表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

スーサイドモーニング


 oh yeah!_oh yeah!_oh yeah!__エンジンみたいに…


「…んっー、うあ…」

 眠りから覚めてみるとカーテンを閉めているはずなのにやたらと明るかった。

 どうやら昨日の夜からDVDをかけっぱなしにしていたようで、寝転んで見れるようにと足先に台を組み立てて置いてあるテレビ(アナログ)から青白い光が漏れていた。

 喉がやたら渇いてる事からエアコンも切り忘れているらしい。予想通り、頭上にある洗濯物が少しだけそよぎ、テレビの光で不気味な存在感を放っている。

「っしょっと。今何時かな…」

 とりあえずエアコンを切りつつ時間を確認する。

 …うん、まだ大丈夫。

 その間にブラウン管の中で暴れている四人は次の曲に移ったようだ。



 君が息をしてるのを〜、確かめに行くから〜、確かめ…


 どぅるどぅどぅどぅ…と口ずさみながら寝間着を脱ぎ捨て、学校指定のワイシャツ、制服へと着替えていく。

 そして名残惜しいけどレコーダーの電源を切り(最後にもう一曲だけ聞いて)、トントントトンとリズミカルに一階へと降りてゆく。

 居間に行くと一人以外、みんな揃っていた。

 おはようございます。

 と、もはや反射的に呟きながらコタツの中へと足を入れる。

 うぅー、しゃーわせー。 今日のおかずは焼き魚らしい。ジュージューという音が耳朶を打ち、これまた反射的に唾が込み上げてくる。焼かれているのはおそらく秋刀魚だろう、とか当たりをつけながらご飯がよそられるボーッと待つ。

 ボーッと、待つ。

 ただ、待つ。

 ふわぁあぁ…

 あっ、すごい事思い付いた。こう、まぶた、ってあるじゃないですか。あれって上下に分かれてるの知ってます?それをこーんな具合に上のと下のをくっつけるとー…気持ちいい。

 超、気持ち、いい…

 ぐー。

 いきなりパチンッ、という音が頭の上からというか頭からしたため、ボクは嫌々(体全体を使って表現しながら)頭を2m23cmほど上に向ける。

「あたしはアンドレかっ!!」

 という声とともにもう一度、頭がパチンッと鳴る。

「何も言ってないじゃないですか…」

「あんたの視線の先に存在出来るのは奴くらいだよ」

 ボクの呟きにも律儀に返してくれるこの人は 長谷部 小春【はせべ こはる】さん。

 身長192cm、体重ふにゃらら、スリーサイズはぁはぁ、です。スラッ!キリッ!!ッッバーンッ!!!…っていう感じの女性でサーベルタイガーを彷彿とさせる(見たことないけど)切れ長の目が特徴的(サーベルタイガーって切れ長なのかな?)

 生れつきの赤毛らしく、外を歩く時は何やら目立ちたくないー、とか言って帽子をかぶっているけど、実際そんなの関係ないくらいにガンガン目立ってる。

 だって浮いてるし。カメレオンの群れにコモドドラゴンをぶち込むが如く。保護色使っても無意味でしょう。

 まぁ、赤毛は別に嫌いではないらしく、普段は耳の上あたりで編み込みを作りつつ肩のあたりで切り揃えていて何か、かっこいい感じに仕上がっている。

 基本的には豪放磊落を地で行く女性で快活な物言いもまた魅力的…しかし、改めて、でっかっ!

 いろいろとでっかっ!!

「ほら、人の事おかずにしてないで、さっさとご飯食べなん」

 間違った、豪放磊落というかただ軽いだけだったこの人。

「…下品ですよ」

 ボクの視線に気づいたのかテーブルに出来た料理を並べつつ、嫌な笑みを浮かべ始めた。

「うるさいよ、男の子。もう少し立派になったら相手したげるよん。よんよん」

「いただきます」

 ボクは手を合わせながら無言で食べはじめた。うーん、やっぱり秋刀魚には大根おろしだね。

「いただきますだなんて、直球だなぁ。えろー、えろー」

「もー、朝からやめてくださいよ」

 今だに弄ってくる小春さんから逃げるように体をよじっていると、小春さんとの掛け合いを楽しそうに、眠そうに、見守っている青年と視線が合った。

「烏帽子さーん。見てないで助けてください」

「んっ?あい。」烏帽子さんはそう返事をしながら時計をチラリと見て「春ちゃん、そろそろ時間になっちゃうからそのへんでね」

「あれっ?もうそんな時間。やばすばいー」

 小春さんは烏帽子さんの言葉でまた台所へと向かい、作業を続け始めた。

 ジュワー。

 トントカトントン。

 ボコボコボコ。

 しかし、仕事早いなー。ってかそんな食べれませんて。

「しかしさー、まーくん」

 烏帽子さんがテーブルにぐでーっと倒れ込みながら話しかけてきた。

 あぁ、これから料理がくるのにと思って見ていると案の定、出来上がったばかりの料理を持った小春さんが何か思案気な顔で立ち尽くしている。

 どうすんだろー、とか思って見ていたら、なんかめんどくっせぃ、っと言うような表情で烏帽子さんの体の上にのせていった。


 …って絶対ダメだよ!

 人の上に料理並べちゃ!

 人の上で盛り付けしちゃ!

 ってかドリアはヤバいよ、何か敷こうよ。

 尋常じゃないぜー、尋常じゃないぜー。

 しかし、そんな事を気にもせず(もう、顔にまでのっかっている)今だに眠たそうな烏帽子さんは話しだす。

「ほら、あれあるじゃん、昔流行ったさー。なんて言ったけ?一時期、警察とかも捜査したさー。ええと、あっ、あれだ、あれ。口裂け女…って春ちゃん!もう無理!マジ、ヤバい!耳がヤバい!皮膚がヤバい!」 あっ、やっぱり熱かったんだ。

 ちなみに、只今うーうー唸って身もだえしているのは烏 烏帽子【からす えぼし】さん。

 小春さんより小さいながらも183cmと背が高く、手足がやたらと長い、何か飄々とした人物である。

 心から睡眠を愛している人で24時間慢性的睡眠欠乏症らしい。常に眠たそうな目をしている。

 そのためかは分からないけど髪の毛はボサボサのねこっ毛天然パーマで、それこそ真っ暗な黒色と相まって烏の巣のような様子になっている。

 以外にも手先が器用な人で小春さんが被る帽子は全部、烏帽子さんが作っている。しかも、これまた以外な事にセンスが良い。

 座右の銘は行雲流水。自分を持っているんだかないんだか、とにもかくにも、ゆっるーい人物である。

「あっつー、しっぬー、ねっむー」

 まだ唸ってるよ。ってかまだ眠いんですか。ある意味超人だ。

「それで、口裂け女がどうしたんですか?」

 烏帽子さんは体の上にのっている皿を落とさないように器用にこちらに首を向けた。

「んー?そんな事言ったけ?」

 …おい、こら。

「言いましたよ。何が言いたいのかは分かりませんでしたけど」

「そうだっけ?あっ、そうそう、口裂け女なんだけどさ」

「確かポマードを思いっ切り投げつけるのよね」

 まだ、烏帽子さんの上で盛り付けている小春さんが些か過激な事を言い出した。

「顔面に。瓶で」

 もっと過激な事を言い出した。

「眼球に。ぎゅるって」

 超、過激な事を言い出した。というかポマードである必要は何だ。

「それにしても、何でポマード何だろうね?」

 話が脱線してきた。

「確かに…。何ででしょうね?」

「トリートメントじゃダメなのかしら?」

 そっちに持ってくか。

「うぇへへー。みー、きれっいー?」

 いきなり小春さんが変になった。いや、もともと変だけど。

 おそらく、口裂け女のマネをしているようだ。

 てか何故に外国人。

「むっ?お主、このとりーとめんとをやる代わりに私にお供せい」

 烏帽子さんも存外ノリが良い。

 てか何故に武士。

「何!?トリートメント!?寄越せ!…えへへー、さらさささー」

「んむ。気に入ってくれたようで何より。では、鬼ケ島に行こう!」

 鬼ケ島!?

「もう、天狗と狼男は集まっているぞ!」

 ガチ滅ぼしやん。

 てか何故に桃太郎。

「…って、もういい加減にして下さいよ!だから、口裂け女がどうしたんですか?」

「うん。今のくだりはまったくの無意味だね」

 !?

 こやつ、抜けぬけとー!

「更に言うと口裂け女のくだり、にも、意味は、ない」

「開き直るな!ってか、その話し方すっげーむかつきます!」

「まぁまーくん。僕の話は聞いて損なし、孫正義だよ」

「なぜに、ソフトバンクの社長…」

 こほん、と烏帽子さんが咳ばらいをした。胡散臭かった。

「ときに、まーくん。まーくんはあまり友達が多い方じゃなかったよね」

「…そーですけど、それが?」

「人の話は西郷ドンまで聞くものだよ」

 隆盛は情報屋ですか。

「最近、中高生の間で流れている噂は知ってるかい?」

「…知りません。友達、多くないですしー」

「そう拗ねないでよ。でね、その噂ってのが最近変な人が夜にうろついてる、っていう話なんだよ」

「…また、大雑把ですね」

「まぁ、そこは噂だからね。それで、ここからが重要なんだけどね」

 また、烏帽子さんは、こほん、と咳ばらいをした。


 しかし、何かそれには


 先ほどとは違う


 空気が


 あるような


 気がした




「その噂になってる人物、問い掛けてくるらしいんだよ」

 何を、とは聞くまでもなく烏帽子さんは先を続ける。

「                                        《夢》                                        あるかい?…って、さ」




 ドクンッ


 響く


 心臓が


 高く



 嫌な言葉だ

 嫌な音だ

 嫌なモノは


 無くならない。ボクには何もないから、持ってちゃいけないから、持ってイケないから、考える事さえ、出来ない、から。



嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌なモノがへばり付いてくる鎖骨が軋むようなべったりとしたモノがダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメそんなのダメだってばそんなそんなのはダメだから死にたくなる死にたくなる死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死んで殺して八つ裂きで見るも無惨に聞くも無残にカケラも無罪で殺したい殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺されて死なされて殺しにい死死ににいって殺した死んだ笑って殺して眠って死んで泣いて殺して起きて死んで死んで殺して殺して死んで死にたくなる死にたくなる死にたくなる死にたくなる死にたくなる死にたくなる死にたくなる死にたくなる死にたくなる死に





 …っふー、やっぱりダメだな、ボクは。


 《そういう》のとは相性が悪い…いや、良すぎる。の、かな。


 烏帽子さんに気づかれないように息を調える。

 …いや、気づかれてないつもりで息を調える。




 この人は



 分かる人だから。






 どちらにせよ、烏帽子さんは話を続けていく。

「で。まぁ、話はそこで終わりなんだけどね」

 ……あれっ?

「むしろ、ここからってとこじゃないですか。ほら、その後どうなったとか」

「そんな事言われてもなー。分かんないんだからしょうがないじゃない」

「分かんないって…。そんな中途半端な話ないでしょうに」

「だって、聞かれた人は全員いなくなっちゃったんだもん」

 あー、そっちね。

「…って、ガチやばじゃないですか!警察はどうしてるんですか!?」

「んー、確か捜査してるとかなんとか。ってかさ、いつも思うんだけど、こういう話ってのはどうやって広まってんのかね?物陰から見てたりとかするのかな?」

「物陰から見てるのは家政婦だけで充分ですよ…。で、改めて、何でそんな話したん…」

「気をつけて」「えっ?はっ?あぁ、はい…」

 ホント解らない人だ。

「ときにまーくん」

「何です?」

「あれは何だね」

「?時計ですけど…それがどうかしたんですか?」

「そう、時計だ。時計というのは時を計ると書く。では、時計のメリットとは何だね」

 烏帽子さんが変になった。いや、元から変か。

「メリットですか…。やはり時を正確に刻む事じゃないですか?」

「なるほど。時刻、ということか。確かにそうだろう。現代社会は正に、タイムイズマネー。時は金なり。10分前行動が出来れば評価がうなぎ登りのよく分からん社会を表してるといっても過言じゃ、ないだろう」

「はぁ…」

「しかしね、まーくん。そんな現代の大魔王バーンこと時計君にも弱点があるのだよ」

 大魔王さんは実在の人物ではありません。

「それはね、時を正確に刻んだところで、それが合ってなければまったく無意味という事だ!」

 !?

 まさか!?

 急いで携帯を開く。

 只今の時刻は7時30分。

「くっ!烏帽子ぃぃっっ!!」

「おおっと、僕は悪くないよ。ちゃんとそろそろ時間だよ、って言ったじゃないか」

「時計の針ずらしたろっ!」

「ああっ!ずらしたさっ!」

「くっ!いっそ清々しいほど憎たらしいですね!」

「さぁ、どうする?学校に行くのには徒歩で40分かかる。朝のホームルームは8時から。普通に行ったら間に合わないさーっ!」

 やたらと説明臭い。

「行ってきますっ!」

 早くいかんと間に合わん!

 ダッ!

「待ちなさい、まーすけ」

 ズッ!ガスッ!

 玄関までダッシュしかけたところで小春さんに襟を持たれた。てか、思いっ切りぶつけた。激痛い。

「っっす〜。…何です、か。今、急いでるんですけど。」

 恨みがましい目を小春さんに向けるが全く意にかいさず小春さんは続ける。

「ご飯食べて行きなさい。」

「せっかく作ってもらったとこ悪いんですけど、今日はいい…」

「ダメよ。朝ご飯はちゃんと食べなきゃ。」

「けど…」

「食べなさい」

「でも…」

「食べなさい」

「しかし…」

「食べなさい」

「怒るでしかし!」

「食べなさい」

「イタダキマス」

 包丁持ったまま笑うのはやヴぁいと思います。



 …顔洗って、歯磨いて、準備おっけーと。

 あー、もう絶対むりだよー。いつもの二倍の速度で行けって。界王拳でも使えばいいのかよ。

「むー、行ってきまーす」

「まー、待ちなさい」

 また小春さんに呼び止められた。何だろう。まっ、まさかこっそり野菜だけ大皿に戻したのがばれたのだろうか。

「何怯えてるのよ。殴らないからこっちおいで」

 少しびくつきながら小春さんのところに行く。



 抱き着かれた。


 ギュッ、と。


「えっ、あのあの姐さん?」

 キョドキョド。

「あんたは良いとこいっぱいあるよ。自分が思ってるよりも」

「小春さん…」

「あんたがいるだけであたしの人生は二割増しだよ。マジで。」

「二割って、中途半端ですね…」

 苦笑すると小春さんは子猫みたいに目を細めながら、眩しい、本当に眩しい、笑みを、浮かべた。

「あたしの人生の5分の1に影響してんのよ?誇りに思いな」

 そう言って大きな声で笑った顔も、眩しい。

「…ありがとう。ねぇ…」

 小春さんはびっくりしたようにこっちを見た。何か恥ずい。

「ねぇ、だなんて。まだ甘えん坊ねー。よしよし」

「いいなー。僕もまーくん抱っこするー」

 烏帽子さんまで抱き着いてきた。前から小春さん、後ろから烏帽子さんにギューッと抱き着かれている。

 ホントにこの人達は…。

 少し苦笑する。でも…。




 この温かさは



 嫌じゃない



「…って、ああっ!学校!」

 やばい、忘れてた!

「行ってきますっ!」



『行ってらっしゃい』


 背中越しに聞こえてくる声に一瞬止まりそうになるがそのまま外に出る。

 時刻は7時45分。

 ホームルームまで15分。絶対むりだ。烏帽子さん、恨みます。

 けど、たまには、こういうのもいいかな。


 いつもより大分早い速度で。そして、いつもより少しだけ上を向いて。 ふと、空を見ると澄んだ空気の向こうに太陽が見えた。





 今日も一日良い日でありますように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ