終章:荒野に刻まれし遺志
――38万年前――
そこは、死の世界だった。すべてが破壊しつくされ、焼けつくされた大地が、どこまでも広がっている 。かつて建物があったであろう場所は瓦礫の山と化し、大地は熱でひび割れ、黒く変色している 。生命の息吹を感じさせる木々は一本たりともない 。空は、絶えず灰色の塵ちりに覆われ、陽の光すら届かない。風が吹けば、死の灰が舞い上がり、虚無の匂いを運んでくる。
そんな、あらゆる希望が失われたかのような荒野の中心に、1つの石柱が、まるで墓標のように屹立していた 。そして、その傍らに、小さな人影があった。煤と泥に汚れ、着ているものも擦り切れた少女が、何か硬いもので、石柱に一心不乱に文字を彫っている 。カーン、カーン、という、か細く、しかし途切れることのない音が、死の世界に虚しく響いていた。
「……ふー……」
やがて、少女は手を止め、深い息をつき、顔を上げて灰色に澱む空を見上げた 。土埃に汚れた髪を、乾いた風が力なく軽く揺らす 。光のない瞳で、彼女はしばらくの間、ただ空を見つめ続けた 。何を思っているのか、その表情からは窺い知れない。
「……この戦争、この苦しみ、全部……終わらせたい」
ぽつりと漏れた声は、ひどく嗄れていた 。だが、その響きには、諦念だけではない、決意と、そして深い哀しみが混じり合っていた 。彼女の瞳には、堪えていた涙が膜のように溜まり、灰色の空を歪ませて映していた 。
「……私の存在は、この世界にとって罪だったのかもしれない。でも、これで少しでも平和がもたらされるなら……それで……」
言葉は途切れ、代わりに嗚咽が漏れそうになるのを、少女はぐっと唇を噛んでこらえた 。彼女は、震える手を石柱に向かって伸ばし、その無骨な表面を、まるで愛おしい我が子を優しく撫でるかのように触れた 。
「……『世界を統べる者、この地で選ばれる』……」
石柱に刻んだ最後の言葉を、彼女は祈るように繰り返す。
「……それが、私の願い。シリスノヴァの、遺志だ」
その言葉は、誰に聞かれるでもなく、死せる世界の風の中に、静かに溶けて消えていった。ただ、彼女が遺した石柱だけが、永劫とも思える時の中、その意志を刻み込み、待ち続けることになる。新たなる時代の担い手が、この始まりの地に立つ、その時を――。
(完)
『神々のリセット 女神と悪魔』、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
貴谷一至です。
神々の世代交代「リセット」が起こる世界で、絶望的な過去を背負った魔王子アレスと、規格外の力を持つ(けど基本ぐーたらな)女神候補ゆう、そして彼らを取り巻く神々や悪魔たちの物語、いかがでしたでしょうか。
本作は、罪と罰、再生、そして「もし過去を変えられたら?」という、誰もが一度は考えるかもしれないテーマを、神々や悪魔といった壮大なスケールで描いてみたい、という思いからスタートしました。
特にアレスは、書いていてとても感情移入したキャラクターです。どん底から這い上がり、小さくなっても(笑)、新たな希望を見つけて前に進もうとする彼の姿を、少しでも応援していただけたら嬉しいです。
一方のゆうちゃんは……まあ、マイペースな彼女ですが、その内に秘めた力はまだまだ底が見えません。K様フィギュアへの執念はどこへ向かうのか……いや、彼女がこれからどんな「神様」になっていくのか、見守っていただけると幸いです。個人的にはミューミュとのコンビもお気に入りです。
全知全能だけどどこか人間くさいゼウス様や、真面目なテオス様、期待の星(?)空士くん、そして敏腕マネージャー(?)彩音など、他のキャラクターたちも、物語を彩る上で欠かせない存在でした。彼らの今後も、どこかでまた描けたらなと思っています。
辺境のはざまで始まったばかりの「神々のリセット」。アレスが見つけた一筋の光、そしてゆうが背負うことになった(かもしれない)大きな運命。ゼウスが言った「新たな分捕りあい」とは何なのか。魔界の反応は? 物語はまだ始まったばかりです。
もし機会があれば、彼らの新たな物語で、再び皆様にお会いできることを願っています。
最後になりましたが、この物語を手に取ってくださった全ての読者の皆様、そして執筆にあたりお世話になった関係者の皆様に、心からの感謝を申し上げます。
是非とも感想とブックマーク!
評価!をいれてください!
それでは、またどこかで!
2025年5月5日
貴谷一士