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異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第四章『メインキャスト・アウェイキング』
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第五十二話『追われながら、追いかける』

 浅緑色の芝生が点滅しながら、消えかけている。灰へと戻りかけているそれを、俺は全力を以て駆けている。消えかけている芝生からは灰が見え隠れしている。その上に朝日の小さな足跡が見えた。


 もし、ミセスに何かが起きて、魔法が消えているのだとしたら、確実にこの先で何かが起こっている。しかも悪い状況しか思いつかない。

 フィリや仕掛け屋、もう既に駆けつけているであろう朝日に、この道を作ってくれているであろうミセスや春がいるのにも関わらず、何かが起きている。


 状況を何となく察する事が出来るのは魔法が消えかけているミセスについてだけだ。だが他のメンバーが無傷であるかも疑わしい。響とアルゴスもそれに気付き後ろから駆け足が聞こえるが、俺はそれを聞きながらも、灰刀を手に持ち、まだ見ぬ敵へと殺意を向ける。


――大群ならば、蹴散らしている。


 だからこそ、恐怖――というよりも嫌な予感が身体を支配していた。

有象無象ならば、あのメンバーで倒せないわけが無いのだ。だが特殊な悪魔であったり、刻景使いだと話は別だ。

 あのイロスというタイミングを操る刻景使い一人に、俺と朝日とフィリ、そして春はどれだけ苦戦を強いられただろう、そうして失ってはいけない物を失っているのだ。


 それを考えると、俺は無意識のうちに、より早くその場へと駆けつけようと灰をその足に纏わせていた。


――あぁ、イメージ、か。

 灰は、俺の足元で渦巻きながら、その一歩一歩に跳躍力を与えていた。当然一歩の歩幅は大きく伸び、走るというよりも飛ぶという方が正しい。

「……灰駆(ハイガ)け」

 あえて、思いついた簡単な名前を口にする。俺がイメージを得た灰魔法一つ一つに名前をつけていくのは、再現性を持たせる為だ。このイメージを覚えておけば、次に必要となった時にその言葉一つでイメージを思い出せる。


 そうして響とアルゴスからだいぶ距離を離して少し経ち、浅緑の芝生もほぼ見えなくなってきた頃に、その悪意を然と視界に捉えた。

「灰……壁……ッ!」

 場所は丁字路だった。壁を背にしたミセスを狙って飛んでいる銃弾を灰壁で全て受け止め、その悪意の元凶の元へと、灰駆けで跳躍した俺は上空から思い切り灰刀を振り下ろす。だがその刀は難なくその悪意の持つ剣によって止められた。

「誰だよお前は、うちの仲間に手を出してるのは……!」

 見た限りでは知らない顔だが、悪魔なのは間違い無い。なのにも関わらず銃弾を使っているのが不思議だったが、そんな事よりも、殺意が勝っていた。状況を見れば、皆はおそらくミセスを守るという行為に徹していたのだろう。フィリや仕掛け屋、朝日に傷は無かったが、ミセスについては灰壁を作る前に一瞬見た限りだと、一方的に攻撃されている状態のように見えた。


「おい、おいおいおいおい。邪魔してんじゃねえよぉ塵芥ちりあくたクンよぉ!」

 悪魔が面倒そうに俺の灰刀を受け止める。彼が持つ一本の剣が俺の灰刀を受け止めたが、力で押し切れるという感触は無かった。

「その言われようも、久しぶりだ……よっ!」

 塵芥ちりあくたなんて呼ばれたのは久々だ。自分の名前を悪意を以て言おうとすればそう言いやすいのは分かる。それにその物言いから、この悪魔はセーレのような紳士的な悪魔では無い事がハッキリ分かった。


 その悪魔の体格は俺よりも大きく。眼獣が犬をモチーフにしているならば、大狼と呼んでもいいような黒い狼にまたがっていた。その大狼は獰猛に見えたが。あくまで乗り物のように扱っているのだろう。だがそれに乗る悪魔のその姿には羽根があり、狼を移動手段にする必要などないようにも思えた。

 そうして、その顔自体もセーレのような美男子を思わせるものではなく、フクロウの顔を貼り付けたような、動物的な顔をしている。始めて見た悪魔はセーレだったが、これこそ悪魔そのものだと思わせるような見た目だった。

「アンドラス! 巻き込むのは、アタシだけで……いいじゃないの!」

 ミセスが灰壁の中から叫ぶのが聞こえた。

「おいおい、おいおい、意味がある言葉か? 今のはよ?」

 息も絶え絶えのミセスの懇願へ、挑発するように嘲笑う悪魔。

成る程、俺が今から仕留めるべき悪魔は、アンドラスと言うらしい。

「じゃあやろうぜ、アンドラス。そっちを塵芥チリアクタにしてやるよ」

 俺の灰刀とヤツの剣の力は未だに拮抗している。勝てるとは思っていなかったが、俺自身は、周りの灰を彼の周りに集め始めていた。

「いーーーーや、悪いねぇ! 俺は嫌がらせ担当でね。だからそのオカマの言う通りに……ってのも癪だな。じゃあ俺の矜持を見せてやろうか、おい塵芥、お前が大事なのは誰だ?」

 その言葉に、一瞬俺の視線が朝日を捉えてしまった。それを失敗だと思った時には、もう遅い。


――悪魔は、その隙を見逃さない。


「おうおう、おうおうおう。じゃあ決まりだなあ! 俺はコイツを『追跡』する」

 刀を構えていた朝日に向かって、アンドラスと呼ばれた悪魔は『追跡』という言葉を発した。

ならばコックを、キーパー(師匠)の生命を奪う要因となったのは、コイツだ。

「……灰壁ッ!」

「おいおいおい、甘いな。抜けんだよばぁか」

 朝日の前に張った灰壁を、アンドラスが放った黒色のモヤが抜けていく。アンドラスが放った追跡の魔法が朝日へと降りかかったのは、灰壁の向こうにいる朝日の声で分かった。痛みこそ無いのだろうが、漏れ聞こえた声には明確な悔しさが混じっているように聞こえた。


 であれば、俺のやった事は悪手でしかない。もしアンドラスの追跡魔法を避けるという事が出来るのならば、目の前に壁がそそり立った時点で、邪魔でしかない。だが、後悔はもう既に遅かった。

「俺を塵芥(チリアクタ)にする、だぁ? おいおいおい! 調子乗るなよモノホンの塵芥(チリアクタ)風情がよ! まーあ精々仲間が死ぬのを楽しめや、そんじゃあな!」

 そう言って、アンドラスは狼の跳躍によってビル間の壁を伝ってあっという間に姿を消した。その狼に銃弾が飛ぶが、もう遅かった。ビルを叩き壊すのでは無いかと思わんばかりの大曲刀の投擲も、ギリギリで狼の足をかするだけに留まっていた。

「朝日ちゃん! 皆!」

 その声と、攻撃の音からして、響と、それに少し遅れてアルゴスが駆けつけたのが分かったが、状況は最早終了した後だ。アルゴスがビルに突き刺さった大曲刀を使い魔か何かに落とさせ、憎々しげに手に取っていた。


 待っていれば助け自体は来たのだ。かといって、この二人が入ればヤツに勝てたかと言われると、それも怪しい。未だにミセスの前の灰壁には魔力で作られた銃弾らしき物が突き刺さり続けているし、その銃弾はすぐに朝日を狙い始める。

「やられた、ね」

 朝日のその言葉に、痛みを堪えているような声を感じ、即座に俺は朝日の身体全体を灰のドームで囲む。ミセスについては実際の壁を背にしていた為、その両側と天井を塞ぐ事で、とりあえずの攻撃を防ぐ事は出来た。

「追跡……魔法か。これじゃあもう挨拶してるどころじゃ、ないな」

「明らかな手練じゃった。ワシらがたどり着いた時にはその緑髪に魔法をかけてたようじゃな……アンドラスとやらも執拗にワシを狙っていたあたり、状況は全部伝わっとると思って構わん。挨拶も……今は良い」

 フィリはアルゴスと響とチラリと見るが、情報共有の方が大事だと判断してくれたのか、それとも朝日が簡単にでも伝えてくれたのか、二人を無視して話を進める。

「春が緑髪への銃撃を防いでおったが、限界はある。ギリギリじゃったの、アクタ。仕掛けと朝日はワシを守ったが、刻景を使う暇は無かった。つまりは大群で蓋をして、精鋭で殲滅というわけじゃな……、此処にアクタ達が来て、ヤツが去った事を乗り切ったと言うならば、そうなのかもしれんがの」

 それでも、あの時点で大群を相手にするのは無茶でしかなかった。ミセスはおそらく、その魔法を使っている最中に狙われたのだろう。

「とりあえず、皆こっちに集まってくれ、朝日は銃弾に気をつけて」

 そう言うと、アルゴスや響も含めた全員が、ミセスの前に作った灰壁の近くに集まる。

「……灰屋(ハイオク)

 これで、ミセスも含めた全員が灰のドームに包まれた。

ミセスの状態は傷は深そうに見えるものの、灰化している部分は無い。であればこの世界のルールを考えると時間がどれくらいかかるかは別として自然治癒してくれるだろう。それを見て少し安心した。

「良かれと思ったけれど、アタシのミスね……ごめんなさい」

「いや、アレが無きゃ俺等は大群に押しつぶされてた。だから助かったよ。悪いな、ミセス」

 俺がそう言うと、ミセスは「相変わらず優しいのね」と言って壁にもたれ眼を瞑った。灰にはならずとも、痛みは相当な物だろう。心臓を狙われなかっただけまだマシなのかもしれないが。

 

 仕掛け屋が複雑な顔で彼女を見ていたのが少し気になった。それに口数も少ない。

「……この状況だ。挨拶はいるか?」

「朝日から軽く聞いたがな。それどころじゃなかったもんじゃからの。味方に付くなら、間に合わせろ馬鹿たれ共め」

 そう言って、フィリは改めて響とアルゴスを見た。

「皆、ごめんね。それ以外に言う事は無いよ。けど、いくらでも私を使って。協力は、する」

 響は全員に頭を下げてから、改めて朝日の顔を見て、お互いにその眼を逸した。

朝日は気まずそうな表情で、お互いに何かを言おうとして、言葉にならずに沈黙が訪れる。

「なぁフィリよ。俺ぁ構わんのか?」

「構うわド阿呆! この際じゃから言うが、ワシも馬鹿じゃない。じゃがヒビは馬鹿で、お前は大馬鹿じゃ! だがアクタが連れてきた。だからワシはそれで構わん。朝日は文句があるようじゃが、それはお主らが勝手にやることじゃ! 面倒じゃのう本当に!」

 フィリはズバリと朝日と響の気まずさを見抜いて公言するが、それでも二人は何も言わなかった。

「……二手に、分かれますかい」

 それをジッと聞いていた仕掛け屋が、静かに声を出す。いつもの威勢の良さは消えていた。

「そこで寝てる馬鹿は旧知なんでね、自分が引き受けやしょう。逆に朝日の嬢ちゃんは皆が守ってあげりゃいいでしょうぜ」

 ミセスを見て、仕掛け屋は溜息をつく。だが二人で追跡魔法を掻い潜れる程、簡単な物だとは思えない。

「なぁ春。追跡魔法を潰す方法ってあるのか?」

 静かに何かを考えているように静観していた春に問いかけると、春は難しい顔をして口を開く。

「魔法の解除は、基本的に本人を倒さなければどうにも……。悪魔が持つ魔法は、魔法というよりも能力のような物ですから……、その上位互換がいたとして、味方になってくれたら別ですが、そんな事はおそらく……」

 あるかも分からない上位互換と、なるかも分からない仲間を探すくらいならば、アンドラスを倒した方が手っ取り早いのは確かだ。

「なら二手、倒す側と守る側だ。アルゴスなら、見えるだろ?」

「あぁ、見てやるよ。それにな、アイツには俺もむかっ腹立ってんだ、俺は倒す側に行かせろ」

 俺はそれに頷く。彼の膂力(りょりょく)については重要だろう。

「仕掛け屋、アンタの刻景はあの銃弾にも通用するか?」

「……だからこそってヤツだ」

 ならば、ミセスは仕掛け屋に任せても構わない。


 残るは朝日だ。彼女については、より多くの守り手が必要となる。

 ミセスの傷を見る限り、アンドラスはもう既に場所を知らせる程度の単純な追跡では無く、その相手を灰にする事を目的としているように思える。現に今も、『灰屋ハイオク』に銃弾が当たる音が聞こえていた。

「なら、仕掛け屋とアルゴスとミセスはアンドラスを倒す側として動いて貰おう。フィリは……」

「ワシもあの手合は気に入らん。倒す側じゃ」

 であれば、四人と四人で俺が朝日の方に行くべきだろうかと考える。

フィリも攻撃に回れるのであれば、アルゴスとのコンビネーションが悪いにしても勝機は生まれるだろう。


「じゃあ俺は……」

 そう言って朝日の方を見ると、朝日は真面目な顔で、俺の目を見ずに首を振った。

「芥君もそっちだよ」

 その言葉は真剣に聞こえたが、嫌悪感のようなものは感じなかった。

「そうだね~、アクタんはそっちかな、その代わり春ちゃんを貰おっか? ね、朝日ちゃん」

 朝日は気まずさをなるべく隠そうとしながら、いつの間にか守る側になっていた響の言葉に頷いた。

「よ、よろしくお願いします。響さん」

「ふぉう! かぁーんわいいねぇ! よろしく春ちゃん!」

 響は春の手を取ってブンブンと握手をしながら、パーティー分けは決まった。やはり『ラハル』については知らぬ存ぜぬを通してくれるらしい。


 アンドラスを倒す側は、俺とフィリ、そしてアルゴス。追跡魔法をかけられたミセスを守る役割として仕掛け屋。

 そうして朝日を守る側は、響と春、そうして自身の事もある程度守れるであろう朝日の三人。


 定期的に飛んで来る銃撃は本当の銃弾程早くは無くとも、防がなければ致命傷になりうる。

だからこそアルゴスの眼で見てもらい、早めにアンドラスを倒すのが必須だ。

「しかし、奇妙な縁じゃの。こんな時で無かったらすぐに消しておったわ」

 フィリが忌々しげにアルゴスに悪態を付く。

「だってよ、アイツらはクソったれだ。そうだろ? お前ら」

 アルゴスのその言葉は、俺にとって意外だった。なんせ、彼は戦いこそが全てだと思っていたからだ。


「戦いはいいのか?」

「クソったれをぶっ飛ばすのが、一番サイコーだろうよ。兄ちゃん」

 アルゴスがニヤリと笑う。少し見直しかけたが、やはり彼は彼のようだ。

 だが、それでも心強い事には変わりは無い。悪意で動いているわけでは無いというのは、この短期間でも伝わった。だからこそ今この場に彼がいることに対して、フィリ以外は誰も何も言わないのだろう。とはいえ朝日が言及しなかったのは意外だったが。


 ミセスの傷が治りつつあるが、まだ話をする程に回復はしていないようだった。

ならば、話しておかなきゃいけないことも、取らなきゃいけない休息もある。

「なぁ響」

 俺は、未だに眼を合わせてくれない朝日の代わりに、春と楽しそうに自己紹介をし合っている響に声をかける。

「なぁんだよぅ。邪魔しないでよね」

「悪いな春、邪魔して」

「い、いえ……!」

「私の事は無視かよー!!」

 響があえて元気に振る舞っているのも、痛々しい程に見て取れたが、それはきっと彼女にとっていつもの事なのだろうから、あえて雑に扱った。

「響、朝日の事、絶対に守ってくれ、頼む」

 それが、俺が言える精一杯の言葉だった。

その言葉に春が眼を見開き、響も真剣な顔でこちらを見る。

朝日の顔は、見られなかった。

「あったりまえよ! ねー春ちゃん!」

「は、はい……!」

 春は俺の顔をジッと見てから、小さく笑って「……必ず」と呟いた。

 俺は少しだけ朝日を見たがしたが、彼女は何も言わずに黙ったまま、ヘアピンを触りながら、下を向いていた。表情は読めなかった。

 

 それを見た響が小さく溜息をついて、そうして春と俺にだけ分かるように、苦笑していた。

 朝日に起きた事は、全部俺のせいだ。俺が朝日の言葉を受け入れていれば、俺が朝日をすぐに追いかけていれば、俺がアンドラスに問われた時に朝日を見なければ、そうして俺が朝日の前に灰壁を作らなければ、それでも俺は彼女を見てしまった、彼女を案じてしまったのだ。


 だが、朝日は結局、二手に分かれる瞬間まで、俺を見る事は無かった。

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