でるための雅な設えが施されていた。

池の水面が静かに磨かれ、空の月を映し出す鏡となっている。


舞台には道弾が座り、手に龍笛を持っていた。

「いよいよですな」

忠塘ただとうは、待ちきれない様子で身を乗り出している。


ドンッ。

腹に響くような太鼓が、夜の静寂を切り裂いて一つ鳴った。


始まった。


庭の池には、満月が幽玄に浮かび上がる。

道弾が龍笛を口に当てると、その音は、都の雅楽とは異なる、さびた音色となって夜の庭に広がっていった。

その音は、ただ単に美しいだけでなく、火嶺山の地の底から湧き上がってくるような、いにしえの響きを持っていた。


音もなく舞台に菊理きくりが上がった。

博頼ひろよりは気配をまったく感じずギクリとした。

そんな幻想的な雰囲気をまとった菊理が静かに舞い始める。


菊理の衣には、腰のあたりに小さな鈴が付けられていて、舞うたびに鈴が音を鳴らす。

それが道弾の笛の音と重なり、場に霊的な律動を生み出した。


やがて、菊理は腕を伸ばし、舞いながら、その右手を舞台に設られたかがり火に向け始める。

彼女が一、二、三、四、五と回転する間に、かがり火は強くなっていった。

そして、急に火柱が上がった。


ドンッ。

腹に響くような太鼓が、またひとつ鳴り響く。


火柱の光を浴びた菊理の瞳が朱に染まり、その目は博頼を見つめる。

博頼の鼓動は早くなった。


笛の音は次第に速くなり、菊理の舞も激しくなる。

まさに真骨頂。

火と音と舞が一体となる。


その刹那、菊理がピタッと止まる。

音が一切消えて、月明かりだけが菊理を照らす。

博頼は、ただそれをみて美しいと思った。


都の雅とは異なる、生命の根源に触れるような、原始的な美であった。

この舞は、この地における「火」と「語り」の力の現れなのだ。


やがて道弾の笛の音が再び広がり始める。

それは博頼の心に静かに染み入っていく。


なるほど、これは見事だ。


余韻を味わっていると、菊理が酒肴を用意してやって来た。

博頼と忠塘に酒をつぐ。


少しの間三人で語っていると、道弾がきた。

「いかがでしたかな?」

道弾に尋ねられると、博頼は居住まいをただし、口を開く。


そして心のままに歌を詠む。


 うかひてる あめのうすめに わかこころ 

               ふえのねかたる つきよのあはれ


(幻想的に現れた舞姫の姿に私の心は浮かれてしまった。笛の音色が月夜の情緒をしっかりと伝えてくれている)


「まあ」

菊理が頬を染める。

自分の舞と姿を詠まれたことに、嬉しさと照れが混じったようだった。


道弾もニヤリとする。

「これはこれは、拙僧の笛が役に立ちましたかな?」

「いえいえ、お見事な音でした。さすがは筑紫三笛の一人、お聴き出来て光栄でした」

「なんのなんの」

道弾は博頼に謙遜を返しつつ、隣の忠塘に向き直った。


「道弾殿の腕は落ちておりませなんだな」

少監しょうげん様がおられたので緊張しましたよ」

忠塘が評して、道弾が畏まる。

その様子に疑問を顔に浮かべて忠塘をみる博頼。


「いやあ、私は大した腕ではありませんよ」

「謙遜を。少監様こそ、篳篥ひちりきの名手」

「なんと」

博頼は驚きに目を見開いた。

忠塘は楽を愛するのみかと思っていたが、自身が笛の名手だというのだ。


「いやあ、参りましたな」

忠塘は、隠していた特技を道弾にバラされたことに、心底まいったという表情をした。

顔には照れの色が見えるが、その瞳の奥には、芸を披露する前の静かな高揚も感じられた。


皆が期待の目で忠塘をみる。

「仕方ありませんな」

忠塘はそう言って、諦めたように笑った。

彼は、家人に命じて篳篥を持って来させて、舞台に上がった。


忠塘の音は見事の一言だった。


力強い篳篥の音が、ぶれずにゆっくりと、月夜に照らされた薄明かりの池を静かに流れていく。

道弾の龍笛が地の底の「語り」の響きを伝えたのに対し、

忠塘の篳篥の音は、失われゆくものへの哀切を纏っていた。

博頼の心にも無常感が広がった。


風景と音が究極の調和をなし、博頼に迫ってくる。

それは、まさしく幽玄の美。

いつものひょうきんな忠塘からは伺えしれぬほどの、洗練された感性が、その音色に凝縮されていた。


博頼は、忠塘の音色によって、自分たちを取り巻く世界が、

いかに優美で、そして儚いものであるかをしみじみと感じ入っていた。

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