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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

"Human After All"

掲載日:2024/10/07

もう生きていたくない


宝石のような絹の衣に身を包んだ彼女は、両手で顔を覆いながら言った



崩折れて泣き崩れる彼女の周りには、着る物さえない汚い男達の死骸が何の尊厳もなく転がっている


命を失った者に対しこんな事は言いたくないが、黒く乾燥して胎児のような姿勢に圧縮された姿はまるでゴミのようだった

あるいはそれらは、私にはこの世界の理不尽と激痛に対し悲鳴を上げている様にも見えた



私はこの街で生命移植技師をして生計を立てている


端的に言えば「死にゆく者の命や生きる価値が無いと断じられた者達の命を、救われるべき命に接合する仕事」だ


かつてはこの仕事が誇りだった


これ以上に直接的に人命を救う仕事はない

救われるべき命を誰よりも具体的に救う事が出来る、そう信じていた


ねえ

助けて

つらいの


彼女がまた私に縋《すが》りつく

私は息を吐いた


「君の生命の維持には既に相当数の人命が使われている、君は『医学的には生きていく上で何も問題のない状態』の筈だ」



私は「気力を失った者の蘇生」を研究していた

率直に言って「治せる病気」の治療は旧来型の医療で完全に可能だからだ


医療とは本来、本人の「治ろうとする力」を利用したものだ

しかし気力を失った人間の蘇生は、肉体の治療の場合であろうと精神の場合であろうと困難を極める

「溺れても構わない」と思う者を果たして海から救い出す事が人間には出来るのだろうか

以前の私はそれに挑むつもりだった



彼女が私が聞いている前提で様々な大小の愚痴を語り始める

すべてがすぐに分かる作り話だった

要するに彼女は「他者から与えられる救い」に依存していた


そして最終的には彼女は常に「治療」を要求する

それには人命が使用される

もううんざりだった


これが私の仕事だ


彼女は資産家の娘であり、他の客たちもおおよそ似たような連中だ

これが、この世界だ

そのすべてだ



スイッチを入れた


装置が作動すると冷たい金属の管で出来たシューターを通して、素体が大きな金管楽器の口に似た形のミキサーに落下する

今回の素体は汚い髪をした、痩せた浅黒い女だった

髪の汚さのため判断が難しいが、下手すれば成人もしていないだろう


犯罪者が着せられるような貫頭衣を身にまとっている

何かしらの犯罪で逮捕されたらしかったが、ほとんどの場合この街の貧民は生きるために罪を犯す

罪状など知りたくなかった



早く

早く治療を


患者がうわ言のように私を急かす

端末への入力を行えば処置が始まる、私はいくつかの簡単な入力を行い始めた


「助けて」


聞こえる

素体の声だ


こんな事のために死にたいやつなどいないだろう

すべてが馬鹿げていた

私の頭の中に一つの考えが芽生え始めていた


………もしかすれば、もっと前からそう思っていたのかも知れない

いずれにしても入力が終わるまでの間に素体がもう一度助けを求めた場合、私はそれを実行するつもりだった



「おい、お前は何故生きたいんだ?」

結局私は、素体が自ら喋りだすまでの我慢すら出来なかった

疑問を口に出して尋ねていた


「何かやりたい事や、夢…欲望のようなものがあるのか?」

素体は私の問いかけに弾かれたようにこちらを見たが、目を見開き震え上がるだけだった


「お前は人間だろ」


「話せ、私は聞いているのだ」


素体の眼から一筋、涙が伝った


この街では、生まれてすぐ売られる子供も親に道具として育てられる子供も多い

もしかすれば、いま現在の人間扱いが生まれて初めて触れたそれなのかも知れなかった



「何でも良い、お腹いっぱい食べたい…」

素体はそう言うと声を上げて泣き始めた


『こんな事を話した所で自分は死ぬ』

そう考えているようだった



私は装置のミキサーに向けまっすぐに歩いた

素体は全意識を泣く事に使っていて、近付く私にさえ気付かないようだった


「まず髪を洗え」

素体の髪を指で梳《す》きながら言った

素体は私の理解を超えた行動に少し過呼吸気味になりながら、静かな興奮と共にこちらを凝視し始めた


「次に眉を整えて、化粧をして…あとは……」


そうだ

大事な事を忘れていた!!


「良い服も着ると良い!」

私は近くにいた患者の長い艶のある髪を掴むと、それを乱暴に引いた

彼女は何が起きたのかも分からないまま、顔面を屍体の出す汁だらけになった床に強打する

生涯忘れられないような臭いの飛沫が上がった


気を失った良家の女の服を強引に脱がす

「きっと似合うぞ」

私は剥ぎ取った服を素体の女へと差し出した


「こんな…こんな事をしたら…」

それまでとは違う種類の涙を流しながら、素体だった女が私を恐怖の眼で見る


「何処でだって生きていけるさ」

腕力に物を言わせて半ば無理矢理に素体だった女をミキサーから引きずり出すと、見るに堪えない美しい裸の女を私は入れ違いにそこへ放り込んだ


「信じてくれるか分からないけど、私も君のような暮らしをしてた時があるんだぜ?」



私は装置への入力を終えた

治療の対象はこの哀れな女

そして『これから哀れじゃなくなる女』だ


「もうこんな所は早く出よう」

私は握手のため、手を差し出した


「生きるんだ」

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