素顔
視界の端に気まずそうに佇むロイドを捉える。
でも、手取らないわけにはいかないよな…
「よ、よろしくお願いします」
裏はないかとひやひやしながら、慎重に彼女の手を取る。
幸い握りつぶされるなんてことはなかった。
手を引いたドリスがカップの中身を一啜りし、「さて」と切り出す。
「確か…数か月ぶりだったか?ようやく依頼の報告に来てくれたわけか」
目を伏せたドリスが顎を微かに動かし、ロイドに水を向ける。
僕に手を差し出した時とは一転して、今の彼女の表情に喜や楽はない。
声色は落ち着いているが、内に秘めた怒りはいつ爆発してもおかしくないように見える。
っていうか、ドリスさんほとんど顔動かしてないから、ロイド先生の位置じゃ見えないでしょ!
場所的に僕の方が圧を受けるのおかしくない?
「……その、……まだ…です」
耳を澄まさないと聞き取れないほどの声でロイドが言う。
なんか丸まってて小さく見える。
「まだ?」
ドリスの瞼がピクッと反応した。
「まあ、たしかにあの量の依頼だからな。半分くらいか?」
「…いえ」
小さな声で返事をするロイド。
「じゃあ、いくつだ?」
ドリスが背もたれに手をかけて振り返る。
目を向けられたロイドの背筋がピンと伸びた。
「……」
目が泳ぎまくっているロイド。
「いくつだ?」
ドリスの口調がさっきよりも強い。
しばらく黙っていたロイドだったが観念したように口を開いた。
「ひとつです…」
ひとつ間があって——
「ひとつぅぅ!?」
立ち上がったドリスの声が部屋中に響き渡る。
あ~あ。
爆発しちゃった。
ドリスがロイドに向けて指を四本立てる。
「数か月前、旅の資金提供の対価としてお前に依頼した要件は四つだったな!?」
「はい…」
「それも、長期間を要する見込みのものはないと最初に確認したよな!?」
「はい…」
「あの内容に対してこれだけの期間があって、こなせたのはひとつぅ!?」
「すみません…」
「数か月間音信不通で一体何をしていたんだか」
ドリスの口からロイドの罪がどんどんと明るみに出ていく。
最後の方のドリスの口調には怒りを通り越して呆れが混ざっていた。
第三者の目線ですが、いまのところは先生が悪そうです。
「で、一応聞こうか。そのひとつとやら」
ドリスが侮蔑混じりの視線でロイドに尋ねる。
すると、ロイドはポケットから例の皇級魔道具を取り出して、そのてっぺんに軽く触れた。
旅を始めてから見る機会が増えた瑠璃紺色の石が上下に分かれ、隙間に青白い半透明の球体が現れる。
「おいおい。いいのか?」
ドリスがこちらをチラリと見る。
「構いませんよ…エミルも知っていますから」
慣れた手つきで石を扱いながらロイドが頷いた。
「そういえばエミル、お前は傍付きじゃないんならこいつとはどういう関係なんだ?」
んー。
どういう関係なんだろう。
「んー、先生と生徒みたいな感じ…?ですかね?」
それを聞いたドリスは一瞬丸くした目を細めて、意地の悪い笑みをロイドに向ける。
「ふ~ん。お前が先生ね~」
「エミル、それじゃあ説明が足りなさすぎますよ」
石から目を離さずにロイドが言うと
「じゃあ、ロイド先生っ!詳しく教えてくださいっ!お願いしますっ!」
とドリスが勢いよく手をあげた。
さっきまでとは違って、随分楽しそうな様子だ。
言動の節々から、とことんからかってやろうという腹積もりが見える。
なんですか…そのやってくれたなみたいな視線は。
大体さっきより、機嫌良さそうなんだからいいじゃないですか。
「おーい。ロイドせんせっ!聞いてる~?」
両肘をついてロイドを眺めていたドリスが楽しそうに左右に揺れる。
その様子を見たロイドが観念したようにため息をついた。
「はぁ、ただの魔道具探しの旅仲間ですよ。魔道具について教えるときは、先生と生徒のような関係にはなっているかもしれませんがね」
「じゃあ、別に意識はしていないと?」
一気につまらなさそうな表情になるドリス。
に対して、当然ですとドヤ顔を頷くロイド。
「…でも、先生って呼ばれるの憧れてたみたいなこと言ってませんでした?」
僕がボソッと呟く。
目を見開いて何か言おうとするロイドだったが、それよりも速く少女の影が視界を埋め尽くした。
「詳しく」
今日一番の真剣な表情の彼女が、いったいどこから取り出したのやら、持っていたペンを僕の口元に向けてくる。
反対の手にはメモ帳みたいなの持ってるし、ほんとどこにしまってたんだ…
「…え、…え」
困惑していると、ロイドの声だけが届いた。
「ドリス、せめて素顔くらい…」
素顔?
顔は見えてるけど。
「ん?お前、まだ伝えてなかったのか?」
ロイドが「ええ」と頷く。
「なんだ、私はてっきり…っていうか自分で名乗るの好きじゃないんだよな…」
「なんのことですか…?」
「いいか。他言無用だぞ。…………私は情報屋だ」
ドリスが口に指を立て、声を潜めて言った。




