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異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第一章『悔いと絶望の飛び立ち』
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第十四話『退屈を嫌った神様は』

 朝日との散歩を兼ねた探索任務当日、目覚めは完璧だった。アルコールが残るかと思っていたが上手い事調整出来ていたらしい。着る服をどうしようかと迷ったが、丸々二日も着ている軍用の装備よりかは、クローゼットの中にあった多少軽装になっている方が女性と歩くのにも良いだろうと思い、そちらを選んだ。とはいえ黒を基調にしているのは変わらず、それなりに多機能で戦闘の事も考えられている服装に思える。見た目自体は重そうな見た目のジャケットが無くなった程度だが、それだけでもかなり大きい。マントをつけても多少は調和が取れている。

「軽いな。たった二日程度でも慣れるもんか」

 その軽さに少し驚きながら準備体操のように軽く体を動かす。そもそもが重めの服装だったせいか、服装の重量が減っただけでだいぶ動きやすくなった。ヒビク曰くマント以外の服装については特に意味が無く、重いのは鍛錬代わりだといっていたのを覚えている。鍛錬と言うには短かい時間だったが、思い切り走るのが俺の仕事であるならば、外に出る日はこちらの方が正しいのだろう。


 そうこうしていると部屋のノックがなった。

「起きとるかー、飯食うでー」

 コックの声に返事をしてドアを開けると、眼の前に銃口が突きつけられていた。

「気ぃ抜かない気ぃ抜かない。まぁ俺らには抜いてもええんやけどな、ガハハ!」

 朝から調子が良かった分を一気に吸い取られてしまった気もしたが、確かにその意識はあって然るべきだと少しだけ反省した。殺し合いをするのだ。時には拠点外で寝泊まりをする時もあるだろう。流石にそんな時であれば警戒はしているにしても、魔法で声を変える事くらいは造作も無いかもしれない。

「実際、何でも気をつけて損は無いからな。魔法使いは何でもやって来る。だからこっちも何でもするようにしたらええ。敵と認識した相手を正しく灰にする覚悟は持っとくんやで」

 少しだけ優しい声で話すコックの後ろ姿を見ながら、俺達は地下一階の食堂に集まった。とはいえそれ程大きくもない地下二階のホールに調理場を足した程度の場所だった。

「もう出来とるから待っててな。席はまぁ……好きにするとええよ」

 天使長と仕掛け屋の姿は無く、ヒビクはキーパーさんの隣で眠そうな顔をしていた。目があったが何も言わず机に突っ伏している。彼女にしては珍しい光景だ。フィリは木箱の上で楽しそうに調理場を覗き込んでおり、朝日は少し居心地が悪そうにチョコンと端の方に座っているのが見えた。とりあえずは彼女の隣に行こうと思い目があった彼女に向けて隣の椅子を指差す。すると彼女はホッとしたように笑顔で手招いてくれた。

「やっぱりちょっと、飲み込みきれてないんですよねぇ……。アクタ君は取り乱して無さそう。性格?」

「まぁそりゃなぁ。半分はヤケってとこもあるよな。実際俺も飛んだんだ。それなのに生きたいなんて我儘を通させて貰っているわけだろ。それで来たのはこんな世界だ、もう何にでもなれって感じなのかもな」

 飛んだという言葉を聞いて朝日は少しだけ暗い顔をした。ある種のタブーのように思えていた各々の自殺の理由とその方法。だが俺はあえて明け透けでいたいと思った。何故ならば自殺をしたという事実も、それでも本当は生きたかったという事実も全員同じなのだから。

「私は……」

「悪い、強要するつもりは無いんだ。ただ俺が言っておきたかっただけ。嫌な事を聞かせたか?」

 朝日が言いかけた言葉を遮る。もし自分も言うべきだと思ってしまったなら、それは俺の失敗に他ならない。だが彼女は首を横に何度か振って、小さく笑う。

「大丈夫、そんなんじゃないですよ。私は……へへ、よく分かんなかった! でもまぁそこまで迷惑はかけませんでしたよ。飛んだって聞いて、なるほどなって」

 よくわからなかったという事は煉炭の類いか、薬物だろうか。迷惑がかかりにくい方法の一つではあるが、厳重に管理されている中で良く手に入った物だ。

「なるほどってのは?」

「だから肝が座ってるのかなあって。痛みを伴う死に方って、良くない意味ではあるけれど物凄い勇気がいると思うんです。一瞬だとしても、私は痛いのは嫌だなって。でもアクタ君は飛んだんですよね? 二つの意味で、良く飛べましたね」

 二つの意味、一つは勇気の方で、一つは警備面の話なのだろう。

「マンションの管理人」

「医療従事者」

 つまり彼女は薬か何かを使って死のうとしたという事だ。そんな話が盛り上がっている事がどうにも狂っているようで思わず笑ってしまった。あまりにも酷いトークテーマだ、こんな事で盛り上がる事なんて現実ではあり得ない。

「そういえばいつもよりオシャレさんですね。イメチェンですか?」

「そっちには敵わないけど、とりあえず軽いのを選んだ。これ以外大した意味無いんだろ?」

 そう言ってマントを摘む。彼女もやや不満げにマントの裾を握った。

「良い生地なんですけどねぇ……、やや大きすぎるのと、色味がなあ。コーデがしにくいったらありゃしない!」

 正しく女子をしている。コーデを気にする余裕というか、少し抜けているのが可愛らしく見えた。

「でもそれぇ、簡易的な雑魚魔法くらいなら受け止めっからねぇ? 大事にしなよー?」

 ヒビクにも話が聞こえていたようで、マントの真実を今になって知らされる。

「正確には低級魔法にありがちな炎や光線を防ぐナノテクなんですけどね~。全身を包めたら便利なんですけどねぇ……」

 キーパーさんが補足してくれたように、やはりこちらはデジタル的で、近未来的な技術が発展しているのだろうと思った。ナノテクなんて話は全く分からないにしても、そう言うのならばそうなのだろうと、何度も壁から現れたり壁から部屋を繋いだりしていた天使長を見れば何となく納得は出来た。

「ほら皆の衆、飯出来たでー、取りにきぃやー」

 コックが調理場から顔を出しトレイに乗った食事を並べて行く。

「飯の量は申告制、言うだけ盛ったる」

 女性しかいない場でそれを言わせるのもどうかと思うが、朝日あたりは照れながらも少し多めでと言っていた。ヒビクは思ったよりも少食で、フィリは思った以上に大食漢のようだった。キーパーさんは「パンください~」なんて要求を無理やり通していた。

「俺も少し多めで、残りの人らは?」

「天使長は知らん、けど仕掛け屋は朝早うに出ていったで、簡単な弁当を持たしてやったな。地下三階からも認証は通るからたまには狩りに行ったんやろ。そうそう負けんよアイツは」

 そこが何処につながっているのかは分からなかったが、とりあえず俺達は屋上と地下三階のどちらから出発するのだろうか。それすらもまだ聞いていなかったが、とりあえず最高の朝食を俺と朝日は残さず平らげた。

「それでヒビク、俺らはどうするんだ?」

「んー……、これ地図。分かるように地下からのルートで書いたから地下から出てってー。適当に昼くらいには帰っといでね。大丈夫~、あんな僻地で魔法使いに出会うなんて無い無い~」

 彼女は未だ眠そうに答える。もしかするとこの地図を作っていて寝不足なのだろうか、そうであれば少しだけ見直しかけた。見ると確かに丁寧な地図ではあった。余計な注釈が多いのが気にはなったが、さてはやってて楽しくなったのだろう。

「それじゃ行くか」

「はい、行きましょう」


 そんなこんなで灰と化した街を見渡しながら二人ゆっくりと歩く。

コンビニらしき場所で軽食を食べ、軽く休憩を挟みながらも地図の通りであればほぼ誰も通らないらしい道を二人で駄弁りながら歩いていた。


――だが、瞬間世界がモノクロに染まる。


 俺よりも一瞬早く、朝日はその存在を捉えていた。

「避けて! アクタ君!」

 スロータイムの影響でかろうじて俺を狙った光の槍を避ける事が出来た。光の槍は地面に突き刺さり灰が舞う。躱す為のほんの少しの時間で地下から出る時に返してもらった手持ちの八秒の内二秒を使ってしまっていた。

「これは、聞いてないよな?」

「ええ、聞いてないですね……」

 言いながらも俺達は銃を取り出し、放たれた次の魔法を躱そうとするが、躱した俺を追うように光の槍は俺を追尾していた。

「スロータイム!」

 俺には当たらないようにギリギリまで狭められた刻景がほんの一瞬槍の速度を落とす。俺はそれに合わせてマントで槍を受けた。だがマントは槍の勢いを止めるだけで貫かれてしまっている。その槍が俺の体をすり抜け地面に当たった事だけは幸運だったが、マントで防げないという事はおそらく相手の色格は緑以上だろう。朝日もそれを理解したようで、やや距離を取って牽制混じりに小銃を撃ち込んでいた。

「緑以上、相手は一人。丁度コイツも使いどころか、行けるかね」

 円刃エンバと呼ばれた円盤の事を思い出す。成るべくなら使い切った方が良いというのなら、使うべきは今だ。俺はグロックを撃ちながら、少しでも相手の魔法の数を減らそうと牽制する。だがおそらくこの銃弾が当たる事は無いだろう。

「行くしかないですよ、やりましょう」

 そうして、光の曲線と鉛の直線が行き交う。

結果としてこの戦いは俺の時間の殆どと、肩の負傷と引き換えに勝利を収める事が出来た。円刃によって息絶えた魔法使いの灰を踏む。


 魔法使いの格は紫、またも命懸けで刻景をギリギリまで使いかけた彼女に紫に応じた八秒という秒数をそのまま与えた。

とにかく拠点に帰らなければいけないと思い、二人で道を歩く。痛みでボウっとする頭で、何となく俺は現実で生命を捨てかけた日の事を思い出していた。

アクタ君、やっぱり返す。私達は、私達だけはおんなじじゃなきゃ駄目だよ」

 そう言って朝日は俺の時計に彼女の秒数を渡し返す。

『4.75』という数字が二人の時計に表示された。

「悪い、確かに格好つけすぎたかもしれない。もう一度出会う可能性が零なわけ、無いしな」

 そんなことを願いながらも、俺達は篝火の入り口ではなく残り火の入り口へと向かった。運良くそれ以上魔法使いに会う事は無かったが、それ以上に面倒な事が拠点の眼の前で起きていた。というよりも、起きるのを待っていたのだろう。

「あぁ、厄日だな。せっかく仲良くなれたのに」

 痛む肩を抑えて、俺はヒビクに向き合った。隣には天使長が難しい顔して立っている。

「天使長、刻景、使わないんじゃ、ないんですか」

「使ってないさ、減ってないだろ?」

 確かに俺の秒数は減っていない、だがそれならどうして二人がそんな顔をして立っているのだ。

「でもね、君は射撃練習場でお嬢と仕掛け屋君から天使の信仰を聞いただろう? それはね、見ていたんだ。君が話を誤魔化してくれたのも、何も言わないでいてくれたのも分かる。けれど、けれども」

「そりゃ危険分子でしょうね、分かりますよ。ただ、まぁ信用して欲しかったもんだけどなあ」

 遅かれ早かれ、こうなるとは思っていた。だがあまりにも早い結末だ。


 せっかく仲間が出来たと思っていた。酒が好きで少し抜けている天使長や、馬鹿天と言って笑えるような陽気な振りをする天使や、身を心を削りながら戦う偉い少女や、穏やかで一風変わったお姉さんや、茶化すのが好きな名コックや、妙な事ばかり言う奇天烈。


 黙ってさえいれば上手くやれる気がした。事実共に戦うつもりでいたのだ。けれど追い出されるのならば、仕方がない。ただ朝日には申し訳ないと思った。事情を何も知らず、ただ彼女だけがこちらへ来いと手招きされている。

「何?! どういう事ですか! アクタ君が何をしたって言うんですか!」

「んーーー、知っちゃったの。私達が隠してる事。だからね、殺すしか無いんだ」


 寂しい顔で。


 泣きそうな顔で。


 辛そうな顔で。

 

 それでもハッキリと聞こえた言葉。


――俺を救った天使は、俺を殺すと宣言した。


「一撃で終わらせたげるからね。天使長はほら、酒でも飲みに行きなよ。朝日ちゃんもほら! 行きなってば」

「何言ってるんですか?! 殺すなんてどうかしてますって!」

 天使長が諦めたように拠点へと踵を返す。彼女の刻景の力は充分に理解している。逃げられる術はもう殆ど無いだろう。

「し、知ってますから! 私も知ってますからね! だから殺すなら私も殺せば良い!」

 朝日が必死に時間を稼いでいる。だがその生命の懸け方は今や無謀でしかない。逃げるという選択肢はもう無いように思えた。

「あれだけ生きろと言って、自分勝手なもんだな」

「死ぬつもりで飛んで生きたいだなんて、都合が良いもんだね」

 決別の言葉は、決して優しい言葉ではなかった。それでも生きたかった。こんな世界であっても、生きたいと願っていたのに、それももう敵わない。

「お前の手は、暖かったのにな」

「手が暖かいと心は冷たいって言うじゃん?」

 最期を名残惜しむように会話が続く。追い出されるならともかく、今から俺は死ぬのだ。このくらいの時間はあってもいいだろう。


 けれど何の因果か、その時間は一言で終わりを迎えた。

「神の子を失い、この刻の景色を奪う」

 その声は幼いが、余りにも重い言葉の圧力を感じた。ヒビクが焦って振り向く頃にはもう、その刻景は完成していた。

「刻景・ロストタイム。ヒビ、悪いな」

 フィリがこちらへと駆け寄ってくる。焦りながら「刻景!」と唱えたヒビクの表情が青ざめたのが分かった。

「急げ馬鹿者! 獲物は消しとらんぞ!」

 言われると同時に朝日にマントを引っぱられた。

「走りますよ! 少しでも遠くへ! スロータイム!」

 銃弾が俺達よりもワンテンポ遅れて地面を撃ち抜く。おそらく朝日は一瞬だけ銃弾の動きを遅らせるという事を一瞬ずつ繰り返し行っている。だが走り続けても銃声は止まない。


 おそらくフィリは重大な物と引き換えにヒビクの刻景を奪った。であれば逃げられる可能性はある。だが遠距離武器に長けている上に土地勘もある彼女にとっては有利な事に変わりは無い。


 それでも、フィリは俺達を助ける事を選んでくれたのだ。ならば此処で死ぬわけにはいかない。銃声が鳴り響く森の中を、ひたすらに走り続ける。諦めた時が死ぬ時なのだと、必ず生き延びるのだと信じながら走り続ける。だが、俺はともかくとして、限界はフィリに来た。隔離されていたのならばロクに運動もしていないだろう。それにその体躯では明らかに歩幅も違う。歩き慣れない獣道、何かに躓き転んだフィリが「行け!」と叫ぶ。どの道フィリが殺される事は無いだろうが、それでも俺はフィリの手を掴み抱きかかえていた。


 同時に、今まで聞こえていた銃声の音とは比べ物にならない程の音が響く。


 銃声をかき消す程の音量の中、それでも俺達は立ち止まる暇など無かった。

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