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異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第五章『幻想狂想曲』
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第六十四話『闘牛は戦士を待つ』

 あの灰の海で経験した出来事が、半界ではあっという間の出来事だったという事のは、手の温もりが気付かせてくれた。朝日に握られていた手は汗ばまず、力も込められず、それでもただ、握られていた。

 心配そうな顔も、深刻さを帯びるにはまだ少し早い。立ち眩みか何かと言い訳しても通るくらいの時間だったのかもしれない。

 だけれど、俺は立ち上がり、朝日と春に向かって、俺が体験してきた事実を、要所要所、言うべき事を考えながら述べた。一応、フィーリスに出会ったという事や、俺自身の核心にふれる事は避けた。

「……俺が一番近かったんだろうな、灰と。二人の大事な人達に、改めてよろしくって、頼まれたよ」

「中村家の直系である私ですら、その灰の海の存在は知りませんでした……でも、お母さんがそんな事を言うなんて……」

 ハッキリ言えば、精神年齢だけで言えば春のソレは母親を越えていると思う。

 子が子を産む、多方面から考えて、決してそれが悪い事だとは思えない。けれど子が子を産んで何だと言うのだ。年齢の差はある、経験の差もある。子供のように振る舞う中村春という女性もまた、ゆっくりと小さな生命を育てながら大人になっていけば良かったのかもしれない。

「きっと、不器用……だったんじゃないかな」

 俺は困惑した春に笑いかけて、本来行くべき場所を、目を細め眺めた。

「アルゴスの話、聞けなかったな……」

「んー? 誰に?」

 朝日が耳ざとく俺の呟きを拾う。

「あそこは情報塗れだったから、何かあるんじゃないかって思って。けれどまぁ、方法というか、作戦は一つある」

 少しだけ嘘をついた、フィーリスに会った事は、誰に簡単に言って良い事じゃないはずだ。フィリに会えたなら、その時に彼女にだけ、伝えたい。そう思った。


 『幻想』という生物に起こる病、もとい魔法が全ての世界を狂わせてしまったというのなら、そのステージの上で、幻想を打ち破るという結果を作ればいいだけだ。

 俺達は魔法使いという役職を持っている人間はいても、魔法使いという陣営では無い。

 つまりは魔法を打ち破る為の反乱分子、そういう、ストーリーなのだ。


――尤も、元々はの話。

 壮大なクライマックス、きっと星という名の観客はそれを待っているのだろう。

 だからこそ、この世界は響が現実世界の、あの校舎の屋上から飛び降りて十年、ダラダラと有り続けたのだと思う。幻想は確かに感染した。けれど幻想が、魔法が、異世界が、それがこの星の怯えを止めるには、壮大さが足りなかったのだ。

 役割を決められた、中途半端なゲーム。

 そんなものじゃあ、満足してくれない駄々っ子が、俺達をずっと、見ているのだろう。


――それを、その壮大な戦いってやつを叶えていきゃあ、いいんだよな。

 そうして、俺達が勝てばこの世界は納得するんだろう。きっと。

 人間そのものが、魔法を信じない心の強さが、正しい強さなのだと。

 だから、負けるわけには、いかない。

「大げさに……それも違うか。アイツ相手じゃどうしようもない、全力で戦おう。出し惜しみは無し。ただ、その前にこの鬱陶しい時間を、ぶち壊そうか」

 そう言って、俺は手に付けられたままの、時計を思い切り建物の壁に叩きつけた。

「ちょっと!! 何して……?」

 朝日が焦って声を出すが、俺の身体はびくともしなかった。

 それもそのはず、そもそも俺達は時間を与えられていると思い込まされていた。

 刻景が魔法であるというのならば、それに時間制限がついているという事自体が理不尽すぎるのだ。刻景が生まれた経緯というのはおそらく春の父も記憶ごとロストさせられているはず。その時に此方側に妙に有利な魔法が生まれて来たならば、この半界を牛耳る物として、何か枷をハメさせるのは考えに易い。


 元々おかしいとは思っていたのだ。

 魔法使いの誰一人として、時計を狙うヤツがいなかった。どの程度の強度を持っているかは分からないにしても、魔法であれば刻景の外から時計を狙い撃ち、または腕を狙えば簡単に済む話だ。

 だけれど刻景の時間縛りで灰になった刻景使いは、全員時間を使い切って灰になっていた。

 それに、時計をつけた時のチクリとした違和感、それを考えれば、俺達は時計によって束縛されていたのだと思うのが、妥当だった。


 最後にフィーリスが言った時計が似合わないという言葉、それが答え。

 刻景を作った彼女が似合わないと言ったのだ、ならばそんなもの、壊してしまうに限る。


「やっぱり……こういうこと、だろうな、だんだん読めて来た。クライマックスにコイツがあっちゃ、邪魔になるし……な!」

 俺は時計のバンドを灰で作った小さなナイフで千切って、少しチクリとした違和感とともに時計を投げ捨てた。

「コイツは……いわば縛りだったんだろうな。時間が俺等を灰にするんじゃない。時計から時間が無くなった時に俺達を灰にするっていう、俺達への縛り」

「つまりは私のスロータイムも、芥の刻景も……」

「もう時間は関係無い。厳密に言えば、これは魔法なんだってさ」

 このくらいは言って良いだろうと思った。二人も素直に受け止めてくれているようだ。

 朝日も器用に刀で時計のバンドを切り、腕から小さく滴った血を見て、難しい顔をしていた。

「んーと、つまり秒数が零になると同時に、このちーちゃな針から毒みたいな物がって事なのかな?」

 彼女が時計盤の裏の、極々小さい、多少動いた所で違和感も内容な、それでもしっかりと鋭い針を指指した、事実彼女の腕も、よく見ると俺の腕からもほんの少しだけ血が滲んでいる。

「そういう事なんだと、思う。実際に刻景を使わないと分からない話でもあるけれど、俺は刻景は魔法が派生した物だと、情報の海で、ハッキリそう聞いた。なら魔法使いと刻景使いは、魔力の奪い合いをしていたっていう図式にもなる」

「……酷い、話ですね」

「あぁ、正直、伝えるかどうか迷うくらいには、身も蓋もな……」


――二度目の衝撃。

 言いかけた俺の言葉を遮って、地が揺れる。

 情報の共有は大事だったはずだ。そうして刻景の縛りを解くのも大事。

 だが、此処まで堂々と、さっさとやり始めるあたり、相当この先にはアルゴスが戦いたい相手がいるのだろう。

「悪い……話が長引いた。急ごう」

 その一撃一撃が、致命傷になる程の物なのだろう。地ならしと、甲高い金属音のような物が交互に鳴り響いていた。

 これが鳴っているという事は、未だに戦闘は終わっていないという事。


――それはつまり、あの状態のアルゴスを単身でいなす程の相手がいるという事だ。

 俺達の目的は二つ。

 一つはアルゴスを何とか幻想という状態異常から引きはがす事。これはおそらく彼を実力で叩きのめせば何とかなるだろうだ。幻想が敗れるという図式はこの世界で良しとされていないはず。

 一つはアルゴスの相手をどうにかしなければいけないという事、敵対しているのならば、現時点でフィジカルが異常な状態になっているアルゴスが簡単に倒せない相手と戦わざるを得ないという事だ。


「最悪の場合、アルゴスと、その相手の二人と戦うハメになるな」

「その場合は……私がアルゴスを叩くよ。春ちゃんと芥程、私は頭良くないしね!」

 医療の道を志していた人間が何を言うかとも思ったが、こと戦闘については彼女は近接に寄り過ぎている。もう一人の様子を見て、春が判断、その後俺が柔軟に動くのがこの場合の想定としては最適解だろう。

「それを思い付けてる時点で、頭は悪くないけどな!」

 言いながら駆けていると、眼下に戦場が見えた。

 おそらく拠点か何かにされていた小さな家はボロボロになっており、その周りには幾つも灰を吹き飛ばした後が残っていた。おそらくはアルゴスの一撃がかすめた場所なのだろう。

 そうして、金属音の方向に耳を向けると、半人半獣の悪魔がアルゴスの大曲刀をその手で防いで距離を取っているのが見えた。

「わぁ……見るにも悪魔って感じの……」

「ザガン……さん? 戦っている所……初めてみました」

 驚きといっても二者二様の物だったが、どうやら春はあの悪魔に覚えがあるようだ。


 アルゴスの相手は、猛々しい牛のような顔をした獣人。身長はアルゴスよりも高く、下半身は黒い毛で覆われ、赤黒い上半身は分厚そうな筋肉で覆われていた。アルゴスに折られたのか、その頭にあったであろう角はへし折れているようで歪に見えた。

「灰を扱う悪魔がいるってお話、しましたよね? それがあのザガンさんです。温厚で戦っている所なんて私一度も……」

 春が言う通り、ザガンとやらの動きはどうにもおかしい。アルゴスが端的に強いという事も踏まえたとしても、見るからに防戦一方なのだ。それに、ここからは戦闘の音に紛れて聞こえないが、何かを叫んでいるようにも見える。

「ならまぁ……話が通じる事を祈って……邪魔しに行くか」

「ん!」

 そう言って俺と朝日は灰の丘を滑り降りる。何だか、いつかの戦場を思い出す。響に連れられて無理やり朝日と一緒に魔法使いと戦った日の事、あの頃はまだ何も知らなかった。


 けれど、今はもう違う。


「ザガン! 話し合いがしたいか?!」

 俺はザガンへと。

「元気良すぎるのもどうかと思うんだよね!」

 そうして朝日はアルゴスへと走り出す。


 春は未だ丘の上だが、おそらくタイミングを見ていたのだろう。俺達が両者へ走り出した瞬間、俺とザガン。朝日とアルゴスを大きな樹壁で分断した。

 大胆な事をした物だと思ったが、思えば春は未だ俺達両方を見られる位置にいる。という事は不利な方への戦闘補助が出来ると考えると、妥当な手段ではあると思った。


 アルゴスを倒すだけで良いという事ではなさそうだ。

 俺は一切武装の気配を感じさせないザガンを前に、一応鞘からは抜いていた赤刀を眼の前の灰に刺す。とはいえ一瞬で戦闘に入る体制ではあったが、次の彼の言葉で毒気が抜かれてしまった。

「濁神を投げられるのはなぁ~。ズルだよズル~」

 その敵意の無さを信じ、状況を聞こうと口を開きかけた瞬間ザガンの見た目からは思いもよらないふわっとした言葉が飛び出る。

「は?」

「いや~だからね~。アルゴスくんさ~、とんでもない事になっちゃってるじゃないのさ。止めてあげてよ、僕あんな状態の彼と戦いたくないんだよなぁ……殺しちゃうのも、違うしさ~」

 濁神という状況化にあるだろうことはよく分かる。そうしてザガンが言う通りに、とんでもない事になっているのも事実、だがこの悪魔は灰を操るという話を聞いた。

 であればその状態という物がどのレベルに達しているのか、疑問に思った。

「とんでもない事ってのは……どの事を言ってる? 濁神の事だけか?」

「いーやぁ? 君は芥君で~、あっちにいるのは朝日ちゃんでしょ~? 僕も灰の海に干渉したから大体の事は分かるんだぁ。同じ灰を冠する魔法の使い手として、おんなじおんなじ~。だからこそ、アイツをまず止めなきゃって話なんだよねぇ。この際もう僕はさぁ、この世界がどうなろうと知ったこっちゃないんだ~。でもアルゴスが幻想に囚われる前に、本気で戦うって約束をしたから、手伝ってもらってもいいかな~?」

 間延びした発言をさっさと話して欲しい状況だという事は加味してくれないようで、彼がゆっくりと話し続ける間も、樹壁の向こうではおそらくはアルゴスの剣撃を受け止めていなす朝日の刀の音と、状況が悪いと判断したのか春からの援護の魔法の音が鳴り響いていた。

「あぁ、敵じゃないってんなら本当に助かる。それに灰の海を体験したなら尚更だ、こっちこそ頼む」

「じゃあ~正義の味方を気取った偽物を、ぶっ飛ばしちゃうぞ~!」

 相変わらず間延びした声ながらも、彼のその手が固く灰色になっていくのが見えた。

「真似してい~よ? 灰を扱う事に関しては、僕が先輩だしね~」

 俺はそれに頷いてから、赤刀を手に取り、大きな声で春の事を呼んだ。

 それで彼女も察したのだろう。大きな音を立てて樹壁が沈むと、ギラついた眼でこちらを見るアルゴスと、傷こそ負っていないが息を切らした朝日が小さく息を吐いているのが見えた。


「もう! 遅い!」

「遅いぞ! 盟友!」


 敵意の無い可愛らしい憤慨と、敵意の籠もった怒りとも喜びとも分からない声。

 俺とザガンは一度目を合わせて頷いてから、大曲刀を肩に担いだアルゴスを見据える。


 決戦の開始の合図は、圧倒的な早さで灰駆けを使うザガンの拳をアルゴスが大曲刀で受け止める音で始まった。

 それはまるでいつかの、本当に剣を使って戦っていた、歴戦の戦士達の死闘の始まりを思い出すような、激しい金属の音のようだった。

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