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異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第三章『メン・イン・マジック』
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DevilSide3『見る目が無い、ならば見ない』

神の子アルゴスは退屈していた。


 その退屈は最早限界に達していたといってもいいかもしれない。何故か自分に纏わりついてくる闘争本能と、それに反して見る事しかさせてもらえないという縛りに、彼はうんざりしていた。

今日も灰魔法の禁呪とも呼べる灰から生物を生み出すことが出来る悪魔『ザガン』に絡みながら、その『見る』という力で適当に世界の状況を見回っていた。

「セーレが、逝ったねー」

 ザガンが灰を撫でながら、なんて事も無さそうに呟く。灰から情報を読み取るというザガンの力によって、そうしてアルゴスの『見る』という力によって、セーレの死は即座に二人にのみ伝わった。

「治すのか? あのババアが知ればえらくお怒りだろうよ」

「んーー、でもまだ命令受けてないからなぁー」

 ザガンもまた、厭世的な目をしながら灰を摘む。


 悪魔『セーレ』は悪魔長のお気に入りの悪魔だった。実力も申し分無い。特に武器を使う刻景使いであれば問題無いと誰もが思った事だろう。それに移動魔法も使える為、逃げる事だって出来る。だが彼は実際に灰と化していた。その最期は、アルゴスには諦めとも呼べる何かに思えた。

 彼が直々に芥達に出向いたのは、始まりの二人の子『ラハル』の奪還、及び『色格:灰の所有者』の殺害が目的だった。悪魔長曰く、彼が負ける事は無いだろうとの事だったが、力及ばずという結果に変わりはない。

あっち(天使陣営)を褒めるわけじゃないけどよ。やっぱこっち(悪魔陣営)向こう(天使陣営)を舐めてんだよな、やっぱ」

「とはいえもう天使も悪魔もぐちゃぐちゃだから何陣営って呼べばいいんだろうねー。ラハルちゃんも向こうに付いちゃったしねー。とはいえ自分からその力を封印しちゃったけどー。人間味あるよねぇほんと」



 もはや言われる事をこなすだけの二人は、次の命令が下るまで何となく過ごす。

 対称的な二人、ザガンは何も見ず、アルゴスは何もかもを見ていた。

「コックって言ったか、あいつ。アンドラスに追跡魔法つけられた向こうの人間」

「あー、あの子も死んじゃったねぇ。というか自殺なのかなぁ、あれは。ほんと、人間味というか、悪魔だとあんまりわかんない感覚なんだよなぁ。アンドラスくんも予想外だったんじゃない?」

「アイツは争わせるのを得意にしてる癖にあんなもん見せられちゃたまんねえわな」

 悪魔『アンドラス』は暗躍し、芥達の殺害に非協力的な刻景使いを追跡魔法により縛るという役割を持つ悪魔だった。争いを司り、元同勢力を戦わせるという事には成功したものの、その状況はコックの想いを芥が背負う形になり、コックはある意味幸せな死を得たとも言えた。

「悪魔らしくいっそ殺しちゃえば楽だろうにねー、あの子は移動魔法こそ使えなくても、戦いも主と出来るわけだしさー」

 ザガンはぼんやりと呟くが、ザガンの声色は少し苛立ちを帯びていた。

「しかしハッキリ言うとよ。卑怯じゃねえか? 俺等」

「言いっこ無しだよ~、僕は悪魔として顕現したからともかくー、キミはあえてこっちを選んだわけでしょ~?」

「でもよ、それはあの頃の世界を見て闘争に溢れていたからで、戦えると思ったからだ。今の状況は好まんしつまらん、悪魔長に媚び売る為に降りて来たんじゃねえしなぁ」

 その言葉にザガンは少し灰を触る手を止めて、アルゴスの目を見つめた。

「本当に言ってる?」

 その声は、いつもザガンの気の抜けた声では無く、まさに悪魔の声と言わんばかりの冷たさがあった。だがアルゴスはその声を聞いて大いに笑う。

「嘘なんか吐くもんかよ。いい加減、ババアにグダ撒かれんのも懲り懲りだしよ。このままだと結局セーレが死んだのも視認した俺が言うわけだ。都合よく使われちゃいるわな、それもいい加減気に食わねえ」

 闘えるのならば、最早悪魔相手でも良いとすら、アルゴスは思い始めていた。

それは彼自身に与えられた宿命なのかもしれないし、単純な性格なのかもしれないが、狂った現状に於いてそれらはもはや何の意味も無い。


「つまり、僕と敵同士になるってわけだよー?」

 ザガンは少しトーンを抑えていつも気怠さの混じった声になるも、それでもその言葉にはやや圧があった。

「本気でやり合うのも悪くねぇだろ、灰弄りよりやりたかった事、あんだろ? 角無し」

 その言葉に、ザガンの気怠さが消え、薄ぼんやりとしていた目がカッと開き、拳が空を斬る。

握りしめていたその拳ですら、当たったら最後、その部位をえぐり取る程の威力の一撃だった。

 アルゴスはその拳が当たらない事を予測してか、微動だにせずにヒュウと口笛を鳴らす。

「そうそう、そういうのが見たかったんだよ。でも、お前はお前で、灰を練るのを選んだんだろ?」

「ん……そうだね。だから今のは忘れて欲しいな。怒ったのなんて、この世界に来て始めてだ。人を乗せるの上手いよね、キミって」

 そう言うとザガンは改めて灰を触り、アルゴスはククッと笑いながら立ち上がり獲物の大曲刀を肩布の部分にかけて小屋を出ようとする。

「じゃあ、もうばいばいかな?」

「いーや、また会うさ。俺は適当にやるからよ、お前も適当にやれよ。でも死ぬなよ? どうせこんな状況にゃ終わりが来る。その時は角があった頃を思い出させてやるからよ」

 事、戦闘に於いてザガンの能力は役に立たず、アルゴスはその見るという力で優位に立つ事が出来る。だがその事実があったとしても、二人の戦闘能力は決して拮抗しているとは言えなかった。

 ザガンが一瞬見せた剛力は、アルゴスの大曲刀をも砕くかもしれない。それを分かっていながらも、アルゴスは笑って大曲刀を持っていない手を後ろ手に振り、小屋のドアを蹴り開ける。

「もうクソみたいな世界をアイツの為に見るのは御免だ。俺が俺の為に見に行ってくる」

 その言葉に、ザガンはほんの少しだけ羨ましさを感じていた。自分自身でも不思議だったのだろう、彼は触っていた灰を手から払い落とし自分の角を触る。有り得たかもしれない記憶、自分が強き悪魔であるという顕現した時から自覚。なのに灰を使う事を強いられるという予測。それらが彼の悪魔としての矜持を壊し、この世界での希望を壊した。

 要はもう、どうでも良かったのだ。生きるも死ぬも特に無く、顕現したからにはわざわざ死ぬのすら面倒だという理由で、ただ悪魔として生きていた。それは、この世界に人として落ちてくる刻景使いや魔法使いとは違って、神の子であるアルゴスも同じはずだ。だが彼は自由で、どうしてかザガンは縛られたままでいる。

 それでも、彼は彼としての責務を捨てる事は出来なかった。

「これを出来るのは僕だけだから。でもそうだな、いつか生き返らせる人もいなくなるくらいに、この世界に灰が積もったら、やろう」

 いつのまにか、ザガンの声に気怠さは消えていた。その赤い目には、少しだけ光が灯っているように見える。悪魔ザガンは、この世界に顕現して始めて『楽しみ』という物を覚えた。

「あぁ、約束だ。一撃でやられねえようにたまには身体動かしとけよ?」

「言うね、キミこそ。野暮は言わないけれど、本気くらいじゃ、負けるつもりはないからね」

 悪魔と、神の子が笑いながら別れる。

次に会う時は敵同士だろうに、それを楽しみだと思いながら、ザガンはこの世界に来て始めて心からのえみを溢した。それをアルゴスは見ていない。だがそれでも、神の子の口もまた楽しそうに歪んでいた。

「じゃあ、最後の嫌がらせにババアにセーレの事言ってくる……またな」

 アルゴスは小屋の外に出てから、悪魔長の部屋の前へと飛び、ドアをノックする。

アルゴスが自分の名前を告げると「入れ」という男の声が聞こえてきた。

「おいおい、相変わらず馬鹿みてえな事してんな」

 悪魔長の部屋では、美形の悪魔が悪魔長をもてなしている最中だった。

「おい、セーレが死んだぞ」

「あぁそう、でもいいわよ別に、堅苦しくてつまんないったら」

 アルゴスですら、多少怒るのかと思っていた。そうして、セーレが言った言葉を思い出す。


『後の怒りを買う事を祈って』

 彼はそう言って息絶えた。彼がナルシスト気味なのは理解していたが、まさか此処まで適当に思われていたとは誰も想像出来なかっただろう。だが悪魔長の、彼を邪険にしたその言葉で、アルゴスは完全に悪魔長との決別を選ぶ事を決めた。

「じゃあ、俺は行く。お前も、お前らのやる事も『見て』られん」

「ふーん……逃がすと思う?」

 殺気が部屋の中に充満する。悪魔長へのもてなしは、既にアルゴスの謀反を以て無しとされていた。

「逆に聞くが、捕まえられると思うか? ちなみにザガンはまだお前の奴隷を続けるってよ」

 それは、アルゴスの唯一の友の事を気遣った言葉だった。


 いつか戦友と呼べる日を想いながら、アルゴスは四方八方から飛ぶ魔法の槍をすり抜けるかのように、移動魔法を使い灰へと着地した。

「それじゃまぁ、誰からやるかね……」

 アルゴスの移動魔法によるビル街への着地を、スコープで覗いている堕天使がいることを、アルゴスは既に知っていた。場所は悪魔陣営の近くだが、周りにいるのはその堕天使だけだった。

「ったく、ツイてねえな」

 アルゴスは自分の獲物を床に投げ、両手を上げる。

しばらくすると堕天使がアルゴスにショットガンを向け近付いてきた。

「だから銃ってのはかったるくて嫌いなんだよな」

「ま、人それぞれの浪漫はあるよね」

 神の子と堕天使が、相対する。

「んで、何しに来たわけ?」

「あっちは怠いからな。唾吐いて出てきてやったんだよ。お前はどう思う? お前の側に付くのと、見境なく灰にして回るの、どっちが楽しいだろうな?」

 その言葉に、堕天使は半信半疑ながらも少し考えてから、ショットガンを下ろす。

「まー、こっちに来たら腐る程敵はいると思う」

「なら決まりだ。いい加減俺にも楽しませろよ」

 いつか芥が始めて生物を意識して殺めた事も、芥達を襲った事も忘れたかのように、アルゴスは笑う。

「んー、でもまぁ。アクタンに会ったら謝ってよ? それに色々見てきたんでしょ? こっちに付くなら私にも教えてよ」

「あぁ、そういえばお前も別行動なわけだ。じゃあ教えてやるよ、このクソッタレな状況をよ」

 そうして、堕天使と神の子はそれぞれの思惑を交差させながら手を取る。

アルゴスがクソッタレな状況と呼んだその話に、堕天使は胸を痛めながら、それでも今この瞬間、一人じゃないという事に少しだけ心が和らいでいた。


 堕天使は芥達の場所をアルゴスの目で見てもらい、堕天使と神の子は、その姿もバラバラに、堕天使は受け入れられる事を祈り、神の子は面白がりながら、並んで歩いた。

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