第十三章:悪魔が見た一筋の光、そして未来へ
闘技場を一歩出ると、そこはまるで別世界だった。先ほどまでの荒涼とした大地は嘘のように消え去り、一面には柔らかな緑の絨毯が広がり、色とりどりの花々が風に揺れている。破壊の爪痕は完全に癒え、生命力に満ちた穏やかな風景が広がっていた。まさに「浄化と再生」を体現したかのような光景だ。
「はぁ、はぁ……ちょっと、まってよぉ……」
そんな美しい景色の中、青空ゆうだけが、ぜぇぜぇと息を切らして一行から遅れていた。そして、お約束とばかりに、
ドタッ!!
ゆうは、生まれたての草木が茂る地面に、見事に顔面からダイブした。
「もーーー! なんでこんなところに木の根っこがあるのよぉぉ!! 来た時には絶対なかったじゃない!!」
土まみれの顔を上げ、ゆうは地面に向かって理不尽な文句を言う。
「ゆうのせいでしょーが。ここら一帯の生態系、根こそぎリセットしたんだから」
先頭を歩く真宮寺彩音が、呆れたように振り返りもせずに言った。
「んんもうっ!」
ゆうがむくれて立ち上がろうとした時、タタタタタタタッ! と軽快な足音が近づいてきた。見ると、ちっちゃくなったアレスが駆け寄ってくる。
(あら? たっ、助けてくれるのかしら??)
ゆうは、ちょっとだけ期待した。が、
「いやっ、ちょっと寄るとこがあってな! 先行っててくれ!」
アレスはゆうの横を爽やかに(?)素通りして駆け抜けていく。……かと思いきや、数歩先でピタッと止まり、くるりと振り返ると、ゆうの目の前に戻ってきた。そして、腕を組み、仁王立ち(二頭身だが)になって、真顔で言った。
「なあ、青空ゆう。……お前、もしかして、デザインセンス、ないよな?」
「……は? え、なに? 藪から棒に」
ゆうは、ぽかんとする。
「だって、この体! どう見てもバランスおかしいだろ! ほそい腕! 短い脚! やたらでかい頭! しかも、なんだこの前掛けは!? 必要か!? オシャレか!?」
アレスは自分の体を指さしながら、切々と訴える。
「おれ、もっとこう……シャープで、クールで、ダークヒーロー的なかっこいいのがよかっ……」
ジュウウウウウウ……!
アレスが理想のフォルムを熱弁している途中、彼の短い尻尾の先から、香ばしい匂いと共に黒い煙が上がり始めた。浄化が始まっている。
「ひいぃぃぃぃっっ!!」
アレスは尻尾の異変に気づき、恐る恐る顔を上げると、そこには……般若のような形相で、絶対零度の視線を向ける青空ゆうが立っていた。
ドン!!!
ゆうが無言で地面に拳を叩きつけると、その周囲の地面から、鋭利な浄化結晶がタケノコのように突き出した。その結晶は、闘技場で見せたものより明らかに高純度で、神々しいほどの輝きを放っている――つまり、より危険だということだ。
「……あんた、今……なんて?」
地獄の底から響くような声で、ゆうが問う。
(やばいやばいやばい! この浄化結晶、そこらの聖域とかじゃなくて、精霊界の最深部でしか生成されないっていう、超々高純度のやつじゃないか!? 戦ってる時よりも純度上がってるってどういうことだ!?!?)
ジュウウウウウ! 今度は鼻先が焼け始めた。
「なっ、ななな、なんでもございませんっっ!!! とてもキュートで素晴らしいデザインだと思いますっっ!!!」
アレスは、人生(悪魔生?)最速の変わり身を見せると、脱兎のごとくその場から逃げ出した。ピューーーーー!
「アレスめ……! 次は、今度こそ綺麗さっぱり消滅させてやる……!」
ゆうは、拳をぷるぷる震わせながら、心に固く誓うのだった。
一方、アレスは緑の丘を駆け抜け、懐かしい場所へと向かっていた。木々が生い茂り、柔らかな陽光が降り注ぐ中、一本の石柱――オリジンが、以前よりもどこか神々しさを増して、静かに屹立している。闘技場一帯を再生させたゆうの力が、この聖地にも及んだのだろう。
「はぁ、はぁ……」
アレスはオリジンの前で立ち止まり、息を整えた。そして、真っ直ぐにオリジンを見据える。
「……よぉ。……おれだ」
少し照れたように、彼はオリジンに話しかけた。
「その……なんだ。お前にも、ちゃんとお礼が言いたくて、来たんだ!」
アレスは、小さな体で、しかし心を込めて、深く頭を下げた。
「あの時は……殴って、悪かった!!」
再び頭を下げ、顔を上げる。
「それに……ゼウスや、青空ゆうに会わせてくれて、ありがとう! おかげで……おれは……」
言葉が詰まる。
「……新しいチャンスをくれて……本当に、ありがとう」
アレスは、オリジンの表面に、そっと小さな手を触れた。ひんやりとした、けれどどこか温かいような、不思議な感触が伝わってくる。
ザザザ……。優しい風が吹き抜け、再生したばかりの草木を揺らす。鳥のさえずりが聞こえる。だが、オリジンの格位灯は、沈黙したままだった。何の反応もない。
アレスは、ふっと息を吐き、自嘲気味に笑った。
「……ははっ、そうだよな! そんな簡単に、資格がどうこうなるわけ……ないよなっ!! おれなんて、まだまだ、だよなっ!!!」
彼は、少しだけ下を向いた。だが、そこに絶望の色はない。浄化された魂は、もう過去に囚われていない。
「……どうやったら神様になれるのか、正直、おれにはまだ全然わからないけど……」
アレスは、再び顔を上げた。その瞳には、一点の曇りもない、未来を見据える強い光が宿っていた。彼は、オリジンに向かって、高らかに宣言した。
「おれは、必ず! 悪魔で最初の神になる!!!」
その決意は、風に乗り、再生した大地へと響き渡った。アレスは満足そうに頷くと、オリジンに背を向け、仲間たちの元へ戻ろうと歩き出した。
その時だった。
ブーーーーーーーーン…………
静寂を破り、オリジンから低く、長く、厳かな共鳴音が響いた。アレスは驚いて立ち止まる。
チュンチュン……。鳥のさえずりが、やけにクリアに聞こえる。
アレスは、ゆっくりと、期待と不安の入り混じった気持ちで、オリジンを振り返った。
視線の先、オリジンの石柱。その一番下にあるはずの格位灯が……一つだけ……淡い、しかし確かな、希望の光を灯していた。
「…………ぶあっ…………」
瞬間、アレスの目から、大粒の涙が、止めどなく溢れ出した。
「お………おれ…………」
彼は、よろよろとオリジンに近づき、その前に崩れるようにひざまずいた。
「おれ……………」
震える小さな手で、光る格位灯にそっと触れる。温かい。それは、オリジンが、世界が、彼を受け入れた証のように感じられた。
「……おれ……………もっとっっ!!! もっと、がんばるっ!!!!!」
アレスは、顔をぐしゃぐしゃにしながら、天に向かって叫んだ。それは、悲しみや後悔の涙ではない。感謝と、喜びと、そして揺るぎない決意から生まれた、熱い涙だった。
しばらく泣き続けた後、アレスは涙をぐいっと拭うと、満面の笑顔で立ち上がり、仲間たちが待つ方へと、全力で駆けていった。
「おおーーーいっ! おおーーーいっ! みんなぁーーーー!! !!」
その声は、どこまでも明るく、希望に満ちて響き渡った。
近くの木の陰。ゼウスが、指先に止まらせていた白い小鳥を、優しく空へと放った。小鳥は、アレスの後を追うように、元気に飛び立っていく。
「……アレス、よかったな」
ゼウスは、満足そうに呟いた。
「アレス君、良かったですね! オリジンに認められたんですね! 神様の資格、もらえたんですね!!」
隣にいた空士も、自分のことのように、満面の笑顔で喜んでいる。
(悪魔でさえも神の資格を与える原初の神、2代目シリスノヴァ……そして、それに応えるオリジン。……なるほどな。3回目のリセットは、どうやら今までとは全く違うルールで動いている、ということか)
ゼウスは、世界の大きな変化の兆しを感じ、思考を巡らせていた。
「あっ、あの、ゼウス様! 4面全灯格位頂点というのは、やっぱり青空ゆうの神格は100、ということなんですか⁉」
空士が、目を輝かせながら興味津々に尋ねた。
「いや、違う」
ゼウスは、ニヤリと笑って否定する。
「え?」
空士は、きょとんとした顔だ。
「……オリジンで計測できたのが、神格100までだった、というだけのことさ」
ゼウスは、世界の広さと、まだ見ぬ可能性を示唆するように言った。
「……それ以上……ということ、ですか……」
空士は、驚嘆の声を漏らすしかなかった。
バサバサバサ!
ゼウスが空へ放った白い鳥が、青空へと高く高く舞い上がっていく。
「さーて、いくぞぉ、空士!」
ゼウスは立ち上がり、拳を力強く握りしめた。その瞳には、神々の王としての、未来を見据える光が宿っていた。
「――38万年分の世界をかけた、新たな分捕りあいの始まりだっ!!」
その言葉は、辺境のはざまの空に高らかに響き渡り、新たな時代の幕開けを告げた。
「はいっ!!!」
空士は、希望に満ちた元気な声で応え、全知全能の神の後を、しっかりと追っていった。神々のリセットは、まだ始まったばかり。これから紡がれる物語は、誰も知らない未来へと続いていく――。
『神々のリセット 女神と悪魔』、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
貴谷一至です。
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