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第十二章:浄化と再生、そして悪魔が見た希望の光

・・・・・・・・・・・・・ン。


絶対的な光が世界を飲み込み、そして去った後には、耳鳴りのような静寂だけが残されていた。降り続いていたはずの激しい雨は、いつの間にか完全に止んでいる。厚く垂れ込めていた雲は急速に晴れ、その切れ間から、まるで祝福するかのように柔らかな太陽の光が差し込んできた。


光に照らし出された光景に、生き残った者たちは息をのむ。そこは、もはや先ほどまでの闘技場ではなかった。破壊の爪痕は跡形もなく消え去り、代わりに、瑞々しい緑の草が地表を覆い、色とりどりの名も知らぬ花々が咲き乱れていたのだ。ザザ……と風がそよぎ、生まれたばかりの草木が優しく揺れる。それは、終末の後の創生を思わせる、荘厳で、そしてどこか神聖さすら感じさせる光景だった。


神々が協力して展開した超級結界も、いつの間にか消えている。


「……助かった……のか……?」


テオスが、呆然と呟いた。彼は無意識のうちに本来の神の姿を解き、壮年の姿に戻っていた。


ざわざわ……!


「おい! 目を覚ましたぞ!!!」


「こっちもだ! 意識が戻った!」


あちこちで、安堵と喜びの声が上がり始めた。暴走したアレスの魔澱に侵され倒れていた新人の神々や運営委員たちが、次々と目を覚まし、起き上がってくる。何が起こったのか理解できず戸惑う者、助かったことを喜び雄叫びをあげる者、恐怖と安堵から抱き合ってすすり泣く者……様々な感情が、奇跡的に再生した闘技場に満ちていく。


「これは……いったい、何が起こったんだ……」


ゼウスもまた、神の姿を解き、目の前の光景を信じられないといった表情で見つめていた。空士の黒ずみも、完全に消えている。


「すごい!!! すごいよ!!! 青空ゆう!!!」


唯一、状況を理解している(?)起き上がった空士だけが、キラキラとした目で闘技場の中央を見つめ、元気な声を上げていた。


その闘技場の中央。アレスがいたはずの場所には……。


(……リリエル……)


何かを掴もうとするかのように、小さな手が虚空に伸ばされている。だが、その手は禍々しい黒ではなく、まるで生まれたての赤ん坊のように小さく、白い手袋をはめたような奇妙な模様をしていた。


くい、くい……。その手が、おぼつかない様子で握ったり開いたりしている。


「……おれ……え?? 死んでない???」


声の主は、その小さな手を見つめながら、困惑したように呟いた。そこには、元の雄々しい姿とは似ても似つかない、丸みを帯びた二頭身で、可愛らしい(?)前掛けをつけた、奇妙な悪魔の姿があった。


「えっ? えっ?」


彼は自分の体を見回し、短い手足をぱたぱたと動かしてみる。


「えええええええっ!!!! なんだこの姿はぁぁぁ!!!!」


ようやく自分の状況を理解したアレス(?)は、甲高い絶叫を上げた。その姿は、先ほどの破壊の化身とは真逆の、どこかコミカルで、しかし純粋無垢な存在に見えた。


「あれは……アレス、なのか??」VIP席でゼウスが目を丸くする。


「みたいですね。なんだか……可愛らしいです」空士が同意する。


「……魔狂衝を浄化し、魂ごと存在を洗い流し、悪魔を赤子同然の姿で復活させやがった……ははは……もはや笑うしかないな……」テオスは、感嘆と呆れが入り混じった複雑な表情で乾いた笑いを漏らした。


『おおおおおっと! これは、これはどういうことでしょうか! 暴走し巨大化したアレス選手は完全に消滅……いや違う! そこにはなんと、小さな、実に可愛らしい姿のアレス選手が! 青空ゆう選手は、巨大化したアレスを浄化し、なんと新しい肉体を与えた模様ですーーーーー!!! 私も体調は絶好調です!!!』


復活した実況が、興奮のあまりマイクにガンガン頭をぶつけながら絶叫する。


『これにより、アレス選手を消滅させ、かつ殺していない青空ゆう選手の勝利となります!!!! 神々の闘技・アジア地区予選! 優勝は、神無神社所属、青空ゆうぅぅぅぅ!!!!』


優勝宣言と共に、観客席から、一瞬の戸惑いの後、嵐のような大歓声が巻き起こった。それは、恐怖からの解放、奇跡への称賛、そして新たな時代の到来を予感させる、希望に満ちた鬨ときの声だった。


「わああああああああああああ!!!」


「青空ゆう! お前、いったい何をしたんだ!! この体はなんだ!!」


歓声の中、アレスは自分の小さな体を持て余しながら、ゆうに詰め寄った。


「わたしの能力は『浄化と再生』よ」


ゆうは、小さなアレスを見下ろし、少し疲れた様子だが、静かに答えた。


「K様をイメージして作った曲、フーガ・浄化と再生を奏弾したの。あなたの破壊衝動の源になっていた負の魔力を、魂ごと綺麗に浄化して、あたらしい体を与えた。それが、わたしの『再生』」


ゆうは淡々と説明する。


「しばらくすれば魔力もちゃんと復活して、その体にもなじむと思うわ」


「浄化と……再生……」


アレスは、信じられないといった顔で自分の小さな手を見つめる。暴走し、すべてを破壊し尽くそうとした自分が、こうして再び意識を取り戻し、生きている。それどころか、魂の奥底から、長年彼を苛んできた暗い衝動が消え去り、言いようのない解放感と、澄み切った感覚があることに気づいた。


「K様のフィギュアを壊したのは、絶対にゆるせないけど」ゆうは少しむくれた顔になる。「でも、K様のイメージで作った曲だもの。殺したりはしないわ。だって、K様はやさしいんだから」彼女は少し誇らしげに、そして少し照れたように笑った。


「それと……あなたの魂、負の魔力にだいぶ汚染されて、歪んでたみたいよ。それも浄化で綺麗にしておいたから。その新しい体、たぶん、いままでよりずっと魔力の汚染には強いはずよ。うん、なかなか似合ってるわよ!」


ゆうは満足そうに頷くと、「さて、早く帰ろっと」と踵を返した。


「まっ、待ってくれ!! 青空ゆう!」


アレスは慌てて呼び止める。


「お前は……いったい、何者なんだ?」


彼は起き上がり、真っ直ぐにゆうを見つめて問いかけた。再生した闘技場に差し込む陽光が、ゆうの姿を後光のように美しく照らし出す。ゆうはゆっくりと振り返り、少しだけ誇らしげに、そして少しだけ面倒くさそうに、言った。


「2代目シリスノヴァ。神無神社所属の、青空ゆうよ」


タッ! 言い終えると同時に、ゆうは彩音たちの元へと駆け出した。


「まっ、待ってくれ!!!」


アレスは、その小さな足で必死に追いかける。


「なによっ、まだ何か用!!」


ゆうが迷惑そうに振り返る。その足元に、アレスは再び、しかし今度は迷いなく、その小さな体を地面に投げ出した。土下座の形だ。


「おおれを!! お前の弟子にしてくれ!!!!」


「え? えええええ??? いっ、いやよ!!! 言ったでしょ!! 私は平穏に暮らしたいの!! いまだって全然平穏には程遠いのに、なんで悪魔を弟子にしなきゃならないのよ! 大体、わたしが何を教えるっていうのよ!!!」


ゆうは本気で困惑し、後ずさる。


「おっ、おれ、神様になりたい! お前のもとで、神様の修業がしたいんだ! 頼む!」


アレスは必死にゆうの足元にすがりつく。


「はぁぁぁぁ⁉ あんた悪魔でしょ⁉ なんで神様になるのよ!!! 大体わたし、神様になる方法なんて知らないし、教えられないわよっ!!!」


ゆうはパニックになりかけている。


「頼む!!! この通りだ!!!」


アレスはゆうの足にしがみつこうとするが、ジュッという音と共に、小さな手が弾かれた。


「うわちっ!」


「ほらっ! やっぱり無理じゃない! あなた悪魔だから、私に触れることすらできないのよ!!」


ゆうは少し大げさに、ほら見たことか、と言わんばかりに言う。アレスは、弾かれた自分の右手を見つめた。浄化の力は、触れることすら拒絶する。現実を突きつけられ、彼の顔に深い悲しみがよぎった。


「…………」


しかし、彼は顔を上げた。その瞳には、涙ではなく、強い意志が宿っていた。


「……おれ、夢があるんだ」


アレスは、ぽつりぽつりと語り始めた。


「父上に、あいたいんだ。母上にも、あいたい……ネロスにも……」彼の声が震える。「あっ、ネロスは双子の弟で、いま魔王をやってる。……それに、友だちにもあいたいんだ。カレンにも、モルフィウスにも、テラクにも……」


そこでアレスは言葉を止め、ゆうを真っ直ぐに見つめた。ゆうは、ただ黙って彼の言葉を聞いている。


「ダンティスにも、あいたい……」アレスの肩が震える。「リリエルにも……」彼は自分の右手を見つめた。その小さな右手に、大粒の涙がぽとりと落ちた。「リリエルにも……あいたい……」アレスの目から、涙が止めどなく溢れ出す。「あいたいんだ……」


「それで、前みたいにっ、……前みたいにっ!!」


アレスは顔を上げ、嗚咽を漏らしながら叫んだ。


「うぉぉぉぉぉぉぉん!」


子供のように、声を上げて泣くアレス。


「みんなと……また……くらしたいんだぁぁぁぁぁ!」


失ったものへの渇望、犯した罪への後悔、そして、それでも捨てきれない未来への願い。彼の涙は、止まらなかった。


「ちょ、ちょっと、大丈夫??」


ゆうは、泣きじゃくる小さな悪魔を前に、ただただ慌てるしかなかった。


「いいじゃない! ゆう!!」


その時、すぐ頭上の客席から、彩音の声が降ってきた。


「彩音! でも、どうやって! 無理だって!」


ゆうが迷惑そうに反論する。


「神無神社に、住み込みで働いてもらうわ」


彩音は、名案でしょ? とでも言いたげに、自信満々に言った。


「そ、そんなっ!」


ゆうはためらう。


「あなただって、これから神様活動で忙しくなるでしょ? それに、これから信者が増えて、バンバンッお布施……じゃなかった、信者の願いをどんどんかなえていかないといけないのよ!! 猫の手も借りたいくらいなんだから、悪魔の一匹や二匹、いたっていいでしょ? もっと役に立つかもしれないし」


彩音は、有無を言わせぬ笑顔で言い切った。


「うううううう……忙しいのは、いやだ……けど……」


ゆうは言い返せない。


「ほっ、本当か⁉ 雇ってくれるのか!?」


アレスは、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げて喜んだ。


「さっ。決まりね! さっさと支度して! いくわよ! 悪魔、いえ……」彩音はアレスをじっと見て、少し考え、そして最高の笑顔で指をさした。「神無神社の、神様見習い! アレス!」


(神様見習い……アレス……!)アレスは、その新しい響きを、喜びと共に噛み締めた。彼はバッと立ち上がり、VIP席にいるゼウスとテオスを見つけると、小さな手を大きく振って報告した。


「ゼウスっ! テオスっ!!!! おれ、青空ゆうの弟子になる!!! 神様見習いだ!!!」


「はっはあああああああぁぁぁ?????」


ゼウスとテオスは、同時に、疑問と驚愕の声を上げるしかなかった。


「悪魔を弟子にしてしまった……! すごいや! 青空ゆう!!」


空士だけが、純粋な賞賛の声を上げていた。


そこへ、運営委員会の局長が息を切らして駆け寄ってきた。


「ゼッ、ゼウス様! テオス様! これは、いったいどうなされたのですか!!!」


「あっ、ああ……局長……」ゼウスは気まずそうに言葉を濁す。


「私が外回りから戻る途中、突然、天を衝くような光の柱が立ちました! その光はこの一帯を飲み込み、私も……ですが、ご覧の通り無事でした! それどころか、急いで駆けつけたのですが、なんと息切れ一つせず、全力疾走でここまで! はははっ、なんだか体の調子がすこぶる良くて、20代の頃に戻ったみたいですよ! わははははははっ!!」陽気な局長は、しかし、緑に覆われた闘技場を見渡し、訝しげに首を傾げた。「しかし、なぜ闘技場に、これほどの草木が……?」


「いや、これには、その、深い訳が……」ゼウスが何とか取り繕おうとした時、


「あああ!! あの方は!!!」局長は闘技場から出てきたゆうを見つけ、顔色を変えると、その場にひれ伏して祈りを捧げ始めた。「どっ、どうしたんだ局長!」


「あ、、あの方は、お、おそらくは原初の神……! わっ、わたしがたまたまオリジンにて登録を確認したのですが、その格位灯は、し、四面全灯……格位頂点の印が……!」局長は頭を伏せたまま、震える声で説明する。


「原初の神……?? やはり……そうなのか?」ゼウスが息をのむ。「えっ、やはり?」局長が顔を上げる。「い、いや。何でもない!! 戦い方を見ていたら、なんとなーく、そう思っただけだっ!」(悪魔を面白半分で闘技に出したら、原初の神の末裔? を怒らせて、辺境のはざまが滅びかけたなんて、口が裂けても言えん……)ゼウスは冷や汗をかいた。「ながらく御隠れになっていた、原初の神、シリスノヴァ様かと……!」局長は確信したように、敬虔な声で言った。


「シリスノヴァ!!!!」ゼウスとテオスは、同時に驚嘆の声を上げる。その名は、神々の間でも伝説として語られる存在。会場に残っていた神々も、その名を聞いて大きくどよめいた。(青空ゆうは、2代目シリスノヴァだというのか⁉)ゼウスとテオスは驚愕し、空士は目を輝かせて、ゆうたち一行を見つめていた。


その視線の先では……。


「それにしても、ゆう、ちょっとやりすぎよ」


「え? だって……」


「ちょっとは加減て物を覚えなさい。危うくここ崩壊するところだったのよ」


「なっ、なによ!! 未完成の曲を、ぶっつけ本番のLIVEで演奏したのよ! しかも、ちょっと頭に来てたから、アドリブで力が入っちゃっただけでしょ??」


「いーや。だいぶ、どころじゃなく頭に血が上ってたわよ。あの時の顔、悪魔より怖かったわ」


「しょっ、しょうがないでしょ! 大事な限定フィギュアが! もーーー!」


伝説の神(?)とそのマネージャー(?)が、子供のような言い争いを繰り広げていた。(言い争ってるな……)(ああ、言い争ってる……)ゼウスとテオスは、もはや困惑を通り越して、眩暈すら覚えるのだった。


そこへ、アレスが再び駆け寄ってきた。


「ゼウス! テオス! 色々と、ありがとな!」


アレスは、小さな体で、しかし真っ直ぐに二人を見上げて礼を言った。


「なっ、なんだ突然」ゼウスは少し驚く。


「ほんとはダメなのに、闘技に出させてくれて、感謝してる」アレスが素直に言うと、ゼウスは慌てて「しーーーーーーっ!」と人差し指を立てた。(……なんのことか、やっぱりわかってないアレス)


「お……おれ、」アレスは、自分の小さな右手を見つめながら、はにかむように、しかし確かな光を目に宿して言った。「……自分が、好きになれそうな気がするんだ」


「……アレス……」ゼウスは、彼の変化に目を見張り、そして穏やかに微笑んだ。「……最初に会ったときの、お前の真剣な目が、そうさせたのかもしれないなっ! わがままボーイ!!」ゼウスはウィンクして見せた。


「うん! おれ、がんばる!! 空士も、また会おう!!」アレスが空士に声をかける。


「うん! アレスなら、きっと神様にだってなれるよ! 応援してる!」空士が満面の笑顔で力強く返す。


「じゃなぁぁぁーーー!」


アレスは、希望に満ちた表情で、ゆうと彩音、ミューミュが待つ方へと駆けていった。その背中は、小さくても、とても大きく見えた。


「……あいつ、キャラ変わったな」ゼウスが呟く。


「ああ……文字通り……キャラ変、だな……」テオスも、どこか清々しい表情で同意した。

『神々のリセット 女神と悪魔』、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

貴谷一至です。

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