第十七話『行かねばならぬ、さらばイカ』
魔法使いの襲撃が終わってからぼんやりとアタリメ噛む噛む二人になった俺達はボウっとした会話を続ける。
「おそひのぅ」
「おほいな……」
二度の襲撃なんて事は無いだろうと高を括っているわけではなかったが、とりあえず全員が揃わねば動けない事は確かだった。
パックのアタリメももう無くなりかけていて、わざわざ取りに行くわけでもなく最後の一本をフェリが食べ終える。
「甘くないってのも悪くないのぅ。酒は好かんが、こういうのは良いもんじゃの」
「食い気があるのは良い事だよな、腹が減るってのが不思議なもんだけれど。本当に死んだアイツらも飯を食うのかね」
フィリが難しい顔をしてから、イカに匂いに塗れた部屋の中、もとい口の中を洗い流すように水を飲み込み、返事をする。
「んーーー、知らんな。でも嗜好品の類いが持っていかれている事はあるみたいじゃからのう、食うんじゃろ。それが争いになることはそうそう無いじゃろうが」
俺は彼女に渡された水を受け取り、洗面所に向かう。
彼女すら気にしていたのだ、散々食べたアタリメの匂いを消すように口をゆすいでいると入り口の方から元気な声が聞こえてきた。
「ただいまですよー! ってなんか凄いイカっぽい!」
流石に外から帰ってくると尚更のイカ臭だったのだろう。洗面所から顔を出すと朝日が驚いた顔をしていた。その後ろには仕掛け屋が地面を見ている。おそらくそれで彼は襲撃に察したのだろう。朝日の方はまだそれには気づいていないようだ。
「随分と食ったねえ兄ちゃん、しかしこっちも、なぁ?」
「そうですよそうですよ! 十五秒になりました!」
酒も飲まずにしっかりと食べて寝たであろう朝日は元気そうに時計の数字を見せてくる。俺は彼女に近づきその時計へと俺の時間をニ秒と少し送った。
「一緒にしとかなきゃな」
あくまで彼女のバディは俺なのだと主張するようなその行動に、フィリと仕掛け屋が笑う。それでやっと自分が嫉妬のような行動をしている事に気付いた。
「健気じゃの」
「全くで」
玄人二人が素人二人を見てクククと笑っている。朝日は不思議そうな顔で俺の行動と玄人二人を見つめて、そうしてやっと地面の灰に気付いたようだった。
「あ……、そっちも会ったんですね……」
『そっちも』という事は朝日達も出会い、そうして殺して来たという事だ。何とも言えない気まずい沈黙。要はこの昼までに俺達新人は玄人の手を借りたとしても五人以上の魔法使いを殺したという事になる。
「殺した数を気にしておったらキリがないぞ。それよりも減らさない事だけを考えるんじゃな」
「後はま、俺らの手を借りずともってとこでさあね。しかし朝日の嬢ちゃんにも何か作ってやらにゃあ。てなわけで俺は外すから気楽にな、またどこかしらで酒でも飲もうや」
そう言って仕掛け屋は別れの言葉もロクに言わずにその場を後にした。彼一人にする事への心配は無かった。むしろ露払いをしてくれるかもしれないという期待すらある程だ。だがそんな事を願っていても仕方が無い。俺達は俺達で強くならなければいけないのだ。
「また死ねない理由が出来たのアサヒ。仕掛けの特注なんぞ滅多な事で受けられんぞ?」
「うーん……、最初貰ったのはマッチだけだったんだけどな……」
おそらくは共に過ごす内にその装備の無さに義侠心が働いたのかもしれない。アサヒは実際の所ナイフくらいしか持っていないのだ。
「とりあえず、アイツなら上手くやるさ。それにしても、そっちも上手くやったんだな」
「そうそ! 少しだけ刻景の使い方も慣れてきたかなって。紫もいたけれど何とか一人でやれたよ、やっぱり気持ちが良いものではなかったけどね」
そう言うあたり、仕掛け屋は手を出さなかったのだろう。であればフィリに任せっぱなしだった俺は負けていられない。時間もある程度余裕が出来たのだ、何とか少しずつでも打破していく術を身に着けていきたい。
そう考えていたときにふとフィリの持ち時間の事が気になった
「そういえば、フィリの持ち時間を分け与えたら天使側は刻景使い放題だったんじゃないか?」
俺と朝日が今お互いに持っている秒数が約17秒程。刻景を失う前の響でも1分と少しくらいだったはずだ。それを考えると、篝火に入る時のフィリの数字は比べ物にならない秒数だった事を覚えている。
「あー、あれのぅ。説明しとらんかったが無理なんじゃよ。元々ワシら神の子はルール程度では簡単には死ねなくての。だから要は元々おかしい数字を持っていたってわけじゃな。つまりズル、よってお主らにはどうあっても与えられんように出来とる。セコい話じゃがの」
実際に分け与えられていない時点で何らかの縛りがあるような気がしていたが、納得出来た。
「ただまぁ、時間は馬鹿みたいに残っとるからワシ自身は使い放題と言えば使い放題じゃな。そこまで時間が必要な物でもないがの」
彼女の刻景は確かに一撃必殺と言って良いレベルの物だ。一回の発動で使う時間は数秒もいらないだろう。その代わりに何かを失うという縛りがあるのだが、もしかするとその時間を使う事で天使側の認知を利用して物凄い事が出来るのでは無いだろうか。そう思ったがあえて俺は何も言わずにいた。まだ響の事を気にしているのだろう。天使と戦うという事は考えたくなかった。
おそらくは俺が難しい顔をしていたのだろう、朝日は気を利かせてくれたようで口を開く。
「それじゃあこれからどうしましょっか。仕掛け屋さんと一緒にバッグは調達出来たし、とりあえず中身詰めに行きます?」
朝日は俺の前に大型のリュックと、フィリの前に小型のリュックを置く。彼女自身は大型のリュックとウェストポーチをもう既に身につけていた。
「重めなのは……頑張ってください!」
これから詰め込まれる荷物はおそらく俺が重い飲料で、二人が軽食の類になるだろう。実質リュックとポーチで二つ分の物資を運ぶ朝日に言われたらどうしようもない、というよりもこのメンバーから言って俺が重い物を持つのは当然の事だと思った。戦闘時は床に置けば良いだけの話。だがそのリュックを持ち上げた時点で俺はその重さに驚く。
「重ッ!!!」
空のリュックを渡されたと思ったが、それはもう既に中身がパンパンに詰まっているかのように重たかった。だが外側からはそのような様子は見てとれない。
「む、ワシのも重いな……。ふーーーむ、鉄板か」
リュックを一旦置いて中を見ると、丁度物を入れる部分よりも外側に鉄板が一枚綺麗に入りこんでいた。
「仕掛け屋さんのアイデアで、とりあえず後ろの一撃を軽くする為だそうで……」
確かに重いが背負えない程では無い。背中を撃ち抜かれるよりはマシではあるのだが、この重さは中々腰に来るだろう。しかもこれから物が入るのだ。
「ん、ワシはいらんぞ。背を取られる程甘くはないしの」
そう言ってフィリは鉄板を俺に渡す。渡してどうしろというのだろうか。
「いや、俺も一枚あれば……」
「ん!」
仕方なく受け取り、俺のそれよりはだいぶ小さい鉄板をリュックに仕舞った。朝日は苦笑しながらこちらを見ている。
「じゃあまぁ、行こうか……。軽い飲み水は各自、軽食は二人で集めてくれ。重いのはまぁ……俺が持つよ」
飲み水は全部任されようと思ったが、思えばそれぞれにもあった方が良いと思い直し、二人に軽く提案をする。決して全ての飲料を任されたくなかったわけではない。決して、そういうわけではないのだが、とにかくリュックは重かった。良い運動になる事は間違い無い。
「んと、軽食はフィリちゃんに任せようかな。私は医療品を多めにストックしておくね。いくら時間経過で治るって言っても限度があるだろうし」
「それもそうじゃな。この前は綺麗に肩を抜かれたからかあの程度で済んだようじゃが、致命傷になればなる程治りは遅まる。その為の治療行為はあって然るべきじゃろう」
言われて朝日は嬉しそうに頷いて部屋から出て階段を降りていく。それに続きフィリも部屋を出ていった。俺は自分で殺した魔法使いの灰の上で一旦立ち止まり、深呼吸してから彼女達の後に続く。階段や入り口の仕掛けはご丁寧に仕掛け屋が外していってくれたようだ。
「フィリちゃんはお菓子ばっかり駄目だからね!」
朝日の言葉にフィリがぶーたれている。やや賑やかに俺達はそれぞれ必要そうな物をリュックに詰め込み準備が完了する。とりあえず食料だけで言えば数日分くらいは何とかなるだろう。
「んと、見た感じある程度お店はあるみたい。だけど魔法使いの拠点になっている場合も多いみたいだって仕掛け屋さんが行ってた」
「各個撃破じゃな、とりあえずは前に進むしかあるまい」
そうして俺達は太陽かどうかも分からない光に照らされる灰の街を進んだ。一歩ずつ確かめるように、灰は風に吹かれながら、そうして端に積もりながら、何処までも俺達の足の下に続いていた。




