第十二話『甘い物 食べ盛りには 二つやれ』
鍛錬以上の成果があったフィリと仕掛け屋との会話を終えて、俺達は『篝火地下二階』のホールへと戻る。まだ響と朝日の姿は無いのは当然だろう、要は俺に出来るのは引き金を引く事だけだと言う事が理解出来た。必要なのは覚悟と準備が大半だろう。だがナイフや小銃を主要武器と決めたであろう朝日については刻景の使い方を考えた上での動き方などが必要なはずだ。
「しかしアクタの刻景は楽で良さそうじゃな……」
知る限り一番刻景で苦労していそうなフィリが呟く。なんと答えようかと迷っていると仕掛け屋がガハハと笑って俺の肩を叩いた。
「そん代わりに灰にするのは葛籠の兄ちゃんなんだからどっこいでしょうさ。朝日の嬢ちゃんと組む限り言わば殺人鬼、噂になるのを期待してらぁな」
要は朝日の刻景・スロータイムの時間を使って俺が相手を仕留めきるという方法が何よりもベターだと誰もが考えているのだろう。事実、色格が紫まで上り詰めている魔法使いもその手で倒していた。
「そうだ。俺が渡したあの円刃、残っとるようならさっさと手元から離して灰を一つ増やしてくるのが良い。やっかみを受けるのも怠いから気ぃつけるこった。これでも俺の仕掛け武器は人気なもんでねぇ……。葛籠の兄ちゃんが仲間内にタコ殴りにされるのも一興じゃああるが、やけっぱちが多くて敵わん」
やはり彼の仕掛け武器にはそれだけの価値があるという事なのだろう。だからこそこの仕掛け屋という技術者は『篝火』の一員であり、それを幾つも持つ俺は新人の癖にと思われても仕方がない。
「覚えとくよ、貰っただけじゃ使い方が分かりにくいのが玉に瑕だな」
「言うねえ!! 俺の仕掛け武器にケチをつけるヤツなんざ長らく見た事もねえや。でも確かに円刃は使いづらいわな。ただ分かりにくいのは使い方じゃねえんだなこれが」
笑いながら仕掛け屋は否定するが、フィリは少々眉を潜めていた。
「というより、言葉が足らんのじゃ仕掛けは。要らん事ばかり言いよるが肝心な事はロクに伝わらん。どうせアクタも渡されるだけ渡されて現地で確認したんじゃろ?」
「ま、それも醍醐味でさあ。あたふたこいてくたばんならそれっきりよ」
確かに説明さえあれば理解の範疇ではある、そのギミックをどう仕込んでいるかは分からないが、しかし何も言われなければあれはただの円盤でしか無い。円刃という名前すら今初めて知った。円盤から『ン』が一つ無いあたりこの人らは妙に省きがちで、それでいて生き延びろと言う割にはぶっつけ本番を強要してくる。
「まぁ、もう慣れてきたさ」
「慣れるな慣れるな。アクタとアサヒはワシの為に死ぬでないぞ。つまらん生き延び方をされるならさっさと灰になると良いが、覚悟を決めたなら最善で行け。準備や確認を怠るな、そうして死ぬ気で挑め」
言っている事はやや自分勝手ではあるが、フィリは比較的まともな考え方をしているように思えた。それにどうやら勘違いで無ければ多少ではあるが気に入って貰えたらしい。
「ヒビはな、悪い奴じゃあないんじゃが、極端なんじゃよ。だから言う事を鵜呑みにはするな、ある程度は疑ってかかった方が良いぞ。アイツからは諦めのような感情すら見えてしまう時がある。ワシを外に出さない時点でそもそも赤など減らんのに隔離してるのもおかしいしな」
それはフィリを思っての事なのではと思ったが、言うのも野暮だと思い口を閉ざしたままホールの椅子に座る。
聞きたい事はまだあったが、こちらにも言えない事が出来た手前、どうにも切り出せずに俺一人無言の時間が続く。どちらかというと仕掛け屋とフィリの何気無い会話の中から情報が無いかと耳をそばだてているくらいだった。
「そういえば……、篝火は何人くらいいるんだ?」
そもそも聞きにくくなったのは俺の気持ちの問題だけで、このくらいはなんてことも無いだろうと聞いてみる。
「ワシとヒビと仕掛けに、今はアクタとアサヒか。酒飲みもそうじゃな、後は……コックとキーパー……か?」
「まぁ、そんなとこですわな」
指折り数えるフィリに仕掛け屋が頷く。思った以上に数が少ない。であれば敗戦濃厚というのも分かる気がした。それ程に刻景は外れが多いという事なのだろう。対魔法使い専用のような魔法を止める刻景の事を戦いの間に聞いていたが、紫以上には通用しないなんて話も事実であれば記憶に新しい。ならばつまりその刻景使いの限界はそこまでだという事にもなる。成長するのか、複数持てるのかという事については聞いていないが、響達が一つの刻景しか見せないあたり一人に付き一つなのだろう。ブラフの可能性もあるのが少し怖いが、俺達に隠す必要は無いだろう。
「俺の名前が要らんと判断されているのは悲しいねんなぁ」
その声に思わずフィリが「おぉコック!!」と興奮気味に振り返る。中背中肉で俺よりも目が大きい関西弁の男がシルバートレイを片手にサロンをつけたままやって来た。『俺』のイントネーションが明らかに関西のソレで、やや強面に見える。コック帽こそかぶってはいなかったが、つまりフィリが言う通りに彼が『コック』なのだろう。
「初めまして新人クン、俺はまぁ……コックや。よろしゅうな。タメで構わんで」
「ならお言葉に甘えて、どうせ俺の事は知ってるんだよな?」
ニヤニヤと笑いながらコックは片手でトレイを持ったまま握手を求めてくる。それを握るとやや強めに握られて痛みが走った。
「そりゃま、そやなぁ」
おそらくは彼なりの軽い冗談なのだろうが印象は良くない。彼は何のつもりも無いように手を離しながら、テーブルの上にトレイを置く、その上には小皿が五枚に、スプーンが五つ、そうしてプルンと揺れる金色のてっぺんが茶色に照りつけている「美味しいヤツじゃ!」が乗っていた。
「飯の時間って訳でも無いしな、とりあえず挨拶代わりや。仕掛け屋はほれ」
もう既に『美味しいヤツ』事、プリンに手をつけているフィリを見てコックは苦笑しながらも仕掛け屋に向かって笹の葉で包まれた何かを投げた。
「あいどうも! しかしコックが食い物を投げるってのは道理に反しちゃいねえか?」
「ええんよ、俺はそもそも場末のしがない料理人やしな。食えりゃ良いし、質より量、金が無けりゃあ持ち金で限界まで適当に作ったる。そんな生き方をしてた俺はコックなんて言われるのもむずがゆいで? お嬢が言うもんだから何も言えへんけど」
自分自身で偉いと言っていたから何とも言えないが、仕掛け屋もコックもフィリの事を『お嬢』と呼ぶあたり、やはり彼女は過保護に扱われているような気がした。コックの名前もおそらく記憶から失くして、役職のみの記憶としたのだろう。記憶の価値がどれ程なのかは分からないが、確かに役職が決まっているならばあだ名という意味でも分かりやすくはある。仕掛け屋についてもそのような理由があるのだろう。
仕掛け屋は「そうか……」と納得してから包みを開け、立ったまま団子をほうばっている。
「言うなら座って食えやって話やがな……。それで新人クン、まずは味の感想が欲しいもんやな」
言われて俺もスプーンを手に取る。「美味いぞ!」と言うフィリはもう既にペロリとそれを平らげた後だった。甘い物を好む方では無かったが、先の話が嘘では無いかと思う程度には美味しいプリンだった。カラメルがやや苦めに作られているが、プリンそのものはしっかりと甘く濃厚な味わい。料理に詳しいわけではないが、これはおそらくちゃんと手作りで皿の上でカラメルと一緒に食べる事を想定した作り方だ。
「美味しい、です。今までで一番」
「そりゃあ良かった。じゃあとりあえずは仲良く出来そうやな、言うて味の好みが近いのは重要やで? 仕掛け屋はまぁ、しゃーないけどな?」
一人団子を食べている仕掛け屋が咳払いをする。俺もどちらかといえば団子が食べたかったという事は隠しておいた。それを抜きにしてもコックが作ったプリンは美味しく、俺もすぐに平らげてしまい、トレイの上には手つかずの皿が三枚残っていた。
「とはいえ何故団子?」
「新人クンも団子が良かったか? アイツはな、アレや、アレ。」
コックは意味深にニヤつきながら仕掛け屋を見る。何か理由でもあるのだろうかと真面目に次の言葉を待っていると、彼は吹き出す。
「卵アレルギーで悪い事などありゃせんだろうが」
仕掛け屋がネタバラシをする、コックはケタケタと笑っているがおそらくは繰り返されている会話なのだろう。真剣に向き合った俺が弄られるという形で、事実として唯の卵アレルギーという何とも気の抜けた話に俺は少しだけ響のテンションを思い出した。
「それで、コックの刻景は?」
「おう教えたる、君のはもう知っとるしな。じゃあ使ってみよか?」
コックは笑いながらこちらを見ている。からかおうとしている顔だというのにはすぐに気づいた。おそらくは俺よりも幾分か歳上だろうに、刻景を使おうとし始める。
「じゃあ頼むよ」
こちらも負けじと笑い返すと、彼はつまらなそうに両手を上げた。
「つまらんやっちゃなぁ。どっかしら壊れてんのかと思えばまともかいな。ビビるくらいせんかい」
「笑えないんだからしゃーないってヤツだろ」
軽く言い返すと、コックも俺をからかうのは諦めたらしく、やや真面目な顔付きに変わる。
「俺の刻景はな、タイムカード。死ぬ程訓練させられた癖にロクに使えんヤツばっかでホンマ困るで」
聞く所に寄れば彼の刻景は範囲内の何処かに一枚のカードを出現させ、それを取った刻景使いの残り秒数を増やすという物らしかった。カードに書かれた秒数はランダムで一秒から五秒らしいとの事。
「刻景はな、鍛錬次第である程度範囲が制御出来るようになるんや。狭めたり広めたりな、やけど相性っちゅうもんがあって俺のは直線では出せん、出来て半径十メートル範囲がいいとこやな、外れを引いたら時間的にはマイナスの距離や。人に取らせるにもカードの場所は毎回違うしな」
聞く分にはかなり使い所が難しいが、つまり回復要因という考え方で良いのだろう。何も無い所から秒数をかさ増し出来るのは確かに強力だ。とはいえそのカードを取った相手の刻景が強くなければ意味は無いのだが。
「ま、こんなもんでも『篝火』には違いないから、組む時があったらよろしゅうな。俺としては飯作りの為に連れて来られた気がしないでもないけど」
「いや、コックの刻景は重要じゃぞ。現に救えた生命は山程あるじゃろ」
一番その料理に目が眩んでいそうなフィリがフォローに入る。現に刻景の時間切れで死ぬ人間はもう既に何人か目にしていた。戦いの場に於いては手に取るだけで戦況が変わってもおかしくない。ただそれも運次第というのが何よりも惜しいと思った。
「まぁねぇ……。ただ結局はその場凌ぎだからな。だからこそ期待しとるで、アクタん」
悪い病気が伝染している、俺が眠っている間に馬鹿天が言いふらしたのだろう。自分より歳上の強面の男に『アクタん』と呼ばれる身にもなって欲しい。馬鹿天ならばまだほんの少しは許そうと思っていたが、そのうちに禁止令を出す事に決めた。
「なぁコックぅ、それって余らしとるわけじゃ……?」
フィリがおずおずと物欲しげにプリンを見つめていた。だがコックはスッとトレイをフィリの手の届かない所に移動させる。
「じゃよなぁ……、気が利かんのう。食べ盛りがおるんじゃから多めに作るもんじゃろう」
「気が付きませんでした? お嬢のだけ二倍にしてましたよ」
嘘だという事はすぐに分かった。そもそも騙されるわけもない。残ったプリンは今この場にいない三人の為の物だと言う事はフィリもまたある程度理解しながらねだったのだ。しかしコックはそういう性格で、ある意味癖のような物なのだろう記憶が所々欠落していて子供のような見た目のフィリなら信じるかと高を括ったのだろう。
「そうか、二倍じゃったか。二回目は無いぞ」
一瞬フィリから殺意と呼べそうな憎悪が溢れた気がした。だが精神年齢が明らかにコックよりも上回っているのだろう。フィリはあえて嘘に乗った上でコックに釘を差していた。
「あぁ……、やっちまったな。つい癖で……」
「二倍だったんじゃろ? なら良い。今日も美味かったぞコック」
さっきの嘘は俺が聞いてもフィリの刻景のデメリットを考えればデリカシーが無いどころか嫌味かと思える程の軽口だった。俺すら少々苛立ちを覚えたぐらいだから彼女はソレ以上に苛立っただろう。だがフィリの憎悪のような雰囲気は既に過ぎ去っており、少し寂しげな目で言い訳も聞かない振りをして、更にはコックを褒める事で場をおさめていた。
「……偉いな」
完全に器が違う。偉そうな口調はともかくとして、考え方の成熟具合いのバランスが取れすぎている。おそらく時折見せる子供っぽい振る舞いこそ彼女なりの気遣いのような物なのだろう。
「そうじゃろ? 偉いんじゃよ、ワシは」
寂しそうに小さく呟いた声は俺にしか聞こえなかった。
というのも、三人寄れば何とやらの三人……というより主に一人の馬鹿天が騒ぎながらこちらに近づいてくる声が聞こえてきていたからだ。
知らない女性の声も混じっていた事から、おそらくキーパーと呼ばれた人も女性で、一緒にいたのだろう。
とりあえずやっと『篝火』が揃う。
俺はまだ見えない通路の向こうから近づいてくる響の声に少し緊張しながら、じっとトレイの上の皿を見つめていた。