track1.異世界ラジオ、オンエア!
某放送局が無料で開放している博物館に行ってきたので更新です
ウィンドット辺境伯領、領都ウィンディアナ。石や煉瓦造りの建物が並ぶ街並みには、休日を謳歌する人々が行き交う足音や、活気のある声が響いている。家々の窓からは道向かいの建物まで紐が伸ばされ、そこに干された服やシーツが陽の光を浴びながら、風を受けて緩やかにたなびく。
ゴーン、ガラーン、ゴーン、ガラーン、ゴーン……
正午の訪れを知らせる、教会の鐘の音が街に響き渡った。掃除の手を止めて昼食の支度をする人、自らが信じる神への祈りを捧げる人、ここからが書き入れ時だと声を張って客寄せを始める人。鐘の音を聞いた街の人々は、皆思い思いに昼時を過ごす。
そんな街中で、人が多く集まっている場所がある。大衆食堂やカフェ、宿屋の談話室など、それはどこの街に行っても大抵は変わらないだろう。だがここウィンディアナには、他の街にはまだない『そこに人が集まる理由』がある。
静かに座っている人、騒がしく会話する人、騒がしい人を嗜める人。集まった人々はそれぞれ様子こそ違えど、皆一様に何かが始まるのを今か今かと待っていた。
チリンチリンチリン、チリン……
不意に、どこからか鈴の音が鳴り響く。何かを待っていた全員の視線が、一斉に一箇所に集まった。人々の視線の先には手紙鳥の意匠が施された、人の頭ほどの大きさの木箱が飾り棚やチェスト、カウンターの上に置かれている。
『領都ウィンディアナにお住まいの皆様、こんにちは!こちらは辺境放送局、お相手はヘクター・ハーフマンが務めます。本日は只今より、約一時間の生放送です!拍手〜ぱちぱちぱち〜』
鈴の音が鳴り止むと、今度は明るい男性の声が流れ始めた。それを聞いた木箱を囲む人々が、自然と拍手をする。彼らはこれが始まるのを待っていたのだ。老いも若きも男も女も、皆が木箱から聞こえる男性の声に耳を傾け始めた。
◇ ◇ ◇
目の前に置かれた原稿をめくりながら私、ヘクター・ハーフマンこと倉門真司は日に一度のラジオ番組を進行している。周りの使えそうなものを全て使って『異世界に新しいメディアを作る』という偉業を若干十四歳にて成し遂げた。まあ、転生して気がついた時には七歳児だったうえ、それを加味しても精神年齢はすでに三十歳を越えてしまったが。
ラジオの受信圏は現在ここ、ウィンドット辺境伯領の領都とその周辺までしかカバーできていない。だがゆくゆくは世界中に電波の網を広げ、その技術と得た名声を利用して、前世で死別した恋人の本堂綾を見つけ出す算段だ。
……それとひとつ、このどっかで聞いたことがあるような言い回しについて言い訳をさせていただきたい。人前、もとい沢山の聴衆がマイクの向こうにいる、などという条件で喋ることに慣れている人間なんてほんの一握りなのだ。そして私はその一握りではない。どうやったら上手く喋れるか試行錯誤した結果が……非常に不服ながら、あの天使モドキの喋り方を三割ほど取り入れることだった。いや、もうちょっと割合が高いかもしれない。非常に、非常に不服だが。
「ウィンディアナ周辺の天候は晴れ。風も穏やかで、ここ数日は本当に過ごしやすい陽気が続いていますね。私もこの放送が終わったら、昼寝でもしようかな〜と思っています。ですが、錬金術師協会によればこの陽気も昼過ぎまで。夕方ごろからは天気が崩れるとのことですので、洗濯物は昼寝する前に取り込むことをお勧めします!」
はぁ、あの天使モドキのことを思い出したせいで昼寝なんてできるわけないんだよなぁ。えーと……先にお知らせ済ませちゃうか。
「続きまして、領主館から領民の皆様にお知らせとお願いです。最近、郊外で魔物の被害や目撃例が増加しつつあります。ずいぶん暖かくなりましたからねぇ。もしも街の外で魔物を見かけた場合、戦えない方はくれぐれも慌てず騒がず。適正ランクの冒険者に依頼して討伐してもらうか、お近くの衛兵詰め所までご連絡をお願い致します。とのことです!」
衛兵より先に冒険者が出てくるあたり、ちょっと数が足りてないよなぁ。まぁ、常備軍ってかなり維持費かかるらしいから仕方ないといえば仕方ないか。命に関わることだし、一応番組の最後にも一度読もう。
「さて、リスナーの皆さんお待たせしました!本日から、かねてより募集しておりました企画アイデアの発表を行っていきたいと思います。拍手〜ぱちぱちぱち〜。いやぁ〜、年明けにこの放送を始めて三ヶ月ちょい経ちましたけども。感慨深いですねぇ!前例の全くない手探りの運営でしたが、リスナーの皆様のお陰で。お陰で!ここまでやってきました!ありがとうございます!」
こういう時、マイクにお辞儀をしてしまうのが現代日本を経験した人間の性だよなぁ……。電話に出る時声がワントーン上がるのと、見えもしない相手にお辞儀するのは日本人あるあるだと思う。
「でも三ヶ月って赤ん坊だとまだ首が座っていない時期なので、まだまだ甘やかしてくださいね〜、なんちゃって!……さて、発表の前に企画募集の条件について軽くおさらいしていきましょうかね。まず大前提として、このラジオというものはは音声だけを皆さんにお届けするものです。なので目で見ないとわからないようなものは採用率が下がっちゃうかもしれません。あらかじめご了承下さい!」
ここは音声媒体の限界があるからなぁ……。ラジオはまだ私のにわか知識と錬金術師協会のおかげでなんとかなったけど、テレビなんて夢のまた夢だろうし。それに、実況中継にしろ番組パーソナリティにしろ、やっぱプロって凄いんだなと自分でやって実感させられた。俺じゃ視覚情報をアドリブで、程よく解説したりイジったりしながら進行までやるとか無理です。自分で始めといてアレだけど。
「次に。このラジオで使用している放送用魔道具は、錬金術師協会謹製の『新型魔石』を動力源にしています。今後はどうなるかわかりませんが、現状一日一放送、一回につき九十分前後が限度です。あまりにも長ーーーい時間がかかるようなものはできません!いやぁ凄いですよね錬金術師協会、新型魔石ですって!今までは魔物から回収したものをほぼそのまま使うしか方法がなかった上、普通のゴブリンとかの魔石なんかは篭ってる魔力が少なすぎて、かなり使い道が限られてましたからね。その点、この新型魔石はそれら『クズ魔石』と呼ばれるものを材料にして造れるらしいんですよ!まぁ私は素人なのでよくわかってないんですけどね?」
嘘である。具体的にどの部分がかと言えば、私は錬金術の素人ではない。流石にこの放送用魔道具とかを一人で修理しろとか言われたら無理だが、得意分野でなら協会のブッ飛んだ皆さんにもついていける。
なんなら、新型魔石の発案者は私だ。幼い頃、錬金術師協会所属の母に職場見学に連れて行ってもらった時。魔石の研究室に差し掛かった際、揃って魔石を石の形のままで使おうとしていたのを見て『液体とかにもしてみればいいのに』と小声で呟いたのだが。一瞬前まで手を繋いでいたはずの母はバッと屈んで小さい私の肩をがっちり掴み『今なんて言った!?』と叫んだ。目がマジだった。周りの錬金術師の皆さんも駆け寄ってきた。目がマジだった。全員。怖かった。
だがこの時にできた繋がりのおかげで部外者ながらかなり研究に関われるようになったし、母にも錬金術について色々と教えてもらえるようになった。十五の成人を迎える前にここまでのことが始められたのは、あの呟きのおかげだろう。
「そして最後に!我々まだまだ資金が乏しいです!あまり派手なことはできませんので悪しからず……。辺境放送局では、皆様からのご支援を随時募集しております!!」
そう、金がない。錬金術の研究は金がかかる。ラジオの送受信それぞれの魔道具の開発には数年を要した上、こちらからの依頼という形を取ったので費用のほとんどは私持ちだった。さらに今はまだ『新しいものに慣れて頂く』段階なため、大衆食堂や宿屋へラジオを無償で提供している。
開発資金に関してはパトロンがついたのでひとまずいいが、番組制作にまで回している余裕は現状だとない。今後ラジオを作るための素材供給が安定化したら一般に販売を開始する予定なので、その利益が出るまで懐事情は切実な問題である。
……嫌なことは一度忘れて、コーナー進めるか。
「さて、それではやって参りましょう!まず一通目はRN『ホブホブリン』さんから、ありがとうございます!うーん、新種の魔物かな……?」
古いラジオの送信機、業務用冷蔵庫みたいなサイズ感