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異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第二章『の・ようなもの達』
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DevilSide2『悪魔が読む灰、神の子が見る敗』

 神の子アルゴスは退屈していた。


 悪魔陣営の自分は今起こっている未知の戦乱の気配に手を出す事を最小限とされているのに、新顔の神の子『イロス』は天使陣営を選んだから戦う事が出来るらしい。そんな奇妙な道理に苛立ちを覚え、自分自身の駒のような役割にもうんざりしていた。

 顕現して早々に『悪魔長の管理下となった天使陣営のイロス』という矛盾を羨ましがりながら、アルゴスは目の前の灰と、猛々しい見た目の悪魔にぼやく。

「何で俺はこんな力になっちまったんだろーなぁ」

「そんなのー、僕だってー」

 その見た目とは裏腹に、悪魔は間延びした返事をしていた。


「そもそも、濁神ってのは何なんだよ。殺さなくてもいいなら俺でもいいじゃねーかよ」

「僕に聞かーれてーもねー。アルゴスくんがー、なってみたらー? 僕なら、戻せるかもー?」

 灰に魔力を込め続けている悪魔『ザガン』が雑に返事をする。人間の魔法使いが定型に沿った魔法を使うとするなら、悪魔側を選択した神の子アルゴスやザガンのような純粋な悪魔は、定型に加え、更に己自身特有の魔法を扱えた。

ザガンという人の肉体に獣の姿を重ね合わせたような悪魔の力は、生命の灰とも呼ばれるこの世界特有の死した生物の情報を吸い上げ、灰から物を作り出すという力だった。言い換えれば魔法とも言えるが、彼にしか出来ない以上、力としか言いようが無い。悪魔達に等級は存在しないが、神の子であるアルゴスよりも重要視されているのは間違い無かった。

だがその誰とでも何となく上手に付き合えるという性格故に、アルゴスは彼の元をよく訪ねた。

「戻せなかったらダルいだろ」

「覚悟ってーものがさー、いるんじゃないかーって思うんだよねー。まぁ僕の場合そんなの無視しちゃうんだけれどー」

 魔法使いが使う炎や水、雷や土といった自然を扱う定型の魔法とは明らかに格が違う魔法がある。

魔法使いの間では幻のように言われている『灰属性』と言われる類の魔法は、人間の魔法使いであればその色格で表される等級のほぼ最大値、赤色の色格の保持者ですら扱えるか未知数の魔法だった。


 この半界という世界の魔法に於いて、灰を使った魔法というのは最大の力を持つと言っても過言では無い。

何故ならばこの世界の自然の中心に位置しているのが『灰』なのだ。

天使と悪魔、魔法使いと刻景使いが争い、灰を踏み合う世界に於いて、灰以上に近しい物は無く、灰以上に理解から遠い物は無い。


 ザガンはその屈強な肉体や黒光りしている肌、雄々しい牡牛の顔に反して、力を捨てた悪魔だ。彼は自らが保有するその力の意味を知った時に、悲哀によって自らの角を自らの手で圧し折っている。それだけの腕力はあれど、彼はこの世界に顕現してから人を灰にする事は無く、その代わりに灰を人にする悪魔という自己を見出した。だからこそ、彼はいつも柔らかい口調で飄々とした会話をする。

「しかし、堕天使になったヤツはいるわけだ」

「この世界史上初だっけー? どうだっけなー。システムとしてはー、似ているんだろーしー。その子をずっと見てたらいーんじゃない? その堕天使ちゃん、アルゴスくんの知り合いなんでしょー?」

 あらゆる生命が混ざりあった灰から情報を読み、生物を複製する魔法は、知る者すら少ない禁忌の魔法だ。陣営関わらず、人間にはほぼ隠蔽されている事実。そもそも、悪魔でもあるザガンが練り上げて複製し直していたのは天使陣営の長だった。


 ザガンが手をかざした灰がうねりながら形になっていく。

「女の子はさぁ、お砂糖だとかで出来てるっていうけれど、あれは嘘だよねー。だってこの世界じゃ男の子も女の子も、灰から出来てるんだものー」

「つっても、ソイツは子じゃねえだろ。しかも天使じゃねぇか」

 石鐘響が天使陣営の長を殺したという情報は、ザガンの力により灰を伝ってすぐに悪魔陣営にも伝わっていた。

均衡を揺らがしてはいけないと、悪魔陣営と天使陣営は『最初の二人』の名の下に元々繋いでいた歪な結束を固めている。その結果が、ザガンという灰属性魔法の禁忌を扱う悪魔による、天使長の蘇生だった。


「なーんかさ、こういうのは流石に嫌んなっちゃうよねー、こーいうの。僕は悪魔だけれどさー。悪魔なりにもして良い事と悪い事があると思っててねー」

「言いてぇ事は分かる。やらされてんだろうから何も言わねえけどよ。天使だろうと悪魔だろうと、これをやらせんのは悪意でしかねぇ」

 灰が人型に形成されていき、色がついていく。まずはうっすらと肌色に代わり、その上に重ねるように衣服が生まれ、毛髪から、目の色から、その全てが天使長の形へと変化していく。

「もー、立場が立場なんだからさー。もう死なないでねー。さっさと行ってよ。二度目はー、本当に出来が悪くなるからねー?」

「痛み入るよ……、ザガン君」

 元の見た目と寸分変わらない天使長が、悪魔陣営のテリトリーの外れで蘇生される。

それはこの世界の歪みその物ではあったが、天使長も、ザガンもまたそれ以上の言葉は交わさず、悪魔と天使の歪な契約の元に、それぞれの使命を果たそうとしているだけだった。


 だが、アルゴスについては別だ。彼は元々生を実感する為、より力を誇示出来る悪魔陣営を選んだのだ。

「何でおめぇらばっかが楽しんでやがんだよ」

 天使ばかりが戦いを許される状況に一言でも物を申したい気持ちは、ザガンもまた理解出来た。だからこそ、アルゴスが天使長に文句を言うのを黙って聞いていた。

「楽しいと思うかい?」

 天使長から圧のような物が発せられるが、アルゴスが鼻で笑う。

「おいおい、怖かねえぞ爺さん。なまってんなら俺とやるか?」

「万全でも無い僕を甚振る趣味があるのなら、構わないが。それでも君程度が僕に勝てるとでも思うかい?」

 一触即発の気配を感じて、やっとザガンが口を開く。彼自身、まさか天使長がアルゴスの挑発に乗るとは思わなかったのだろう、少々焦りながらも、蘇生したばかりの天使長に釘を刺した。

「だーめだよー。二人ともー。天使長君の装備はー、まだ復元出来ていないから出て来ないしー、刻景ー? の情報は流石に難しすぎて読めないからー、擬似的な魔法としてしか復元出来ていないからねー?」

「ふむ……、流石に縛りはあるか。それでも助かったよ、ザガン君。アルゴス君とは、事が片付いたらいくらでも相手をしよう。悪魔長に礼を言っておいてくれるかい?」

 ザガンの言葉を聞いて、今戦うには少々分が悪いだろう事は天使長も分かっていたのだろう。だが挑発に乗った手前、一歩引きながら再戦を言い渡す。だが、その回避癖が透けて見えたからこそ、アルゴスはもう既に興味を失っていた。天使長がおそらく闘士として終わったのだろうという予感がアルゴスにはあった。

「いいや、どちらも断るね。アンタはどうせ餌だ。その内にアンタを食った奴らを俺が食うさ」

「そうか……、ならそうしてくれたらいい。僕はその方がずっと楽だからね」

 虚勢のようにも聞こえたが、ザガンはそれを聞き流し、天使長の使っていた装備の情報を灰から顕現させていく。

「このエンジェル? オーダーはー、勝手に君についていくんだよねー?」

「ああ、出してくれたならそれでいい。助かった、これでもう僕は平気だ。油断はしないさ」 

 蘇生された天使長のその言葉を聞き、ザガンは難しい顔をする。

「んーーーー、でももう本気は出ないよー? 君はそもそももう天使でも何でもないしー、とりあえず立場があったみたいだから蘇生はしたけれどさー、気をつけてね? 拾い上げた灰の情報はー、薄まるからねー」

 その言葉を気にも留めない素振りで、天使長はその場を後にしようとするが、最後に振り返ってザガンを見つめて呟いた。

「であれば、僕の存在は何なのかな?」

「あえて言うなら、灰人ハイビトとでも言えばいいかなー。もう天使でも悪魔でも人でも無い。君はただの情報の集合体でー、記憶ごと複製された元の君に似た灰のかき集めー」

 ザガンが元・天使長を労る必要など一つも無かった。その言葉を聞き、天使長を名乗っていた情報の塊は、何も言わずにその場を去っていく。何を思ったかは分からないが、ザガンは彼が何を思おうと興味など無かった。だからそのままの事実を、包み隠さず伝える。思った事をそのままに伝えてしまう、気を遣う必要など彼には無い。そんな物、彼は生まれてすぐに角と共に圧し折ったのだ。

 そのやり取りを見ていたアルゴスが、面倒くさそうな瞳で彼を見つめていた。

「だから、濁神になんてならねぇってんだよ。ポンコツじゃねえか、あんなもん」

「もー、アルゴス君は失礼だなー。限りなく近い偽物ー。事実ー、灰は生命の名残なんだからさー、全部保存なんてしてくんないのー。これでも僕は精一杯やってんだからねー……!」

 灰属性を纏う禁忌は、それでも生命を吹き返す奇跡には成り得ない。それすらまともに出来ない事が、ザガンは悔しくて堪らなかった。だが、灰を読めば読むほどに、彼から意義は消えていく。だから彼は、今日も事実から目を背け続けた。前提を無視し続け、真実を見ないフリをしていた。


 それが悪魔としての、彼の生き方だった。

「ほーんと、なんかこの世界ってめんどくさいよねー」

「あぁ、めんどくせーな」


 神の子アルゴスは、退屈していた。


 悪魔ザガンは、鬱屈していた。


 元天使長は、そうしてまた、数時間もしない内に灰へと帰していた。

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