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胸中


なんかいけないこと聞いちゃったか?


ムスッと頬を膨らませた子供っぽい表情の母を見て思う。

意外と母のこんな顔は初めてかもしれない。



「折角良い雰囲気だったのにな~」


大げさに頭の後ろで両手を組み、投げやり気味に母が言う。



なんかごめん…


どこか幼稚になった母の様子を見て、心の中で謝罪する。

と同時に芽生える一つの疑問。


でもさ、一つ言わせてほしい。

これ最後の最後でバレる方が悪くない?

僕に隠さなきゃいけないほどの関係なんでしょ?


これただの八つ当たりだよね!?







「まあ、いいわ」

乱暴に手を払いながら母が言う。


「とにかく!いろんな場所を巡って、いろんな物を沢山吸収して、成長してきなさい。あといつでも帰ってきていいからね」


最後のだけちょっと優しかった。


「言いたいことも大体言えたし、そろそろ時間ね」

寂しげ交じりの笑顔の母に手を引かれて、ロイドの待つ馬車へと向かう。

完全に母のペースで僕は流されるままだ。



「おや、話は終わりましたか?」


御者席に腰かけていたロイドが馬車に近寄ってきた僕たちに気づいて声をかけてくる。

手にはレンズが拭きかけの片眼鏡を持っていて、片眼鏡をかけていない彼はいつもより穏やかに見えた。




そんなロイドに

「ごめん、バレちゃった。詳しいことはお願いっ」

母が顔の前で両手を合わせた。


一瞬固まったものの、すぐに内容を察するロイド。


「まあ…」

ロイドが何か言いかけたその時


同じ姿勢で固まっていた母が合わせた両手を避けて顔をヒョコッと前に出してウインクをかました。

重ねて舌を出す。


…沈黙が流れる。



母の様子は見ていられないのでロイドに視線を移すと

思いのほか笑顔……じゃない。


一切詫びる気の無い母のその表情にロイドの額に薄っすらと青筋が立っていくのが見えた。

お察しします…



ところで、母さんの方はロイドさんの笑顔の裏の感情には気づいているのかな。

ウインクとかやり出している感じ、気づいてはいなさそうか…



「あなたも変わりませんね…まあ、いいですよ」


ロイドが額に手を当てて、呆れた視線を母に向ける。

よくはなさそうな様子。


「ありがとね~」


「とりあえず出発しますので、エミル、後ろの荷台かそれとも私の隣にしますか?」

ロイドが気楽に返した母を半ば無視する形で話しかけてきた。


荷台からなら後ろから顔を出せば、すぐ母さんを見られるだろうけど…


「隣にします」


返事を聞いたロイドが頷いて、一人分を空けるために奥へとずれた。



「さ、ロイド、エミル行ってらっしゃい。気をつけていくんだよ!」


僕がロイドの横についたことを確認した母が腰に手を当てて言った。

ハットを取ったロイドが母に会釈を返し、逆の手で手綱を操ると、合図を受けた二頭の鹿毛の馬がゆっくりと前進し出した。

最初こそ揺れにビックリしたが、慣れれば微かな振動と軽やかな馬の足音は心地が良い。






「ふ~、どうです?別れの挨拶はきちんとできましたか?」


別れの挨拶…

僕、言いたいこと言えたっけ…


母のペースに飲まれて気付けば、馬車の上。

母との距離が刻々と開いていく。


現状を認識した途端、奥底から沸き上がった焦燥感が全身を襲った。


15年も一緒に過ごしてきたんだ、二人で。

いっぱい伝えたいことがあるんだ…!


口内が乾き、視界が狭まる。目一杯頭を働かせるも焦りからか言葉がまとまらない。

どうしようどうしようどうしよう。


涙が浮かび体が小刻みに震え出したその時、何かが肩に優しく触れる。

それが手ということに気づくことすら間を要するほど焦燥に駆られていた。


思わず顔をあげると、ロイドと目が合った。


「返事がないので心配しましたが大丈夫ですか?様子が変ですよ?初めての馬車で酔ってしまいましたか?」


違う…

違います…


口が一気に乾いたせいかうまく声が出ない。

ロイドが近くの鞄から取り出した水筒を手渡してくる。


「どうぞ、水を飲めば幾分か楽になるはずです」


「違うんです…挨拶…できてない…」

水筒の中身を呷り振り絞るように言う。


「言いたいことがいっぱいあって…でも、まとまらなくて…結局…」


鼻を啜りながら必死に伝えると

「まとまっていなくたって良いじゃないですか。難しく考えずに頭に浮かんだことを言えば」

薄っすらと笑みを浮かべたロイドがそう呟いた。


難しく考えずに。

頭に浮かんだことを。


ロイドの言葉を反芻する。


「どうです?まだ間に合いますよ」

ロイドが視線は前のまま、そっと後ろに指を指す。


難しく考えずに。

頭に浮かんだことを。



御者席から立ち上がる。

狭い足場にバランスを崩しそうになり、馬車の装飾を掴んで体を支える。


まだ間に合う。


馬車から身を乗り出すと、遥か遠くに立つ母が見えた。


「母さ~ん!!」

声が届いた。

僕の声に反応した母が頭の上で手を大きく振っているのが見える。


何もまとまってないけど。

目一杯空気を吸って声を張る。


「…いっぱい勉強してっ!…いっぱい成長してっ!お土産の話とかも沢山持って帰ってくるからっ!待っててねっ!  


行ってきまーす!!」




どうか無事で…行ってらっしゃいエミル。


門出は笑顔で。

馬車の息子に悟られぬよう、カルナは目を真っ赤に腫らしながら大きく手を振り続けた。

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