そういえば。
「そういえば、お前たちはなんでこの街に来たんだ?」
『赤』にがっついていたドリスが手を止めて顔をあげた。
その唇は真っ赤で見てるだけで辛い。
「たしか用があるって言ってましたよね?ドリスさんに」
連行される直前の話である。
「私に?そうなのか?」
ドリスが尋ねると、丁寧な所作でシロップをすくって口に運んでいたロイドが頷いた。
「そうでした。カルナから手紙を預かっていたんです」
母さんから?
「お、懐かしい名前が出たな。あいつは元気か?」
ドリスの表情がパァーっと明るくなる。
「相変わらずでしたよ。おっちょこちょいと言いますか…」
苦笑を浮かべるロイドに「変わらないな~」と笑うドリス。
完全に置いてけぼりにされちゃったけど…まあいいか。
すると、残りを手早く口に運んだロイドが懐をゴソゴソと漁り出した。
「あなたに会いに行くと言ったら、それならと任されたんですよ~えっと、ありました。これです」
小さな手紙を取り出したロイドはそれをドリスに手渡す。
「ん。しっかり受け取ったぜ」
ドリスが手紙を顔の近くまで持ち上げた。
「はい」と確認も込めて頷いたロイドが今度はこちらを向く。
「ね、ちゃんと別の用でしたでしょう?」
ロイドがどこか得意げな表情を浮かべる。
疑ったの根に持ってた…
「疑ってごめんなさい…」
「そんな風に謝らないでください。なんか私が惨めじゃないですか」
「おう。傍からだと大人げなく映るな」
いつの間にか『赤』を完食していたドリスが手紙をしまいながら答えた。
「こちらへどうぞ」
さっきのウエイターの声が聞こえてきた。
それに続いて、三人の男がやってくる。
男たちはガチャガチャと金属音を鳴らしながら、近くのテーブルに腰かけた。
鎧だ!
かっこいい!
上から下まで統一された鋼色の鎧に、腰には白い鞘に収まった剣がかけられていた。
昔見た絵本に登場する騎士のような恰好をしている。
確か、山奥に住む魔物を倒しに行くとかそんな話だった、懐かしいな~
向こうにはバレないようにチラチラと眺めていると、向かいのロイドがドリスに小声で尋ねる。
「そう言えば、ここらで何かあったんですか?町中の冒険者の数や門の衛兵たちの装備、明らかに何かありましたよね?」
ロイド先生そんなとこ見てたんだ。
僕なんて右見てすごーい!左見てすごーい!だったのに。
「ああ…あった」
ドリスが小声で頷いた。
「いったい何が…?」
間髪入れずにロイドが尋ねると、難しそうな顔でドリスが答える。
「……魔物が目撃された…らしい」
魔物…!?
これまた絵本に出てきたやつだ。
絵本の中では凶暴な獣のような姿で人間に危害を加え、最後は人間側に倒されてしまう存在。
これまた内心高揚している僕とは対照的に、ロイドの表情には陰りが見える。
「魔物…いつぶりでしょうか…」
「国内じゃ、2、3年ぶりくらいっじゃないか?ここからかなり北に行ったところらしいが、念には念をってことでつい最近ギルドに調査依頼が出され、近隣の街には冒険者が派遣されだした。公開された内容はこんな感じだったな」
「正確な位置などの詳しいことは、現状分かっていないということですね?」
「ああ、公開された内容ではな」
ドリスがニヤリと笑う。
「冒険者ギルドに依頼が出されたんだぞ?あそこにはいるじゃないか、頭のおかしなやつが」
ドリスさんに言われるって相当だよな…
水を向けられたロイドは少し考えて顔をあげた。
「…ネスのことですか?」
初めて聞く名前。
っていうか、先生もそういう認識ってどんな人なんだ…?
今のところ何も分からないがそんな僕を置いて話は進む。
「そう。目撃場所はクラリナ大密林。見た目や群れで行動していたなどの特徴から、おそらくそこらに住んでいた狼が魔物化したってのがネスの見解だ」
「北も北ですが…前回のことも考えると冒険者の派遣も妥当ではありますね」
ロイドが重々しく頷いた。
「ただ、そうなると話は変わりますよ」
ロイドがドリスに真面目な眼差しを向ける。
「私の依頼にエミルは連れていけないって?」
「ええ、万が一がありますから」
そっと頷くロイド。
「確かに…」と納得した様子のドリスは少しの間頭を悩ませ、答えを出した。
「わかった。なら新しい情報を待て。しばらくこの街にいるんだろ?ネスからの情報ならすぐ伝えてやるから、判断はお前に任せる」
言い終えると、口元を丁寧に拭いたドリスが立ち上がってこっちを手招きする。
なんだろうと顔を近づけると、ドリスが耳元で一言囁いた。
「いいか。最初はグーを出すんだ…」
最初はグー?じゃんけんの話か?
説明を求める視線を向けるも、ドリスは真剣な表情で小さく頷くだけだった。
「二人でヒソヒソと。何の話ですか」
「フフ、内緒だ。んじゃ、私はもう行くから、またな」
ドリスはニヤリと意地の悪い笑みを向けると、手を挙げながら出入口へと歩いていってしまった。
「行っちゃいましたね…」
あっという間に去っていったドリスの小さな背中からロイドに視線を移す。
「ですね。さて、私たちも行きましょうか。お会計は…私ですね」
ロイドの口からハハハと乾いた笑いがこぼれる。
気付かぬ間に情報代を取られたロイドであった。




