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異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第一章『悔いと絶望の飛び立ち』
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DevilSide1『死すら厭わぬ愛しき君主』

注:悪魔陣営で起きていた出来事が三人称視点で書かれています。

 悪魔長は怠惰な日々を過ごしていた。側近の悪魔、とは言っても容姿の良い男性を傍に置き、ワインなどを注がれながら、ソファにふんぞり返っている日々。側近の悪魔にはいつも同じ事を聞いている。

「ねーえ、なんか動きは無いわけ? またまたまたまた勝っちゃう感じ?」

 名を冠している悪魔は多かれど、この悪魔長だけは頑なに自らの名前を明かさなかった。ただ妙齢の女性であるという一点のみがその悪魔長という名前からは想像しにくいかもしれない。目通りが叶う事は少ないが、それでも寵愛を受けた魔法使いはより強い魔法を授かる事が出来た。とはいえそれも容姿の良い男性に限った物だったが。

「アルゴスめの使い魔が向こう方で奇妙な新人を見たとの事でしたが」

 その報告もおそらくは何度も繰り返されてきた事なのだろう。悪魔長は鼻で笑う。だが次の言葉を聞いて少しだけ目を細めた。

「何やら天使長に目通り叶った男がいたとの事、これはそう多くはありますまい。もしかすると何か動きがあるやもしれませぬ」

 側近の姿は悪魔長よりも些か歳上のように見える細身の男性だった。口調は丁寧に見えるが何処か古風である。それを悪魔長が妙に気に入り、もうしばらくこの二人は主従という名目での付かず離れずの関係を共にしているようだった。

「アルゴスかぁ……、あいつの使い魔ってキモいのよねぇ。それで、どうなったの? 天使そのものと悪魔そのものは不戦の協定があるとしても、転移で入ったんなら殺されるわよね?」

「曰く、蜂の巣だと」

 その言葉を聞いて悪魔長はケラケラと膝を叩いて笑った、ワイングラスの底に残った白ワインが揺れる。彼女はそれを飲み干して曇り一つ無い綺麗な石製のテーブルにグラスを置く。

「つまり肝が座っていて、刻景にも期待出来るわけね?」

「それに加えて、此度の灰場戦はこちらの負けとなったようです。遠眼鏡の報告では時間を緩やかにする刻景を使う女性と例の男が紫二人を討ち倒したとのこと」

 それを聞き悪魔長はなおのこと興奮を隠せないように笑いを浮かべる。

「面白いじゃない! 新人が紫二人を? さては餌撒いたわけじゃなさそうね。どうせあの巫山戯た天使の目論見なんでしょうけど、たまには見る目あるじゃないのよ」

 その言葉には悪意が無く、むしろヒビクを好意的にとらえているような雰囲気を纏っていた。それよりも彼女は敵味方についての考えが緩いらしい。悪魔陣営にどれ程の魔法使いがいるかは未知数であれど、色格が紫であれば大事な戦力の一人であるはずだ。それもその紫格が二人も殺されているというのに、怒りすら無くただ楽しげに笑っていた。


 天使と悪魔が人を駒にしたゲーム


 この世界での戦争をそう表するのに値する程のラフな表情に、側近もやや困惑していた。短い付き合いでは無かったが、彼のような一介の悪魔としては紫格の欠如は笑って済ませられるような事では無いのだが、悪魔長にとってはどうでも良い事らしい。

「ところでアルゴス本人はいないの? 神の血が混ざってるんじゃないの? アイツ」

「ええ、確かこちら側を所望した神の子であると記憶しております。お呼びになりますか?」

 側近が言うと二人にはやや広すぎる部屋の扉がギイと開いた。その先には腰に大曲刀をぶら下げた赤髪の大男が立っていた。

「目が良いのは元から、耳が良いのは後から。さてお呼びですかね、悪魔長様」

「アルゴス! 口を慎め! 悪魔長様が直々にお目通しを求めたのだぞ!」

 焦っている側近だが、悪魔長は笑みを浮かべたままアルゴスへと手招きする。

「セーレ、良いの。アンタのその堅苦しさはだぁいすきだけど、私の器を見誤ってるわよ? もう少し私への優しさを分けてあげることね」

 側近はセーレと呼ばれる悪魔だった。美男子の姿で現れ、召喚者に優しさを以て接するという、移動や物の運搬を得意とする悪魔だと言われているが、専売特許の移動術はアルゴスに奪われているあたり、多少は目の敵にしていたのだろう。

「転移は便利ねぇ、でも覗き見も盗み聞きも嫌なもんよ? だったらまだセーレみたいに動けるだけの方が好きね」

「こちとら聞きたくて聞きたいわけじゃあないんですがね、名前を呼ばれちまうとどうも耳がむずかゆくって」

 制御こそ聞くが名を呼ばれたなら返事ないしは反応をしてしまうのも道理だ。であれば彼が言う事も一理あるのだろう。

「誓って普段の会話は聞いていませんよ、ハッキリ言えば趣味じゃあないんですよ。戦略の一つとしちゃあ好んではいますがね。どうせならコイツで打ち合いたいもんです」

 アルゴスは腰の大曲刀を叩く。セーレが訝しげにそれを見ていると「いっちょやるか?」とアルゴスは挑発気味に笑った。だが、そんな挑発にセーレは乗らない。

「遠慮しますよ、それに格付けはもう既に」

 彼の手にはアルゴスの獲物の大曲刀が握られていた。これも彼特有の魔法の一つなのだろう。目と耳が効き転移も出来るというアルゴスは確かに強いが、セーレも伊達に悪魔をやっているわけではない。目と耳は効かず、転移については同程度の能力であっても、物をかすめ取るという点で自由度は高いように見えた。彼自身の手には指輪がそれぞれの手に五個、合計十個ついていた。

「お返しします」

 そう言って大曲刀を放り投げると同時にセーレはアルゴスの後ろへと転移し、その背中に拳を叩き込んだ。

「遠慮はどうしたよ、悪魔」

「悪魔ですから嘘も吐きます、神の子は純粋なんでしょうか」

 その光景を見ていた悪魔長が手をパンパンと二度叩く。

「そのショーも見飽きたわよ、たまには殺すつもりでやりなさいよね、そうすりゃ滾るのに。それでアルゴス、ちょっかい、ちょっかいをかけてきなさい? 殺すのは興が削げるけれど、ちょっとばかり興味が出てきたわ。どうせアンタの目なら捕捉も早いでしょ? だから明日から例の男と刻景を使った女を探しに行くこと。今日はどうせ灰場があったんだから出歩きもしないでしょうから」

事実、この時間帯ではアクタは酒を飲んでいる頃だろう。偶然かそれとも何かの関わりがあるのか、悪魔長もまたセーレに注がれた白ワインを音を立てて飲み干した。


「ロゼがあれば最高なんだけどね」

「次の一杯までには必ず」

 そう言ってセーレは頭を下げた。必ずというのならば、それ程の自信があるのだろう。

「赤は嫌いなのか? 悪魔と言えば赤じゃねえか」

「くだらないわね、悪魔の前に私はレディなの。見た目を気にするのは私自身と、傍に立つ男くらいで構わないわ」

 ゆらゆらと揺らすワイングラスの中身がクっと悪魔長の口に流れ込む。

「さいですか……、まぁ俺はとりあえず行きますけど、もう用事は?」

「ええ、くれぐれも盗み聞きはやめる事、帰っていいわよ」

 少しだけ気分良さそうにアルゴスがその場から消え去る。セーレは未だに少し怪訝そうな目をしながら消えていくアルゴスを見ていたが、その姿を悪魔長自ら指摘される。

「格付けは終わっているのよ、アンタの方が確実に強いのだから胸を張りなさい。私の隣に置いている事、忘れない事ね」

 その言葉程主に貰って嬉しい言葉は無いだろう。セーレは深く頭を下げて、空いたグラスにロゼのワインを注ぐ。天使長であれ悪魔長であれ、酒を好むのは偶然かそれとも何らかの関係があるのか、分からぬままに酒の匂いがフワリと浮かぶ、

「見渡す限りでは、とりあえず一番良い物になります」

 赤と白が混ざりあった綺麗な薔薇色は濃く、悪魔長が着ている黒を基調としたゴシックな服装によく似合っていた。

「お味はいかかでしょうか? 何かお摘みになりますか?」

 セーレが恭しく頭を下げた。その眼の前にグラスが出され、トクトクとロゼワインが注がれていく。

「飲めば分かる事よ、それにツマミはアンタの反応で良いわ。これを食前酒としましょう」

 そうして悪魔の和やかな日は過ぎていく。余裕があるからだろうか、天使陣営よりも余程優雅な生活をしているようだった。運ばれてきた料理も何処から仕入れたか分からないステーキだった。もしかすると洋食を好んでいるかもしれない。

「さあ、改めて乾杯しましょう。ええと、優雅な敗北に!」

 丸でそれは負ける事を望むような一言、セーレは何も言わずに悪魔長が掲げたグラスの少し下の方にチリンとワイングラスを当てた。

「ノリが悪いわねえ、せっかく天使がやる気を出したのよ? もしかしたらアルゴ……アイツだって負かす程だったらどうする? 次はアンタよ?」

 悪魔長はそう言うが、セーレは偶然の出来事だと心から思いこんでいた。

何かしら運良くくぐり抜けただけだろうと、リアリストな彼はそんな風に思いながら料理に悪魔長が食べる料理にワンテンポ遅れながら手をつける。

「律儀ねぇ。ま、そういうところが気に入っているのだけれど、アンタも死ぬくらいのヤツだと良いわね。本望でしょ? 私の為に死ねたなら」

 その言葉には悪意や圧と言った物がほぼ存在しなかった。この悪魔長という女性は、心のそこからまともに戦い会える戦争を求めているのだ。たった二人程度で戦局が分かるわけがないと相変わらず思いながらも、セーレはこの人の為に死ねるのならば悪いないなどと考えていた。

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