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異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第四章『メインキャスト・アウェイキング』
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第五十七話『もう回らないタイミング』

 アルゴスの使い魔は見た目こそグロテスクなものの、その性質は便利で、俺達が通り過ぎると同時にスッと姿を消して、遠くにいる次の使い魔の目がギラリと輝く。

 その仕組みをアルゴス自ら考えて使っているとしたら、案外彼も思慮深い部分があるのかもしれない。

「相変わらず気持ち悪いのぅ……」

 フィリは気持ち悪そうに使い魔を見ていた。意外と女の子らしい一面もあるようだ。とはいえ俺も決して使い魔に好感が持てるかと言われると首を横に振るのは間違いない。

 

 要は因縁の相手でもあるのだ、俺がこの世界で最初に殺した生命のようなもの。だからこそ俺は複雑な気持ちでアルゴスの使い魔を、走りながら見ていた。

 

 朝日を守る響達のパーティとはそろそろ合流するだろうという事を、わずかに聞こえる喧騒で知る。

 とはいえ、アルゴスが先導しているのであれば有象無象の大群を気にする必要は無いだろう。

「……近いな」

「あぁ、もう見えておる。あの面倒な女も、じゃけどな」

 フィリが動かない左手を右手で抑えていた。


――そりゃ、殺すつもりで来るのは間違い無い。

 向こうには、イロスを相手に苦戦している響達と、大群を蹴散らしているアルゴスの姿があった。


「タイミング……か」

「タイミング?」

 思えばミセスだけがイロスの能力を知らない。

 彼女の刻景は『オンタイム』刻景内での彼女は、正確なタイミングで攻撃を与えなければそれら全てがこちらの悪手に変わってしまう。タイミングの見極め方は、俺にはまだ分かってはいない。

 総攻撃をしかけるとしても、刻景の上では都合良く躱され、そうして都合良くこちらにダメージが蓄積されていく。

「アイツの刻景の中では完璧なタイミングで攻撃しないと都合良く躱される……正直、あまりにもやってられない」

「ワシのコイツと、仕掛けの刻景でギリギリ何とかなった。悔しいが面倒じゃな。見てみぃ、ヒビも苦戦しとるわ。じゃがまぁ、要はそれ頼みじゃな」

 フィリが左手をポンと叩く、だがイロスの左手も同様に動かないのは変わりなかった。


――フィリの自己犠牲によって、俺等は助かったのだ。

 それでも、もう同じ事をさせるわけには、絶対にいかない。

 そんなものは、決して勝利でもなんでもないのだ。 

「対策、されてっかねぇ……刻景・バレットタイム……!」

 まだこちらに気づいていないイロスに向かって、仕掛け屋は大量の銃弾を発射する。

 だが、イロスはその右手で氷壁を作り、銃弾の全てを受け止めた。

「色格・氷色(アイスグリーン)。向こうさんも刻景と魔法の組み合わせねぇ……無理に覚醒でもさせられたのかしらね。私は関与してないわよ?」

 ミセスが苦々しい顔でイロスを睨む。イロスは嘲笑いながら、こちらを見ていた。


 響達の様子は満身創痍というわけではないが、攻めあぐねているのもあり、傷も多少負っているようだった。しかし何とか朝日に追跡魔法は届いていないようで、ホッとする。


 だが、依然として状況は良くない。

「あっちはアルゴスに任せて、俺らはアイツを叩くか?」

「そうじゃの、造作も無い……が、主らは見ておれ」

 フィリはイロスの元に向かおうとした俺達を制止して、ゆっくりとイロスの元へと歩く。

 もう既にその地は刻景が広がっていた。

「よういじめてくれたの、痴れ者」

「あら、腕の調子はどーお? 出来損ないの神の子ちゃん」

 明らかな挑発、だがフィリは静かに彼女を見たまま、じっと何もせずに徒手空拳のまま様子を伺っていた。

「フィー! コイツ! ムカつくんだけど!」

「相変わらずヒビはるっさいのぅ、一番ムカついとるのはワシじゃろうが」

 フィリはその場でトン、トンと軽く跳ねながら、イロスに近づき軽い殴打を放つ。

「遅すぎなーい? お仲間の助け、借りるのはどお? その方が私も楽しいんだけど……なっ!!」

 イロスは難なくフィリの殴打を躱し、右手で振るったメイスを、フィリはステップで避ける。


――その瞬間、イロスの顔に驚きが走った。

 フィリが放った殴打は、当たる事を想定していなかったはずだ。その意図が分からなくても、タイミングが合ってないのなら、イロスの攻撃は通ってもおかしくはないはず。

「タイミング、なんじゃろ? どうせいつまでも展開出来るようにしとるんじゃろうし、刻景に頼りすぎじゃな。勘違いするなよ? 主は弱いぞ?」

「その私に何度も殺されかけたのは? 左手まで失ったのは、何処の誰かしら? ねぇ、ねぇ! 何処の誰だったかしら!」

 嘲笑うイロスの顔面に、フィリの殴打が飛ぶ。風を斬る音に、イロスの髪が揺れる。彼女はギリギリの所で躱していたが、これもまたタイミングの問題なのだろうか。

「生意気なガキじゃの……ほれ、タイミングとやらはどうした? 今度は早いぞ?」

 フィリによる殴打の連続に、蹴りが混じる。 イロスはその度に確かに攻撃を避けてはいるが、防戦一方の様子が見て取れた。

 

――イロスがタイミングを見るのであれば、フィリには隙が無いのだ。

 最初に出会った時は大複数戦であり、彼女の能力も深く理解が出来ていなかった。

 要は、それぞれがバラバラに、強引に突破しようとしていたのだろう。


 だが、一人の冷静な人間が真っ向から立ち向かえば、これ程までに均衡を保てる物なのかと驚きながら、状況を見守っていた。

 一方のアルゴスは、大群を蹴散らしていて楽しそうだ。


 フィリの猛攻に、ダメージこそ負わないにしても、イロスの息が上がっていく。

 刻景に使われる『命の時間』は大量に持っていたとしても、その身体能力までは強化出来ない。

「ほぅ……もう息切れか? 鍛錬が足りんのぅ……」

「……クソガキ、舐めんじゃねえぞ!」

 イロスの口調が変わり、メイスを思い切り振りかぶる。

 

――それは、きっとタイミングがズレていた。

 フィリはメイスを避け、イロスの腹部に掌底を撃ち込む。

「朝日! 刻景!」

 フィリが叫ぶと同時に、待ってましたかと言わんばかりに『刻景・スロータイム』が発動する。

 ゆっくりと吹き飛んでいくイロスは、スロータイムの範囲に入る寸前に氷壁で自身の周りを包み込もうとしていた。

「っさせませんよ!」

 春がそびえ立ちかけた氷壁に向けて、土塊を叩き落とす。

 ゆっくりと割れる音を聞きながら、俺はスロータイムの中を灰刀を創り出し、駆けた。

「じゃーこれはおまけって事で! さーて、タイミングとやらは、必然に抗えるかなー?」

 響から撃ち込まれる弾丸の山、スロータイムでゆっくりにはなっているが、解除と同時にイロスがタイミングに愛されているのならば、全て当たらないのだろう。

 俺は灰駈けで跳躍し、イロスに向かって灰刀を振り下ろす。


 だが、決してそれは当たらない。

 俺がタイミングを掴めていない事は知っている。

 

――だから俺達は、最大限の、邪魔をするのだ。

 俺がイロスの右隣に着地すると同時に、朝日のスロータイムが解除される。

 それと同時に俺は灰刀を横薙ぎに振るう。


 背面からは朝日の銃弾、右からは俺の斬撃。

 そうして、左からはフィリの殴打。

 

 タイミングは、きっと分かっていただろう。

 だが、それでも全てを避けきれるかどうかは、別の話。


 イロスは即座に跳躍し、俺と響、そうしてフィリの攻撃を躱す。

「仕掛け屋!」

「応よ!」

 それでも、これだけの邪魔の後、これだけの行動の後に、傷一つ無いとしても、彼女が消耗していないわけが無いのだ。

「ぜんぶぜーんぶズレてんのよ! 学べよ愚図共が!」

「いいや、ピッタリだ」


――ズドン、と一発だけ銃声が鳴り響いた。

 イロスの脳天に、仕掛け屋が放った銃弾が当たる。タイミングが完璧だったかどうか、そんな事は分からなくても、彼女は過信しすぎたのだろう。

 そうして、フィリもまた自らを犠牲にしながらも、周りに頼るという事をした。それがなんだか、嬉しくてしょうがなかった。


 イロスの刻景が消えていく。俺の『命の時間』が削られる事も、とりあえずはもう無い。

 当の彼女は、脳天に銃弾を受けて尚、驚いた表情で、地面――灰に膝をついていた。

「……一発?」

「何発も、いらねえだろ」

 仕掛け屋が近づいてきて、忌々しげに吐き捨てる。

「魔法だ? 刻景だ? タイミングだ? 知らねぇ。お嬢の左腕の仇だ。灰になれ」

 その言葉を、フィリも、またイロスも黙って聞いていた。


――仕掛け屋が怒っているのを、初めて見た気がする。

 それでも、動けなくなったイロスにそれ以上の銃弾を撃ち込む事はしなかった。

「……ふん、じゃがな。ワシは許さん」

 フィリは言うやいなや、イロスの顔面を思い切り蹴り飛ばし、宙に浮いた彼女の顔面を持ったまま、思い切り地面へと叩きつけた。

「主のせいで、気まずいじゃろうが!! この、馬鹿めが!」


 大人げない、の一言に尽きる。

 だが、彼女が俺達の気遣いを少し悪いと思っていたのだと考えると、その鬱憤も分かる気がする。

 彼女自身は平気なフリをしていたにしても、おそらくは思う所は大きかったのだろう。


 そうして最後の一撃を入れるかと思った瞬間に、大曲刀がイロスの顔面に刺さった。

「お前らばっかで楽しむんじゃねえよ」

 アルゴスの放った大曲刀により、イロスは灰へと変わっていく。

「それによ。なってみねえと分かんねえだろ?」


 その話を聞いて、一つだけ思い出した言葉がある。


『濁神』


 神の子が神の子を灰にした時になると言われる、堕天使に並ぶ禁忌だったはずだ。

「馬鹿かお主は!」

「あぁ、馬鹿だよ。でも、おもしれぇだろ」

 フィリに咎められても、アルゴスはニヤリと笑っている。


 その内に、アルゴスの身体が赤黒く変化していく。

「ふーん、いいじゃねえか。堕ちて見たかったんだよ。何せ俺は元々悪魔陣営だしな」

 元々、アルゴスは悪魔陣営に属してはいたものの、見た目こそ普通の人間に遜色無い。

 だが、もう既に彼の姿は常軌を逸していた。一糸まとわぬ上半身は赤黒く、元も黒々としていた髪は白く染まっていく。

「おっ、いってぇな!! なんか、クルぜおい! ッテェ……」

 アルゴスが呻きながら頭を抑える。

まるで、身体の構造が作り変わっていくかのようだった。

「あぁ……濁ってるってのも、悪くねえなぁ」

 彼はやや恍惚な表情を浮かべながら、悪魔の象徴とも言えるような、頭から生えた二本の角を触る。だが、その手にはありったけの力が込められているように見えた。

「でも、コイツはいらねえ、な……グッ、ウゥァアア!!!!」

 丸で狂気に支配されているかのように、彼は自分の角を両手で圧し折る。その行為の必要性は、全く持って理解出来なかった。


「あぁ、これでやっと、イーブンだぜ……ザガン。楽しく、ヤレそうだ」

 アルゴスは灰から生命を産み出すらしい悪魔の名前を呟いてから、嬉しそうに一人で笑っていた。

 相変わらずのトラブルメーカーというか、突拍子も無い事をする男だが、何処か嫌いになれない自分がいる。だが、それを良く思わない人も、間違いなくいる。


「無事、だったか。朝日」

「うん。なんとか……」

 響が天使であった以上、世界の謎を未だに何か隠している可能性はあるだろうと思った。

 それでも俺にとっては、世界の謎よりも先に、まずは目の前で気まずそうにしている朝日と、話がしたかった。

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