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異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第四章『メインキャスト・アウェイキング』
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第五十八話『色格・赤』

 気まずいという言葉をかき消す程に、状況は滅茶苦茶だった。

イロスを倒したのは良いものの、アルゴスはその身を濁神に落とし、怯える魔法使いと刻景使いの軍勢。つまりは俺達の敵を愉快痛快と言わんばかりに灰に変えていく。

「馬鹿もんが……、しかし、思う程変わらんもんじゃな」

 フィリがアルゴスを見ながら、溜息を付く。


 俺と朝日は、かき消せない程の気まずさをしっかりと維持しながら、どちらともなく目を見たり見なかったりしている。

「ああっと……」

「……うん、大丈夫。納得、した。……だから、大丈夫だよ……芥」

 朝日が、俺の名前を呼ぶ。いつもは君付けだったはずなのだが、おそらくはその納得の過程で何かしらの心情変化があったのだろう。俺も朝日をちゃん付けやさん付けで呼んでいるわけではないから全く問題は無いのだが、それでも一応空気感を柔らかくしたい一心で突っ込んでみる。

「あくた、か」

「ん、あくた。いいよね? 芥も私の事は呼び捨て……だし」

 少しだけ、気まずさが薄らぐ。

「いやまぁ、いいんだけどさ。随分とまぁ……大変だったんだろうな」

 俺はこの場で一番気まずい顔をしている響の顔を見ると、彼女は苦笑の例としては完璧な顔でこちらにひらりと手を振った。隣では春が可愛らしい例としての苦笑をこちらに見せていた。その表情には少しだけ優しげにも見えた。

「んー……、大変だったー……というか勘違い――かな。とかそんな感じなのかなぁ。きっとそのうち分かる事だよ。どうせの方が、いいのかも」

 少しだけ冷たげな声色で朝日は気まずい顔の響に手を振る。


 そんな事をしているうちに、この場には灰と、集まった仲間達しかいなくなっていた。

「張り切りすぎやしねえか、角折りのアンちゃん」

「いいーーーーや、これで良い。肩慣らしだ肩慣らし」

 仕掛け屋に妙なあだ名を付けられたアルゴスはそれを何も言わずに受け入れ、言葉の通り肩をグルリと回した。

「とはいえ、デメリットだってあるわよ? 響ちゃんを見る限り飛行能力を失っているみたいだし……。アルゴスちゃんはどう?」

 ミセスに言われピンと来たであろうアルゴスは目を瞑る。それはこの場にいる全員が思ったであろうアルゴスの『見る』という能力の事だ。だがアルゴスは難しい顔をしていた。

「む……、んん……。あぁ、成る程な」

「何か分かったか?」

 俺が聞いてみると、アルゴスは唸ったままに、使い魔をその場で顕現させる。

 その姿は、楕円(だえん)の形からアンバランスかつランダム性を帯びた物に変化しており、見た目がより醜悪な物へと変化していた。

「キツッ!!」

 思わず響が全員の言葉を代弁しようとするが、顕現させた当の本人だけは満足だったらしい。

「何言ってんだバカ堕天、可愛さに磨きがかかってるじゃねえかよ」

 そう言ってアルゴスはストローの様に折れ曲がった使い魔や額縁のようになっている使い魔をポンポンと量産しては消していく。勿論その使い魔の体中にはしっかりと目がついていた。

「ランダムだが、クジみてぇで楽しいなぁこれ。そんでまぁ、力の方はハッキリ言ってなんとも言えんな。見えちまっていいのか分からんもんが、見える」

 ポリポリと頬を書きながら、アルゴスはミセスへと視線を送った。

「い……」

「色が見えんだよ。こりゃ感情って事でいーのかね」

「もう! ただでさえ使えない私の領分、このくらい言わせなさいよ!」

 ミセスがダダをこねる、筋肉と緑色の髪が揺れていた。


「いーや、いいんだ。期待していたアンタの色が赤いに変わったのを確認出来ただけで構わねえ。適当にやるさ。だがまぁ、俺ぁそこまで濁ったかね?」

 彼は次は俺に視線を飛ばすので、遮られないようにほんの少しだけ早口で、考えを告げる。

「やってることも同じ、だからシステム的には似通っているのかもしれない。ただ響の場合は堕天という明らかなデメリット寄りの言葉に対して、アルゴスの場合は濁神になるというどちらともとれない状態なんじゃないか?」

 堕天は分かりやすく堕ちた姿を響に与えた。だがアルゴスは同じ行動をしたとはいえ明らかに強化されているように見える。


「そもそもじゃ、元々ワシらは『神の子』だったんじゃろ? それが濁っておろうが『神』になっとるんじゃ、言葉の妙かもしれんがの」

 その言葉で合点がいった。確かに言葉だけを取るならば、子から親の立場へと進化シていると言っても過言では無い。

「っつーことは、だ。俺らは濁りゃ濁るだけ得って事だったのか?……気に入らねえな」

 アルゴスが舌打ち混じりで空を見る。神はあの曇り空の向こうにいるのだろうか。


「言わば今のお前の感情の色は赤、なんだろうな」

「そりゃそうだろうよ、でも緑のねーさんの邪魔すんのもわりぃしな。紛らわしくて煩わしい。この色については俺の中にしまっといたらぁ。安心しな、お前らの感情になんて興味がねえからよ」

 俺がアルゴスの舌打ちを赤に例えると、アルゴスは笑って失礼な話で新たな力を袖にした。


「それで……この後は……」

 遠くから状況を見守っていた春がいつのまにか近づいてきて話を進めようとする。

「っとと、そうだった。わりぃなチビっ子、先ぃ進めな」

 アルゴスにチビっ子と言われ少しムッとする春だったが、隣にいる朝日に「まぁまぁ」となだめられて話を続ける。

「だいぶ力の強化も、そうしてだいぶ本拠地にも近づいてきました。どこかしらで一晩休憩を取っても後一日あればって所ですが……」

「俺はいつでも構わん、殺り合いてえ奴が待ってっからな」

 アルゴスがフフフンスと鼻を鳴らす。その姿はもはや赤鬼のような風貌にも見えた。

「私は……、やれる事あるかしらね? 正直足手まといよねぇ……」

「いーや、姉さんは色格が遠目から見られるだけで便利だ。例えばほらアレはどうだ?」

 仕掛け屋がミセスに遠目に見える何かを指差す。


 すると、ミセスは、言葉を失っていた。


「ん? 遠すぎて見えねえか?」

 仕掛け屋が覗き込むミセスの顔は、青く、少しだけ震えていた。

「あー……、休むのは少しお預けみてえだな。こりゃ」

 アルゴスが能力でその遠くの敵性勢力を見たのだろう、楽しげに呟く。

「赤……、初めて、見たわよ」


――色格・赤。

 紫以上の色格を見た事が無かった。余程存在していないという事は知っていたが、まさかミセスの見たのが初めてだったのは意外だった。


「話す事も終わっとらんというに、面倒じゃのうしかし」

 フィリは響を見て、相変わらず響は苦笑を返す。相当絞られるのは間違いないだろう。

「色格・赤。話には聞いた事がありましたが、私ですら一度も……というより、大きい、です?」

 少しずつ、仕掛け屋が指を刺した敵性勢力の姿がこちらに近づいてくる。

 勢力というよりも、ただ一人。


 ただ一人というよりも――たった、一匹。

 

 それは、赤い鱗を纏い、温度を予感させる朱い息を吐き、紅い眼をしている。


――たった一体の、ドラゴンと呼ぶにふさわしい、化け物だった。

 その姿は西洋をイメージすると分かりやすい。まさに異世界病者が思い描く、ドラゴンそのものだった。そうして、未だ遠くても伝わってくる、明確な敵意。

「ドラ……ゴン……?」

 春が目を丸くして、思わず言葉をこぼす。


「……色は、赤って言ったよな。魔法使い、だったんだよな」

 ミセスはその言葉に、小さく頷く。

「……人じゃ、ねえのかよ」

 思わず、言葉が漏れる。

「それすらも……嘘じゃねえか!」

 怒りで、言葉が溢れる。異世界病者――魔法使い達の夢の果てが、この化け物だというのだろうか。


「悪魔の暗部が見え隠れ、ってなもんで、確かにコイツは、クソ喰らえだ。姉さん、下がれよ」

 仕掛け屋が震えるミセスを後ろに下げる。

 そうされながらも、ミセスは小声で何かをブツブツと呟き続けていた。


「芥、行こ」

 朝日が刀――明烏(アケガラス)を鞘から抜き、右下に構える。

「一番槍は、あいつだけどな」

 俺はもう既に赤竜に向かって突進していくアルゴスの背中を見ていた。

「ん、あの人は荒いから、隙間を縫おうね。ヒビちゃん……!」

 いつのまにか朝日と響の関係性も変わったみたいだ。朝日に呼ばれた響は「あいあーい」と気だるそうな返事をしてから銃をテキパキと組み立てていく。

「バカ神とあくたん、朝日は前線。私と仕掛け屋は後方援護、たまに私は前に出よっかな。春ちゃんは後方組の事、よろしく。ミセスねーさんは……うん、そのままのーみそフル回転だ」

 響の指示で分かってはいながらも各々が自分のすべき事を理解し、行動に移る。


 だが、一人だけ不服そうに棒立ちしている人がいた。

「ワシは」

「えぇー……フィーはー……」

「なんじゃ? ワシは使えんと? 力が足りんとでも?」

「いや、そういうわけじゃないんだけどね。なんていうかこう。後方待機とか……」

 気まずいどころか、もう既にピリピリしている。

「やかましい! 使えん気を使うな! 撤回せい、お主は前に出るな。対近距離銃を……これ、此処に挟め」

 そう言ってフィリは自分の衣服のベルトに響の近距離用銃器を全弾装填済みの状態にして無理やり挟ませる。

「丁寧にせい! 痛くてかなわん! ……お主はそこから成長を見とくんじゃな。ワシは監督役じゃ、じゃあ行くぞ」

 

――ドラゴン退治。

 これ以上の皮肉なんて、あってたまるかと思いながら、俺は灰槍を両手に持ち赤いドラゴンへと歩を進める。

「刀、使わないの?」

 俺の顔を覗く朝日は、少し緊張した顔を見せるが、俺はあえて小さく笑って見せた。

「あぁ、俺にはこれが出来るからな、この方が本望だろ。アイツも」

「やっぱ優しいよね、芥は」

 これは果たして、優しさなのだろうか。

 本当の優しさを考えるならば、食われる事なのだろうと、そんなことを考える。


 結局、俺達の優しさなんて物は、俺達の都合の上で成り立っている。

 皮肉、不条理、認知の歪み、何もかもがもう、当たり前におかしくなっているような気がした。

「優しくないさ」

 

 だって今から、俺たちはアイツを、赤く染まるまで灰を踏み続けたアイツを。

 全力を以て、灰へと戻すのだから。

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