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異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第四章『メインキャスト・アウェイキング』
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第五十九話『Wake up ×3』

 紅が灰に色をつけていく。


 間近で見ると酷く爛れた鱗を纏った赤いドラゴンは咆哮したあと、俺たちを文字通りに灰にするべく炎をその牙が光る口の奥から吐き出した。

 即座に張る灰壁の色がジリジリと赤く変化していくのを見ながら、灰と炎の関係を考える。


――灰にするのは、いつも炎だもんな。

「尾撃が怖いが後ろから、じゃな」

 フィリがショットガン片手に炎の隙間を掻い潜ってドラゴンの後ろ側へと消えていく。

 どうやら一度に吐き続けられる炎の量は決まっているようで、ドラゴンからのブレスは消えていた。

「兄ちゃん、壁ごと行くぜ。いいよな?」

 アルゴスの声に頷くと、彼はまだ燻っている灰壁と、残っている炎ごとその大曲刀で叩き切り、大きく口を開け空気を取り込んでいるドラゴンへと突進していった。

「あはは……みんな、気が早いなぁ」

 朝日は何処かぼんやりとその様子を見ながら、ドラゴンを眺めていた。

「ドキドキしなくて、良かったなって、思うの」

「奇遇だな、俺もだ」

 なんとも皮肉な話だ。ドラゴンと戦うべきは、異世界病者達のはずなのに。

彼らが討伐される側になり、俺たちが相対して倒す事となってしまった。


 フィリの銃撃はドラゴンの鱗を貫く物では無かったが、それでも確実にドラゴンの気を引いていた。

そうして、その気を引いたタイミングで、鱗を貫けるアルゴスの一撃がドラゴンに見舞われる。

普段はいがみ合いつつも、確実なコンビネーションでドラゴンの"HP"は削られていっているようだ。


 それに、フィリとアルゴスは何処か戦いを楽しんでいるような気すらする。

二人に任せるのもなんだか気が引けたが、援護射撃が届き、俺達もやっと"バトル"を開始する。

「俺達で抜けるのは……翼だな」

「ん、芥は右で。私は左ね。じゃあ……」

 朝日は言い終わる前に、少しだけはにかんだ笑顔のまま、走り出していた。

「いこっ!」

 その顔は、さっきの台詞とは違い、やけに高揚感を感じられる。

 一瞬俺も不敵に笑っている事に気づき、何か違和感を覚えた。


――何故、俺達は笑う必要があった?

 それじゃあまるで、俺達が異世界病者で、異世界を楽しんでいるかのようだ。

 そんな素振り、俺達は今まで誰一人としてすることが無かったというのに、あのドラゴンが現れてから、何かおかしい気がする。事実、俺ですらドラゴンに近づこうとした時に、胸が高鳴ったのだ。

「……なんか、違う」

 どうしてこのタイミングでドラゴンを一匹送ってきたのか、向こう側だって色格を見る事が出来るミセスがいる事なんて知っていたはずだ。

 ならば、魔法使いの成れの果てに気づくのは当然で。

 そうして、戦いになることも確実に仕組まれている。なのに、この様子だとどうやら俺達は善戦するだろう。俺達の勝利を前提に物事が進んでいる気さえする。


――こんな都合の良い世界だっただろうか。

 確かに、この世界は都合良く、そうして適当に作られているのは分かる。

だが、いつだってこの世界は俺達にとってのみ都合悪く動いていたはずだ。

なのにどうしてこのタイミングで、無意味な戦闘、不必要な情報の開示を行う必要があったのだろう。

「おう兄ちゃん! やらねえのか!」

 アルゴスが血に塗れながらドラゴンを切り刻んでいく。

「アクタ! 怠けとるんでないぞ!」

 フィリもまた、飛び回る。その顔に、焦りや緊張は存在しない。


 進むフィリ、アルゴス、朝日とは逆に、俺はドラゴンからやや距離を取りながら、灰槍をドラゴンへと投げつける。それは上手く命中し、それを目にした瞬間、胸がすくような気分になる。


――その感情を、俺は怖いと感じていた。


「芥? どしたの?」

 翼の薄皮を一閃し、少なくともドラゴンから飛ぶという機能を排除した朝日は、少しドラゴンから遠ざかった俺の元へと戻ってくる。

「いや、何かおかしくないか? 朝日……今笑ってただろ」

「そりゃあドラゴン退治だし……、楽しくないって方が……ん?」

 その言葉を言って、朝日は青ざめた顔で口を塞ぐ。

「私……今何言ってた?」

「あぁ、普段じゃ絶対に言わない事だ」

 この状況は何かおかしい。だが倒さなければ状況が打破出来ないのも事実。

 であれば、無力化するしか無い。説明出来ない気持ち悪さと高揚感が混じり合う中、俺はアルゴスとフィリに叫ぶ。

「アルゴス! フィリ! 足を狙ってくれ! まずは攻撃手段を潰す!」

「んでだよ! このまま押し切れるだろうよ!」

 アルゴスの表情はもはや確実に戦闘を楽しむ事以外考えていないようで、それはいつもの事だとしても、何処か常軌を逸していた。彼は馬鹿ではあるが、言う事を何も聞かないような男では無いはずなのだ。

「そうじゃ! ひよるな馬鹿者!」

 フィリについてはいつもどおりのように見えたが、いつもよりも好戦的に見える。

「いいから下がれ! 何か、何かおかしい!!」

 俺はより大きな声で制止するが、もう二人には聞こえていないようだった。

「朝日、近づいたらまずい……よな?」

「ん、わかんないけど、多分何か、ある気がする。とりあえず左の方も崩して戻ってくるから、芥は見てて!」

 そういって朝日は俺が崩し切るはずの右の翼に向かって走り出す。その顔は無理やり無表情を作っているようだった。


 そうして、思えば援護射撃が無い事に気付く。響ならばこの状況ですぐに銃撃を始めているはずだ。と後ろを振り返った瞬間、俺は倒れている響と春と、申し訳なさそうにこちらを見ている仕掛け屋が眼に入った。


――その手には、銃が握られている。目標は、間違い無く俺だった。

 あれだけ怖がっていたミセスは、表情も無いまま、倒れたままの春と響を見もせずに、血に濡れた拳をぶらりと下げてこちらに歩いてくる。

「何、を……」

「逆に、なーんで芥ちゃんだけ取り込まれないのかしら。面倒臭いわねぇ……ほら、朝日ちゃんがトドめ刺しちゃうわよ?」

 ミセスは気怠げにドラゴンの方を見ると、右翼だけと言ってもう一度ドラゴンへと向かった朝日が笑いながらドラゴンの頭に明烏を突き刺そうとしていた。

「ったく……朝日!!!!」

 言いながら俺は灰槍を朝日の足元、つまりドラゴンの目に向けて投擲する。それはドラゴンの目を貫き、ドラゴンはその身を咆哮と共に揺らし、朝日の一撃をドラゴンは免れる。


 どうして俺がドラゴンを助けなければいけないのかと考えながらも、今この状況は、今の俺の行動は、許された上で行えた事だと、仕掛け屋の銃が語っていた。

「お前らは……向こう側か」

「いーえ? 貴方達が、向こう側なのよ?」

 ミセスは、いつのまにか濃い化粧に塗れた顔を歪ませ、仕掛け屋の背中を小突く。

「アンタはなーに絆されてんのよぉ。ファンタジーには抗えない。さっさと撃ちなさいよ、馬鹿」

 仕掛け屋は抗うようにカタカタと手を震わせながら、それでも銃口は俺の方を向けていた。

「葛籠抜の……兄ちゃん……。避け、ろ」

「絆されすぎね、お仕置きが必要かしら……それとも此処で逝っとく?」

 

 状況的に、確実なミセスの裏切り、そうして仕掛け屋は抗っているようにも見えるが、何らかの魔法か何かで強制的に従わされているように見える。

 彼の銃口は俺の方を向いたまま。そうしてミセスが今こうしている理由も、能力も未知数。

 

 フィリとアルゴスはこちらには眼も暮れずドラゴンと戦っていた。

 春と響は隙を付かれ、死にはしていないように見えるが動きが取れない。

「だからさ、やだったんだよなぁ……」

 その声と同時に、俺の命の時間が減り始める。

 俺とドラゴンの合わせ技、渾身の気付けによって朝日だけは正気に戻りこちらに駆け寄ってきたようだった。それを見逃すミセスでは無かったが、声よりも先に、もう既に刻景は発動していた。

「仕掛け屋さんは、前に教えてくれてたんだよね。危ないかもって。でも家族だからって言うから、ギリギリまで待ってたの」

 思えば、仕掛け屋と朝日は二人で動く事が何度かあったはずだ。

 その時に、ミセスの事を知らされていたならば、この状況も理解出来る。

「やっぱり、斬るべきは人なんだね……」

 朝日はその明烏を以て、逃げようとするミセスを斬り伏せようとする。


――だが、それもまたブラフだとしたら?

 情報が錯綜している。ミセスの目論見、ドラゴンに惹かれる意味、そうして惹きつけようとする理由。

「いや、待ってくれ、ミセスは一旦拘束する。朝日は仕掛け屋の銃を頼む」

 俺は灰壁にミセスの体を強制的に地面に張り付け、身動き取れないようにする。

それと同時に、朝日は明烏の柄で仕掛け屋の手から銃を叩き落し、刻景を解除した。


「動いちゃ駄目だよ、仕掛け屋さん」

 朝日の声に、仕掛け屋は助かったと言わんばかりの目をしていた。

「浅緑の魔法使い、か。ミセス、話さなきゃいけないことが出来たな」

 俺は灰壁に張り付けられたミセスに吐き捨てる。ミセスは朝日の介入は予想していなかったようで、、苦虫を噛み潰したような顔でブツブツと何かを呟いていた。

「詠唱じゃねえ、葛籠抜の兄ちゃんは目的を聞いてんだよ、姉さん」

 共謀していたと思われた仕掛け屋が、まさかの助け舟を出す、彼は両手を上げながら、ミセスにその力の行使をやめるよう伝えていた。

「んっっとに!! いーったいんだけど!?」

 そうして、いつのまにか目を覚まし、近づいていた響が、片手で頭を抑えながらミセスの脳天に銃を突きつけ、俺に目配せを送る。

それに対して俺は駄目だと首を振って伝えると、彼女は「春ちゃん、だーめだって」と姿の見せない春に向かって伝えた。

 すると、俺が張った灰壁から茶色の蔦が生え、灰で拘束していた部分をより強く締め付ける。

「ミセスさん、演技……お上手なんですね」

 春のその声は怒りを含んでいた。彼女は顔に垂れた血をローブの袖で拭い、傷口を隠すように帽子を深く被りながら、灰壁の後ろから顔を出す。

「あーあ、これが詰みってヤツなのかしらね……でも、あの二人は堕ちたでしょうから、アタシ的には満足ってとこかしらん。ほら、アタシの可愛いドラゴンちゃんが死ぬわよ?」

 振り返ると、ドラゴンの返り血に塗れたフィリの銃が、眼球に撃ち込まれる音が響き、アルゴスの大曲刀がドラゴンの口を切り裂いていた。

「ウフ……やっぱ人生楽しんでなんぼよねぇ? その点、アンタらはほんとーにつまんない人生でご愁傷さまって感じ。あの子達はファンタジーに食われちゃったからこれから幸せだけど! さぁ、これからあの子達と仲良く出来るかしらね?」


 その巨躯を地面に倒し、命を失ったはずのドラゴンの上で、笑っているフィリとアルゴス。

――だが、ドラゴンは、灰にならない。

 ただ、その場で雲散霧消していった。フィリ達の足元には、緑色の芝生が広がる。


「萌ゆる、萌ゆる、命が萌ゆるってねぇん。朝緑の魔法使いを、舐めてもらっちゃ……困るのよね!」

 ミセスがニヤリと笑った瞬間、その緑の芝生達が勢い良くミセスの足元に集まっていき、彼女はトプンとその芝生の中に体を落とす。その瞬間仕掛け屋が膝から崩れ落ち、彼の足元にも緑色の芝生があった事を理解した。

「あの時も、詠唱していやがったのか……!」

 怖がりながら何かをブツブツ呟いていたあの時、もう既にミセスは仕掛け始めていたのだ。

そもそも、俺達が大群に追われている時に、俺達は見えた芝生をミセスの助け舟だと思い駆け込んだ。

そうして先行組が傷ついたミセスと出会い、アンドラスによってパーティーは分断、ミセスが足を引っ張り仕掛け屋が足止め。

 その全てが、ミセスの手のひらの上で行われていたという事なのだろう。

「……やって、くれたな」

「アラ怖ぁい。でもね、もうファンタジーには抗えないの。だからね、次はファンタジーに染まり切った顔を見せて?灰色の魔法使いちゃん? 答えはもうすぐ、もうすぐ全部分かるわよ。アタシは先に行くわ。答えは、もう目の前なんだもの」

 その声だけを残し、ミセスは姿を消した。

「何が乙女のブラフだ。とんだ名役者しやがって……クソ……」


 俺が悪態をついている横で、仕掛け屋が、呆然と膝を付いている。

「よぉ、目ぇ覚めたか?」

 俺が仕掛け屋の服の首元をつかみ上げて立たせると、彼は心底情けなく、バツの悪い顔で、全体重を俺の手に乗せた。少しは反抗するかと思ったが、彼は心から絶望しきった顔で、もう一度膝をついて、呟く。

「覚めねぇや、殺せってぇのは酷な話……だが俺はもう一緒にはいられねえ、そうだよな?」

 彼は意外にも、朝日の方を見た。

 その言葉を朝日は真っ直ぐ受け止め、言葉を返す。

「因縁っていうのは、それぞれにあったり無かったり……だと思うんです。私も、多分芥も、そうして響も、春ちゃんだって。……それをどうやって、"誰と"断ち切るかは、仕掛け屋さん次第かと……」

「いーんじゃないの? 仕掛けもやりたくてやったわけじゃないんでしょ? 私はいっぺん許された。だったらいっぺんくらいは許せるかなー。あの緑オカマは別としてね」

 響も、適当ながら的確に彼を励ましていた。

「二度としないなら、私も……構いません」

 春の顔はだいぶ曇っていたが、それでも彼を許そうとしているのが目に見えた。


 そもそもが、俺に銃を向けていた事自体はミセスの魔法のはずだ。

 だから、問題は彼が朝日以外にミセスの脅威を教えていなかった事にある。

「やった事が問題じゃない。やらなかった事、朝日にだけ伝えて俺達に言わなかった事がアンタの問題だ。なぁ仕掛け屋。俺はお前が嫌いじゃない。どうだよ、立てるか?」

「……悪かった」

「でも、助かった事もある」

 俺はもう一度、今度はさっきよりも小さい力で彼の服の肩を引っ張り上げる。

 すると、さっきよりもずっと簡単に彼は持ち上がる、というか立ち上がった。

「なぁ、目ぇ覚めた。よな?」

「あぁ……覚めた」

 仕掛け屋の目が、少しだけ厳しくなったのを見て、俺は彼の肩を叩きながら、服から手を離す。

「それじゃあ、後二人の馬鹿の目を、醒まさないとな……」

 この会話の最中も、未だ虚ろな高揚感に支配されているのだろう。ドラゴンを倒した場所でフィリとアルゴスはあろうことか仲良さそうに話しているのが見えた。

 それが普段の姿ならいい物を……と思いながらも、それはそれで気持ち悪いかもしれないなんて思いながら、俺は二人に声をかけこちらに呼び寄せる。

 敵意は無いのだ。二人は笑顔のままこちらに寄ってきた。


 話が出来る距離になるまで、あのドラゴンが二人に浴びせた『ファンタジー』が、あの眩しい――灰とは正反対のような芝生から、病のように蔓延っていないことを願いながら、俺は二人の血に塗れた笑顔をなんとも言えない顔で見つめていた。

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