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第十一章 :原初の魔法、裁きのフーガ

「ゼウス! この魔狂衝はすでに浄化はできない! アレスを封印するぞ!!! 手伝ってくれ!!」


テオスの悲痛な叫びが、暴走するアレスの咆哮と降りしきる雨音の中でかき消されそうになった、その時だった。


「詳しそうね」


場違いなほど落ち着いた声が、二人の最高神のすぐそばで響いた。ハッと振り返ると、そこには球状の不可視な結界に守られ、足を組んで優雅に座る少女――真宮寺彩音の姿があった。隣ではミューミュが必死の形相で杖を掲げ、結界を維持している。


「君は!」


ゼウスとテオスは、彼女がいつの間にこれほど近くにいたのかと驚愕する。周囲は暴走する悪魔の魔澱までんによって空間そのものが歪み、並の神では近づくことすら困難なはずなのに。


「このままだと、ここの神々は死ぬの?」


彩音は、目の前で天を衝かんばかりに巨大化し、破壊の限りを尽くすアレスを一瞥しただけで、まるで他人事のように尋ねた。その瞳には、恐怖も焦りも浮かんでいない。


「そっ、そうだ! 力の弱い新人の神たちは耐えることが出来ない! 今、我々が封印しなければ、ここにいる全員が奴の魔力の贄となる! 我々神々でさえも、無事ではすまんかもしれんのだぞ!」


テオスは険しい顔で、事態の深刻さを訴える。


「その魔狂衝、どうすれば倒せるのかしら? 教えてくれる? 最高神様!」


彩音は、まるで教師に質問する生徒のような、しかし有無を言わせぬ妙な圧力を込めて問いかけた。その態度は、敬意というよりは、必要な情報を引き出すための尋問に近い。


「きみ……いったい何者なんだ……?」


テオスは彩音の尋常ならざる雰囲気に戸惑う。


「いそがなければ手遅れになるぞ!! 早く封印の準備を!」


テオスはゼウスを促し、彩音を無視しようとする。だが、彩音は自信に満ちた声で言い放った。


「青空ゆうなら、間に合うわ」


その言葉には、絶対的な確信が込められていた。テオスとゼウスは、思わず彩音を見つめる。この絶望的な状況で、あの、どこか頼りなげな少女が何とかできると、本気で言っているのか?


「……アレスの魔澱ごと、魂を完全に浄化する以外に、あの状態から救う手立てはない。だが、それほどの浄化を行える者など……」


テオスは、不可能だと言外に滲ませながら答えた。


「魔澱て?」


彩音は確認するように問う。


「悪魔の生命力の源だ。神でいう元霊げんれい、人間でいう生命力、悪魔はその根源を魔澱と呼ぶ。悪魔の力の、まさに源泉だ」


テオスは簡潔に説明する。


「そう。ご丁寧にありがとう」


彩音はこともなげに礼を言うと、すっと立ち上がった。


「つまり、その魔澱とやらを魂ごとすべて焼き尽くせば、魔狂衝だろうが悪魔だろうが関係なく、完全に消滅させられるってことね」


まるで「1+1=2」とでも言うような、当たり前の顔で彩音は結論づけ、闘技場の方へ歩き出そうとする。


「そ、そうだが……待て、君! 今のアレスを完全に浄化しきるなど、我々最高神クラスの全力をもってしても容易なことではないのだぞ! 下手をすれば、この辺境のはざま一帯が吹き飛びかねん!」


テオスが慌てて呼び止める。


「あなたたちでは、ね」


彩音は肩越しに振り返り、唇の端を吊り上げた。その笑みは、絶対的な自信の表れか、あるいは――。


「ああ、自己紹介がまだだったわね。わたしは真宮寺彩音。ゆうの、マネージャーよ」


そう言い残し、彩音は再び闘技場へと向き直り、声を張り上げた。その声は、不思議な力でアレスの咆哮や暴風雨にも消されることなく、闘技場の中央に立つ青空ゆうの耳へと真っ直ぐに届いた。


「ゆうーーー!! 聞こえる!? 本当の『本気』を見せなさい! そうしないと、ここにいる神々が、みんな死ぬことになるわ!!」


彩音の顔に、わずかに残念そうな色が浮かぶ。(本当は、もっと華々しい、祝福されるべき舞台で披露させてあげたかったけど……仕方ないわね)


「……本当の……もうっ! 人使い荒いんだから!!」


闘技場の中央、降りしきる雨と、暴走するアレスが放つ禍々しい魔力の嵐の中で、青空ゆうはイラっとしたように叫んだ。しかし、その瞳には先ほどまでの怒りとは違う、覚悟の光が灯っていた。


ジャッ! ジャッ!


ゆうが両手を払うと、そこには先ほどの鍵盤にもう一段加わった、荘厳な二段構えの鍵盤が出現した。それは単なる神具ではない。世界の理ことわりに干渉するための、古の祭器のような雰囲気を纏っていた。


「わたしは早く帰る!!」


ダーン!


ゆうが鍵盤を叩く。放たれた音は、単なる音階ではない。それは空間に響き、法則に語りかけ、世界を構成するマナを揺り動かす「言霊」そのものだった。ゆうの上空に、七色に輝く花びらのような紋章マークが一つ、静かに浮かび上がる。ゆうは息つく間もなく鍵盤を弾き続ける。紋章は増え、回転し、互いに繋がり、やがて巨大で複雑な、幾何学模様の魔法陣――否、神聖な花の紋章エンブレムを描き出した。その紋章からは、この世界の創生以前から存在していたかのような、古く、そして強大な力が波動となって放たれている。


「あれは!!」テオスが息をのむ。


「……原初魔法……まさか、実在したとは……」ゼウスが、驚愕と畏敬の念を込めて呟いた。


「原初魔法?」VIP席でゼウスに支えられていた空士が、弱々しく問い返す。


「神が使う神技、人間に言わせれば『奇跡』。そして悪魔が使う魔法……その全ての源流となった、失われたはずの魔法体系だ。神々や悪魔がそれぞれの種族や能力に合わせて伝承し、改良……いや、劣化させてきた結果が、今の神技や魔法なんだ。オリジナルの持つ途方もない『力』を、安全に扱えるようにするためにね」ゼウスは、目の前の光景から目が離せないまま説明する。


「それを……青空ゆうは、使えるというのですか?」


「原初魔法は、一回目のリセット以前……この世界が生まれる前の、古代の神々の魔法と言われている。だが、リセット以降の世界では、その強大すぎる力に精神が耐えられず、使用者は狂人化したり、廃人になったりした。死に至ることも……な。だから38万年もの間、正確には二回目のリセット以降、誰も完全に扱うことはできなかった。魔法の研究とは、すなわち、いかにして失われた原初魔法の力に安全に近づけるか、という歴史だったと言ってもいい! だが、原典も詠唱法も失われ、伝承しようにも使い手が死んでしまうのではな……我々が言うのもなんだが、原初魔法はもはや『神話上のファンタジー』…実在しないものとされていたのだ!」テオスが、信じられないものを見る目で、やや興奮気味に語る。


「神話上のファンタジー……」空士がその言葉を噛み締める。「え……いま……一回目のリセット以前の古代の神々って……?」


「そうだ。オリジンを作り、この『神々のリセット』というシステムを始めたとされる、伝説の神……シリスノヴァ。彼女こそが、古代神話において、原初魔法の唯一の使い手として記されている……」ゼウスが、いつもとは違う真剣な、そしてどこか遠い目をして言った。


「シリス……ノヴァ……」空士がその名を繰り返した瞬間、ガタン、と彼の意識は途切れ、再びゼウスの腕の中に崩れ落ちた。


「ぐおおおおおおおおおお!!!」


闘技場では、完全に理性を失ったアレスが、闘技場の建造物を遥かに超える大きさにまで巨大化し、その全身から際限なく黒いオーラ――魔澱を噴き出していた。


(アレスの魔力に浸食されている!)ゼウスは気を失った空士の顔、首筋から顎にかけて黒い痣のようなものが広がっているのを見て、焦りを募らせる。


「テオス! 超級結界を! ぼくは倒れたものたちの回復を!!」


「任せろ!!」テオスは叫び、両手を広げる。「ここに集う神々よ!! オレに力を貸してくれ!! 黒き魔から我ら全てを守る、超級結界を構築する!! それ以外の者は、倒れた者たちの回復を頼む!!」テオスの体が眩い光の文様に包まれ、神々しい本来の神の姿へと変貌する。それに応え、観客席にいた神々も次々と立ち上がり、それぞれの神威を開放し始めた。「力を貸そう! テオス!」「神々の力、見せてくれようぞ!!」神々が本来の姿――三つ目の巨人、翼を持つ戦士、光り輝く獣――へと変わり、その霊力がテオスへと集束していく。破壊神シヴァも無言のまま立ち上がり、青い肌に逆立つ髪、首に絡みつく蛇、額に開いた第三の目という恐るべき姿となり、周囲の空間を震わせるほどの霊力を放つ。集められた神々の力が、テオスを中心に黄金の光となって渦巻き、闘技場全体を覆う巨大で多重層の光の結界――超級結界を形成した。


(ははっ、神々だってたまには協力するか……強大な敵がいればな……)ゼウスは内心で皮肉りながらも、自身もまた雷光を纏った荘厳な神の姿へと変わる。(あとは任せたぞ! 青空ゆう!)「アイギスの息吹!!」ゼウスから放たれた生命の光が、倒れた者たちを優しく包み込む。しかし、空士をはじめ、深く魔力に侵された者たちの回復は遅々として進まない。(超級結界で魔力は防げているはずだ! だが回復しない!! 浸食を抑えるのがやっとか……!)ゼウスは歯がみしながら、闘技場の中央を見据える。(君の力を信じるぞ、青空ゆう)


客席上空では、彩音が球状の結界の中から、まるで舞台を鑑賞するかのように闘技場を見下ろしていた。(こんなところで披露することになるなんてね……)


「ゆう!! 弾きなさい!! フーガよ!!」


彩音の指示が飛ぶ。


「ええっ! フーガ?? あの曲はK様をイメージして作った曲で、ジャミングしてまだ譜面にも落としてないのよっ!」


ゆうは一瞬戸惑うが、すぐに覚悟を決めた。


「そうよ! だから! ゆうのK様に対する今の思いを、ありったけぶつけなさい!! フーガ、LIVEバージョンよ!!」


(K様への思い……K様はそっけなくて、ちょっと意地悪なとこもあるけど、目標にむかってまっすぐに努力して、強くて、そして……やさしい。なのに……)ゆうの胸に、先ほど破壊されたフィギュアへの怒りが再び込み上げてくる。彼女は、天を衝く異形の巨人となったアレスを見上げた。(そんなK様を……K様がようやくたどり着いた勝利のガッツポーズを……限定30体で再現した、あの、ファンミーティングの抽選でも外れた、貴重な限定フィギュアを………!!!)ズン……アレスが、彼女を踏み潰さんと一歩踏み出し、闘技場が激しく揺れる。




「絶対に許さない!!!!」




ゆうは絶叫し、鍵盤に指を叩きつけた。


ダダダダダーン!


それは、もはや音楽ではなかった。怒りと、悲しみと、そしてK様への愛(?)が叩きつけられた、魂の叫びそのものだった。


ゴォア!


ゆうの上空に浮かぶ花の紋章が、輝きを増しながら同心円状に拡大する。紋章の中心部は、静かな水面のように揺らめき、その奥から、異世界の影が滲み出てくる。影はだんだんと輪郭を帯び、大きくなっていく。


ドゥプ……。水面が波打ち、大きく膨らむ。ドゥプププ! 水面が裂け、中から現れたのは、縄文土偶にも似た、しかし神々しくも異様な姿をした、全長5メートルほどの存在だった。


「あ……あれは……天使……?」


「いや……原初の天使だ……」


ゼウスとテオスが、揃って驚愕と畏怖の声を上げる。それは、彼らの知るどの天使とも似ていない、世界の創生に関わったとされる、伝説上の存在だった。


ザワザワ……! 観客席の神々が、その異様な天使の出現に動揺する。


ドゥプププ!


再び水面が膨らみ、今度は優美な女形の天使が姿を現す。さらに、鳥のような翼を持つ天使、そして滑らかな卵のような形状の天使が次々に召喚され、合計四体の原初の天使が、青空ゆうの周囲に静かに浮遊した。彼女たち(?)からは、時間という概念すら超越したような、古く、そして絶対的な力が放たれていた。


ガアアアアア!


巨大化したアレスが、本能的な脅威を感じたのか、邪魔な天使たちを薙ぎ払おうと、山のような巨大な腕を振り下ろす。


ヴィン!!


しかし、天使たちは、まるで蝿でも払うかのように、軽々とアレスの拳を弾き返した。その衝撃音は、空間そのものを叩いたかのように硬質で、異常だった。


「あ……あれは、まさか……古代神話において、旧世界を焼き尽くし、100年戦争を終結させたとされる……『殲滅の四天使』!! なぜ、彼女たちがここに……!?」


テオスは、神話の存在が現実に出現したことに混乱し、驚愕の声を上げた。


「全音転調!!!」


ゆうの奏でるメロディが、激しく、そして荘厳な曲調へと変わる。それに応じ、四体の天使が動き出した。卵型の天使は、流星のような速度で天高く、宇宙空間へと駆け上がり、男型、女形、鳥形の三天使は、巨大なアレスを取り囲むように、完璧な三角形の陣形を取った。


フィイイイイン!


三体の天使が、一斉に眩い光を放ち始める。その光は、単なるエネルギーではない。存在そのものを昇華させるかのような、純粋な神聖エネルギー。


ドゥギャ!!!!


地上の三天使から放たれた光の奔流が、天を衝き、遥か上空、宇宙空間で待機する卵型天使へと集束していく。光を受け、卵型天使は眩いプラズマをほとばしらせながら超高温となり、やがて一つの小さな「太陽」と化した。それは、すべてを焼き尽くし、無に帰すための、裁きの光。


(世界を焼き尽くした炎の柱! まさか、ここで再現するというのか! 圧倒的な力の差があれば、オリジンの加護など意味をなさない!!)テオスは、これから起ころうとしている事態を悟り、顔面蒼白となった。


「やめるんだ!!!!! 青空ゆう!!!!!!! それを使えば、ここにいる全員が……いや、この辺境のはざまそのものが消滅するぞ!!!!! 」


テオスは、必死に絶叫する。


しかし、その声はゆうには届かない。彼女は鍵盤の上にそっと両手を置き、静かに、しかしはっきりと告げた。


「浄化プロセス……開始!!!」


そして、二段構えの鍵盤の上を、彼女の指が舞うように、あるいは嵐のように激しく動き始めた。奏でられるのは、フーガ。破壊と再生、絶望と希望、怒りと慈悲が複雑に絡み合い、昇華していく、荘厳なる旋律。


ドッ!!!!!!!!!!!!!


天空の太陽から、アレスめがけて、純粋な破滅の光柱が、絶対的な速度と質量をもって投下された。


「グオオオオオオオ!」


直撃を受けたアレスは、断末魔の咆哮を上げる。(……リリエル……)彼は、焼け落ちる寸前の右手を、何かを掴むかのように空へとかざした。だが、ドッ!!!!! 無慈悲な光が、その腕を、彼の存在ごと吹き消していく。


「やめるんだぁぁぁぁぁ!!!!!!」


テオスの絶叫を、ザーーーーという激しい雨音が、そして光柱が空間を焼く轟音が、完全にかき消した。光は、アレスの巨体を瞬く間に飲み込み、その勢いは衰えることなく地上へと降り注ぎ、巨大な光の津波となって闘技場全体へと広がっていく。


ドドドドドドドドドドドドド!!!


超級結界も、観客席も、そこにいた神々も、逃れる術はなく、次々と絶対的な光の中に飲み込まれていく。誰もが、ただ驚愕の表情を浮かべることしかできない。光は流体のように闘技場一帯を覆い尽くし、聖地オリジンをも飲み込み、なおもその範囲を拡大していく。辺境のはざまの空が、白一色に染まった。


闘技場を中心とした半径5キロメートルほどの範囲を完全に飲み込んだところで、ようやく光の柱は、ゆっくりとその輝きを収束させ始めた。


フィン……。


光が完全に消え去ると同時に、四体の原初の天使たちも、まるで幻であったかのように、音もなく消え去った。



『神々のリセット 女神と悪魔』、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

貴谷一至です。

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