表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第四章『メインキャスト・アウェイキング』
77/100

幕引きの半片『世界でたった一人の天使』

 話すべき事は山程あるはずなのに、話さなければ前に進めないはずなのに、各々が無言のまま歩いていた。

 朝日に背を押されても、フィリとアルゴスが先へと消えていっても、俺と響の歩みの速度は変わらずに、あの日のままだ。

「あくたんの聞きたい事は、大体分かるよ。でもさ、ちゃんと言わないと答えはあげられないんだ」

 そうして、当の響にも背中を押される始末。

 答えを知りたくないのは俺だ。そうして答えを言いたくないのに、彼女はそれを促す。


 俺はみっともないなと思いながら、たった一つだけ、半界という場所のヒントを貰う為に、言葉を胸の奥底から絞り出す。

「地獄、みたいだよな。この世界は」

「言えてる。現実で死ねば天国か地獄が待ってるってんなら、此処は地獄だぁねぇ……」

 その言葉は、あくまでヒントだと、自分に言い聞かす。

「でも、地獄に天使はいない」

「へへ、それもそうだ。あくたんは鋭いなぁ……。でもね、残念。どっちかがほんとの事なんだよ。見えてる物、聞いてる物、ぜーんぶが本当な訳がなくてさ」

 響の背中の羽根は、風も無いのに揺らめいている。そうして妙に、口調も和らいで見えた。

「ひどく、ひどーく滑稽な話をしたげようじゃないか。一生懸命生きた女の子が、地獄に落ちたお話」

 響は、数歩前に出てから、後ろを振り返り朝日達にも声が届くように、おどけたように、笑ってみせた。

「自殺なんてのは、するもんじゃない。するもんじゃあないよ。でも死ぬ程辛いってんなら、救いは必要だとも思う。けどさぁ、私は生きたかったんだよねー」

 響が、誰に語りかけるともなく、遠い目をして歌うように言葉を紡いでいく。

「ねぇ、あくたん。私が死ぬトコ、見たよね?」

「あ、あぁ……」

 俺の返事を聞いて、響は真面目な顔で俺に尋ねる。

「アレ、自殺に見えた?」

「いいや、あれは紛れもなく……」

 誰もが自殺に見せかけた。生徒も、学校も。まだ子供の俺もまた、証拠を持ちながら、それを処分されるまで、何も出来ずにいた。結果的にあの頃の俺が響の為に抗うには、力も無ければ速さも無く、結果的には何もかも手遅れで、俺もまた自殺に追い込んだ一人という事にすらされかけた。

「そう、私は、私だけは自殺じゃあないんだ。なのにこんな所にいる。おかしい話だと思わない?」


この世界、彼女が『地獄』といった半界と呼ばれる世界は、自殺者と自殺未遂者がかき集められた世界。まさに地獄と呼んでもおかしくはない。だが、彼女の存在がそれを否定している。

「この世界はさ、ゲームの盤上なんだ。悪魔のゲームの中に私達は取り込まれた。ほんとーに神様がいるなら止めたかもしれない。けれど自殺者を引っ張ってゲームの駒にするくらいの事、もしかしたら許したのかもしれない。だけれど私は? 自殺なんかしちゃあいない。それに天使陣営は私が連れてきた人以外ぜーんぶ灰から出来た紛い物。だからさ、自由気ままにやってたんだ、やってたんだけどさ……」

 言わんとしている事は分かるが、頭が付いてこなかった。それは朝日や仕掛け屋、春も同じようで、皆一様に言葉を失っている。


「ロール……要は役割だよね。アイツらは、多分私達をそんな言葉で括ってる。そうして、今もゲームを作っていっているんだよ。私は無理矢理に天使というロールを与えられた。そんで私を縛る為に天使長というロールを奴らは作り出す。そうするとさ、私は上位存在に従わなきゃいけないっていうルールが出来ちゃうわけ。悪魔達が一枚岩なのもそういう事、要はほんと、ゲームみたいなもんなんだよ。この世界って。ルールには従わざるを得ない。だけれど今の私達は……ロールも含めて未知、というかバグ扱いなんだろうね。私とあくたんの関係性がばれてこの世界の基本ルール『始まりの二人』について矛盾が生まれた時、奴らはあくたんを殺そうとして今もそうしてる。私は作られた上位存在の命令には逆らえずあくたんを殺そうとしちゃったってわけ。抗えるって、思ってたんだけどね……」

 響は溜息を付きつつ、この世界をゲームに例えていく。

 要するに、この世界の何処かにゲームマスターのような役割を持った奴がいるという事なのだろうか。

 そうして響が天使という役割を持たされ、産み出された天使長という枷で縛られ、一つの駒という役割になるはずの俺達は響に連れて来られた事で天使陣営には本来存在しないバグ扱い。同様に朝日やフィリもこの世界での排除対象になるのも、おかしくはない。


「でも、じゃあ何であの時は殺そうとして、今は一緒に居られるの? いやこれじゃちょっと言葉が違うな……。えっと……言いたい事はえっと……」

 朝日が疑問に思うのも尤もだ。おそらくどうしてロールに制御されず、俺を殺さずにいられるかという事を聞きたいのだろう。響はあたふたする朝日を見て小さく笑っていた。

 天使という役割がどのようなものかは分からないにしても、天使長がいなくなかろうと彼女は天使という役割からは離れられると思えない。

「……きっとそもそも私達が、ばぐ? なんですよね」

 春が口を開き、響が頷く。

「そ、私と……春ちゃんがそもそもこの世界でのバグなんだ。自殺に仕立て上げられてこの世界に間違って落とされちゃった私と、この世界で産まれちゃった春ちゃん。私達は元々ゲームの外から無理矢理巻き込まれた存在、だから少しだけ特別だったみたい。頑張ったら天使長ぶっ飛ばせちゃったから、もっと早くやるべきだったんだよね……。その代わりに私は堕天使なんていう経験値用のボーナスに変わったわけだ。春ちゃんの元々のロールは……わかんないな」

 春も首を傾げてるあたり、自分の役割にピンと来てはいないようだ。

 俺から見るならば春はその存在こそが、この世界への対抗手段のように思えた。この世界で産まれたという事実が、何か鍵になるような、そんな気がしてならない。この世界は何も産まない。

 春はバグと呼んだが、見ようによっては奇跡と呼んでもいい、刻も、魔法も、越えているのだ。


「それと、多分フィーも自分でロールを捨ててる。アレは言うなればバグ技ってとこかなー。神の子っていう切り札的に作られたロールを自分から捨ててたもんね。まさかそういう使われ方をするとはこの世界で遊んでるプレイヤー……上位存在も思いやしなかったんでしょーよ」

「ってえ事は、俺たちはそのロールってのを押し付けられて、駒にしやがった上位存在だかってのに辿り着くことは無いって事か?」

 それについても、ミセスは知っていたのだろうが、仕掛け屋には明かされていなかった事なのだろう。仕掛け屋が少し声を荒げる。

 だが、それも当然だ。もしそうならば俺達のしている事は、全く無意味だと言っても良い。

 元凶がこの世界にいないのだとしたら、俺達が倒すべき存在も、ロール……役割を与えられただけの存在だとしたら、一体俺達は何の為にこの世界にいるのか、分からない。

「いーや、どうだろうな。きっと元凶はいるよ。此処は盤上、だけれどちゃんと世界でもある。奥の奥に、ふんぞり返ってるんじゃないの? 緑のオカマが言ってたファンタジーがどうのこうのっていうのは、ちゃんとロールプレイングしろって事だろーね」


――胡散臭さの正体が、やっと分かった気がする。


 雑に作られた都会風の街、だけれど殆ど色は無く。

 現実から丸々パクってきた食べ物と、取っても無くならない物品達の理由。

 死にかけても本当に死ななければ一命を取り留めるという奇跡のような命の扱い。

 魔法が圧倒的に強くされ、刻景という不安定で扱いにくい能力を与えられた俺達。

 そうして、この世界で死ねば灰になり、また灰から命が産まれるという、手軽すぎる行為。


「待てよ? って事は俺達の側にもプレイヤーと呼べる存在がいなきゃおかしくないか?」

「おかしくないんだなーこれが。これはさ、簡単なゲームだったんだと思う。要は悪魔陣営のどっかにいるプレイヤーが、天使陣営っていう雑魚をガンガン蹴散らすっていう遊びだったんじゃないかなって、だから、駒にならない……役割を与えられていないまっさらな人達を、こっそり集めてたんだ。集めたのに、ごめんね。バラバラになっちゃって」

 響は、小さく謝罪の言葉を口にする。


「篝火だけだったんだよ、ほんとの人がいたのって。天使陣営はさ、篝火以外はぜーんぶ作り物だった。だから命もうんと軽かった。だって元々無い命なんだもん。だけれど篝火は正真正銘、現実を生きてきた人達を集めたの。天使長とフィーは例外としてね。集められたのは……やっぱり私が最初のバグだったんだろうな。私だけが現実に干渉出来たんだよね、それが未練だったら笑っちゃうけど、現実への干渉と勧誘は、私だけが、天使というロールだけが出来る事だった。堕天使ってロールも私が何かやった時の保険の為にあったものだったんだろうね」


 つまり、天使陣営というのは、響の名の下に作られた、響の陣営という事になる。

「そりゃまた、まぁ良い奴らを見繕ったもんだな……」

 仕掛け屋が口を歪めて笑う。それを見た響は申し訳無さそうにしながらも話を続けた。

「ごめんね、みんな。私が巻き込まれて、そうして私が巻き込んだ。天使陣営はさ、やられる為の駒かもしれないけれど、悪魔陣営は本当に自殺者……いわゆる異世界病者達なんだ。だからそもそも灰から作られたデータみたいな天使陣営と、元本当の人間で集められた悪魔陣営なんて、比べようもないくらいに力量差があったんだよ。しなきゃいけない事は、いっぱいあったんだ。だから……だからあえて天使陣営のプレイヤーを選ぶとするなら私……なのかもしれない」


 酷く、不幸だと思った。

 現実で殺され、この世界で縛られ、自分達の陣営の負けをたった一人、人として見せつけられる。

 それを彼女は、きっと十年続けたのだ。抗い続けて、抗い続けて、今があるのだ。

 そうしてきっと、この世界に連れてきた何人もの人が、現実での願い通りに、灰になったのだろう。

 例えばコックのように、例えば、師匠(キーパー)のように。

 

 その度にきっと、彼女の心には酷い後悔が積もる。

 だからこそ彼女は死ぬ寸前の人を選び続けたのだと、そう思った。

「本当に、おかしな話だよな。そこまでやって、俺を殺そうとしたわけだろ。頭に火薬が詰まってるとしか思えない。けど、けどさ」

 それでも、彼女はそれでも、足掻いてみせた。

 その結果だけを、今は見ていたい。今だけを、見ていたいと、そう思ってしまった。

 結果オーライなんて、ご都合主義なんて、信じちゃいない。結果灰になり、都合はずっと悪い。

 それでも、彼女はそれでも足掻いてみせた。天使の癖に天国にも行けず、その羽根を黒に染めてまで。

「つまり俺が選ばれたのも、偶然じゃあ無いってわけだ。この事態を想定して、勝負に出たんだろ。待ってたんだろ? なぁ、馬鹿天。なぁ、プレイヤー。なぁ、響」

 皮肉な話。彼女は俺が死ぬのを待っていたとも考えられる。けれどそれは俺の心の弱さに賭けなければいけない、訳の分からない賭けだ。俺が生きていたなら、彼女はいつまでもこの世界で燻っていたのだろうか。矛盾だらけ、半端な事だらけ、滑稽で、どうしようもない。


 そんな、事だらけ。だけれど、それを受け入れなければ、俺達は進めない。


 しかも、結果的に彼女は一旦役割という縛りに負けて俺を灰にしようとすらした。

 それはおそらく彼女の誤算だったのだろう。だがその後彼女が天使長を灰にして縛りを解いたのは、おそらくこの世界の誤算。

 誤算と誤算の帳尻は、たった今、俺と朝日と響と仕掛け屋が揃った時点で、完全に合った。

 フィリとアルゴスを取り戻したなら尚更心強い、そうして響と同じく、世界のイレギュラーとして産まれた春もこちら側にいてくれるなら、タイミングは今しか無い。彼女が十年待った、勝ちを掴み取るチャンスなのだ。その先に何が待っているのかは分からなくても。


――覚悟は、決まった。


「ここまでやったんだろ……なら、勝たせてくれよ」

「まぁそうさね、選ばれたってんならな」

「私にも、意味があるんならさ。自分の役割はもう見つけてるから大丈夫」

「私……は、まだ分からない。けれど、倒すべき相手だけは、見えていますから。響さん、謝らないで、ください」

 この場にフィリがいて欲しかった。アルゴスもいて欲しかった。

 だけれど、俺達は、自分達のすべき事を、自分達で選ぶことが出来る。


「俺達は、俺達の意思で、お前を勝たせる。だからお前は、もう謝るな。馬鹿天」

「……ん、ありがと。まずはフィーを、どうにか、しなきゃ……ね……」

 響はそれだけ言って、俺達から顔をそらして、前へ歩く。

 

 歩いていく彼女の足元の灰に、ポツリポツリと降る小さな雨を見ないように、俺はそっとその灰の上を辿った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ