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異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第五章『幻想狂想曲』
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第六十六話『魔王の如き出で立ちだとて』

 捨てるべきではない部分、フィーリスが言っていた事は決して正しい事だけではなかった。

 目に映るそれは、紛れもない幻想との共闘。

 フィリと響、仕掛け屋が一丸となって一見、豪勢な衣服を纏った女性に見える悪魔らしき存在と戦っている風景だった。


 考えてみれば、アルゴスはその暴力性を考えて危険だと思っていたものの、フィリについては多少いつもの破天荒ぶりが強くなっただけで大きな違いは無いように思えた。

 だから、安心だと、その光景を見た瞬間だけはそう思っていたのだ。


 だけれどよく見ると、三人が同じ方向を、同じ敵を見ているようで、実際している事は全くの別。

 銃声と共に聞こえた刻景を叫ぶ声に、寒気が走る。

 響は、叫んでいた。仕掛け屋もまた、フィリの手を引き、無理やり悪魔とフィリの距離を取らせていた。


――つまり、タガが外れている。

 おそらくフィリは戦闘に勝つ為に強引なロストタイムの使用を試みているのだろう。

 もう何度使われたかも分からない、見た目上は元々動かなくなっていた左手以外は動いているように見えるが、彼女もまた幻想に侵されているとするならば、何を犠牲にするか分かったものではない。

 それと同時に、悪魔も敵意を剥き出しにしているのだ。

 要は共闘に見えたそれは、大きすぎる荷物を抱えながらの、銃を乱射するジリ貧の戦いだった。

「待たせた!」

 俺は灰駆けで飛び、広がっているロストタイムの範囲へと飛び込む。

「そんで悪い、一旦おやすみだ!」

 彼女がロストを叫んだ所を、灰でコーティングした、ある意味で自身にはマイナスに作用する魔法、自身の武装を灰を無理やりに纏わせ、その刃から鋭利さを消す事であえて鈍器と化した赤刀で、フィリの左半身を打った。更に保険をかけて、それでも多少のダメージが残りのを危惧する程度の力での峰打ちは、フィリの戦闘能力を奪うには充分だったようで、突然の攻撃に彼女は膝を付く。その隙を見て、朝日がフィリの服の首根っこを掴んで思い切り後ろに引き、春がフィリの四方を樹壁で囲んだ。

「何してんのさアクタン!」

「話は後だ! あの一撃でフィリの幻想が解けてくれてなきゃ、もう一回やり直しになる! 仲間を打つなんて二度と御免だっての! 俺らの敵はアイツなんだろ?!」

 俺は赤刀の持ち手を叩いて灰を落とし、その切っ先を嘲笑う悪魔に向ける。

「しかも随分と嫌に嘲笑うじゃねえか。ザガンと違って」

「あぁ……あのボンクラは裏切ったのね? せめて傀儡の山でも出せばいいのに、粋じゃないわねぇ……で、やるの? 坊や達」

 その悪魔は不敵に嘲笑う。どうやら余程自分の力に自信があるらしい。

 事実、ロストタイムを使用した可能性のあるフィリと、響と仕掛け屋との攻防があったのにも関わらず、傷一つ負っていなかった。

 逆に、フィリ以外の響と仕掛け屋はいくらかの裂傷が見られる。戦闘出来ない程では無いものの、やはり明らかなジリ貧。あの段階で力の差は向こうが勝っていたという事だ。

「名前すら知らんから失礼しますがね、人数不利を物ともしない程、姐さんは強いんですかい?」

 仕掛け屋の銃口が悪魔に向くが、変わらず悪魔は嘲笑を続ける。

「人数? 下らないわねぇ。私が悪魔長だっていう事実だけが揺るぎなく、悪魔の中で最強だっていう証なの。それをアンタ達みたいな天使崩れが、何が出来るって?」

「名前も無い創られたお前に、私達が負けるわけないじゃんか! 何が悪魔長さ! 天使長だって一撃だったんだからね!」

 響はこの後に及んで挑発をしかける、それもショットガンの銃声と一緒に。

 それはおそらく、今までの戦闘のリフレインを俺達に見せるという意図もあったのかもしれない。

 あれだけの銃声が響いて、悪魔長を名乗るあの女に銃弾が当たらなかった理由。

 仕掛け屋の刻景バレットタイムを使えば、かするくらいの事はあるはずだ。

「やかましい! さっきから本当に、本当にやかましいわね!!」

 挑発はしっかりと効果があったようで、そうして銃声にもまた苛立ちを溜めていたようだ。

 だが、そのギミックの正体は誰でも見抜けるレベルの、簡単な魔法。

「銃弾を、防ぐ魔法だ」

 後ろで朝日が小さく呟くのが聞こえる。


 それもそのはず、悪魔長が響が放った弾丸に向かって放ったのはたった一つの魔法。

 俺と朝日が始めて魔法使いと戦った時に見た、銃弾を自動的に周りの物体を用いて弾くという、あの魔法を彷彿とさせる者だったのだ。この場合は魔法で漆黒の壁を産み出しているのだろう。何も無い所から急に黒い物体が現れ、響くのショットガンの散弾を綺麗に全て撃ち落とした。その漆黒の壁は銃弾の着弾点にことごとく現れ、砕けもせずに銃弾を受け止めて、消えていく。


 一発の銃弾ではなく、散弾を全て自動的に認知し、受け止めるレベルの、魔法。

 そうして防がれた刹那、暴風が一方的に此方側へと吹き付ける。

「アクタン、避けて!」

 響のその声を受けて即座に横にズレたが、俺の右肩に痛みが走る。

「銃弾は防ぐし、風の中にいたら切られるし! もう何でもありだよ! 魔法のオンパレード、ほんとバッカみたい!」

 うんざりとした声の響は姿を隠しながら、それでも次の銃弾を装填していた。

「勝てると思う? タクト様の娘もいらっしゃるようだけれど、それでも私の方が魔法使いとしての格は数段上。色格と呼ぶのであれば、黒とでも呼べばいいのかしら? とは言っても、そんなの何の足しにもならない馬鹿を騙す為のでっち上げだけれどね!」

 色格を黒と称するからには、そうして悪魔の長を名乗るのであれば、事実として、星が求めている、求めさせられている魔法の権化が、此処にいる。

「あぁ、勝てるさ。斬らせてもらうぞ、その魔法」

 俺はさっきフィリにした事と真逆の行為、赤刀に灰を纏わせ、その刃の鋭さを上げていく。

 流石に色格が黒だと言っても、特殊色格の魔法には対応していないのか、興味深そうに俺の赤刀を見ている悪魔長の隙を付いて、俺は小さな声で仕掛け屋に時計をつけていたはずの腕を見せる。

「時計はブラフだ。時間式で毒が注入される。ドサクサに紛れて壊しといてくれ……仕掛け屋が仕掛けに騙されててどうすんだよ、しかし」

「馬鹿な事言うんじゃねえや、とっくに分かり切ってら。しかし、しかしよ葛籠抜の兄ちゃん。じゃないとよ。俺らがつけていてやらねえとよ。あんまりにも、あんまりにも灰になっていった奴らが報われねえだろうよ! でも、そうだな。もう、その時なんだろうな」

 どのタイミングで知ったのかは分からない。それでも仕掛け屋はこの時計の仕組みを理解した上で、危険だとしても、それでも矜持を持って、亡くなっていった戦友を想い、あの戦場の中でもこの時計をつけ続けたのだ。それはきっと、彼なりの鎮魂で、俺達の全ての想いを、背負ってくれているような気がした。それによって危険に晒された瞬間があったとしても、だ。


――そんな、一人一人の身勝手で、それでも気高き矜持が、世界を創っていく。


 彼は手に持っていた銃でその腕の時計を思い切り叩き割り、ナイフで時計のベルトを外して悪魔長の前へと躍り出た。

「こうなりゃよ! 一世一代の破れかぶれだ! 悪魔の姐さん。全弾その身で味わってみな!」

 

――これは、仕掛け屋の生命を囮に見せかけた一世一代の嘘。

 灰の海でのあの情報過多を体験していない悪魔長は、俺達の刻景のルーツを知らない。

 だから響もまた、驚いた顔をして俺の顔を見るが、俺は「大丈夫だ」とだけ言って仕掛け屋の合図を待つ。

「見せてやらあ、こいつが俺達の、バレットタイムだ! 響! 全弾撃ち尽くしやがれ!!」

「おうよ!!」

 勇ましい声と同時に、あらゆる銃弾が、悪魔長に向かって発射されていく。だが彼女がそれを魔法で防ぐ前に、全ての銃弾は手前で止まる。

「しゃらくさいわねえ! この魔を統べし私はさながら魔王とでも言うべき存在! そんなもの、効かないんだっての!」

「何が魔王だってんですか! ただ、魔法が使えるだけ、たった、それだけなんですよ! 色に怯える世界も、おしまいです。閉ざせ、閉ざせ、閉ざせ……! 閉ざせ!!!」

 春の叫ぶような単純で、それでも熱い意思の籠もった詠唱は、フィリを閉じ込めたように、悪魔長の周りを囲っていく。

 だが、それでも依然樹壁の前には銃弾を防ぐデコイが置かれており、単純な魔力の差なのだろう、春の樹壁はあっという間に燃えたぎり、その樹壁の天を抜けて肥大化した炎が、響と仕掛け屋を襲う。

「やらせて、たまるかってば! 刻景!」

 朝日の刻景により、近づいてきた豪炎はスローになり、響と仕掛け屋は難を逃れる事が出来た。

 それでも樹壁は燃え尽きかけているのが見える。

 だが、それだけの、それ程までの時間を稼いでくれたなら、充分すぎる程だった。

「我は幻想に追随し、我は現実に追随し、矛盾を孕みて灰を踏む。反り立つ灰の遺志は、全ての魔法を抱え、撃ち込まれる銃弾の意思は、全ての現実を抱える。幻想に、抗え、灰魔壁……!」 

 想像しうる全ての言葉を選び、最大の魔力を込め、灰魔壁という魔法を、詠唱と共に創り出す。 

 通り過ぎるだけで、魔力を帯びるだけの壁、灰壁と対して変わらないはずの、些細な違いしか無いはずの物だ。それでも最強の魔法使いたる彼女の前では、最強の自己暗示を以て、立ち向かう。

 そうして、バレットタイムで止められた銃弾の眼の前に、一枚の灰の壁が反り立った。


――たった、ニ枚の壁。

 一枚は頼りなく、灰で出来た柔らかい壁だ。

 そうしてもう一枚も、もう既に燃え尽きそうな樹木で創られた壁。


 だけれど、そのニ枚の壁が、そうして放ち尽くされた銃弾が、炎の速度を遅延させ仲間を守る刻景が、俺達の全てが、黒ですら白に塗り替える。


「仕掛け屋! 今だ!」

「たかが木の壁、たかが灰の壁、その何処に勝機があるというのだ!」

 だから、彼女は見誤った。俺の灰魔法――つまり幻想を抜けて強化された現実の象徴である銃弾の矛盾が、彼女の幻想を破壊する事に。


 だが、それだけでは意味がない。

 だが、それだけで、良かった。


 彼女が絶対と信じて疑わない銃弾を防ぐ魔法、銃弾なんてと嘲笑ってきたツケ。

 それらが、彼女の魔法を壊し、彼女に到達するというデタラメな奇跡に、彼女が驚くだけで、良い。

「刻景・解除だ。畜生め!!」

 俺の灰を纏った銃弾でも、やはり魔力の差なのだろう。完全に彼女の漆黒の銃弾追尾の魔法を完全に破壊する事は出来なかった。だが、壊れた魔法の壁をすり抜けたそのうちの一発が、彼女の頬をかすめ、血が滴る。

 その時の彼女の表情は、驚愕と、そうして憤怒に満ちあふれていた。

 だが、もう遅い。俺の灰駆けは、もう既に灰魔壁を発動した時点で同時に発動し、銃弾が着弾した時点で俺はもう既に悪魔長を斬り伏せられる間合いにまで踏み込んでいた。

「約束通り、斬りに来た。お前の部下の方が、余程良い悪魔だったよ」

 灰を帯びた赤刀が、彼女の身体を裂いていく。

 綺羅びやかに光るのは俺が握って、灰が落ちていく赤い刀身のみ。

 悪魔は、悪魔の長と呼ばれた最後の悪魔は、血も涙も無いと言わんばかりに、血の一滴も流さぬまま、その顔を醜く歪めて、灰へと消えていった。


「ミッションつぅ、クリアーか」

 皆の元へ戻った俺に、響が語りかけてくる。

「っていうかこの時計関係無かったの?! 言ってよ!!!!」

 憤慨している響に、仕掛け屋は笑いながら自分がつけていた時計の文字盤を見せる。

「あった、だろうさ。きっとな」

 その数字は、もう既に一秒を切っていた。

 つまりは、思った以上に自体は緊迫していたという事だ。とは言ってもそのカラクリに気づいていたなら壊した上で刻景を使っていたのだろうが、それでは相手に気取られてしまう。つまりはもう既に仕掛け屋は手の内を見せられないという状況に陥っていたのだ。そうして、こういう状況を考えた上で、出来た仕掛け。俺の策に対して二つ返事で対応する所までが、もしかすると彼の仕掛けだったのかもしれないなんて、そんな事を思った。

「何処で気付いた? 時計の事」

「つけた時の痛みでおかしいとは思ったさ。明らかな枷をハメられたってもんでな。でもこれに関して触れちゃあ終わりってこたぁ何となく分かってたからよ。確信もねぇし黙っちゃあいた。しかしある程度確信したのは葛籠抜の兄ちゃんが天使陣営つってたあの場所を追い出された時だな。きな臭ぇ事この上無かったから、それも加味して俺はアンタらに付いたんだよ。まぁ、実際時計が無い腕を見るまでは怖くて外せやしなかったけどな!」

 つまり仕掛け屋は、あの時点で時計のカラクリに気づいていたっていう言葉から、ある意味では俺を安心させる為の嘘だったのかもしれない。それでもきっと、戦友を悼んだあの言葉だけは真実だ。

「もー! こっちはヒヤヒヤしたんだからね!!」

 そう言って響も、いつまでもつけたままだった時計を取り外す。

 

 そうして、全員の目線は音のしない、フィリを包んでいる樹癖の方へ向かう。

「切れ味を落とした上で峰打ちをしたから、大丈夫なはずだ。けれど、何回使った?」

 ロストタイムを使った回数、それによって、フィリの状態は幻想から解き放たれていたとしても、危うい可能性がある。

「…………三度。アイツの魔法は炎に氷、風に地面、光線もあったんだ。そのうちの氷と、地面、光線を、フィーは、消した」

 響が悔しそうに呟く。あれほどの魔法使いの魔法と自身の何かを等価交換したのだ。もしかすると、この樹壁の中にいるフィリは、俺の知るフィリでは無いかも知れない。

「代償は……聞かないでおく」

 響はコクリと頷いた後、春に目配せして、樹壁を解放した。

 そこには、胡座を書いて無愛想な顔をしたフィリがこちらを睨んでいた。

「馬鹿者が。ワシも楽しませろ」

 その言葉に、ふと涙腺が緩みかける。

「それは、形振り構わず刻景を使う馬鹿が言ってんのか? それとも、俺達の、仲間が言ってんのか?」

「フン、ワシとしたことが馬鹿をしたもんじゃ。じゃが幻想とやら? に飲まれていても流石ワシのセンスじゃな。この程度のハンデ、大した事も無い。あの柔らかいヤツにも、飽きてきた所じゃったしな」

 その強気な言葉で、何を失ったか、そうして表情を見て、何を失ったか。

 それを考えた時に、自然と涙が零れ落ち、俺はそっと、左目が開かないフィリを抱きしめていた。

「やめろやめろ馬鹿者! お主には朝日がいるじゃろが! でもまぁこれだけボロボロでも臭わんのは得かもしれんの」

 少し余計な言葉が混ざっていた気がしたが、気にせずフィリを抱きしめる。

 幻想に侵されながらも、彼女は左目と、嗅覚、そして味覚を差し出して響と仕掛け屋を守ったのだ。

 

――フィーリス、やっぱりアンタはアンタの事、全部は分かっていないよ。

 そう思いながら、涙を拭い、暴れるフィリを解放する。

 皆を見ると一様に朝日を眺めていて、朝日は顔を両手で覆っていた。

「伝えておきたい、話があるんだ」

 そうして、俺達が向かうべき最後の関門の前で、俺達は最後の、休憩を取った。

 仲間として、友人として、戦友として。

 殴り合いを終えた馬鹿がドでかい足音を鳴らしながらこっちにやってくるまで、ゆっくりと、全員の無事を称え合っていた。

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