旅で大事なこと
さて。
次から次に、なんだ?この状況は。
ここは、とある建物の二階。
片側の窓から差し込む陽光が年季の入った廊下の木目を照らす。
窓の向かい側には個室に続くドアが並んでいる。
そんな二人分くらいの幅の廊下の真ん中で僕たちは向かい合って立っていた。
なんでこうなっているのかは、分からない。
加えて、なんでロイド先生があんなに真剣な顔をこっちに向けているのか分からない。
不思議そうに前を見つめていると、ファイティングポーズで左右に小さく体を揺らしていたロイドが口を開いた。
「…エミル、準備はできていますか?」
「準備?」
一体何のだ?
「何を呆けているんですか。じゃんけんの準備ですよ」
じゃんけん…?
更に首をかしげる僕を見て、ノリノリな様子で構えていたロイドが興を削がれたように腕を下ろす。
そんなあからさまにテンション下がんなくても…
それにこっちだって色々と聞きたいことがある。
「なんでじゃんけん?」
「なぜって…これから泊まる部屋を決めるためですよ」
そう言うとロイドは僕たちの横の二つのドアを指さした。
「勝った方が先に好きな部屋を選べる通称部屋決めじゃんけん」
そのままだな…
「泊まる部屋…ここって宿屋だったんですね」
言ってませんでしたっけ?などと、とぼけた様子を見せるロイドに冷めた視線を向ける。
ドリスと別れ、喫茶『アルティ』を出て、人通りの多い道を進んだ後整備された石畳の小道に逸れて、詰めて建てられたように並ぶ家々の隙間を抜け、この宿に到着するまでの間ずっとエミルは次の目的地について尋ねていたのだが…
何回聞いても適当にはぐらかし続けたのは先生ですよね?
着いてからのお楽しみですよ~とか。
目的地を知らないのも旅の醍醐味ですよ~とか。
「……」
それにしてもなんではぐらかし続けていたんだ?
ドリスさんの時と同じ雰囲気が見え隠れしてたから、何かを隠しているのは分かったんだけど…
「自分の泊まる部屋は大事ですからね~」
「どっちも一緒に見えますけど」
チラリと傍の二部屋のドアに目をやる。
この階の一番端とその隣にある二部屋の入口だが、揃って並ぶ暗い木製のそれらに大きな違いがあるようには見えない。
きっと、部屋の中も同じようなものだろう。
「それはどうでしょうね~まあ、エミルが良いと言うなら私が先に選んでも——」
「やります」
正直部屋はどっちでもいい。
が、目の前で薄笑いを浮かべているこの人に負けるのはなんか腹が立つ。
じゃんけんをするだけなのに手首を回し始めたニヤニヤおじさんに冷めた視線を向けていると、さっきから感じていた妙な引っ掛かりの正体に気付いた。
……!?
もしかして、さっきドリスさんがこっそり教えてくれたのって…
「じゃあ、早速やりましょうか。じゃんけん」
こっちの事など気にかけず、再びファイティングポーズをとるロイド。
「最初はグー。…………じゃん…けん」
ロイドは声と共に少し腰を沈める。
どうしよう。
いや、もう考えてる暇はないし、ドリスさんを信じて——
「ポンッ!!」
グッと瞑った目をゆっくりと開く。
僕が出した手はグー。
これほど力強く握りしめたのは初めてかもしれない。
そして、自分の手の少し先に目を向けると——
二本の指を大きく広げたロイドの手があった。
「あ、勝った」
こぼれるように呟く。
「……」
ロイドは何も言わない。
顔を見ると、見開かれた目は一身に手に向けられ、半開きの口は微かに震えている。
黙っているというより現状に言葉が出ないと言った方が正しそう。
明らかに動揺している様子がうかがえた。
「ロイドさ~ん、聞こえてますか~?」
目の前で手を振って反応を待ってみる。
何度か顔の前で手を行ったり来たりさせていると、ようやく僕に焦点が合ってくる。
「……え、負け…た?」
ゆっくりと視線を自分の手に移したロイドが小さく漏らした。
「はい、先生の負けですね」
もう一度、握り拳を作って見せつける。
「そんな…私が負けるだなんて…」
この世の終わりのような表情で落胆するロイド。
「そんな大げさな…」
ロイドの様子を見てポツリと呟くと
「大げさですって!?」
うなだれていたロイドが勢いよく顔をあげた。
「わかっていませんね?このじゃんけんがどれだけ大切なものなのか」
「わかりませんよ。説明されてませんし…」
大切という割に、その理由を教えてくれないロイドに目を細める。
ギクッと顔をしかめたロイドが口を尖らせて小さく呟いた。
「…それは、その…重要性を説明してしまうと…じゃんけんに集中してしまうじゃないですか…エミルも…」
声が小さすぎて聞き取るのに苦労したけど
要はこっちが何も知らないのをいいことに陥れようとしたってことですか。
「で、どのあたりが重要なんですか?部屋だってやっぱり同じに見えますよ」
じゃんけんまで終わってしまったが、相変わらず重要性は見当たらない。
「甘いですね」
それを聞いたロイドはフッと笑って指を振る。
「甘い?」
首を傾ける。
「部屋の中までは見ていないでしょう?一見大きな違いはないように見えて、中は全くの別物かもしれませんよ?」
「…確かに」
「……まあそんなことはないんですけど」
言い終えたロイドが悪びれる様子もなくニコッと笑いかけてきた。
「……」
「そんな目で見ないでくださいよ…」
僕が向けた冷めた目から逃れるように顔を逸らしたロイドが呟いた。
見たくもなる…。
少々気まずい空気のなかロイドは逸れた話を戻すように咳払いをした。
「旅を続けていると自分でも気づかないうちに疲れは溜まっていきます。ですから、その日の一晩しか過ごさないとしても宿所には気を遣う必要があるんですよ。同じに見えても部屋の中に入ってみたら、些細なことが気になって気が休まらないなんてことだってありますからね」
「些細なこと?」
「ええ、例えば家具や明かりの配置だったり、やたら声の大きい隣人だったり。魔道具が用意されてる宿なんてものもありましたが、質の方は部屋ごとでかなり差がありましたよ」
最後のとか些細か…?
多少疑問は残るもののなんとなく重要そうなことは伝わった。
ただそれを踏まえてもあの負けた時の反応はちょっと大げさすぎる気はする。
すると、あまり腑に落ちていない僕の様子を見たロイドは
「それと、何事も楽しもうとしていた名残ですね」とどこか懐かしそうに付言した。




