ボイスドラマ『雨降り注ぐ空を見上げて』
【登場人物】
代永透……よなが とおる(40歳)、既婚者。妻と二人暮らし。民間宇宙開発事業の研究主任。仕事にのめり込むタイプ。そのせいで疲れている姿がほとんど。
女性……代永の会社の部下。年は30代前半。
大孤……タイコ
室町時代前期から存在している大狐の妖怪。幼少の頃は無口で何にも興味を示さなかったが、長い年月と経験が総じて、今では口喧しいおばちゃんの様な性格に。義理と人情に厚く、厳しい事を言いつつも器の大きい大妖怪。では、過去にどんな事をしていたかといえば。とある森の主をしていたり、人里離れた集落で祀られたり、妖怪の祓い屋に付け狙われたり……と日本各地を200年ほど転々としながら生きていた。双子の狐狸妖怪と出会うのはその後である。神社の社に繋ぎ止められてしまうのはそれからしばらくしてからのこと。
銀子……ギンコ
江戸時代前期から存在している子狐の妖怪。めんどくさがり屋で大雑把。理屈屁理屈は饒舌に興味のない事には頓着せず、気になる事には後先考えず頭を突っ込む。双子の姉妹の姉であるにも関わらず、妹には苦労と心配を掛けっぱなしの駄目狐。本人曰く『本気を出したら負け』なのだそうだ。
金子……キンコ
双子の姉ギンコの妹。どうしようもない姉とは違い、勤勉で働き者で世話焼きな性格のとてもしっかりとした狐狸妖怪。性格が真逆な姉を日夜叱っている。しかし、なんやかんや言ってもお姉ちゃん大好きっ子である。
【話の方向性】
気持ちの良い話じゃありませんからねぇ……。もういっそのこと、聞いてる人を思いっきり抉りに行ってください!
【舞台】
東京都内のとある下町。雑居ビル立ち並ぶ場所。
6月下旬。未だ梅雨止まぬ今日この頃。少し強めの雨の中、主人公(代永)が銀子を見つける。
【本編】
女性「代永さん。休憩、行きました?」
代永「ん?……ぁぁ。いや、まだ。もうそんな時間か」
女性「そんな、というより、とっくに過ぎてますよ」
代永「…………今から休憩か。ランチ終わってるな。いい」
女性「いいって、行かないんですか?」
代永「このまま続けるよ。社食は飽きたし、外は雨だしな」
女性「ダメです。ちゃんと休憩取って下さい」
代永「いいよ、別に。飯食ってトイレ行ってタバコ吸って帰ってくるだけだろ」
女性「だけでもです。しっかりと行ってください。上司が休憩取らないとこっちが行きずらくて仕方ないんですよ。無言の圧力掛けてると思われますよ」
代永「いや、そりゃないだろ」
女性「あります。現に私がそう思ってます」
代永「ええうそ……、聞きたくなかったわ」
女性「いいからほら、早く」
代永「……はぁ。分かった。行くよ。じゃあ、席外すからなんかあったら連絡入れて」
女性「ちゃんと頭に回す栄養取ってきて下さいね」
【SE:エレベーター扉開く音と同時に到着の電子音が聞こえてくる。駆動音、気怠げに乗り込む足音、扉閉まる音】
代永「ふぅ……。二時か。何食うかな……」
【SE:電子音、エレベーター扉開く音、
気だるげな足音(革靴でタイルを踏む音)、
会社エントランスの自動扉開く音と同時に雨音が聞こえてくる】
代永「まぁだ降ってやがる」
【SE:バンッとビニール傘開き、雨の中を歩き出す。足音変化注意】
代永「駅前で適当に探すか。まあ、最悪ファミレスも仕方ねぇな。…………何してんだ、あの子供?」
【SE:雨の中の足音(子供バージョン、前方の左右に何度もパン振り。分かりやすく)】
銀子「あれぇ?……う〜〜〜ん。おっかしいなぁ……」
代永「ウェイトレスの制服に、動物の耳と尻尾ねぇ。六月にハロウィンするとこなんてあるんだな」
銀子「どうしよう……、またタイコたちに怒られちゃう」
代永「あからさまにきょろきょろしやがって、もしかして迷子か?誰か助けに行ってやれよ」
銀子「はぁ…………こうなったら、よしっ!こっちだ!」
代永「バカっ!!!!」
【SE:軽自動車、クラクションと共に走り去っていく】
銀子「わああっ、あっぶな〜ぁ。びっくりした〜」
代永「びっくりしたじゃねえだろ!」
銀子「ひぃっ!?」
代永「ったく、お前の親は道の歩き方も教えてくんなかったのか?え?こんな小道でも車くらい通るんだよ。あっちに行ったりこっちに行ったりちょろちょろしてんじゃねえよ。道の端歩け!きょろきょろすんなら立ち止まれ!渡るんなら左右見ろ!分かったか!」
銀子「なんだよ、いきなり〜……。怒鳴らなくたっていいだろぉ」
代永「せっかく人が注意してやってるってのに。お前、次轢かれそうなっても助けたやんねぇぞ」
銀子「ぅ〜〜……。分かったよ、気を付けるよ。これでいいだろう。だから、もう離してくれよ。オイラ帰らなきゃいけないんだから」
代永「ダメだ、離さない。俺、今から駅前に行くんだよ。ついでにお前を交番に連れて行く」
銀子「こうばん……!?それってオカミがいるところか!?やだ、やめてくれよぉ〜!オイラ、あそこ嫌いなんだよお!!」
代永「オカミなんてよく知ってんな。友達とヤクザごっこして道に迷ったんだな。分かったから行くぞ」
銀子「旦那ァ〜〜!後生だあ、オイラをあっこへは連れてかないでくれぇえ〜〜!!交番には行きたくないよお〜〜〜ぉ」
代永「ちょっ、バッカお前!声でけえって!変なこと言うなっての!」
銀子「旦那ァア〜〜!!」
代永「分かった!分かったから、しっ!しぃーー!!俺が通報されるっての!!」
銀子「分かればよろしい!」
代永「あ?てめ!」
銀子「いやあ〜〜〜うそうそうそうそうそだからぁぁあああ!!待って!オイラの話を一回聞いて!!お願い!」
代永「ったく。めんどくせぇガキ助けちまったな……。俺、今仕事の休憩中なんだよ。簡単に短く話せ。分かるな?できるか?」
銀子「ちょっと旦那!まず、その子供扱いやめてよね!オイラ、こう見えても立派な大人なんだぜ!対等にいこうや!」
代永「なぁにが対等だ。例えテメェが大人だったとしてもな、俺の方が確実に目上だろが。大人だってんなら言葉使いどうにかしろ」
銀子「ふんっ!たかだか40の人間に何で言葉だ何だ言わなきゃならんのさ。ウチのお客様って言うんなら、まあ、多少は、譲歩してもいいなかあ、とか思わなくはないけど?」
代永「はいごっこ遊び終了〜。交番行くぞお」
銀子「まあって!!待って!!敬う!敬意を払うから!車に轢かれそうになったところを助けてもらった事もちゃんと感謝するからぁあ〜〜!」
代永「お前さあ。俺はこの雨ん中にいるだけで限界なわけ。さっさと飯食ってトイレ行ったタバコ吸って仕事に戻らなきゃいけないわけ。子供と遊んでる元気は40歳にはねえんだよ」
銀子「……だって」
代永「はあぁ〜、なんで警察が嫌なんだよ。あいつら管轄内なら優秀だっての。迷子なんだろ?さっさと家に送ってもらえ。雨の中をうろつくな。風邪引くぞ」
銀子「あいつらオイラの話ぜんぜん聞いてくれないんだもん。やたらと親のこと聞いてくるし、耳と尻尾のこと聞いてくるし、オイラの質問に答えてくれないし」
代永「なに、もう交番行ってきたのか?」
銀子「ぇえ?あ、その……前に何回か……連れてかれて」
代永「……お前、これが初めての迷子じゃねえのかよ……」
銀子「とにかく!オイラは自力で家まで辿り着くんだ!」
代永「それが話ってわけか。……しゃあない」
銀子「ん?なにが?」
代永「家に帰るんだろ。一緒に探してやるよ。その代わり、休憩時間の間だけな」
銀子「ほお〜。……旦那。あんた今、最高に輝いてるぜ」
代永「そういうのどこで覚えて来るんだよ……」
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【洋食屋の店内。雨を眺める金子
SE:(木造家屋のガラス窓から雨音)】
金子「お姉ちゃん、遅いなぁ」
大孤「こりゃあ、また迷ってるね」
金子「タイコもやっぱりそう思う?」
大孤「思うもなにも、道草食うには長過ぎだからね。それにあの子の気が途切れちまってる」
金子「えっ!?タイコ、それいつから!?」
大孤「十分前くらいかね。この距離なら大した事ないと思ったんだがね。どうやら、この雨のせいもあってすっかり場所を見失っちまってるみたいだ。キン」
金子「分かってる!すぐ行ってくる!」
大孤「気を付けて行くんだよ。それと。いちいちショック受けるじゃないよ。そういうもんなんだからね」
金子「うん。大丈夫。じゃあ、行ってくる!タイコ、お店よろしくね!」
大孤「あいよ」
【SE:ベル付きの扉が開閉。金子、傘を刺して足早に出て行く。閉じた扉の音の後、ベルが余韻を残す様に小さく鳴る】
大孤「(AD:ため息)難儀な姉妹だねぇ、まったく。銀子。あんたぁ、もうちっと融通効かしてやんなさいな……、って聞こえちゃいないか」
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代永「なあ、ギン」
銀子「なんだい、旦那?いや、恩人さんやい」
代永「なんだよそれ……。じゃぁなくて。狐の振袖亭ってどんな店なんだよ」
銀子「う〜〜〜ん。赤茶の瓦屋根の二階建てでボロっちいやつとしか」
代永「いや、それはさっきも聞いたわ。そうじゃなくて。飯屋なんだろ?お前の家。安いの?上手いの?」
銀子「わっかんない。美味しいんじゃない?値段も……どうだったけなぁ……。え〜とね、ダイ……なんとかって奴が料理してて」
代永「ダイ?なんて?もしかして厨房の人の名前か?自分家の従業員の名前くらい覚えておいてやれよ。かわいそうだろ」
銀子「あれぇ??おっかしいなぁ、ここまで出かかってるんだけどなあ」
代永「ああはいはい、胃の辺りじゃ仕方ねぇな。消化終わってるわそれ」
銀子「恩人さんやい、そいつぁ突っ込みが鋭すぎるぜ」
代永「いいや、ぜんぜんそんなことないぞ。相槌程度だから」
銀子「ん〜、でもなんだろ。なんか、全然思い出せないんだよなぁ。ぇぇと、タイ……たい……、もう一人も……」
代永「なんだ?ぶつぶつ何言ってんだ?ほら、傘くらいちゃんと持て。真横に持ってたら刺す意味ないだろ」
銀子「ん、おう!ありがとう恩人さん!自慢の耳と尻尾がこれ以上濡れちゃ敵わないからね!」
代永「はいはいどういたしまして。いいよな、子供は。耳だ、尻尾だなんて付けてはしゃげるんだもんな。お前どっかのテーマパーク帰りか?」
銀子「テーマパーク?なんのこと?」
代永「そのコスプレのことだよ。動物とウェイトレスの足し算って、何だかアキバっぽいな。最近の子供はそんなんが流行ってんのか。もっとキュアキュア〜なやつが好きなんじゃないの?時代か?」
銀子「何言ってるか全然分からないんだけど。もしかして、恩人さん。オイラの耳と尻尾のことバカにしてる?」
代永「馬鹿になんかしてねえよ。ただ最近の子供のおもちゃって凝ってるなぁ、って思ってさ。なあ、それどうやって耳動いてんだ?尻尾の連動はBluetoothかなんかか?」
銀子「はぁん?ちょいちょい。え?おもちゃ?どうやって動くって?そんなの決まってんだろ。オイラは狐だぞ。この収穫時を迎えた黄金の稲穂色の毛並みに包まれた凛々しい形の耳!そして、最高に艶やかでふっくらとした手触りにしなやか且つ長い尾っぽ!作り物なんて誰にも言わせん!」
代永「びしょ濡れで台無しになってるのに胸張ってらあ。なんだこの生き物かわいいなおい。そっかそっか狐かあ、よ〜しよしよしよしよし〜」
銀子「んんんんぅううううう、やめろやい、撫でるなあ!」
代永「どうなってんだ、頭と耳の繋ぎ目ないだと……!?夢と想像を与えるバンダイか?ナムコか?エンタテイメントか?温いな」
銀子「やめろよぉおおおおもおおお」
金子「ちょっと何してんのよ!!ギンから手を離してっ!!」
代永「うおっ!!?っててて」
金子「ギン、大丈夫?怪我とかしてない?ああもう、制服がびしょびしょ。こんなに濡らしちゃって。風邪引いたらたいへん」
代永「てえなぁ、ったく。なんで最近の子供はこう常識と加減がなってないんだよ」
金子「なにか言いましたか?早くどっか行ってください!」
代永「……?あの、さ。どっか行けって言ったのか今?」
金子「ギン。ほら、何してるの、行くよ」
銀子「ん〜〜、(ここ音はセリフオンリーで引き立たせて→)お前さん誰だ?オイラどっかで会ったことあるか?」
金子「っ……」
【SE:というか後ろで鳴ってる雨の音強めにする(数秒間)】
銀子「恩人さん、の知り合いじゃなさそうだしね。いや、待って、今思い出すから……んんん?にしても、オイラに似た変化してるのなんで?」
金子「……いいから、行くよ……。お店でタイコが待ってるから」
銀子「おおっとと、え、なになに?どこ行こうってのさ!ちょっと!ねえ、恩人さん、助けて!」
代永「ああ、またあからさまに面倒そうな……。おい、ストップだ。嫌がってるだろ。少し待て」
金子「来ないで!口を出さないで!お姉ちゃんは私が連れて帰るのっ!」
【SE:金子、耳と尻尾が出る(ぽんしゅ〜、みたいな変化が解ける的な音求む)】
代永「はっ?!耳!?尻尾!?……ギンと一緒?」
銀子「ありゃりゃ。ますますオイラに似てきたな」
金子「……………………」
代永「狐の振袖亭、ってとこにそいつが行きたいんだとよ。お姉ちゃんって言ってたな。妹か?」
金子「…………うん……」
銀子「そうそう。オイラはな、こう見えてもお姉ちゃんなんだぜい!恩人さん、驚いたかい?……って、あれま。キン、なんでこんなとこにいんのさ」
金子「っ!?お姉ちゃんっ!!」
銀子「おわあ。キンがオイラに泣き付くなんて珍しいね。ほら、傘ちゃんと刺さないと濡れるぞ?」
金子「お姉ちゃんのバカぁ!」
銀子「恩人さんやい。質問」
代永「ん」
銀子「これ、どゆこと?」
代永「知らん」
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【SE:店のベル付きの扉が開かれ、大人一人と子供二人の足音】
大孤「おや。帰ったのかい」
銀子「やっほー、帰ったよー」
【SE:遅れて扉閉じ、ベルが冷淡に短く鳴る】
大孤「キン。御苦労だったね。そのまま、ギンと一緒に風呂に入ってきな。ゆっくり湯に浸かんな」
金子「…………うん、ありがと」
大孤「仕様のない子だね。…………。(すれ違う金子に一瞥後、代永を見る)それで。お客さん。どうやら大分迷惑を掛けちまったみたいだね。できればご馳走させてもらいたいんだが、一息淹れる時間はあるかい?」
代永「休憩ついでに早退の連絡を会社にしたところでね。たっぷりと」
大孤「そうかい。そらよかった。カウンターでいいかい?」
代永「話ができれば二階席でもどこでも構いませんよ」
大孤「助かるよ。一人で店を回してる時に限って混み出すんだからさ。いろいろ追いついてないのさ。見苦しくてすまないね」
代永「客に愛されてる証拠ですよ」
大孤「ありがとさん。それで、何にするかい?何でも好きに頼んでおくれ。話はそれからで構わんだろう?」
代永「お言葉に甘えさせて貰います。それじゃぁ…………、Bランチのハンバーグ定食、ご飯は、大盛りで。ドレッシングは胡麻で。あとアイスコーヒーを」
大孤「ランチ?逃したのかい?」
代永「気が付いたらそうなってたんですよ。それで、飯を求めてる途中にギンを見つけたって訳です」
大孤「本当に面倒掛けたね。感謝してるよ。気前良く酒でも呑ませてやりたいところだが、すまないね。あそこでイビキかいて寝てるバカがしこたま飲んじまってね。明日の納品まですっからかんさ」
代永「あの青い髪の人ですか?道理で店内に流れる音楽が聴こえないわけだ」
大孤「まったくさね」
代永「でも、そこはお構いなく。酒を飲んで帰ったら、妻に怒られますから」
大孤「だったら手綱を握り返してやればいいじゃないのさ」
代永「荷馬車を引いてるならそうするんですがね。生憎、尻に敷かれているもので。暴れると鞭を打たれるんですよ。40代は体を労わらないと」
大孤「ふふ。そうだね。ならサラダも大盛りで用意してやるよ。少し待ってな。すぐに用意してやるから。ダイさん、聞いてたね!頼んだよ」
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【SE:フォークが皿に重なって音をカチャリと立てる】
代永「ご馳走様でした」
大孤「はいよ、お粗末様」
【SE:左上の方から木造階段を降りてくる足音(靴有り)】
金子「お姉ちゃん、寝かせてきた」
代永「妹に寝かされる姉って」
金子「お姉ちゃんを悪く言わないで」
代永「そんな意味で言ったんじゃない。想像する光景に納得がいっただけだ。悪かったよ」
金子「そうですか。タイコ。まだ話は?」
大孤「これからさね。キン、あんたも何か飲むかい?」
金子「いいの?じゃあ私、りんごジュースで!」
大孤「はいよ。待ってな」
代永「えっと、名前、金子ちゃんだよな」
金子「お姉ちゃんのこと“ギン“って呼んでるんでしょ?だったら私もキンでいいです。恩人さん」
代永「俺は代永透っていう。ヨナガでもトオルでも好きに呼んでいい。それで。色々としっかり説明できずにいたから。先に誤解を解いておきたいんだが、聞いてくれるかな」
金子「ぅぅ……、そんな畏まらなくて大丈夫ですよ。それは私も同じですから。酷いことしたり、生意気言ってすいませんでした」
代永「いや、こちらこそ。キンがお姉ちゃんのことを大切に思っているのが良く伝わってきたし、軽率な行動を取った俺が悪かった。嫌な思いをさせて申し訳なかった」
金子「私こそ、ごめんなさい。それと、お姉ちゃんを見つけてくださってありがとうございました」
代永「それはたまたまだよ」
大孤「おまちど」
金子「ありがと、タイコ」
大孤「ヨナガさんと言うのか。遅くなったが。この度はウチの銀子が大変な迷惑を掛けて申し訳ございませんでした。この御恩は決して忘れません」
代永「ああ、いや、今言った通りで、本当にたまたま見かけただけですから。お願いです。顔を上げてください。それに結局、俺はただ一緒になって道に迷ってただけで何もできてません」
大孤「そんなことはないよ。それに、キンとも話を付けてくれて助かるよ。ぴりぴりしてる仲じゃ話しづらいからね。あんたが大人でよかった」
代永「キンが聞き分けの良い子なだけですよ」
大孤「そういうことにしておくよ。それで、どこから話したもんかね。あんたは、どっから話を聞きたいかい?」
代永「どっから……。ギンが自分は狐だって言っていたんですが、それから聞いても?記憶がどうとかって言うのも気になりますし、それと関係があるんでしょうか?なにかの病気、的な」
大孤「そうさね。じゃあ、まずは私らのことから話すのが手っ取り早いね。キン」
金子「はい」
【SE:変化解ける音】
代永「……耳と尻尾……。それのなにが?」
金子「ヨナガさん、反応ぉ〜……」
代永「そう言われてもな。さっきも見たし。そういう手品のおもちゃなんでしょ?」
金子「違います!ちゃんと自前です!ほら、動いてるでしょ!」
代永「脳波で動かすおもちゃもあるからなぁ」
大孤「とんだ堅物だね、こりゃ」
代永「仕組みを考察してるだけですよ」
大孤「なら。私たちが狐狸妖怪で、ここはその狐が経営する洋食屋だと言ったらどうする?」
代永「……いや、どうって言われましても。納得はいきませんね。でも。もし仮にそうだとして、ギンの不可解な様子とは何が関係してくるんですか」
大孤「それがこの話の肝だよ」
代永「狐狸妖怪とこの店が、ってことですか?」
大孤「ここはね、昔、この世からあの世へと死者の魂を送る神事が行われていた“とある神社の跡地”なんだよ。そこには神事を執り行う本殿と、神格を祀る祠があった。私と双子のキンとギンは、それを守る為に神格化された狐狸妖怪だったのさ」
代永「だった……。神社がこの店に姿を変える出来事があったということですね」
金子「そうなの。火の雨が降った出来事をヨナガさんは知ってる?」
代永「火の、雨?」
大孤「今じゃ、東京大空襲なんて呼ばれてるやつさ」
代永「ああ……」
金子「そのせいで神社の本殿も社も跡形もなく燃えちゃって、その時、神主さんも……」
大孤「いいんだよ、あんな奴の話なんて」
代永「あんな奴、って……。そんな扱いでいいんですか」
大孤「は、知ったことかい。自由気ままに生きてた私らを縛り付けて、こき使ってきてた忌々しい奴さね。今頃は地獄にいるはずさ!」
代永「それはそれで、なんというか……」
金子「ええっと、それでね、ここからが本題なの!」
大孤「神社が跡形もなく焼け落ちてしまった時にね、私たちを神格化させて縛り付けていた御神体も焼けてなくなっちまったんだよ」
金子「御神体から力をもらわないと神格化されてしまった私たちは姿を保てないの。普通の妖怪ならそれぞれ違った方法で存在し続けることができるんだけど。私たちは神主さんが亡くなっちゃったこともあって縛られたまま、ただ消えるのを待つしかなかったの」
大孤「そんな時さね。一際大きな空襲があった次の日に、ギンがおかしなものを拾ってきたのさ」
代永「おかしなもの?」
大孤「『驟雨産子《しゅうううぶこ》』ってのを聞いたことはあるかい?」
代永「いいえ。その手の話はまったく」
大孤「『驟雨産子』ーーー。そいつは、極度の窮地に立たされた者の近くに赤子の姿で現れ、自分を育てればどんな願いでも叶えてやると唆し、育て親の善意の裏に巣食う“下心”を食いながら成長する悪趣味な妖怪さ。奴はその下心を愛情、なんて言っていたがね。もちろん、しっかりと育て切れば、文字通りどんな奇跡でも起こる。だが、育てることに失敗すると掛けた願いの重さの分、その者に天から罰が下る」
代永「妖怪なのに天から罰を行使するんですか?それ、おかしくないですか?」
大孤「いいや、おかしくないさ。なにせ、その妖怪は育て親の下心満々の善意を神に向けて、純粋な善行であると見せつけていくのだからね」
金子「つまりね。この人はこんなに良いことをしているんだから、天から神の施しがあっても何も罰は当たらないでしょう?って、あからさまに見せつけてるの。反対に、失敗した時はこの人はこんなにダメで酷い奴だ、って有る事無い事を告げ口するの」
代永「ってことは、その妖怪は単なる口添えするだけの仲介業者ってことか?」
大孤「まあ、今時に言えばそんなところかね。それでさ。否が応でも育て親を死に物狂いの状態にさせ、心も身体もボロボロにさせてしまうことからーーー『卯の花降し』なんて呼ばれることもある」
金子「お姉ちゃんはそんなことも知らずに、私たちの知らないところで願いを込めて契りを交わしてしまったの」
代永「でも今、ギンがいるってことは何とかなったってことなんですよね?」
大孤「ああ、そらぁね。なったというよりも、なんとかしたのさ。育てる事に失敗しそうになったギンをこの子が庇ったり。どうにもならないその妖怪を祓ってしまおうとしたり。命乞いされて、奴の願いを逆に聞き届ける契約に上書きしたり。……本当に色々あったのさ」
代永「ちなみにギンは何を?自分たちが消えないように奇跡を起こすとかですか?」
大孤「それも含めた、もっと単純でバカな願いだよ。ーーー焼け落ちた神社の全ての復元。それがあの子の願いだったのさ」
金子「お姉ちゃん。昔から抜けてるところがあったから、姉の威厳を見せるんだって。そんな大きな願いをしちゃったらしいの。最終的にはお姉ちゃんも何とか無事で事なきを得たけど。初めの契約を交わした代償はやっぱり拭えなかったみたいなの」
代永「それはどういう?」
大孤「この店さ。【驟雨産子】の傲慢な願いを叶えた後、あいつは天へと掛け合って奇跡を起こした。それが、消滅しかけたギンの再生と社代わりのこの小さな店の創造。私も最初は全て丸くおさまったと思って胸を撫で下ろしたもんさ。だが、以前の社には無かった絵も言えぬ違和感に気が付いたんだ」
金子「その二つの奇跡は不完全だったの」
代永「不完全……」
大孤「天はハナっから妖怪である私たちのことなんかどうでもよかったのさ。消滅しかけたギンの神格全ては、完全に元に戻っていなかった。消失した元の社にあった御神体も同様さね。そこにあったのは形だけで元に戻ったわけじゃなかった。その核には、欠けていたギンの神格が使われちまっていたんだ」
代永「じゃあ、この店って」
大孤「ギンの片割れさ」
代永「………………」
金子「お姉ちゃんの記憶が曖昧になるのはね、このお店、狐の振袖亭の神気が届く範囲に関係してるの。その範囲を超えちゃうとね。お姉ちゃん、自分をだんだんと保てなくなっちゃうの。大事な記憶からどんどん消えていって、……さっきみたいに、妹の私のことまで、全部忘れちゃうんだ」
代永「それで、迷子に。二人は?二人はどうして」
大孤「私たちはね、自分の神格があるからそんな事にはならない。ただ、この建物から長い時間離れすぎると恩恵を受けられなくなってやがて消えてしまう。それでも、自我は持ち続けられる」
代永「…………。ここにいれば、ギンは普段通りに過ごせるんですよね」
大孤「ああそうさね。全盛期とまではいかないが、私に劣らない力を振るえる。なんせ、この双子は九尾持ちだからね」
代永「その、九尾のことは分からないですけど。それなら、ギンを外に出さないようにしなければいいじゃないですか。心配ならなおさら。記憶が消え続けたら消えてしまうんじゃないですか?」
金子「記憶が消えて、変化も解けて、ただの野狐の姿になってしまいます。でも、このお店ーーー片方の神格がある限りは消滅はしません。それだけは平気なんです」
代永「平気って。それはどこも平気じゃないだろう。現に、さっきだってキンが俺たちの所に駆けつけた時、あんなに必死だったじゃないか」
金子「それは……だって……」
大孤「その子はお姉ちゃんっ子だから仕方ないのさ。この私だって、外に出るなとは言えない」
代永「どうしてですか」
大孤「あの悪趣味な妖怪がさ、消える間際に言ったんだ。『いつの日か、虹の様な雨が降る。戻りたければ、その雨を見つけて口にしろ。そうすればーーー』ってさ。ギンは、バカだからね。
【SE:雨音】←ビニール傘を刺して空を見上げながら歩く銀子を想像させる感じ。セリフも工夫して。
酷い仕打ちを受けても、そんな言葉を鵜呑みにしちまうのさ。…………。あんたの言いたいことも分かるさ。だけどね。何はどうあれ。私とキンは、ギンの片割れのおかげでここにいることができるんだ。そんな私たちが、あの子をなんて言って止めればいい?」
代永「それは……」
大孤「私たちもね、あの子に元に戻って欲しいんだ。見つけて持ってきて口に放り込んでやりたいさ。だけど、見つけられない。今はここで、昔執り行っていた神事の真似事みたいなお役目も仰せ使っちまってる。私も下手にここを離れられないんだ」
代永「……………………」
金子「……ヨナガさん」
大孤「さぁて。これはいけないね。ギンを助けてくれた恩人に酷い面をさせちまった。ほら、シャキッとしな!妖怪なんぞ信じるのかい?」
代永「いや……ですが」
金子「えっと、別に平気ですよ?今のままでも。タイコは600年。私とギンは400年存在し続けてるんですから。このままでも、まだ数百年は存在し続けられるんです!虹の雨が降るまでいくらでも待てます!」
大孤「おやまあ、こんな時間かい。だいぶ話し込んじまったね。ほら、もう店を閉めるよ!ヨナガさん。これ、持っていきな。ウチのサービス券さ」
代永「何でこれを?」
大孤「そんなにギンが気になるんなら、ウチに通いな。それで、話し相手にでもなってくんな。あんたが来るって分かれば、そうそう外には飛び出さないだろう?それに、常連客ができた方がウチの経営も助かるしね」
金子「あーでも、ちゃんと面白い話じゃないとダメですよ!お姉ちゃん、飽きやすいから!」
代永「ウチに子供はいないからな。扱いが分からなくて自信ないな。……でもまあ。ちょっとした雑学程度は教えてやるかな」
大孤「そういえば、あんたの会社は民間宇宙事業の研究開発だったかい?宇宙の話なんか、あの子喜びそうだよ」
代永「えっ!?俺、話しましたっけ?」
金子「妖怪パワーです!」
代永「はあ……、そういうのもっと初めにやって下さいよ」
大孤「読心術とか言って反論されるのが癪だったからね。さっ、もう行きな。嫁さんが待ってるんだろう?」
代永「ああ、今思ったことまで……。この歳で、こんな非科学を体験するなんて」
大孤「気を付けて帰るんだよ」
金子「また来て下さい!待ってますよ!」
代永「わかりました。では」
【SE:ベル付き扉が開いて閉まる。その間、足音が静かに遠ざかっていく】
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女性「代永さん、どこへいくんですか?」
代永「ああ、休憩に出るよ」
女性「えっ!?どうしたんですか?12時ですよ!?」
代永「いや、12時だからだろ」
女性「もしかして私が昨日言ったこと気にしてます?」
代永「違うから。じゃあ、また後で。何かあったら連絡して」
女性「うわぁびっくりだわ。ああいうおじさんって絶対、人の注意聞かないと思ってた。……変な天気にならないといいけど。ありゃ、雨止んでる。まあ、少し見直してあげなくもなくも……ないわね」
了
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