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異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第三章『メン・イン・マジック』
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第三十五話『魔法使いと、色、色』

 コックの灰を避けて歩き始めてから数時間、最初は互いにポツポツと続けていた会話もいつのまにか減っていき、今はただぼんやりと道を歩いていた。

「そろそろ、休む所を探そうか」

 流石に歩き詰めだと思い、春に声をかけるも、どうやら聞こえていないようだった。

 戦闘中やその後少しの間は気丈に振る舞っていた春も、今は思い詰めた表情をしている。

「……ダークブラウンさん?」

「んぇ! あい! あぁぁすみません呼んでました?!」

 何度か名前で呼んでも返事が無かったので、ふと思いついて何となく彼女を色格で呼んでみると、彼女は焦ったように返事をした。

「自分の名前、嫌いか?」

「い、いえ! 何というか……、名前で呼ばれる事が少なかったもので……、すみません……」

 それはつまり、彼女は春という名前よりも色格で呼ばれる事に慣れているという事だろうか。

であれば、魔法使い達の共通意識の一つが垣間見えた気がした。


――魔法使いにとって、重要なのは名前ではない。


 自分だけが主人公となる異世界を目指した異世界病者達もまた、思い通りには行かずにこの半界へといざなわれている、そうして集めるべきは経験値で、積み重ねるべきは色格だ。ならば、魔法使いに於ける名前の意味など、大した意味を成さないのかもしれない。もし本当に経験値をため続けて、いつか自分が主人公となれる異世界に行く事が出来るのならば、名前だって変える事すら出来る。

「春色だって、あるだろうにな」

「それでも、私なんかが没個性で無いことが、おかしいくらいだと、思います」

 変わらず、彼女の表情は暗い。コックとの戦闘の時は気丈に振る舞っていたが、俺よりも一回りは歳下の女の子だ。それに俺は死を選んだ人間を多く見てきたからこそ良くも悪くも死に近い人間だった。だが、春は決してそういうわけではないはずだ。例えこの世界での経験は違えど、死を始めに強く意識した瞬間は、おそらく俺よりもずっと後だろう。


 だが、それでも気丈とはいえずとも普通に振る舞おうとする彼女はやはり強い心を持っているのだと思った。疲れているのは間違い無い、表情も暗いし声のトーンもいつも以上に暗いが、それはきっと、お互いの中で思っている人の事が同じだからなのだろう。ただ、その受け取り方の問題だ。

 俺自身、割り切ろうとしていても、やはり生物を切り裂いた時の感触は手に残ったままで、黙っていると頭の中で戦いの光景がフラッシュバックする。

 それでも、終わってしまった事は終わってしまった事なのだと割り切らなければいけないのだと、右腕が動かずとも笑っていたフィリの事を思い、頭を振る。

「改めて春。どのくらいまで進んでる? 流石に歩き詰めだ。休憩もしたいだろ?」

「そう……ですね、もう七割程でしょうか。……思ったよりもすぐでしたね。今夜の拠点探しをしながら、もう少し近づきましょうか」

 ペース自体は悪くなさそうだ。流石に陽は落ち始めているものの、半日程度の距離と考えて良いだろう。俺と春が襲われた以上、早めに朝日達の元へ戻りたいが、戦力としては向こうが上だ。

急ぐに越したことは無いが、逆に言えばもう一度俺達が襲われる可能性もある以上、ある程度の休息は必要だろうと思った。

「そういえば……、人なのか? 悪魔なのか? その、適正を見てくれるヤツってのは」

「ええっと、人……ですね。多分、人で良いんだと思います。私も一度会ったキリでして、特殊な色格の人を見る人なのでそもそも表には出て来ないんですよね」

 人で良いとはどういう事だか、違和感がある言葉ではあったが、危険は無いと考えても良さそうだ。

「けど、俺がもし魔法を使えたとしても、特殊な色なんて無いだろ?」

「いえ……、それが、私個人の考えでは……、し、失礼かもしれないのですが、芥さんの力はそもそも何処か不十分な物な気がするんです。攻撃でも無く、防御でも無い。何かしらの意味を持って力は与えられるはずなのに、ならもしかすると、魔法使いとしての適正があるんじゃないかって……」

 言われてみれば、俺の刻景は魔法使いに対して何の効力も持たない。

更に言えば、刻景使いに殺されるような能力でもある。ならばそれを知った魔法使いの春が違和感を持ってもおかしくない。


 そもそも魔法を使う刻景使いなど今まで存在しなかっただろう。

だが彼女は、そういう可能性を考えながら、そうあるべきだと思いながら、俺達と共にいてくれたのかもしれない。

「原理が、ピンと来てないんだよな」

「要は……思い込みです。芥さんの刻景って自動で発動しちゃってますよね? だから違和感があるかもしれませんが、他の刻景使いの皆さんは意識的にそれを使っています。それっておかしいって思いませんか?」

 言われてみれば、俺と同じ頃に半界に誘われた朝日ですら、もう既に刻景を上手く使いこなしている。

だが俺からすると、刻景は意識せずに発動する物でしかない。

「魔法使いは……この世界に来た時から自分は魔法が使えるんだって思っています。きっとそれは刻景使いの人も同じで……、でも私達は本来敵対していて、魔法を使う人と刻景を使う人で分かれていると思いこんでいる。やっぱり、前提に邪魔されているんだと思うんです」

 春はそう言いながら、指先に小さな火の玉を出す。

「わ、私は……、私達はきっと、厳密には魔法使いなんかじゃないんですよ。魔法を使えるんだって思い込んでいるだけ。だから、芥さんもそう思い込む事が出来たなら……」

「俺自身が特別だとは思わないにせよ、刻景も何だか分からない。何で俺達にしか刻景が無いのかっていう話もきっと、胡散臭い答えがあるんだろうな」

 俺も春に習って指を立てて見るが、勿論火の玉が出る様子は無い。


「茶褐色の色格が命ずる、この者に潜む魔を顕現させ…………させ……。だめだぁ……。流石に上級魔法過ぎますね……。私が出来たなら早かったのですが……」

「でもつまりは、俺が強く、死ぬほどに強く魔法の力を求めて、それを使えると思い込めば、可能性はあるって事だろ?」

「おそらくは……、そうしてこれもこれも、気を悪くしたら本当にすみませんが、芥さんの刻景が不完全に見えたからこその、提案でした」

 春の丁寧な言葉の中には、言われて気付く真実が含まれていた。


 確かに、俺はどっち付かずのような存在なのだ。刻景使いと名乗ってはいるが、その実自分で刻景を使った事など一度もない。

 ならば、俺は一体何を名乗ればいいのだろう。

他者からの介入にのみ発動する俺の力、であれば俺自身の中で、俺が選んで使う事の出来る何かがまだ何か残っていると思いたい。

「朝日さん達は、もう完全に刻景使いとしての自覚がある、はずです。ただ、芥さんはどうです?」

「そう言われて初めて納得したよ。確かに、強い自覚は無かった。改めて助かるよ。それもまぁ、これから分かる事ではあるけれど、それでも春はよく見ていてくれるな」

 きっと彼女の性分なのだろう。語るべき事のみを語り、すべき事をする。

だけれどその中身はやっぱり、普通の女の子なのだ。


 少し話して喉が乾いたのだろう、取り出したるはリンゴジュース。

それをコクリと飲み込み、彼女は大きく息を吐く。

「ん、だいぶ近場まで来ましたね。もうビル群からも外れているので、適当な小屋で休みましょうか……」

 いつの間にか風景も代わり、中心街というよりも住宅街という雰囲気に変わっていた。

見ながら思ってもいたが、必ずしもビルのような物ばかりではないらしい。

灰の量もほとんど見られなくなっている事から、戦闘が起きるような場所でも無いのだろう。

「不思議な所にいるんだな、その適正を見てくれるヤツは」

「まぁ……、不思議な人、ですしね……」

 春は何とも言えない顔で笑っていた。

どんな人かは気になったが、それよりも春が笑っている事にホッとする。


 話の内容は難しかったものの、逆にそれを説明することで少しだけ、コックから受け取ってしまった感情が和らいだのかもしれない。悲しみみたいな物を背負い続けるには、彼女はまだ若すぎる。今でも十分すぎる程気丈に振る舞えているのだ。だからこそ笑っていてほしい。

結局の所、俺もまたコックについて色々と考えてはいたが、笑っている彼女の顔を見られた事で、少しだけ救われたような気がした。

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