表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第一章『悔いと絶望の飛び立ち』
14/100

第十三話『ミニタコなんてしちゃいなかろうと』

 通路からの声は少しずつ近づいてくる。俺は天使陣営の信仰『異世界病の原因となった最初の二人を殺す』というものを知ってしまったが、それを嘘だと証明出来てしまう異世界病が生まれる前に自殺した石鐘響イシカネヒビクという人物を知ってしまっている。おそらくは彼女も俺がそれに気付くまでにそう長い時間はかからないと分かっている筈だ。残り火ないし篝火にいたら必ずいつか聞くであろう事実と、俺達が元々知り合いだったという紛れもないお互いの自覚。それが顕になったとするならば、どんな事が起きるのか想像もつかない。


 そんな事を考え巡らせていると通路から顔をだして「たっだいまー!」という元気な挨拶をした途端にテーブルのプリンに一直線に走り出すヒビク。後ろにいる二人は苦笑していたが、朝日は肩で息をしているようにも見えた。もう一人は当たり前だが知らない顔だ。朝日よりも背が高く。長い黒髪を後ろ一本で留めている妙齢の女性、見た目よりも動きやすさを重視したであろう服だが、露出は少ない。思わず観察してしまっていた俺と目が合うと、彼女は朗らかに笑って手を振っていた。

 とりあえず会釈で返すと、やや不満そうに彼女はもう一度手を振り直す。仕方なく手を振ると彼女は頷きこちらへ近づいてくる。それを見ていたであろう朝日は『私もされた』と言わんばかりに俺の目を見て笑いながらもう既にプリンを平らげ済みのヒビクの隣に座る。

「揃ったね~。でもとりあえず自己紹介、よね? 私はまぁ、キーパーって呼んでくれたら良いかな。アクタん君?」

「いやすみません、それもう禁止なのでアクタって呼んでください」

 隣で馬鹿天が「えぇー!!」などと言っているが、とりあえず無視をして挨拶を続ける。こちらとしてはヒビクヒビクとして真面目に何かやっている時よりも馬鹿天として暴れていてくれた方が楽になったまであった。

「ん~、じゃあアクタん君は? 獲物はなぁに~?」

 最初にされる質問がそれだとは思わなかった、おしとやかな雰囲気に見えたが、キーパーもまた印象をぶち壊すタイプの人らしい。

「グロッグとレミントン、それとマチェーテを頂きました」

「お! 仕掛け武器か! 良いの貰ったなアクタん! あとね!! グロッグ17とベレッタA400な!!」

 俺とキーパーの会話に無理やり入り込んでくる銃マニアの馬鹿天がおそらく型番のような物を叫ぶ。

「ちょっとヒビちゃん、うるさいですよ。しかしマチェーテか~。刀使いはいないんですねぇ~……。残念、でも今度一緒に鍛錬しましょうね~」

 そういうからには、彼女は刀でも使うのだろうか。ふわふわと言う言葉に思わずはいと言いそうになるが、朝日が首をブンブンと横に振ってから「師匠は……。厳しい……」と言って机に突っ伏した。なので「考えておきます……」とだけ言っておく。キーパーと朝日は師匠と弟子という関係性にまで進展したのか、それとも無理に呼ばされているのかは分からないが、朝日のその消耗を見る限り、これは相当絞られたように見える。逆にキーパーは汗一つかいていなかった。

「それで、私の刻景はですね~。お名前の通りタイムキーパーって言います~。範囲内の私以外刻景の時間消費を三秒まで時間消費無しで止められるという力ですね~。ただし範囲はほんの一人入れる程度の極小ですが~。だからま~、近接でやらせてもらってます~。元々家が、ね~」

 そう言って彼女は背中側から太ももあたりまで、少しだけ刀のむき身を見せた。独特な収納方法だったのでそれまで気づかなかったが、どうやら見えにくい部分に刀を隠し持っていたようだ。

 その緩やかな喋り方と、刀とのギャップが印象的だった。『家が』と言っていたが、家柄が刀と関係していたのだろうか。


 刻景に関しては、コックなんかと組ませても利が出る可能性が高まりそうだし、朝日とも相性が良さそうだ。だが、俺にはおそらくあまり関係が無いだろう。俺は走らされてなんぼの刻景だ。だからこそ彼女はまず俺に武器を聞いてきたのかもしれない。

「聞いて分かるかとは思いますが、アクタ君の刻景とは相性最悪ですねぇ。困っちゃいましたね~」

 どう見ても困った感じは受け取れなかったが、とりあえず無言で頷く。そこまで話してやっと気づいた事がある。


――『篝火』はこれで全員だったか?


「なぁ、誰か忘れてないか?」

 朝日がコックやフィリと挨拶をしていたり、各々が話している中で、どうやら俺だけが偉い酒飲みの事を思い出す。

「あ! てんちょーいない!」

 ヒビクの言葉に続いてほぼ全員が「あ」をシンクロさせた。

同時に壁がゴウンゴウンと音を立てて動き始め、開いた壁から天使長が現れる。

「いや見てたしね、知ってるよ。知っているけれど、残念な話だよね」

 片手には相変わらず安酒が握られていた。グラスは三つ分。

「おー、酒飲み。相変わらずじゃのう」

 フィリが酒をチラリと見て相変わらず偉そうな言葉を投げかけている。

「こうして集まるのは久しぶりですしね、流石にお嬢には飲ませられませんが」

 偉そうに言われながらも、天使長すらフィリをお嬢と呼んでいる。本当に偉いのだとして、では彼女は、身を挺してまで戦っている彼女は一体何なのだろうか。

「えー、てんちょービールはー?」

 天使長にヒビクからブーイングが出るが、グラスは三つ分しか持っていなかった。

「今日は仕掛け屋君と芥君にだけですよ。それに他の人はこのお酒、好まないでしょう?」

 確かにウイスキーを飲みそうなイメージがある人は少ない。

「私はワイン派ですしね~」

 キーパーは想像に易くワイン派だった。

「ビール! ビールをよこせ! 無いならいいもん」

 馬鹿天は騒々しかった。

「確かに安酒は好みじゃないですね、今度直接伺わせてもらいます」

 コックはハッキリとした物言いだった。上司の酒ではあるのだが、仮にも飲食に携わっていた身なのだ、一家言くらいあるのあろう。

「私にはやっぱりちょっと強すぎますよねぇ……」

 朝日は興味ありげな顔こそしていたが、飲み慣れていないのだろう。

「という事で僕が思い通りってわけだね。じゃあまぁ、今後についてのお話をしようか」

 そう言って天使長もテーブルに付き、その隣に仕掛け屋が座った。おそらくは酒が注ぎやすい位置だと考えたのだろう。自然と俺の隣に天使長が座っていた。


 木製の丸テーブルを囲み、俺と仕掛け屋の眼の前にウイスキーが注がれる。キーパーが「私もいただきますね」とプリンに手を伸ばし、朝日もコックに勧められて幸せそうな顔をしていた。


「あれプリン! 僕の分無いねぇ!」

 そう言いながら天使長が一気にグラスを中身を煽る。流石にショットグラスでは無かったので注いでもらいながら何かで割るのかと思いきや、普通のグラスにストレートでウイスキーを入れられてしまった。既に天使長は二杯目に突入している。出会って少しの間はマスターという印象が強かったが、これはもう本当に何というか酒飲みだ。あの雰囲気は何だったのか、いつのまにか自分の中でマスターだという事すら忘れていた。マスターと呼んでくれと言われていた気がするが、酒飲みと呼びたい気持ちを抑えて、あえて天使長と呼ぶ。

「流石にウイスキーにプリンはどうですかね」

 世間話をしている場合では無いがとりあえず慰め代わりにフォローを入れておいた。チョコレートを摘むというのは聞いた事もあったが、プリンをスプーンで掬いながらウイスキーを飲む光景はあまり見たくない。甘い物であれば合わないという事も無いのかもしれないが。

「無い事が問題だと思うんだよねぇ……、まぁ見てたさ。無いのも知ってたけどもさ、でも一応言わせてもらわなきゃさ……」

「覗き見自体がズルいんやないかって、間違えてアクタ君見たら即死ですよ? でもまぁ見てたなら知っとるでしょうよ。アテにしてください」

 コックが現実でも見たことのある安いチョコレートを天使長に差し出す。すると天使長はそれを積まれたプリンの皿にバラバラと移し替える。

「そこらへんは信用して欲しいもんだな。僕だって天使長やってるわけだし、期待の新人にそんな事をしちゃあんまりだ。ただまぁ監視は僕の仕事でもあるしね。不正は起こすべからず、だからこそここに入った時点で僕ですら平等に0,01に縛られているわけだ。けれどまあアクタ君には目が行き届かないのは多少問題ではあるよねぇ、信用しないわけじゃあなくてさ」

 言いたい事は分かる。おそらくは俺を殺さない為に俺だけは刻景の対象に入れずに、それぞれの直近の記憶を軽く覗いたのだろう。範囲はこの拠点全てにも及ぶと言っていたからおそらくは俺を除いた全員が直近の行動を読み取られている。それにどれだけの時間を要するかは分からないが、ほんの数秒で済むくらいの情報処理は出来ているのだろうと感じた。彼が時折使うAOがそれを裏付けている。しかし、俺だけは死に直結する為にその監視からはみ出してしまっているという事実がどうにも気持ち悪く感じた。不平等を強いているという事は、不和の対象に成り得る。


 だが、俺の記憶を読まれなかった事は幸いだったとしか言い様が無い。俺が考えていた天使陣営の信仰を破壊しかねない事実。それが彼に伝わった時にどういう事態になるのかなど分かったものではないし考えたくも無い。出来る事ならこのまま今日の分は忘れて欲しい所だが、とりあえずは篝火にいる間はバレる事は無さそうだ。

「まぁ、仕方ないんじゃないの? アクタん……にゃー。芥君はパスしたげよーよ。秒数の補充がありゃ元は取れるけどさ。毎朝男同士で時計くっつけてんのなんて見たくも無いしそれこそそんなのを残り火の人らに見られたら不和の種じゃんかさ」

 一番の不安要素であるヒビクにフォローされてしまった。だが言っている事は間違いでは無い。こんな時なら尚更通ってもおかしくない話だ。

「まぁ……ヒビク君がそう言うなら良いかな。皆に反対が無ければ僕はそれでも」

 上手くいきそうな雰囲気が漂い始め、逆に緊張を隠すのが難しくなってくる。下手に口を出すべきではないと思い他のメンバーの意見を待った。

「まぁアクタ君の刻景も明かしてないわけやしな、反感を買うのは目に見えとる。俺も構わんで」

 まずは一票、コックが明確な理由を以て賛成してくれた。

「私はどっちでも~、覗き自体辞めてもらいたいくらいですからちょっと羨ましいですけどね~」

 とりあえず二票、キーパーも賛成してくれている。これでヒビクと天使長を入れて四票、過半数は越えた。だが反対意見があれば話も変わってくる。

「私もまぁ……、付き合いはまだ短いですが信用はしてますし、していきますから、賛成で」

 朝日が嬉しい言葉を言ってくれる。少しだけ罪悪感があるが、彼女にはいつか打ち明けたいとすら思った。とはいえそれをしてしまえば彼女の記憶を読まれた時に問題になるので一人で抱え込むしか無い。

「流石にワシはどーーでもいいぞ。好きにせい。とりあえずそれ貰うぞ」

 チョコを一粒手に取り、口に運んだ後もう三粒程持っていったチョコ泥棒ことフィリも賛成と考えて良さそうだ。


 残りは黙ったまま何かを考えている仕掛け屋が残った。彼については謎が多い。独特な考え方をしているのも何となく理解していたので不安に思ったが、彼は不意にグラスを持ち上げお互い手つかずだった俺のグラスと彼のグラスを軽くぶつけた。

「知らぬが仏と言うけれども、見られないに越した事は無かろうよ。酔えど酔えど世は変わらんが、彼も見られて変わるような男でもあるまい。歌えずとも飲もうや、笑えずとも飲もうや。どうせ捨てかけの生命でも、摩訶不思議を灰にする旅路、恥は掻き捨て見ないに限る」

 要は賛成という事で良いらしい。笑いながら酒を飲む仕掛け屋に合わせるように俺も皆に軽く頭を下げてからグラスをちびちびと減らして行った。

「じゃあいっそ篝火の全員を見ない事にしよう。それで平等、良いかな?」

「たまには良い事言うじゃんかてんちょー!」

 天使長の提案に各々が喜んでいた。知らずの内に見られているというのはそれ程に緊張するものだ。

「そもそも残り火の人達はてんちょーの刻景も知らないしねー。ただ不正があれば追い出されるって事だけが独り歩きしてる。事実だからしゃーなしだけどさ」

 そういうカラクリだったのかと理解する。であれば殺されるという事は無いにしろ、残り火を追い出された刻景使いもいるにはいるという事なのだろう。一歩間違えば俺自身がそうなっていたかもしれない。この世界でサバイバルなんてのは流石に御免だ。


 何となく話をしてお互いの事を軽く知り合った頃に、ヒビクは「はいはーい! 業務連絡だよー!」と手を挙げた。

「何となく顔合わせもしたし、とりあえずルーキーの二人は明日お散歩してくる事! 道はまぁ安全なルートを教えたげるから、戦いにはならないから安心してねー」

 確かにあの灰場と呼ばれた遺跡のような戦場跡しか俺と朝日は見ていない。この世界についてより深く知るならばある程度の土地勘も必要になってくるし丁度良いと思った。

「それでも武器は持っていって良いんだろ?」

「会わないからへーき! って言いたい所だけど万が一! 億が一があるかもしれないしね!」

 あまり信用できない言葉ではあるが、万全の準備をしていった方が良さそうなのは間違い無い。

「じゃあ後はご飯食べて寝ちゃおっか、疲れたでしょ二人とも」

 労いの言葉は心から言っているように聞こえた。地下一階が篝火の居住エリアになっているらしく、俺達はいつの間にか途中抜けしていたコックに簡単な弁当を渡されそれぞれの部屋へと通された。ちなみに弁当も安いなんて言ったらバチが当たる程の美味しさで、幸福感とアルコールと疲労が入り混じった眠気がドッと襲って来る。

「部屋もまたギンギラギンか、素足の人は辛そうだ」

 そこそこに酒も回っていた。自分でも良くわからない事を言っていると何となく自覚しながらもぼやけた頭でシャワーを軽く浴び、倒れるようにベッドで眠った。悪夢を見る事も無い幸せな睡眠。疲れきって泥のように眠るなんて事を、俺はいつからしていなかっただろうと思ったのが、その日最後の記憶だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ