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異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第一章『悔いと絶望の飛び立ち』
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第十一話『解答欄が滲んで見えない』

 木箱の上に立つ少女という見た目に背伸びをしたい年頃の雰囲気を感じるが、手にはハンドガン。そうして銃声が鳴り響いた。後ろから見ているだけでも分かる命中精度、的になっている10メートル以上先の人型に穴が開いていく。それもその穴は撃ち込んで命中した銃弾よりもいくらか少ない。つまりは同じ穴を通っているという事だ。フィリの表情は真剣そのもの、というよりも怖いくらいだった。あんな細い腕なのに反動は何処へ消えているのだろうかと思う程正確な射撃だった。


 銃弾を撃ち切るとフィリは俺にハンドガンを投げてよこした。俺はその空になった弾倉の装填の仕方すらまだ良くわかっていない。ただ引き金を一度引いただけだ。

「ま、こうなれとは言わん。使えりゃ便利じゃがの、遠距離は基本的に悪魔に魅入られた馬鹿共の独壇場よ」

「銃弾は勝手に弾かれていたのを実際に見ましたけれど、それじゃ何の意味が……」

 言うと彼女はクフンと鼻で笑う。

「だからワシの技術なんぞただの暇潰しの遊びじゃな、アイツらに鉛を当てる為には、目の前で引くのに限る。それ以外は牽制みたいなもんじゃな、まぁ物にもよるんじゃが、修練の時間が向こうと段違いだから余程銃好きの阿呆でも無いとこだわる必要は無いぞ」

 銃好きの阿呆と言った時に少しだけ彼女の目が細くなった。おそらくはヒビクの事を言っているのだろう。おそらく戦いに於いての武器へのそもそもの考え方が違うのだ。強い銃を使えるようになるだとか、銃撃の精度を上げるだとか、そういう問題では無いらしい。とはいえ銃好きの阿呆はその愛銃で魔法使いを灰にしていたが。

「それと敬語はいらんぞ、ありのままのお前で喋ってもらわねば気持ちが悪くてたまらん。アサヒみたいなのはあれはあれで受け入れるがな。ただしヒビは論外じゃが」

 白く長い髪をなびかせながらフィリは木箱から降りる。その姿は妙に格好良く見えて、ほんの少しの時間で彼女が歴戦の戦士であるという事がハッキリと分かる時間だった。決して彼女はその刻景だけでアレだけの時間を積み上げたわけではない。技術は暇潰しなどとは言っていたが、その銃撃の技術で幾重の魔法使い達を灰にしてきたのか分からない。

「とまあ、ワシの格好良い所は見せたから後は使い方じゃな。なぁに難しいもんじゃあない。引き金を引けたなら伝える事なんぞ殆ど無いようなもんじゃからの」

 そこからは空になった弾倉の入れ替え方や弾倉への銃弾の詰め方を丁寧に身振りで教えてもらった。口頭での説明が少なかったのは刻景で失くした記憶の問題なのだろうか。俺が持っている銃達の名前も教えてくれなかったのであえてこちらからも聞かなかった、だがハンドガンに銃弾が17発分入るという事は教えてくれた。しかしショットガンについては「分からん、ヒビに聞け。どうせ喜んで阿呆になる程教えてくれるじゃろ」との事だった。

「ちょっと待っとれ、ついでにアレもくれてやる。適正があれば撃つより楽でいいからの」

 そう言って彼女は山のような銃火器の中からガサゴソと何かを探し始めた。何をくれるつもりかその後ろ姿に声をかけようと思ったが、その探し方の粗さから何か間違いがあったら困ると思い黙っていた。そのうちに彼女は革製のケースを引っ張り出す、形状から刃物が入っているであろう事が分かった。

「刺すよりも跳ねる方が確実じゃからのぅ。使うヤツもおらんし二個やろう」

 そう言いながら彼女は凶器が入ったケースを俺へと手渡した。ずしりと重めな二つの刃物。刀程大きくも無く、ナイフ程小さくも無い。丁寧にケースから取り出して見ると確かに刺すよりも斬る事に特化しているような外側に行くにつれて刃の面積が広くなっている不思議な刃物だった。どうやら持ち手にも工夫がされているようで、丸で銃の引き金のような物がついており、何らかの仕掛けが施されているように見えた。


「おっ! マチェーテたぁお嬢は目利きで敵わんねえ! 仕掛けを見てるあたり、葛籠の兄ちゃんも少しはマトモにおかしくなってら」

 不意に後ろから話しかけられたかと思えば今朝あの灰場と呼ばれた戦場に行く前に会った仕掛け屋だった。彼が持たせてくれた仕掛け武器が俺と朝日の命運を分けたと言っても過言では無い。

「何じゃ。おったのか仕掛け。相変わらず変な喋り方じゃのう」

 少し驚いていた俺とは違い、フィリは驚く素振りも無く彼を見上げた。

「へへ、お褒めの言葉有り難い限りで。奇妙奇天烈摩訶不思議から摩訶不思議を灰にすりゃこんなもんよ。お嬢も変わらずで何より」

 変な喋り方は両方じゃねえかと言いたい気持ちを抑えて二人の会話を見守る。かたや『のじゃ』なんて言う少女、かたや落語崩れのような、あえてその口調を作っていると言わんばかりの奇妙奇天烈な喋り方をする大男だ。


 誰もが仕掛け屋としか呼ばない彼の名前を聞こうか少し悩んでいると、彼はぐいと俺の方に顔を寄せる、というよりもマチェーテを見ているようだった。

「葛籠の兄ちゃんはコイツを獲物にしてくれんのかい? しかししかしだ、さっき話を聞いちまったけれどもコイツは元々骨付きの摩訶不思議共を跳ね飛ばして灰にする程の力は無いんでさあ」

 確かに言う通りではあると思った、鋭利な刃物には見えるが、扱うには相当な力と技術が必要なのも分かる。俺の様な刻景を持っているならば丁度良い獲物ではあるとも思う。だが鍛錬の時間は銃の件と同じ話になりかねない。

「じゃがどうにかしてあるんじゃろ? 仕掛けはその為におるんじゃろうが」

 威勢の良い仕掛け屋相手にも変わらず尊大な態度で話すフィリに仕掛け屋は媚を売っているかのように頭を下げた。

「言うのも野暮聞くのも野暮、見せてなんぼの仕掛けってわけだ、一本よこしな」

 そう言って俺から一本のマチェーテを渡された仕掛け屋は俺達から少し離れた位置にふわりと飛び、着地と同時に刃が空を斬った、だが斬ったその音が聞こえなかったのは破裂音が響いていたからだ。

「るさいのう、でもまぁ妥当じゃな。流石ワシ、流石ワシといったところじゃなぁ」

 何度も自画自賛しているフィリは自分の世界に入りかけているので置いておくとして、仕掛け屋が振ったマチェーテは物凄い勢いがあった。刃を振る瞬間に引き金を引いたのが単純かつ明快な仕掛けなのだろう。

「あちち、しかし素手も乙なもん。火薬ってのは便利で香りも良い。これで跳ねちめえな兄ちゃん。つっても無くなるのが万物の悲しい所で、三発、つまり合計六人の摩訶不思議が灰に出来るって訳だな」

 そう言って彼はマチェーテの持ち手の引き金近くにある留め金を外してポケットから火薬らしき物を詰めてこちらへとケースを要求してくる。

「アクタは手袋をつけるんじゃぞ、仕掛けのヤツは馬鹿だからのう。とはいえじゃ、さあびすくらいはしてやるのが商売じゃろ?」

 仕掛け屋はマチェーテをケースに入れてこちらに丁寧に渡しながら鼻をこする。

「しゃばい事ぁ言わざんしょ、色は黒いし香りも良い、誰が植えたか岩山椒とくりゃ、誰が言ったかピリリと辛い火を撃つ黒色火薬。お見せ通りに使ってくりゃしゃんせってな」

 言っている事は皆目検討も付かないが、とにかく仕掛け武器のマチェーテとそれに使う火薬が入った袋をくれるようだ。

「でも何で払えばいいんだ? 飯にしたって武器にしたって、タダじゃないだろ?」

「無粋ってやつぁ嫌われちまうなあ! 葛籠の兄ちゃん、灰を踏め。アンタらもアタシらも篝火で燃やしつくす為にいるんでしょうよ」

 つまりは、殺す事で全てが解決すると彼は言っているのだろうか。でなければこんなものを無償で寄越す訳がない。どうにもきな臭い世界ではあるが、それでも生きる事を選んだのだ。俺は仕掛け屋にされるがまま二刀のマチェーテを腰につけた。代わりに二挺のハンドガンは太腿へ、ショットガンは背中に回った。ハンドガンの名前はグロッグ、ショットガンはベレッタという名前だとその時に教えて貰った。詳しい型番のような物は分からなかったが、とりあえず良い品らしいとの事だった。それと、銃を弄る事はしないという彼のポリシーなんかも話していた。

「よっし、似合ってんじゃねえか! 精々生き延びな」

 皆が同じ事を言う、死のうとした世界なのに、皆が生き延びろという。

「生き延びるさ。でも灰以外の終わり方を、聞いていないな」

 これはいつか言うべきで、必ず知るべき事だと思っていた。今言ったのは、フィリと仕掛け屋が向き合うだろうと思ったからだ。ヒビクはあえてこういった話を隠そうとしているきらいが見て取れる。

「聞いとらんのか、ヒビもまた……」

 フィリが驚きと哀れみを合わせたような顔をする。隣にいる仕掛け屋も珍しく難しい顔をしていた。それはおそらくフィリの刻景に捧げる記憶の中でも忘れるべきでは無いと判断される程の事のようだった。そうして本来は話されている内容だろうという事もその反応で理解した。

「簡単じゃよ、勝てばいい」

 勝つ、とは何だろうか。戦い続けていればいつか勝てる日が来るというのだろうか。

「要はなあ、この世界での戦争ってえのは、こっち側がくたばりきるまでの負け戦なんだよ兄ちゃん。灰場を見てきたら分かるだろうよ。『残り火』の奴らは半ば贄のようなもんだ。そこから出来るヤツを『篝火』に引っ張り上げる」

「敗戦濃厚なのはそりゃ見ていたら分かるさ。『残り火』の人らの使い方も笑える程に雑だ。でも、それじゃあ何を以て俺らは勝ちなんだよ」

 言いながら少しずつ気付いていく、この歪な世界の答えは、よく考えたら自分の中に眠っていた。


――異世界病の始まり。


 ハッとした顔をしたのを見られたのだろう。フィリがため息交じりに口を開く。

「『最初の二人』って呼ばれとるな。ワシらですら顔を見たこともありゃせん。アイツらを殺せば終わりだろう。そう、……信じとる」

 つまりは分からない、おそらくそうであろうという微かな希望を信じて、天使側は戦っているというのだろうか。そもそも異世界病者の方が圧倒的に多いのだ。これを戦争として、兵力を考えるならば向こうに供給される人の方が多い。それにこちらは半端な力を持っている事に対して向こうはある程度共通した力を持ち合わせている。


――だが、本当にそんな事が関係あるだろうか。


「あぁ、分かったよ。精々生き延びて、灰を踏むさ」

 それ以上は何も言わなかった。何も、言えなかった。フィリも、そして仕掛け屋もまた知らない事が一つある。だがそれを言ってしまえば二人に残った希望が砕け散ってしまうかもしれないと思った。不作為の嘘が嫌いだと考えていた俺が今それを行っているのが皮肉で皮肉で仕方なかった。握り拳を作らないように、表情を崩さないように必死だった。哀れなのは俺ではない、天使陣営の全てなのだ。


 最初の二人を殺して灰にすれば終わりだとフィリは言った。

この世界がその二人によって始まったのならば、その二人を殺せば終わるのは道理だ。そうして現実に戻れたとして、死ぬ間際だった俺達がどうなるのかは分からないが、それでもこの世界は答えというものに到達するのだろう。だが二人が、天使陣営のほぼ全ての人が信じている勝ちは、おそらく嘘だという事を俺と、もう一人の馬鹿な天使だけが気付いている。


――石鐘響イシカネヒビクが死んだのは『最初の二人』よりも前の話だ。


 だからといって、殺すべきが誰だという事が変わるわけではない。まずは、灰を踏むしかないのだ。そうして成り上がっていくしかない。ヒビクが根を上げるまで、対等に話が出来るようになるまで。きっとそれは今じゃない、気付いていると伝えるべきでもない。彼女を知らなければいけないのだ。


 この世界は色んな物を隠している。それは不作為の嘘だろうか。けれど暴いてしまえば良い。であれば魔法使いを相手にでも聞き出してやろうじゃないか。強くなれば、強くなれたなら、生き延びて生き延びて戦い続けていたならそれだって出来る。最初の二人の面を拝んで恨み言も言いたい。

「強くなるさ、一つずつ」

 一度捨てかけた生命が燃えはじめる気配を感じていた。こうして俺は『篝火』であるという事を自覚した。自分の中にこんな感情が眠っていたのだと驚きながらも、俺は笑っていた。

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