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異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第二章『の・ようなもの達』
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第二十七話『その言葉をくれたとしても』

 異世界病という物は、周囲を壊し、時にそれは感染する。

精神科医は初患の患者に周囲に精神病患者がいるかと聞く事が多いと聞く。それは皮肉にも、妹が異世界病者になった時の付き添いの際に、聞いた言葉ではあったが、後々に調べるとやはり同じような事が精神の病の現場でも聞かれていると知り、納得出来るような、出来ないような気持ちになった記憶がある。

「俺はさ、何て事無い。仕事もロクにしないで、異世界病者を見殺しにしてきた」

 その言葉から始まる俺の独白に、少しだけ赤い目をしている朝日は何も言わず、黙って向き合うように聞いていた。


――向き合うべきは、俺なのにな。


 正しい死に方なんてものがあるのかは分からない。自殺であれば尚更だろう。多くは自殺そのものを正しくない死に方だと定義するはずだ。だけれど朝日の場合は、自殺に至って然るべき外的要因がはっきりしているように思えた。強い他者からの否定は、自殺の理由に成り得る。それでも、自殺が正しいかはなんて事は分からないが。

「でも、色々やったよ。異世界病を消したかった。せめて見える範囲からくらいはさ。でも俺の周りが全員異世界に喰われて、疲れた」

「色々、とは? 芥君って『リアス』にいたんですか?」

 少し懐かしい名前で、少し有り難い呼び名だった。

Realiseリアライズ the truthトゥルース』なんていうご立派な名前には辟易していたし、主に異世界病者の恨みで構成されているのも気にいらなかったが、現実の居場所としては此処しかなかった。

反異世界病者組合でも、異世界病者被害者の会でも、要は名前なんてどうでもよく、異世界病者について思う所がある人間は通称『リアス』と呼ばれる、教会のような場所に集まっていた。

「ま、そうなるな。俺は両親も兄や妹も異世界病で亡くしてるから、最初は無理やりにでも連れて行かれたよ」

 要は異世界病が流行り、それによる自殺者が増えるという事は、二次災害も起きるという事だ。本来リアスとは、近親者に死なれた人間に寄り添う為に生まれた機関、自死を厭う宗教的な考えから生まれた新たな異世界病者の被害者専用の駆け込み寺というわけだ。異世界病者の為の施設が山程増えたならば、納得も出来た。

「ただ冷たいけれど、俺は家族の死に理解があったんだよ。だからリアスで保護されるよりかは、リアスで保護する側になろうかと思ったんだ」

「それを仕事と呼ぶのでは?」

 朝日の言う事は至極尤もだ。俺は高校もいかず、大学もいかずに、二十歳にもならない頃からリアスの上役に掛け合って下働きのような事を始めた。

「いいや、あくまで俺は親が残したマンションの不労所得で暮らす自堕落な男として生きたよ」


 仕事は、成果と対価があって成立する。であれば俺の成果とは何だっただろう。

「何人も、何も伝えられず死んでいった。言葉では解決出来ないんだと思いながら、異世界病者用の施設が出来ていくのを見ていたよ」

 羨ましいと思った事は無い。恨めしいと思った事なら、沢山ある。けれどそれはきっと、最初の二人への憎悪だったのかもしれないと、今頃になって思い始めた。それでも、どうして騙されて逝ってしまうんだと思いながら、拳を握りしめて、届かない言葉を投げかけ続けた。

「それでも、頑張ったんなら……」

「リアスの活動は、あくまで異世界病者の被害者のケア。そういう意味で言うなら、俺は境遇だけで意味があったんだろうと思うよ。家族四人が異世界病で死ぬなんてそうそういないしな。でもそれは頑張ったとは言えない。俺が頑張りたかった事は、結果として何一つ浮かばれずに終わったよ」

 異世界病者の自殺率は無理やり止めなければほぼ100%に近い、止めるという行為自体が、無謀なのは分かっていた。

「それが、芥君が飛んだ理由、ですか……」

「あいつらの夢の前では、ヒーローに意味は無いんだ。だってあいつらがヒーローになろうとしているんだから」

 もはや、言葉での説得は意味が無く、然るべき機関へと誘導されるようになって、俺はリアスの上役に肩を叩かれ意味の無い、慈善事業とも呼べなかった十年間を閉じた。二次災害のケア役を望まれたが、リアスからも去った数十日後、俺は屋上から飛んだ。

「皮肉な話だ。俺はリアスにいた約十年の間、話した上で死んだ異世界病者の顔を全部覚えてない。もしかしたら此処で俺が殺していたっておかしくないんだからな」

 流石に少し言い過ぎたかもしれない。話自体明るい物では無かったが、朝日がより悲しそうな顔をしてこちらを見ている事が分かる。でも、お互いの話をする約束なら、こんな事も包み隠すのは無しだと思って、話を続けた。

「でも、飛んだ理由はさ、そんな現実が嫌になったのもそうだけど、決めてたんだよ。二十七歳の、一番暑い日にしようって」


――俺が初めて、人を見殺しにした暑い夏の日があった。


 俺が死んだ日から約十年前、高校も終わりに近づいていた頃。ごく普通に、何となく学生という身分を享受していた俺は、一人の少女が屋上から飛ぶのを見た。知り合いでは無かったが同級生、名前は勝手に知っていて、見ているだけで少しだけ好きになってしまいそうな風貌で、イジメを受けていた少女。ある日の放課後、数人の女生徒に連れられて屋上への階段を登る彼女を見た。


 そのイジメは学校ぐるみで周知の事実ではあったが、誰もが目を逸らしていた事だった。誰がどうだとか、何が原因だとか、七面倒臭い言い訳達の事は忘れたが、目を逸らすだけの理由は揃っていた。イジメなんてのはよくある話だが、それを抑止出来ない事もよくある話だ。ただ質が悪いのは、力を持っている人間というのは、一人目を救ったとしても、二人目を簡単に捕まえてしまうという事だ。その二人目は勿論一人目を救った自分であろうことを誰もが分かっていた。


 生徒も、教師でさえも目を逸らした理由は手っ取り早い。イジメの主犯格が学校の理事の娘だったのだ。そうしてそこそこと言うと怒られる程度に進学校だった俺の高校でそんな事が起きているなんて事がバレるわけにはいかなかった。それでも、全て終わった後に俺は適当な理由をつけられ退学となったが。

 

 俺が退学となったその理由も簡単だ。それは少女が屋上から落ちた数秒前に、俺が屋上へと辿り着き、少女が屋上から消える瞬間を、カメラと共に見届けていたから。


『石鐘響は自殺か、他殺か』

 事件の発覚当初、そんな事が論点になったが、結局は闇に消えた。ただ、証拠が二つ確実に残っていた。言うなれば彼女の死と俺の映像をきっかけとして、あの学校で起きていた悪意の根源が一つ消えたという話だ。


――けれど、彼女が死ぬ必要は、きっと無かったのだ。


 あの日の事だけが、何度も記憶の中で繰り返されていた。

階段の前で、俺はどのくらいの時間立ち止まっただろう。本当はすぐに駆け出したかもしれない。けれど十数秒経っていたかもしれない。イジメを告発する勇気があったなら、けれどあの頃の俺は両親に将来を期待された有名な進学校の一生徒だった。そんな事は、理由にならないはずなのに。


「響が死んだのは、その年で一番暑い日だったんだよ」

 それから十年、色んな事があった。けれどそのどれもが悲しい出来事だったような気がする。これは俺への戒めなのか、それとも呪いのような物なのかもしれない。救えなかったのは彼女だけではない。

 それから少しして、異世界病が現れ、歳を取った俺の両親が、若者を中心とした異世界病になったのも、俺が学校を退学させられたショックからだと思い込んだ。事実は分からないが息子が本来無視すべき事件に首を突っ込んで、学校に迷惑をかけた。そんな認識を刷り込める程度に、学校の闇は深かった。

俺は否定し続けたが、動画を取っていた事を証拠としてではなく、イジメをしていたメンバーだからだと言う声すら上がったのだ。幸いそれは表沙汰になった時に心ある生徒の否定のお陰でなんとかなったが。


 それでも結局『葛籠抜』という珍しい名前が、全国報道に乗ったという事実は変わらない。

あの時から、両親はおろか、兄も妹も変わっていった。


「だからさ、十年くらいは頑張ってみようって思ったんだ。死ぬのは、もう少し引き延ばそうって」

 朝日の目からは、涙が零れていた。大した話に聞こえるかもしれない、不幸話かもしれない、けれど結局の所、俺が間に合わなかった事、中途半端に関わった事が、原因なのは変わりなかった。

「自業自得、だったんだよ」

 響の話も伝えた上で、改めて俺が原因だったと伝えても、朝日は首を横に振りながら泣いていた。

「違い、ますよぅ……。頑張り、ましたよぅ」

 朝日が絞り出したその声に、俺は何も言えなかった。


――時に言葉は、絶対に届かないように出来ている。


 もしかすると、俺の心は、異世界病よりも厄介で、強固な呪いによって出来ているのかもしれないと思って、朝日には聞こえないように自嘲した。

「ありがとうな」

 俺もこんな風に、いつも素直に泣く事が出来たら良かったのかもしれない。朝日みたいな優しい子が、死ぬ羽目になった事を、酷く悲しく思う。救えただろうか、そんな事を考えてしまった。俺は誰の事も救えなかった癖に。異世界病者を恨めしいと思ったのだって、俺の言葉が通じなかった力不足の言い訳でしか無かった癖に。


――とはいえ、泣かれても、困るな。


 泣いている朝日を見て、ふと、何となく、そんな考えがよぎった。そうして、その考えの残酷さに気付くまで数秒かかり、身震いが走る。酷く、酷く冷たい考えだった。俺が自身に課していた呪いは、此処まで深かったのかと、今になって自覚してしまった。疎ましいなんて思わなくても、俺もまた異世界病者とは違う意味で言葉が通じない人間だったのだと、軽い目眩を覚えた。

「女の子を泣かせる日が来るとはなぁ……」

 巡る頭の中には存在しない、薄っぺらな言葉を無理やりひねり出して、握りしめていた拳を無理やり開いて、俺は泣きじゃくる朝日の頭を撫でようと手を上げかけて、そんな資格など無いと思って手を引いた。

だが、朝日はその手を無理やり引っ張り、俺の手は朝日の綺麗な髪に乗せられる。

 

 朝日は俺の手首をそっと離して、俺に頭を撫でさせたまま、何も言わない。

ただ彼女の嗚咽だけが聞こえる中、俺もその手を少しだけ動かす。それを彼女はもう一度俺の手首掴んでぐしゃぐしゃと彼女の髪の毛をかき回させた。


 手に伝わったこの熱が、摩擦なんて野暮な事は思わない。

ただ、人間の暖かさが俺の手の平に届いていた。


 そうであるならば、この熱が、彼女にも、届いていたら良い。

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