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第九章:――水鏡の儀式、そして奈落へ――



魔王城、王座の間。厳かで、しかし冷たい空気が漂う。歴代魔王の肖像画が見下ろす中、魔界の重鎮たちが居並び、アレスは次期魔王の資格を問う「水鏡の儀式」に臨んでいた。誰もがアレスの即位を疑っていなかった。彼自身も。


だが、神聖な水鏡が映し出したのは、アレスの輝かしい未来ではなかった。


『このもの、魔王にあらず。魔界を統べる資格、なし』


厳粛な声が、静まり返った王座の間に響き渡った。予言は絶対。その言葉は、アレスの未来を、彼の存在意義そのものを否定するものだった。


(……なんだ……? いま……なんと言った……?)


アレスは耳を疑った。周囲の家臣たちが動揺し、ざわめきが広がるのが分かった。視線が突き刺さる。期待が失望に変わる瞬間。彼の頭の中で、何かがプツリと切れた。


(おれが……魔王じゃない……だと……?)


抑えきれない怒りが、マグマのように腹の底から湧き上がってきた。体が熱い。意識が遠のく。


(違う……おれは……おれは魔王に……)


何かが暴走した。気づいた時には、目の前には破壊された王座の間が広がっていた。床には夥しい血の海。そして、かつて忠誠を誓ってくれた家臣たちが、無残な骸となって転がっていた。彼らの怯えたような最後の表情が、脳裏に焼き付く。


次に意識が戻った時、アレスは王族専用の離宮に幽閉されていた。高い壁、厳重な監視。それは、彼を守るためではなく、彼から世界を守るための檻だった。


(おれは……魔王になれなかった……それどころか……同胞を……)


絶望が、アレスの心を支配した。


(そしておれは! おれは!……リリエルを……)


脳裏に、あの日の光景がフラッシュバックする。自身の開かれた拳。そこにこびりついた、生々しい血の感触。そして、リリエルの白い……八祀りの儀式の……衣装……。


――離宮の森、最後の邂逅――


離宮での幽閉生活は、静かだった。だがそれは、心を蝕む静寂だった。そんなある夜のこと。


「おい! リリエル、まて! お前、八祀りの衣装なんだから目立つんだ! 監視に見つかったらどうする!」


森の中から、ダンティスの焦った声が聞こえた。それに答えるように、リリエルの懸命な声が続く。


「アレス、まってて! わたし、八祀りの儀式でちゃんと舞えたの! もう大人よ! だから大丈夫。アレス、まってて! 私が助けてあげる!」


白い八祀りの衣装を纏ったリリエルが、数人の子供たちと共に、アレスのいる離宮を目指して森の中を走っていた。彼らは、アレスが離宮にいるという僅かな情報を頼りに、危険を顧みず会いに来てくれたのだ。


「おい! ダンティス、本当にアレスは離宮にいるのか?」


「いるさ! 夜回りのディレクが見たっていうんだ!」


「でもさ。アレスは家臣を……」


「アレスがそんなことするはずないだろっ!!」ダンティスは噂を信じようとしなかった。「アレスは魔王になるんだ! あいつはずっと努力してきたし、強いし……優しいんだ!! みんな見てきたろ!」


「だ……だけど……うちの親父も言ってたぜ。魔王の資格が無いことに怒り狂ったらしいぞ、って……」


大人たちの間で囁かれる噂。ダンティスはそれを振り払うように、ひたすら走る。(嘘だ! アレスがそんなことするなんて! 絶対に嘘だ!)


その時、アレスの腕につけられたデスティナが、淡い光を発した。


(デスティナが……リリエル! 近い!)


アレスは弾かれたように窓辺に走り寄った。


「もうすぐ! もうすぐよ!」


息を切らして走るリリエルの腕で、対となるデスティナもまた、呼応するように光っている。バッ! 森を抜け、離宮が見渡せる丘に走り出たリリエル。アレスはすぐに彼女に気づいた。


「リリエル!」


窓からアレスが叫ぶ。


「アレス!!」


リリエルもすぐにアレスを見つけ、満面の笑みで叫び返した。アレスは、彼女が儀式用の白い衣装を着ていることに気づく。ダンティスも追いつき、アレスを見上げて声を上げた。


「アレス!」


「みんな……」


アレスは複雑な表情を浮かべる。会えた喜びと、合わせる顔がないという罪悪感。


「アレス! わたし、八祀りの儀式を終えたのよー! きれいに舞えたの!」


リリエルはデスティナの腕輪をかざしながら、無邪気に報告する。


「バカっ、声がデカいつーの!」


ダンティスが慌てて咎める。


「ははは。似合ってるぞ! その衣装もデスティナも。リリエルじゃないみたいだ!」


アレスは努めて明るく軽口をたたく。


「リリエルがどうしてもアレスに衣装を見せたいって……聞かなくてさ……」


ダンティスは口ごもりながら、意を決したように尋ねた。


「おっおれ……街で噂を聞いたんだ……その……魔王の資格が無いってのは……」


アレスは目を伏せた。


「……本当だ……」


「……そ……そうなのか……」ダンティスは戸惑う。「じゃ……じゃあ家臣を……」


アレスは沈黙した。その沈黙が、肯定を意味していた。


「そっ、そうだよな! お前がそんなこと……」ダンティスが言いかけたのを遮り、アレスは呟いた。


「……それも本当だ……」


「そ……そんな……」


ダンティスは信じられないという顔で絶句した。


「アレス! こっちを見て!」


リリエルが、そんな重い空気も気にせず、大きく手を広げて呼びかける。


「わたし、大人になったの! もう結婚だって出来るのよ! わたし待ってる! アレスがみんなにゆるしてもらってそこから出て、またわたし達に会いに来てくれるの、待ってる! ね! アレス!」


リリエルの純粋な言葉が、アレスの心を締め付ける。涙がこみ上げてくるのを必死でこらえた。


「約束したでしょ! アレス!」


リリエルが返事を待っている。まっすぐな瞳で、アレスを見つめている。だが、アレスは……。


「…………ごめん……リリエル……オレの事は、忘れてくれ……」


振り絞るように、アレスは答えた。それが、彼にできる唯一のことだった。


「いやよ! わすれないよっ! アレス! ずっとずっとまってるのわたしっ!! わたしに会いに来てっ! アレス!!」


リリエルは必死に訴える。その声が、アレスの心を引き裂く。


カッカッ……。その時、アレスのいる部屋の外から、複数の足音が近づいてきた。


「どうやら次期魔王はネロス様に決まりだそうだぜ」


「そりゃそうだろ。アレス様は資格がないんだから……双子の弟のネロス様には資格があったらしいぜ……」


わざと聞こえよがしに話す兵士たちの声。監視の兵がそれを咎める声も聞こえる。


(ネロスが魔王に……資格があった?……オレにはない資格が……あった……)


その言葉が、アレスの中で最後の引き金を引いた。ドクン……ドクン……と、心臓が嫌な音を立てて大きく脈打ち始める。


「ぐおおお……」


アレスはうめき声を上げた。(こ……この感じ……水鏡の儀式の……あの時と同じだ!)自分の中で、再び何かが暴走を始めていることに気づく。


「リリエル!!! 逃げろ!!!」


アレスは最後の理性を振り絞り、窓の外に向かって叫んだ。


「どうしたの! アレス!」


リリエルの不安そうな声。


グゴゴゴゴゴゴ!


アレスの体が、不気味な音を立てて変化していく。


(意識が……逃げろ……リリ……エ……)


声にならない叫び。


ゴアアアアアアア!!!


アレスは巨大な、禍々しい姿へと変貌し、雄叫びを上げながら離宮の壁を破壊した。


「アレス……」


丘の上から、変わり果てたアレスの姿を、リリエルとダンティスが驚愕の表情で見上げていた。他の子供たちは、悲鳴を上げて逃げ惑っている。


「アレス様が暴れだした! 近衛兵を呼べ!」


城内が混乱に陥る。黒いオーラをまとった巨大な悪の化身となったアレスは、理性を失い、ただ破壊の本能のままに巨大な拳を振り下ろした。


ズガアアアアアン!


離宮の一部が、轟音と共に崩れ落ちる。


「うあっ!」


ダンティスは咄嗟にリリエルを抱きかかえて飛びのいたが、崩れてきた岩に打たれ、呻き声を上げる。


「うっ!」


衝撃で放り出されたリリエル。暴走したアレスは、その小さな姿を見つけると、巨大な手で無造作に掴み上げた。


「リリエル!」


ダンティスが叫ぶ。


アレスは掴んだリリエルを意にも介さず、王宮の外へ出ようとする。そこへ、駆けつけた近衛兵団がアレスを取り囲んだ。


「魔狂衝まきょうしょうを防ぐ! 結界陣を張れ!」


団長の号令と共に、近衛兵団が持つ三叉の槍から光の結界が放たれ、アレスを捉える。


「アレス!! だめ! あばれちゃだめ!」


掴まれたリリエルが、苦しそうにアレスに呼びかける!


「魔狂終結!!」


団長が叫び、結界にさらに強力な魔力が注ぎ込まれる。


グゥオオオオオオオオ!!


アレスは、結界の圧力に苦しみの咆哮を上げた。


「アレス……くるし……い……」


リリエルの声が、途切れる。


グチャ。


アレスの手の中で、何かが潰れる鈍い音がした。


「リリエルー!!!」


ダンティスの、魂からの絶叫が響き渡った。


その叫びが届いたのか、アレスは結界を力任せに振り払い、吹き飛ばした近衛兵団と共に、動きを止めた。


(リリエル……)


アレスの意識が、ゆっくりと戻ってくる。彼は恐る恐る、自身の手を開いた。そこには……血に染まった八祀りの白い衣装の切れ端と、あのデスティナの腕輪だけが残されていた。


ひぃ……。アレスの視線の先、崩れた瓦礫の前で、ダンティスが呆然と座り込んでいる。その足元には……リリエルの小さな頭部が転がっていた。ダンティスは、絶望と恐怖と憎しみの入り混じった目で、アレスを見上げていた。


「うぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!」


アレスの絶叫が、破壊された離宮に、そして魔界の空に、虚しく響き渡った―ー



『神々のリセット 女神と悪魔』、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

貴谷一至です。

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