第八章:――アレスの回想――
魔界の下町。活気はあるが、王宮とは違う、少し埃っぽい匂いがする場所。アレスがお忍びでよく訪れた、気のおけない友人たちが住む一角。その広場で、彼はいつものように子供たちに囲まれていた。
「ねぇーアレスー、魔王になったらもう来てくれないの?」
アレスの膝の上にちょこんと座り、少し不安そうな顔で尋ねるのは、リリエル。まだ幼さが残る、愛らしい魔族の女の子だ。アレスは彼女の頭をくしゃりと撫でた。
「なんでだよ。魔王になったって会いに来るに決まってるだろ!」
当然のように、アレスは笑い飛ばす。その言葉に、近くにいたリリエルの兄、ダンティスが苦笑しながら口を挟んだ。
「リリエルは水鏡みずかがみの儀式が終わったらもう、あえないんじゃないかと心配しているんだぜ」
「なっ、言ったろ? アレスは魔王になったっておれたちの事忘れたりしないさ」
ダンティスはアレスを信頼していたが、リリエルの不安も理解していた。魔王となれば、気軽に下町を訪れることなどできなくなるかもしれないのだから。
「約束よ! アレス」
リリエルはアレスの服の袖を掴み、小さな口をとがらせて念を押す。その必死な様子が可愛らしくて、アレスは思わず笑みがこぼれた。
「あったりまえだ! オレはお前たちと育ったんだ! 父上に止められたって会いに来るさ!」
彼は力強く宣言する。この場所が、この友人たちが、彼にとっては王宮よりも大切な、心の拠り所だった。
「そうだ!」
アレスは何かを思いつき、自分の腕につけていた装飾的な腕輪を外した。
「リリエル、この腕輪をあげるよ」
「え⁉ ありがとう!」
思いがけない贈り物に、リリエルの顔がぱっと輝く。
「これはデスティナっていう魔装具なんだ。ほら、片方オレの腕についているだろ?」
アレスは自分の左腕に残った対の腕輪を示す。
「リリエルがそれに願えば、こっちが反応する! これがあれば、いつでも繋がっていられる」
アレスはリリエルの細い腕を取り、デスティナを着けてやった。すると、腕輪はひとりでにサイズを変え、彼女の腕にぴったりと収まった。
「うわっ、くっついた!」
リリエルは驚き、そして嬉しそうに腕輪を撫でる。
「良かったじゃないか! リリエル! もうすぐある八祀り(やつまつり)の儀式の舞にピッタリじゃないか!」
ダンティスが笑顔で言う。
「へへへ」
リリエルははにかみながら、何度も腕輪を眺めている。
「そうか。リリエルはもう8歳か。大人になる儀式だな。うん、それ、すごく似合ってるぞ!」
アレスは感慨深げにリリエルを褒めた。彼女の成長が眩しく、そして少し寂しくもあった。
「ありがとう! アレス! 私、八祀りの儀式が終わったらもう大人よ! アレスのところにお嫁に行く!」
リリエルはそう言うと、アレスの首元に勢いよく抱きつき、柔らかい頬にキスをした。
「お、おい、やめてくれ、くすぐったい」
アレスは照れて赤くなりながら、リリエルを引きはがそうとする。
「やーよ!」
リリエルはきゃっきゃと笑いながら、さらにしつこく抱きついてくる。その様子を見て、ダンティスがこらえきれずに笑い出した。
「ははははは!」
つられて、周りで見ていた大人たちも、微笑ましい光景に温かい笑い声をあげる。遠くからは、「おおーい」と他の魔族の子供たちが駆け寄ってくる。アレスを中心にした、暖かく、穏やかで、輝かしい時間。リリエルが「かあさま、かあさまー」と母親らしき女性の元へ駆け寄り、腕輪を自慢しに行く後姿を、アレスは優しい目で見送っていた。
『神々のリセット 女神と悪魔』、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
貴谷一至です。
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