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異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第五章『幻想狂想曲』
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第七十四話『幻想交響』

 星との話し合いは終わった。

 彼と呼ぶべきか、彼女と呼ぶべきか。最後まで分からなかったが、長く苦しむも、決して戦いなんかではなかったのだと信じたい。星もまた、同じような気持ちであったならば、いい。

 だけれどもし、星が根負けして、実は面倒で終わりのない戯言に飽きた結果の解放だったのだとしても、結果的に俺の眼の前に広がる優しい風景が見れているのだから、それでいい。


――あとは、アイツを倒すだけ。

 この世界の権限を、奪い取るだけ。


 階段を登りきった先に立っていたのは、笑ってしまう程に典型的な玉座と、そこに足を組んだまま待っていた。顎髭を蓄えた黒髪の男だった。遠くからでも、眉をひそめているのが分かる。

「……父、だった人です」

 春の声が、大広間に静かに響いた。それが彼の耳に入ったかは分からないが、彼は微動だにせず、こちらをじっと見ている。親子の再会の姿には、思えなかった。


 春の父――あの世界に於ける『始まりの二人』のうちの一人、そうしてこの世界に於ける『最後の一人』の見た目は、見るからに壮年、記憶にある動画の姿とは似ても似つかない姿だった。

 朧げながらも見覚えのある、春の母の姿が真であれば、今見ている春の父の姿は偽なのだろうと思う程のギャップが生まれていた。春の母に春の面影はあったが、春の父にそのようなものは一切無い。

「来たか」

 その声からも、威厳のようなものが漂ってくる。何処か胡散臭い程に、演技かと思う程に、大げさに取り付けられた威厳のようにも思えた。


――これが、幻想の果てなのか。

 そんな事を、思ってしまった。


 俺だって子供の頃、ゲームをやった事が無いわけではない。魔王を倒しに行く勇者の構図くらい、覚えている。

 それと、今の状況があまりにも一致しすぎている。


 あの男はもう、幻想そのものになってしまっている。

 この大広間も、魔法も、その姿も、声も、全て、作り物だ。


「じゃあさっさとやろうぜ、魔王サマ」

 見つめ合っていても仕方がない。

 だって俺達はアイツの敵で、アイツの敵は俺達なんだから。


 だけれど此処はアイツのフィールド、乗り込んだのは、俺達だ。

 だからあえてそれに倣おう。

「勇者御一行様が、やっと来てやったんだからよ!」


 その言葉を聞いて、幻想(まおう)のひそめていた眉があがる。

 幻想(まおう)は音も無く立ち上がり、両手を振り上げる。

 すると周りに現れ、浮遊し始める洋風の様々な剣。様々な意匠を施されたそれらは、戦う為に使うには少しやりすぎではないかという程に、造り物の輝きを放っていた。

 だけれどそれら一つ一つが、生命を奪うに相応しい切れ味を持っているのだろう。


 そうして、幻想(まおう)が振り上げた両手を動かした瞬間に、俺は思わず苦笑すら浮かべてしまった。何故なら突然、歓喜を象徴する音楽が響き始めたからだ。


――それはもう、馬鹿馬鹿しい程に、古典的な、イベント。

 彼は、これを『戦闘用BGM』として、選んだのだ。

「その前に、お前らを癒やしてやろう」

 偉そうに、余裕の表情を称えながら、丸でゲームのウィンドウに映る台詞を見ているような感覚が伝わってくる。音に包まれた中で発される声、本来ならば大声でも無ければ伝わらないはずの幻想(まおう)の声が、何もかもを通して、しっかりと聞こえる。


 俺達は急に光に包まれ、その瞬間、俺の身体から疲労が抜けていく。灰魔法を使った事による消耗らしきものも、もう少しも感じない。それは皆も同じようだった。驚きながらも、各々の顔色が良くなっている。

 そうしてそれは、沢山の物を失ったフィリについても、同じ事。

 仕掛け屋が転びかけるのを止めるように、フィリが、スタッと仕掛け屋の前へと降りる。

 彼女の、両足が戻ってきた。


、左手で仕掛け屋の身体を支える。

 彼女の、左手が戻ってきた。


 その両目を見開いて、零れ落ちかけた涙を右手で拭う。

 彼女の、涙が、右手が、両目が戻ってきた。 


 フィリの小柄な体型は、俺が灰の海で見た『フィーリス』の姿へと戻っていた。俺と幻想(まおう)以外の全員が驚いた表情をしている。

「はぁ……本当に、生意気じゃの」

 フィリは未だ目に涙を溜めながらも、拳を握りしめていた。

「疲弊した身体では、辛かろう? 治してやった」

「じゃかあしい! 単なるルールブレイクの言い訳じゃろうが! ワシがワシとしてこの姿に戻ったという事はじゃ。どうせこういう事じゃろうが! ……ロストタイム!」

 叫ぶフィリの言葉に、刻景は応答しない。

「じゃろう? じゃろうよ、結局お前も自分勝手なクソガキじゃ。……ロストタイムをロストさせたかっただけ。それを回復してやろうじゃと? 甘く見られたもんじゃよ」

 フィリには、俺が知っているこの状況の既視感が無いのだ。

 だからこそ、真正面から幻想(まおう)の行動を受け止め、否定出来るのだろう。


 一瞬、付き合いかけて、飲まれかけている自分がいる事に、ハッとした。

 自分を失ってはいない、戦うという事自体は正解。

 だが、事実はどうあれ、幻想(まおう)が何をしたかは変わらなかったとしても、俺自身が幻想(まおう)のペースに飲み込まれかけていたのは、間違いが無かった。


「お嬢……その姿……」

 仕掛け屋が、感極まった声でフィリを見つめている。

 それを見て、フィリがニヤリと笑った。

「そうじゃよ……世話ぁかけたのう。志賀」

 彼女の、記憶が戻ってきた。

「そいつは秘めとくのが美徳だろうよ、フィーリス嬢さん。お互いに格好がつかねえだろ。」

 おそらく、志賀というのは仕掛け屋の上の名前なのだろう。

 だが確かに彼の言う通り、野暮といえば野暮だ。


 だが、この二人はその野暮すら、楽しめるんだった。

「くふふ、じゃがしかし、こうして一度は殆どの力を灰の海に捨てたワシが、じゃ。刻景を失ってでもこの場に戻ってきた」


 フィリは改めてぐいっと、涙を拭ってから、両手に銃を顕現させ、その銃を縦と横に交差してから、その銃口を幻想(まおう)へと向けた。

「その銃声は、我らが勝利の鐘が響く音。その銃弾は、我らに続いた灰の猛き声」

 それは、フィリからは聞いたことの無かった。紛れもない詠唱。

 だけれどもう、そんな事すらどうでもよかったのかもしれない。

 自己暗示とも言い換えられ、決意とも言いかえられる。


 そうして、宣戦布告とも、言い換えられるのだ。


 響く銃声が、開戦の合図。


「おうおうおう! 待たせやがってよぉ!! 偉そうなオッさんだけど、ガリガリじゃねえか!!」

 やはりアルゴスが一番槍、とはいえ、持っているのは灰色の大曲刀だが。

 幻想(まおう)が浮かばせていた剣の海に飛び込むように、両手で持った大曲刀を叩きつけた。


――たった一本の剣で耐えうる程、その斬撃は軽くない。

 幻想(まおう)は即座に周りの剣をその斬撃の対処にあてるが、数を見誤ったのか、アルゴスの斬撃が一瞬幻想(まおう)の身体に届きかける。

 だがそう簡単に事が済むわけがない。現に幻想(まおう)はフィリが撃ち込んだ灰銃弾をも剣で受け止めている。銃撃一発程度で、そう簡単に折れる代物では無いらしい事はすぐに分かった。

 それでも、アルゴスの斬撃は、確かに幻想(まおう)の周りを漂う剣の一本をへし折っていた。

「ふむ……手加減が過ぎたな。確かに力は強いが、とは言え一本ではな」

 言いながら幻想(まおう)は、アルゴスの大曲刀と色違いの、灰を纏わぬ大曲刀を顕現させ、アルゴスの大曲刀に合わせ、アルゴスごと吹き飛ばす。

「私も」

「ッッだぁ! しょうもねえなあ! 猿真似かあぁ!?」

 吹き飛ばされた勢いのまま、アルゴスは壁を蹴り、もう一度アルゴスが幻想(まおう)へと突っ込んでいく。その反対側から、豪炎が飛ぶ。

「私でも違うって分かったのに。どうして、分かってくれないのかな……」

 春の悲しみが、紅い炎となって幻想(まおう)を襲う。だが魔王はその豪炎を左手で受け止め、右手でアルゴスの勢い付いた強撃を受け止める。

「腹ががら空きじゃぞ!」

 おそらくフィリの銃は銃弾に限りが無い、撃ち出す度にそもそもの彼女が使えていた魔法で銃弾を創り出しているのだろう。

 だが、三位一体の攻撃であれど、そう簡単に通じる程、幻想(まおう)は弱く無い。

 それでも、俺達だって、ただぬるま湯に浸かってここまできたわけでは、無いのだ。

「見えてんのに、無視はねぇだろうよ」

「空手に、怯えろとでも?」

 幻想(まおう)の眼の前まで分かりやすく、それでも思い切り銃を投げつけながらツカツカと歩く仕掛け屋。

 もはやそれはただの投擲であり、幻想(まおう)はそれらが当たる事を気にすら止めない。

「へぇ、空手だと、思うかい?」


 幻想(まおう)から見れば、仕掛け屋は銃を獲物としている男だ。

 それに、フィリを抱きかかえているのも、目にしている。

 その情報だけを見るならば、脅威と捉えないのも確かに頷けるだろう。

 もし、仕掛け屋という人間が使う刻景の情報を知っていたとしても、銃が見えないのであれば何のことはなく、そもそも至近距離で撃つ必要だって無いのだ。

 理外の行動、自分の力に尤も適応している主たる武器を放り投げ、近づいてくる。役立たずに見えても、仕方がないのかもしれない。


――だが、俺達は彼が"仕掛け屋"だという事を知っている。

 思い切り腕を振りかぶり、仕掛け屋は幻想(まおう)に殴りかかろうとする。

 ただの殴打、しかも剛腕にも見えないような男の殴打を、幻想(まおう)は強撃と豪炎を受け止め、灰に包まれた銃弾を弾きながら、つまらなそうに見ていた。

「そんな顔するんじゃあねえよ。種も仕掛けもあるからよ……面白えんだ!!」

 仕掛け屋の殴打は届かない。

 幻想(まおう)自身、彼を脅威だとは感じていずとも、触れられる事自体を良しとしないのだろう。寸前の所で仕掛け屋の手は剣の刃によって受け止められた。

 溢れる血に目もくれず、仕掛け屋は笑う。

「手がいらねえなら、品はどうだってんだ、こん畜生め!」

 溢れる血を見て、仕掛け屋は笑う。

 幻想(まおう)の肩には、仕掛けやの服の袖から飛び出した、青刀が突き刺さっていた。

 最後に皆で、響も含めた本当の皆で話していた幸福の時間で、彼は密かに仕掛けていたのだろう。

「そりゃあ俺の手は届かねぇ。でもよ、手を変え品を変えって言うだろ? どうだよ、痛ぇか?」

 幻想(まおう)の顔が、怒りに歪む。痛みはさほどでは無かったとしても、一撃を通してしまったという怒りなのだろうと思った。

「芥! 合わせて!」

「……あぁ!」

 幻想(まおう)の右方向、豪炎の方へと走り寄る朝日に合わせ、俺は左にいるアルゴスの方へ走る。


「スロー……タイム!」

 朝日が春の豪炎を掬うように明烏に炎を纏わせ、刻景の発動と共に幻想(まおう)に斬りかかる。

 それと同時に、俺も全力を込めてアルゴスの大曲刀を止めている剣達に斬り掛かった。

 幻想(まおう)を守る剣の壊れていく音が、ゆっくりと聞こえる。


 ゆっくりと砕けるその刃の間をすり抜けるようにして、俺と朝日の刀は幻想(まおう)の首を狙い、そうして全ては終わる。


――はずだった。

 確かに、刻景は発動していた。幻想(まおう)もまた、その動きを緩やかにされていたからだ。

 だが、俺と朝日の一閃を、幻想(まおう)は躱していた。

 スロータイムの影響下にあるアルゴスと、春の魔法はともかくとして、通常の時間として認識出来る俺と朝日の一閃。それをあの刻景下で、避けられるわけが無い。

「ふむ、これが刻景か」

 灰色の世界の中で、幻想(まおう)が興味深そうに嘲笑っている。

「稚拙なものだな。しかしお前らに合わせるのなら、こう言うべきか? 刻景・ヘイストタイム」

 単純明快な事実、幻想(まおう)であれば、源流が魔法である刻景を使えないわけがない。


 朝日と俺は、スロータイムの影響を受けず。

 アルゴスと仕掛け屋は、スロータイムの影響を受けている。

 春とフィリは、安全圏にいると思っていただろう。

 それが、仇となった。


 瞬間、吹き飛ばされるアルゴスと仕掛け屋。

 そうして、膝を付く春とフィリ。彼女達も、まさか距離が離れた状態で殴打されるとは思っていなかったのだろう。

 目に捉えるのがやっとの速度で、幻想(まおう)は朝日と俺以外の全員に一撃を喰らわせていた。

 動き出した幻想(まおう)に警戒して身体を動かしていたお陰で、俺と朝日だけが辛うじて幻想(まおう)の一撃を免れていた。

 というよりも、朝日のスロータイムと幻想(まおう)が言い放ち、使ったヘイストタイムが拮抗していたのだろう。だからこそ、俺と朝日の前でだけは幻想(まおう)は通常の速度で動いていたのだ。

 

「お前らのターンではあるが、カウンターの権利ぐらいは、あっても構わんだろう? だが、そろそろターン交代といくか」

 つまり、幻想(まおう)はあえて何もしないという事を選択していたという事だ。

「お前らの技で、砕けろ」

 言うやいなや、また幻想(まおう)の姿が消えた。

 焦って攻撃を受けた皆を確認すると、もう既にそこには幻想(まおう)の意趣返しが行われた後。


 吹き飛ばされたアルゴスの胸に大きな切り傷が走り、仕掛け屋の肩には剣が刺さっていた。

 春の身体は炎に包まれ、フィリも腹部に銃痕のような物が見えた。


「刻景!!」

 タイムウォーカーを急いで発動させた時には、もう既に朝日に向けて幻想(まおう)が刀を顕現させ振り下ろす瞬間だった。

 だが、流石に刻自体を止めるタイムウォーカーが発動している最中は、幻想(まおう)いえども行動出来ないらしい。

 俺は自分の軌道の限界まで動き、朝日の手にギリギリ届くか届かないか分からない所まで手を伸ばして、刻景を解除した。

「掴め! 朝日!」

 パンッという音がして、一瞬だけ朝日が前によろめいた。

 そのお陰で、朝日は俺の手を掴み、すんでの所で幻想(まおう)の刃は朝日ではなく空を斬る。


「ほーんと、危なげしかないよねぇ。感謝してよぉ?」

 その言葉に、傷つきながらも、誰もが目を見開いていた。

「なんか知らないけどさぁ。私がいない間に話が進みすぎてない? 理由を知る暇も、無いんですけど!!」 

 

――白い羽根が、舞っていた。


「……響!」

「はいはーい、話は後だよ。……ぶっ飛ばしてこーぜ!!」

 涙を堪えて、俺は口を結ぶ。

 幻想(まおう)の捉えた敵という概念。そうしてその俺達を治すという余裕。

 俺達が仲間であるという意識、現実。それが、石鐘響という存在を、灰から引き戻すに至ったのだ。

 

 ロストされたフィリの情報が、灰の海から引き上げられたように、響もまた灰の海から、この世界へと引き上げられた。

 それは、彼女のその白い羽根の色と、おそらく彼女が使った刻景が証明していた。


 堕天したからこそ、フィリにロストされたからこそ、彼女は蘇ったのだと、そう思った。

 ロストタイムの存在を丸ごと消すという幻想(まおう)の行動は、響の情報をうやむやにしているのだ。

 何故ならば、響が灰になった時よりもずっと前に、響という情報の欠片はフィリによって灰の海へと消されている。天使としての響はあの時点で消え、堕天した響という存在が生まれたというべきだったのだろう。情報は地続き、だけれど存在としては別存在となる。

 この世界だからこその、この世界の仕組みが特殊だからこその、灰者復活。

「死屍累々とまでは行かないけどさ。調子乗りやがって……ばかやろうめ!」



 繰り出されるは、最強の刻景。



――全てが停止したその灰景に、始めて天使と出会った日の、あの景色を、思い出す。

「こういう時でも余裕をぶっこいちゃう天使な私、良いと思わない? アクタンよう」

「まぁ……話したい事でもあるんだろ。まさか最後の戦いの最中に雑談の時間を設けるなんざ、コイツも思ってねえだろうよ。とんだ馬鹿天使だよ、本当に」

 俺は停止した刻の中で驚いた表情を浮かべている幻想(まおう)をトントンと叩く。

 

「結局、何だったんだろうねぇ。この世界って」

「さぁなぁ……でもきっと、結局の所誰もが幸せになりたいだけなんじゃないかって思うんだよ。その方法が、それぞれ違うだけでさ。誰かを傷つける事があったり、すれ違う事があったりするだけで」

「うーん、めんどっちーね」

「あぁ、そうだな。でも、正さなきゃいけないんだろ。誰かが」

 俺に手を引かれながら、それでも幻想(まおう)に向かって一太刀を入れようとしている朝日の頭を撫でる。

「えー、ズルい。良い仲になったんか? そのボディタッチがお前らには許されるんか!! あぁそうだねライバル脱落だもんな!! ちくしょーめ!」

「いーや違うね。ライバルは脱落なんかしてないさ。ただ……」

「ただーー??」

「はぁ……言うのも野暮だが、愛情の形が違うっつーだけだよ。言わせるんじゃねえよこんな事をよ……」

「へーー? ふーーん? 二股か!」

「分かって言ってんだろうが! 朝日の事は、その、好きだよ。でも響の事は、救いたい、救いたかったんだよ。それは俺の我儘だけど、だからきっとあの日から、そういうんじゃねえんだよ」

 ニヤついていた響の顔が、少しだけ寂しげな表情になる。

「始まりが私、だからこそ……か」

「救えなかった俺が、響を好きになる資格なんてのは無いと思った。あぁもう! 言っちまえば初恋だったんだ。忘れられるわけねえだろ! 十年引きずって、お前が死んだ日に俺は飛んだんだ。とっくに、とっくに、擦り切れる程にお前の事は考えたさ」

「んふー。やけっぱちのアクタン、いいねぇ。でも嬉しいや。私もアクタンが好きだよ、好きになった。だけれどやっぱりどっか違うのは分かってたんだ。私の中では、堕天した時に失恋したみたいなもんだよ。でも朝日はさ、アクタンの沢山の痛みをさ、ちゃんと癒やしてくれたんだもんね? だから、私も朝日が大好きだよ」

 響が、朝日の頭に乗せてある俺の手の上に、その手を重ねる。

「気が合うな」

「調子乗りやがって! でもま、一番調子乗ってんのは」

 響は、一挺の拳銃を、幻想(まおう)の脳天に突き付けた。

「コイツだよね」

「あぁ、そうなる」

 俺は灰を纏わせた赤刀を、幻想(まおう)の首筋に当て、響の銃口にもほんの少しだけ灰を纏わせた。

「さぁ、刻を、動かさなきゃな」


 きっと時計があったなら、その針はあと一秒で十二時を刻む。

 その瞬間、きっと魔法は解けるのだろう。


「へへ、最後にいー話聞いちゃった!」

「満足したか?」

「大満足! だから、終わらせよっか」

 

 そうして、世界に色がつき、銃声が、響き渡った。


 今際の際の言葉すら、無い。

 驚愕の表情を浮かべたまま幻想(まおう)は、灰と化した。

 もしかすると、自分が定めたルールを破ってしまった瞬間、つまりはロストタイムを消すという暴挙に出た時点で、彼の敗北は決まっていたのかもしれない。

 

「あぁ……終わった」

「いいとこ持ってってごめんねー!」

 馬鹿天が騒いでいるのを見て、全員が一様に安堵の溜め息なのかなんだか分からないが、大きく息を吐いていた。

 俺は、泣きながら響に抱きつく朝日を見ながら、何となく事が終わった実感も無いままに、この世界のこれからの事と、やるべき最後の仕事の事を、考えていた。

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