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異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第四章『メインキャスト・アウェイキング』
78/100

AngelSide4『逃げず恥じない恋の種』

 石鐘響は謝りたかった。


 まともな恋を知る前に死ぬという事実からは、眼のそむけようも無い。

 それに、彼女の性格だと死んでから誰かを好きになるなんて事も、なる暇も、なろうとすら思っていなかった。そんな彼女にも、なんだか少しだけ気になる人が出来るというのが、ある意味響という人間性の変化であり、またこの世界の変化にも通じてしまうような程の、奇跡だった。

「ん、羽音が無いだけ、虫よりかはマシだけど!」

「……ふぅ」


 響の悪態にも、朝日は小さい溜息を漏らすだけで反応しない。春もまた、初対面の人間にやや戸惑い気味で言葉が出ない。

 気まずい空気が流れたまま、響と朝日と春の三人は追跡魔法から逃げる為に路地を駆け回っていた。

「んー!! じれったい! なんか喋れよなー! 羽音が無いけど当たったら死ぬとか、いっそ嫌味を言えよな!」

「ひ、ひびくさん……、なんというかそれは……」

「いいの! ウジウジしてるくらいなら殴り合いたいの!」 

 その言葉に、朝日の視線が響の方を向く、その視線は鋭い物だったが、振り向いた瞬間に追跡魔法の弾丸が朝日の髪の毛を掠った。

「間一髪かー余裕なくなってんぞー。朝日ちゃん」

 響の挑発に振り返らなければその銃弾は朝日に当たっていたかもしれない、どこまでが計算なのかも分からないまま、響は朝日を通り過ぎても尚引き返して朝日を狙いに来る銃弾を蹴り落としてグリグリと地面を踏みつけた。

「とりあえず、入りましょうか……」

 春が窓が少ないマンションの入り口を指差し、朝日は小さな声でそれに返事をして、マンション内に入っていく。チームとしてはもう既に、バラバラだった。元々チームでも無かったのかもしれないが。


 響達が聞いた話の通りであれば、道を抜けた所で敵の大群がお待ちかねという話だった。

 ならば追跡魔法が途切れるまでは、分かりやすいコンクリート製のマンションに身を潜めた方が良いだろうということは明白だ。だからこその手段。

「硬く、貫かれず、追われず、壊れず、石棺等と言う事無かれ、我らが出たる時を待て……石壁(ストーンウォール)!」

 詠唱の強さは魔法の強さに直結する、春が魔法を唱えた後に入り口を塞いだ石壁は、芥が作り上げた灰の壁など非にもならないような強度をほこっているように見える。

「じゃあ、私は口を挟みませんからね……。大事な話、あるんですよね? 私は、窓を塞いできます」

 そう言って春は、詠唱を口ずさみながら、ケロリとした顔で響と朝日を置いてビルの奥へと進んで行った。


「だってさ、朝日ちゃん」

「話す事なんて、ある、かな?」

 響から見れば、朝日を憎む理由は一つも無いだろう。だけれど、だとしても憎まれる理由、そうして頭を下げなければいけない立場なのは、朝日がどれだけ響に対して冷たい態度を取ったとしても、変わらない。

「あるよ。ごめんって、言わなきゃじゃんか。何で言わせてくれないのさ」

「……許せないから」

 もう、朝日だって義勇感だけで動き続けたわけではない。言ってしまえば芥に良く思われたいなんていう下心だってあっただろう。だけれど、そもそも響は芥を、それに朝日もフィリも殺そうとしている。

 仲間意識が深まれば深まる程、響がしてしまった事は、彼女の堕天という結果一つでは許せない事柄になっていった。

「助けてくれたことには、感謝してる。けれど今更敵と一緒に出てきて、仲良くしようなんて、虫が良すぎる……」

「んだねー……、そりゃそうなる。同じ立場ならそうなるよきっと私も。でもさ、私達がいないとあくたんは死ぬよ。うん、多分絶対に死ぬ」

 その言葉に、朝日は一瞬手元の明烏に手をかけようとするくらいに激昂しかけた。

 なんという驕りなのだろうと、何も知らない、元々敵だった人に、何故そんな事を言われなければいけないのだろうかと。

「駄目だよ、接近戦で長物は」

 朝日の眼の前に、響の指が、銃に見立てられて突きつけられていた。

「ん、あくたんの事になると、朝日ちゃんは頭に血が登るね。お気に入りなのかな?」

「そういう言葉、私は嫌いだな。好きなんだって言えばいい」

 朝日は恥ずかしげもなく芥の事を好きだと言う。その顔には照れも何も無く、戦に臨むような顔をしたまま、響の眼を見つめていた。


「んふー、ならいいじゃんか。私もあくたんの事は大好きだけどさー。朝日ちゃんみたいに拗ねたりはしないよ」

 響もまた、本心かはともかく芥を好きと言う。その言葉に朝日は、その眼を少し細くする。

「要は私達の一番大事な話ってさ……」

「恋愛のもつれ、流石に、私もちょっとどうかと、思うんですよね……」

 いつのまにか全ての出入り口を封鎖してきたであろう春が、口を挟まないと言いつつ、溜息混じりに珍しく苦言を呈する。

「私も芥さんの事は大好きですよ。お兄ちゃんみたいで。でもお二人のは違うんですよね?」

 朝日はコクリと頷き、響は「どっかなー」と楽しげに笑っている。

「だ、だったらもう、選ぶのは芥さんなんじゃないですか? もしくは誰も選ばれないか。今も芥さん達は戦っているのに、私達はこんな所で……」

 その言葉に朝日は少し罰の悪い顔をするが、響はケタケタと笑っていた。


「でもでもでもさー、恋は魔法みたいだって言うだろー? この世界にゃ、ピッタリじゃないか春ちゃん。お兄ちゃんみたいだなんて逃げ方、良くないぜ?」

「に、逃げるって……!」

 春の目が泳ぐ、それを響は見逃さない。こと舌戦に置いて、彼女のペテン師っぷりはそう安々とかいくぐれるものではない。特に春のような口下手では、どうしようもなかった。

「だってそうじゃんか。少なくとも春ちゃんもあくたんに好意は寄せているわけでさ。あくたんが春ちゃんを選んだら、そりゃハッピーだろ」


「そ、そんな事ありえませんよ……」

 春の表情が曇るのも、響は見逃さない。

「はい駄目ー、悲しい顔したって事は、要は気持ちの大小は置いておくとしても、私達はあのよくわかんないのに惹かれてるってこった。知らん所でハーレムかぁ?」

 春は何か言おうとして、諦めて何も言わなくなる。つまりは認めてしまったという事になる。

「フィーは多分そういうの無いしね、だからこそ私達は三人で話さなきゃいけなかった。大事な事だよ、こんな世界でもね」

「まぁ、そうだよね。確かに妬いてたのは認める。けれどもっと酷い事、したじゃない」

 朝日が素直に自分の非を口にするのを、待っていたかのように、響は頭を下げた。

「だから、ごめん。この世界のルールに、負けそうになった。飲み込まれそうになった。主導権を持つべきは、きっと私のはずなのに。だから全部私のせいなんだ。だからさ、この恋愛は負け戦でもいいよ。ただ、責任は取りたい……だから一緒にいたいんだ」

 響だけが知っている、響から見えるこの世界の答えに、響は辿り着いているのかもしれない。

「始まりの二人よりも、響ちゃんの方が先に死んでいるって話だよね?」

 朝日は、少し表情を和らげて、許す許さないに答えないまま、話を続ける。

「そう、だね。これは皆がいる時に、話すよ。私達が狙われている理由も、私が知っている事は全部、ね」

「まぁ、仲間になりたいならそうしなきゃね。でも私だって言えない事の一つや二つくらい持ってる。だからさ、まぁ……ごめんね、いい大人が拗ねちゃって」

 結果、この舌戦とも言えないやり取りは、朝日が折れる事で、決着が付いた。ように見えた。

「んにゃ、悪いのは私だ。それとまぁ、気を撒くあくたんも悪い」

「それは、そうです!」

 春が急に声を荒げる。どうやら心当たりがあったのだろう。

「まぁ……、異世界病患者を救おうとしていたくらいだから、優しいよね」

 朝日が小さく溜息と一緒に息を吐く。

「でもそういうところもー?」

「そうだね、好きだよ。響はどうなの?」


――その瞬間から、朝日と響に絆が生まれた。


「まぁ、朝日程じゃあないけれど、良い奴だな、可愛い奴だなーって感じ?」

 そう言って、少しだけ二人は笑い合う。

 春の小さな溜息だけが、その場に残っていた。

「私は、言いませんからね……」

 いつのまにか春の口調も普通に馴染んでいる。大事な時間だったことは、間違い無い。

「殺そうとしたことは、一回ツケだからね、響」

「わーってるよ。この姿になってもツケるんだから、厳しいね、朝日も」

「それとこれとはべーつ。でもま、そのうちその髪の毛も整えたげる。少し伸びて、セットもしやすくなってるしね」

 その時、響がハッとした顔をして、自らの爪を見る。

「死んでも、髪や爪って伸びんの?」

「まぁ……普通は伸びませんよね」

 春が難しい顔で響の驚いたままの顔を見る。

「謎が、一つ増えたか……。私、死んだよね?」

「知らないってば、死んだって、芥は言ってたけどね」


 そうしてこの瞬間から、乙女の闘いは始まったのだ。


「「……芥?」」

 響と春の声が重なる。

 その後、思わず春は少しだけ顔をそむけて笑いを堪え、響は手を叩いて笑っていた。

 当の朝日は顔を真っ赤にして顔を抑えている。

「でも、慣れなきゃいけないでしょ! 私は負けないんだからさ! 私は芥が好きなんだから、向こうが朝日って呼ぶなら、私が芥って呼んでも許す、許される、芥なら気にしないまであるんだから!」

「あー……、それはありそう。……私もまぁなんか、がんばれーって気持ちになってきたなぁ」

「ライバル、不在かもしれないですね……」

 朝日の熱量が強すぎて、響と春はもはや少し引いている。


「とにかく、これだけ話して今生の別れってのはしんどいからさ、そろそろ行こう。春ちゃん、ノックしてる銃弾はいるー?」

「いいえ、パタリと止まりました……、ってことはつまり、アンドラスは倒してくれたのかと……」

「なら突撃だー! 行くぞー!」

 言いたい事を言い切ったのか、響はいつも以上にテンション高めに春が魔法を解いた瞬間外へ飛び出していく。少しだけ胸が痛んでいた事を忘れようとするかのように、いの一番に太陽の下に飛び出す。

「なんだか、絆されちゃったな」

 そう言って朝日は、春の隣で歩きながら響を目で追った。

「不思議な、人ですよね」

 春もそう言って笑い。

「でも春ちゃんも結構言うよね、初めて怒られた気がするよ」

「だ、だってだって、響さんと会ってから朝日さん本当に様子がおかしかったから。恋はこんなに人を変えるんだなって……。やっぱり私はまだ、よく分かってないですから」

 その言葉に朝日は改めて顔を赤くし、顔をブンブンと振った。

「あー! もうこの話はやめやめ! 行こう! まずは生き抜かないと! 今の話よりもーっと大事な話も待ってるしね!」

 朝日もまた、響を追うように走り出す。

 その背中を春は優しい眼差しで見ていた。


「朝日、ほんと、ごめんね」

「いいよ、響。こっちこそ、ごめん」

 そう言って笑い合う二人。春の眼差しの先で、二人が改めて仲直りをしているのが聞こえて、春の表情も自然と笑顔に変わり、色は違えど三本の花が灰の上で咲いているようだった。

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