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異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第二章『の・ようなもの達』
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第二十一話『世界が隠したルールブック』

 しばらく、並んで歩く三人の誰もが無言だった。

堕天した響の言葉はフィリにはともかく、俺と朝日には到底簡単に受け止められるような事ではない。だが、聞いておかなければいけない事があるのは俺も朝日も気づいていた。意を決するのがどちらかをお互いに気にするように、何度か目が合ってから、俺は口を開く。

「堕天、濁神」

「ん? 同族殺しか?」

 フィリはなんて事も無いように答える。同族殺しはこの世界での大きな罪である事は何となく分かる。だが簡単に出来るような事では無いはずだ。

「知るわけもないわな。というよりも、それより重要な事があるんじゃが、まぁ先にこっちでも良いか」

 そう言ってフィリは数歩先に出てこちらを振り返りながら話し始める。

「基本的に同族殺しはこの世界にとって得が無い。だからこそせんように作られとるみたいじゃの。誰がそうしたかと言われるとワシも分からんが。堕天はその翼を失い刻景の時間としても魔法使いの餌としても格別の効果をもたらす狙いの的になる。濁神はなった事が無いから分からん。だが恩恵は無くなるじゃろうな、それに子が濁っていたとしても神の位になるんじゃろうから、まあ打ち倒されるべき対象じゃろうな」

「じゃあ、悪魔の場合は……」

 朝日がおそるおそる聞くと、フィリは首を横に振った。

「アイツらはよう知らん。じゃが一番やりあっとるのはアイツらじゃと聞いておる。好戦的なアイツららしいが、何か良い物でも得られるんかのう」

 そこまで悪魔陣営に肩入れされると、この世界についての疑念も中々に深くなっていく。この歪なゲームに、天使陣営が勝てるビジョンがどうしても浮かばない。

「それでも天使を選ぶ理由ってなんだったんだ? 明らかに悪魔贔屓の世界だろ」

「図に乗る奴らが気に食わん。それにな、負け戦の方が燃えるじゃろ?」

 そう言ってフィリは笑う。彼女もまた楽しませろという理由から自分の立場まで捨てるような存在だという事を少し忘れていた。やはりぶっ飛んでいる。

「あとの、特にアサヒは気にしとるようじゃが……ヒビはそう安々と殺られるヤツじゃないから安心せい。あの場で刻景を奪うのは必然だったから仕方は無いが、刻景が無かろうとヒビには射撃センスがある。建物だらけのこの街に潜伏されたらヒビに近づけるヤツなど早々おらんぞ」

 その言葉を聞いて朝日は少しホッとしたような顔をする。実際、俺自身も心配はしていたが考えれば分かる事だ。むしろ響が刻景に頼るような戦い方をしてきたとも考えにくい。

「ヒビはショットガンばかり好んで使うがの。状況が状況ならば気付かれる前に殺れば良い事くらいはあやつも分かるじゃろ。ヒビは言葉通りに射撃に対するセンスが抜群じゃ、好みとは違えどこれから持つのはスナイパーライフルの類いじゃろうな。刻景や魔法の届かない範囲から気付かぬ相手に一撃、それで事は済む。本来天使にしろ悪魔にしろ人間同士の戦いに茶々は入れんのじゃが元々トリガーハッピーで人間同士の戦いに茶々を入れていたあやつならば……まぁ堕天したとて上手くやるじゃろ……やろうとするならな」

 その『やろうとするなら』という言葉に少しだけ棘がある。俺も、おそらくはまた朝日もその言葉を飲み込めないような気がしていた。事実、彼女は俺達に殺されようと眼の前に現れたのだ。自暴自棄も良い所で、最後こそ素直に別れたがその心情の奥底は見えず終いだった。いつだって響はその本心を煙に巻く。

「それよりも、じゃ。ヤツが酒飲みを殺して堕天したという事が事実であるなら、あるべき均衡が崩れておる。ワシらは悪魔陣営を攻める気がいるが、今に逆の事が起きる。天使陣営、篝火が潰される」

「つまりは、戦いに決着が着くって事か?」

 フィリは難しい顔をして少し唸る。

「うーむ……、何を以て決着かという話じゃな。酒飲みが天使陣営の長であったならば、そもそもこのイレギュラーによって勝敗が決していてもおかしくはない。だが実際何が変わった? ヒビが堕天して此処に辿り着いたというならば酒飲みを殺したのは少なくとも昨日かそこらじゃろう。なのにアルゴスはワシらにちょっかいを出す。状況は何も変わっとらんのがむしろ謎めいておる」

 言われる度に気付ていくこの世界の胡乱さ。半端に作られた滑稽な人間同士の争い。そこに付け加えられた天使と悪魔と、神という存在。天使陣営の全てを殺さなければ勝ちにならないのか、天使長を殺しても変わらないのであればなぜ天使なんて物が、悪魔なんて物が存在しているのか。

「そもそも、そもそもだ。この世界で決着なんてのは一度も付いていないってわけだな?」

 俺のその言葉にフィリは頷く。どれくらい前から存在しているかは分からないにしても、この世界は何となく続いているとしか思えない。ルールのような物は確実に存在している。魔法の意味、刻景の意味。天使と悪魔、神の意味。それらは確かに意図されて存在している。

「じゃあ、結局の所……」

 朝日も何かに気付いたようで、少し憂鬱そうに言いかけた言葉を止める。

「もう、単純な戦いどころでは無いよな。俺達は知る為に進む」

「ただ、知る為には、戦う必要がありますよね。どんどん難しくなりますねぇ……」

 それもまた言い得ていた。フィリは難しい顔をしていたが、目的としては大きく変わったわけではない。倒し続けて、知るべき人物を問い詰めるだけだ。

「面倒な話になったのぅ。しかしまぁ、ヒビには感謝すべきなのかもしれんな。確認することが一つ減った。何を以て長と言うかは知らんが、酒飲みを殺しても世界は変わらんという事じゃ」

 少なくとも俺が貰ったこのスキットルの高級酒と、響の堕天した姿がそれだけは物語っていた。そうしてその情報はアルゴスにも届いていないという事が分かる。しかしその情報がバレた時点で悪魔陣営に動きがある事は確かだ。

「これは、ある程度天使陣営の方に戻るべきか?」

「いいや、進むべきじゃろうな。お主らに経験は積ませたいが、それでも進む方が手薄になるじゃろ」


 一つの決着の可能性として、悪魔陣営に天使長の不在がバレて天使陣営を潰し切られる前に俺達は決着や詳しいルールへと辿り着く。急に俺達の旅路にカウントダウンが発生したような気分だった。しかも応援すべきは俺を排除しようとした天使陣営、天使長の独断で響が動いていたならばコック達に恨みなど無いが、俺についての情報は既に天使陣営に流れている可能性がある、であれば今や敵として遭遇する可能性だってあるのにも関わらず、俺達は彼らが持ちこたえる事を祈らなければいけない。

「皮肉な話だが、天使の奴らが耐え続ける事を祈って、悪魔の奴らが鈍い事を祈って、俺達は進むしか無さそうだな」

「そもそもルールがあるという事すら朧げだったのじゃ、戦争はまともな精神を潰すのう。ワシも含め、そんな事すら気付くヤツがおらんかったとはな。とはいえ教えられていなかった可能性もあるがの」

「それって、天使や悪魔であれば情報を知ってるって事ですか?」

「言わんだけでの、その可能性は少なくない。ハッキリ言ってこの世界に於ける神と神の子は陣営へのボーナスのようなもんじゃ。実情は天使悪魔が握っておるのだしな。ヒビが知らん事があったとしても、酒飲みは何かしら知っていたのかも知れんな。まぁもう死んだようじゃが」

 フィリが悔しそうな顔をしながら天使長に悪態をつく。基本的に保守的な天使長とは元々ソリが合わなかったのかもしれない。明らかにフィリは保守と真逆の存在だ。そう考えると響もまた天使長とは深い所で分かり合えなかったのかもしれない。だからこそこんな事が起こったと考えると、本当に後少し彼女の判断が自身の感情に基づいてくれていればとも思う。だがそんな簡単な話ではないことも分かっていた。

「そろそろ外を歩くのもしんどくなってきましたね。丁度良いしあそこのビルにしましょっか」

 朝日が何気無さそうに指差したビルはドラッグストア程の大きさは無いもののコンビニがある少し小さめのビルだった。

「そうじゃの、考えると腹も減るしな……っと!」

 そう言って先んじてビルの入り口横のコンビニに入ろうとしたフィリは一瞬その歩を止めて、振り向かずにこちらへと跳躍する。一瞬前まで彼女がいた位置には電流が迸っていた。

「先客がいたようじゃな……」

 フィリは俺達の傍まで踵を返すが、二撃目は少し待っても訪れなかった。

「必ずしも好戦的ってわけでもないんだな」

 そう呟くと、コンビニから声が聞こえた。

「ま、魔法使いですか! 刻景使いですか?!」

 少しオドオドとした女性の声、というよりも彼女は相手が味方かどうかも分からずに魔法を放ったのだろうか。

「まほ……」

 一瞬ブラフをかけようとしたフィリを制止して、朝日が声をあげる。

「刻景使い、三人。多分、勝ち目は無いよ」

 ある意味正直すぎる宣戦布告、フィリが魔法使いだと騙そうとするのも手ではあったが、俺としてはこのくらい正直の方が好みだ。朝日の言葉にコンビニの中にいる魔法使いは「こ、殺しますか?」と怯えた声を出す。


 先に手を出して来たのは向こうなのに、随分と不思議な事を言う。そもそも俺達は殺し合うのが前提では無いのだろうか。

「ころ……」

 一瞬ハッキリと敵意を見せようとしたフィリを制止して、俺はなるべく丁寧に返事をする。

「そちらがその気であれば殺す。そうでないなら、話くらいはしよう」

 フィリはどうにも不服そうだったが、お互いの実情を知らないのだ。であれば話してみるのも決して悪い事ではないだろう。敵意が無ければの話だが。そんな事を考えていると短髪で小柄な少女が両手を上げながら怯えた姿を現した。

フィリだけが警戒を解かずにいたが、俺は少しだけホッとしながら一歩彼女へと近づいた。

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