表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第二章『の・ようなもの達』
38/100

AngelSide2『堕天使は灰に光を見る』

 石鐘響は堕天使であった。


 駄天使と言っても過言では無いだろうと自嘲しながら、彼女は手に持った銃で、芥達を探しに来ているであろう魔法使いを撃ち殺していく。彼女はそれを灰にすると思うのを辞めた。時々言葉として殺すなんて言ったり、倒すなんて言ったりしたかもしれないが、取り繕っていたのだろうと思った。

「自分勝手過ぎる。駄目だなぁ」

 響はそうボヤキながら、ショットガンで魔法使いの頭を吹き飛ばす。色格は紫。赤を見る事が無いのは、相当の高みなのだろうと思いながら、紫程度と高を括れる程度の実力だと、侮れる程だった。

ただ、彼女自身、相手を侮れど慈悲深さを持っている自覚はある。何故なら頭部を狙う。ならば痛みはきっと感じない。世界にそれが死と認定された瞬間に灰になるから、気持ち悪い物を見る事も無い。


 芥達と袂を分かつ事となった出来事の後から、彼らを探す為に殺した魔法使いや刻景使いの数は、もう覚えていなかった。もしかすると単純に彼女を殺しに来た誰かだったのかもしれない。あっという間に疲れ果てる程には、殺した。


 たった一日やそこらでの話だった。

それだけ、芥や響は、この世界に於ける重要な禁忌に触れてしまったのだろう。

ただ、天使長はもういない。悪魔長がいたとして、情報が伝わっているのだろうか。きな臭さは、実感を帯びていくばかりだった。

自暴自棄になるには、まだ早い事が分かった。フィリの言葉は静かに響の心に刺さっていた。


確かに響は罪を犯した、それならば贖罪をすべきだと、彼女はそう考えていた。

大量の時間か、大量の経験値になる体を捧げようとする安易な考えは、真っ向から否定されてしまったのだ。そうであるならば彼女に出来る事は、おそらく同一であろう敵を殺し続ける事しかない。

「命尽きるまで誓います。なんて。でも弾ぁ無くなっちゃったか。まぁ、沢山殺ったしなぁ……」

 知らない場所にアルゴスの使い魔でも放ってあるのかもしれない。事実、響は芥達がアルゴスの生み出したであろう気持ち悪い化け物と戦っているのを見ていた。手を出そうとも思ったが、きちんと戦えていたのを見て、手を出さずに遠巻きに眺めていた。フィリも付いている、あの場にはいなかったが、仕掛け屋も一緒だろうと思えば、彼女に出来る事はそう多くないように思えた。


 何処にいても魔法使いが見つけに来る。

ただ、外を歩けば刻景使いにあたる。芥達が自分と逆方向へと歩いていった事に少しだけホッとしながら、彼女は魔法使いの灰が残るビルの三階から飛び降りた。

慣れ親しんだ着地、勿論最初は死んだのだが、彼女にはもうそんな事古い記憶の一つだった。ただ、忘れられないだけで。

「調達ねぇ……、今どきのコンビニでも銃弾なんざ売ってないしなぁ」

 今の着地で彼女の足は、簡易的ではある物の確実に折れていた。痛みも奔っているだろう。だがそんな事も気にせず、彼女は足を軽く引き摺って歩く。要は最早彼女にとってそんな事すらどうでも良かった。厭世とでも呼ぶべきか。厭我とでも言うべきか、自暴自棄にはなっていたのかもしれない、ただやる事があって、ある程度正しいというだけで、止める人がいれば止めただろう。止める人がいたならばの話だが。もう、いずれ治る足の痛みになど、彼女にとって声をあげる程度の事でも顔を顰める事ですらなかった。


「んー、えらそで立派な事務所。かな」

 弾の調達なんて事は仕掛け屋に任せていたが、彼が見つけられるのであれば確実にその手の場所は存在するはずだと彼女は適当に周囲を見回す。絶対にあるはずだ。それも一つなんてはずもない。

見ていないから見えないだけ、だから探せば見つかるのがこの世界だ。事実、コンビニなんてのはいくらでも見つかる。やる人がいるかは知らないが、パチンコ屋ですらあるし飲み屋すら存在する。ただし勿論店員もいないし通貨も無いのだから意味などないが、もしかすると趣味人にはありがたいのかもしれない。


――料理を作る為だとか、暇を潰す為だとか。


 そんな事は現実でやれと言いたくもあったが、そんな事をやっていられるような立場の人間なんて、そもそもいないだろう。さっさと死ぬのがこの世界だ。天使長すら、銃弾の前では死ぬ。

「んー、探すのは足跡があるのに、何の収穫も無さそうビルかな」

 この場合に於ける灰の存在は便利に他ならない。外にある階段等に風で舞い込んだ灰につく足跡の痕跡は、誰かが通った証拠として十分であり、本来入るべきではない場所にそれがあったならば、そこには食料などと言った物以外がある可能性が高い。

「んー、地下って線もあるけど……ベタかな。ビルばっかなんだもんなぁ。似つかわしくない屋敷なんてありゃいいけど、都合良か無いよねぇ」

 響は一人きりで動くようになってから、独り言が増えた。元々口数の多い彼女だったが、それは彼女自身でも気づかない内に寂しさや悲しみを紛らわせているのかもしれない。

「とりあえず行くかぁ、足跡も新しいし。ハンドガンでも、対処出来るでしょ」

 最早銃の名前も、些細な話。撃てるなら何でもいい。きっと未だに響は重火器が好きなのだろう。それでも銃に愛される必要は無い。

足音を潜め、響は必要以上に慎重に階段を登っていく。四階まで続く階段の足跡、その間に、彼女はその先にいる人間が想像出来ていた。会話で何とかなるだろうかと不安になりながらも、物音がするドアをノックする。

「開いてんぜ」

 聞き慣れた声、響はあえて、銃を仕舞って、ドアノブを回し少しだけドアを開けてから、両手を上にして部屋に入った。その眼前には、道具の整備をしている仕掛け屋がこちらに銃口を向けて見ていた。だがそれが響だと分かった瞬間、彼は銃を下ろす。

「おっと、客にしては図々しいにも程があるな。しかしまぁご機嫌な格好してらぁ。……やらかしたな、石鐘のお嬢」

「天使長、ぶっ殺してきた」

 その言葉に仕掛け屋はヒュゥと口笛を吹き、愉快そうに笑う。

「やるじゃねえか! なぁやるじゃねえか!! 葛籠を抜き、朝焼けに背き、神を冒涜して、天使を殺すなんざ、狂ってやがる! 最高ってヤツだ」

 手を叩いて仕掛け屋は笑う。余程愉快のようで、警戒心などもう何処にも無かった。

二人は確かに殺し合ったはずなのに、そんな事一つだって気にしていない素振りだった。仕掛け屋は、そういう男性なのだ。

「そんな私にお似合いのモン、頂戴よ」

「目的は?」

「贖罪って言っちゃ傲慢だけど、アクタン達を援護する。遠くからね。堕天使も濁神もそもそもが魔法使いや刻景使いに狙われる状況だけれどさ、そんな事言っちゃいられないくらい、この世界はどうかしはじめてる」

 響はそう言って、殻になった銃弾入れを仕掛け屋に投げる。

「元々だろうよ。それに此処で会ったのも縁なんだろうな。都合良く出来てらぁな、それでもまぁやれる事はしてやる。……お嬢達の位置は」

 仕掛け屋はショットガンシェルを銃弾入れ満杯に詰め込み、響が装填した数発分を見て彼女にその数を投げた。

「此処から1Kmいちきろ程度かな。大抵の雑魚は蹴散らしてきたつもりだから、雑魚がたどり着くのは時間がかかりそうだけれど、安心は出来ないからすぐ動くつもり、あんがとね。殺そうとしたのは、謝んないけど」

「仕掛けたのは俺だから気にしねえよ、言わねえと分かんねえか? まぁこっちに殺すつもりは無かったがな。それに、場所を移すならまず屋上にしろ。良く無いのが動き始めてる。手助けってんなら、間に合わせろ」

 そう言って仕掛け屋は仰々しい荷物を背負って、部屋から出ていく。響は自身の装備を改めて確認してから、その後に黙ってついていった。

強い風が灰を飛ばす。だがそれはあくまで地上の話、舞い上がる程の風はではないが、屋上はそれでも風をより強く感じた。

「使うヤツがいるだろうもんは持っておく、それが俺の矜持でね。だからこんなデカブツをやっと捨てられて助からあ。……此処から見えるかだけ確認しろ。駄目ならすぐに近づくぞ」

 スナイパーライフルを組み立てていく仕掛け屋に、響は苦笑する。

「あはは、仕掛け屋もどうかしてる。私が取りに来ると思った?」

「俺が使っても良い。俺はただの便利屋じゃあねえからな。石鐘の嬢ちゃん程じゃなかろうが、腕に自信くらいはある」

 そう言って常人並のスピード以上に早く組み立てられたスナイパーライフルを、響が覗き込むと同時に、驚愕の声を上げる。

「見えたか?」

「見えたどころか確かに灰にした天使長が生きてんだけど! じゃあ私のこの姿は何だってんのさ!!!」

 憤りを隠せないながらも、彼女の目は確実に天使長とエンジェルオーダー達を捉えていた。

フィリが何らかの機械に首を掴まれているのを見た瞬間、彼女に憎悪の感情が走り、咄嗟にその引き金を引き抜く。仕掛け屋だけがその銃弾を目にしていた。真っ黒な、魔力を帯びているような銃弾。

「まずっ! 勢いで撃っちゃった! 風も弾落ちも計算してないよ!」

 だが、事実として、その撃ち込んだ銃弾は機械の腕に辺り、おそらく窮地を脱せたであろうことがライフルのスコープからは見えていた。

「才能や努力、技術以上のモンが、生まれちまったんだろうな」、

 仕掛け屋の呟きは未だ集中している響には聞こえていない。

だが、階下で鳴り響く仕掛けの作動の音は聞こえていた。

「おい、もういいなら加勢しに来い。お前のせいで大繁盛だ、誰かに見られてんのか?」

「私がこの場であの子達を見てるなら、何処かで私を見てるのかも、ね」

 彼女はおそらく自分の出来る事は無いと判断したのだろう。スナイパーライフルから目を離す。

響には気付かなかっただろうが、仕掛け屋はその右目が黒く染まっている事にハッキリと気づいていた。

「お前は堕天使かもしれんが、悪意に飲み込まれんなよ。俺らはあくまで、あいつらの為に殺すんだからな」

 その『殺す』という言葉に、少しだけ響の心が軽くなる。仕掛け屋もまた、リアリストの一面がある。灰になるなんてのは結果でしかなく、殺すという事実を受け止めている人間なのだろう。

「この数、手に負えんぞ。まぁ魔法使いだろうけどな」

「だいじょーぶ、慣れてんだよね。こーゆーの」

 響は、芥達の事をギリギリ救えた嬉しさもあって、薄暗い目のまま、仕掛け屋に笑いかける。

「奇遇だな、俺も慣れてんだよ。こういうの」

 二人が、それぞれの銃を手に取り、屋上を後にする。

「あの子片付けは後でいーい?」

「お前がやれよ、それにもうお前のモンだ」

「えー、ケチだなぁ」

 久々に、響は自分を思い出しているような気がしていた。

楽しかった。これから人を殺すというのに、隣に誰かいるだけで、これだけ楽しかった。

どうせ離れる事になるとしても、それだけでも、彼女の心の闇は、闇に弾ける銃弾の光と共に、少しずつ晴れていくようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ