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異世界病者の灰を踏む  作者: けものさん
第一章『悔いと絶望の飛び立ち』
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第十話『失くして、失くして、忘れて、覚えて』

 一枚も欠ける事なく羽ばたいていく天使の羽根をボウっと見ながら約一分。妙に時間にシビアな性格になりそうだなと思いながら辿り着いたのは拠点『残り火』の屋上だった。そこから見下ろすと俺達が戦っていた場所も遠くに見える。とはいえ『残り火』は高い崖の上に位置しているので建物自体は四階程度だろうか。一晩眠らせてもらった部屋から考えても、元々こういった建造物は六階や七階まであるイメージだが、そういう事も無いらしい。

「結局戻ってきただけ、ですよね?」

 朝日はマントを丁寧に折りたたみながらたった今までマントをブルンブルン言わせていた事を俺に謝った後、ヒビクに問いかける。俺もマント自体はつけていたのだが、彼女の場合小銃をマントに入れているだけにより激しく空中で暴れて俺の体に激突していた。もっと言えばそのマントはヒビクの足にも当たっておりその度に彼女は「あたっ、いたっ」と拳法家みたいな声を出していた。

「んんーー、身も蓋も無い話なわけだけど、君らってそこそこ強いのね。ってな訳で一旦隔離なんですなー、これが」

 朝日の質問をぶっ飛ばしたのは俺にだけ謝罪をしたからだろうか、少しむくれた顔のヒビクが時計をかざして屋上の扉を開ける。入ると同時にピッと音がなるのが三人聞こえた。中はやや広めのホールで、奥にエレベーターらしき物が見える。その隣には丁度、俺達がつけている時計の文字盤が入るような穴が開いているようだ。壁には電光掲示板のような物があり、知らない名前と数字が並んでいた。

「それでは皆様、時間をお預かりいたします」

 お得意のエレベーターガールな声を出しながら、彼女は自分の時計の文字盤をその穴にはめ込む、すると電光掲示板に『石鐘響イシカネヒビク 55.43』という数字が出た。前に見た時より減っているのはおそらくアルゴスの使い魔の時に使った分減っているのだろう。

「ほら二人も、間違って刻景出すなよー?」

 彼女が時計を振って見せるとその文字盤には『0.01』の文字。つまりはこの先では刻景を使う事を許されない程の聖域だということだろう。悪魔も入りようの無い場所であり、使えば回りに多大な悪影響を及ぼすレベルの刻景使いがいる可能性もある。とはいえ人の刻景に対して自動で発動してしまう俺の刻景は出されただけでどうしようもないのだが、そのリスクが全員にあるというならば逆に平等というものだ。ならば仕方なしと言った風に俺達も時計の文字盤を穴へとはめ込む。

葛籠抜芥ツヅラヌキアクタ 8.30』

夜久朝日ヨヒサアサヒ 8.30』

 三人分の数字が電光掲示板に追加される。どうやらこのエレベーターホールに入った時に人数はしっかり数えられているようだった。だが一人、見慣れぬ英字の隣に莫大な数字が書かれているのが気になった。この世界の技術でもバグがあるのだろうかと思う程の数字、だがもしかするとそれこそ人ではなく何か別の表示なのかもしれない。

「ダァヒラキャアァス!」

 そんな事を考えていると馬鹿天エレベーターガールが謎の言葉を発する。言葉を意訳すると『ドア開きます』なのだろうが俺と朝日はそれをしっかりと無視して、開いたエレベーターに乗り込む。馬鹿天が何か言っているがとりあえず必要の無い情報だろうと聞き流した。それよりも、エレベーターの選択肢に地上階が無いのだけが気になっていた。

「ブラフブラフブラフか、そりゃ戦争中だろうけれども……。味方にも情報を隠し過ぎじゃないか?」

「無作為の嘘、私も好きじゃないなぁ……」

 地下だけしかないボタンをヒビクが押すのを見て苦言を呈した俺の言葉に朝日も続いた。単純に間違いを教える嘘ではなく、あえて何も言わないという無作為の嘘。それがどうもこの世界では蔓延しているように思えた。

 どうやらこういうズルさへの嫌悪感については共通しているらしくホットした。俺達二人に苦言を呈されて馬鹿天が少しシュンとしているが、少しはそうしていて欲しい所だ。彼女については知れば知る程に印象が複雑化していく。初めて手を取った時の感動は何だったのだろうかとまでいかないように気をつけたいし、気をつけてほしいなんて思った。


アクタ君、さっきはごめんね、刻景……」

 朝日とは思えばちゃんとした話もしないまま戦闘を共にしていた。共に戦う事になるのなら、仲を深めるのも大事なのかもしれないなと思いつつ、ボサついた髪の毛を手櫛テグシで整えている彼女に「大丈夫」と返事をした。

「そもそも出会い方もどうかしてんだよ~、だからまぁ一心同体みたいなもんだから仲良くしてねー」

 元凶である所の馬鹿天が茶々を入れてくるが、実際の所間違ってはいない。しかし癪なのでとりあえず聞くだけ聞いてエレベーターの表示を見ているとどうやら地下三階まであるうちの文字通り地下二階についたようだ。

「まぁまぁお二人さんもカリカリしないで、知りたい事は一個ずつ分かっていくってば。そんじゃほら、こちら篝火の二階になりまーす」

 エレベーター馬鹿天が手を向けるエレベーターの向こうは、銀色に包まれた通路だった。

『残り火』がコンクリートで包まれた明るい要塞だとするならば『篝火』は鋼鉄でガチガチに固められている薄暗い地下牢のように思える。それ程までに堅苦しい雰囲気を覚えた。この地下二階だけがそうなのか、それともこの『篝火』全体がこうなのかは分からなかったが、それでもそもそも見た目とネーミングが矛盾している。

「名前的には明るくなってなきゃ嘘だろ」

 至極最もなツッコミだと言いながら思う程にどんよりとした場所だった、朝日も隣でコクコクと頷いている。

「どうみてもこっちの方が消えかけてますよね……」

「そーんなのは字面! 字面の話! 重要施設がこっちなんだからいいじゃんね。残り火よりは篝火の方が強そうじゃんかさー、誰がつけたか残り火篝火、その上には何があるんだろうね……。でもでも! コンクリよりかは金属製のが明るく無い?!」

 そのマシンガントークに俺は返事をするのも疲れてヒビクを無視して通路へと踏み出した。思えばこちとら命懸けで戦った後なのだ。

「ねぇほら明るくない?!」

「でも雰囲気がちょっと……」

 しつこく食い下がる彼女の言葉は朝日の一言で打ち砕かれたようだ。しょぼくれた素振りをしながら俺の先へと歩を速めた彼女に付いていくと、幾つかの時計認証のドアがある。『残り火』のソレよりも二枚程多いその認証は一々面倒だと思ったが、それだけこちら側の施設が重要だという事なのだろう。


 時間にして数分、小さなホールらしき場所に辿り着いた。誰かしらが歩いていた『残り火』とは違い、閑散としていて暖かみも無い。そもそも人っ子一人見当たらなかった。

「ほらー! 久々に篝火に入居者が来たよ! 誰かおらんかー!」

 ホールからは幾つか通路が伸びていたが、大テーブルが一つと小さなテーブルが幾つかあるだけで十数人も入れば窮屈そうな場所だった。テーブルは木製なのに壁がギンギラギンにさり気なくないレベルでその硬さを主張しているのが違和感だった。

「おるおる、おるじゃろ。流石に失礼通り越しとるぞ、ヒビ」

 途端に部屋の何処かから少女の声がした。しかし見渡すが声が聞こえたきり誰の姿も見えない、気配を感じ取れるなんて事は決して言えないが、何処か死角になっている場所にいるのか、俺がいる場所からは目を皿にしても声の主を見つける事は出来なかった。

「探すな探すな。流石に少年からは見えんよ」

「とかいってー! どーん!」

 どうやらヒビクには声の主の居場所が分かったようで、木製のテーブルを思いっきり上へと蹴っ飛ばす、すると「ぎゃー」なんて声と共に別のテーブルへと影が動いたような気がした。気配がどうのこうのというよりも単純に早くて小さい何か、というより誰かなのだろう。

「もー! フィーもいるなら挨拶しなってば!」

「わーっとるわい! だから蹴るな机を!」 

 フィリと呼ばれたその子はストンと眼の前に現れた、綠色の目が印象的で、名前の通り異国の人間なのだろう。しかし、身長が180センチ程の自分と目の高さが合っているというのに何故見えなかったのか、それと何故机の下なんかにいたのかという疑問が生じて、すぐに解ける。

「フィリだ。ソレ以上以下もソレ以外も無い。じゃからフィリで良いぞ新人。ワシに挨拶をさせたのだから流石に少しは生き延び給えよ」

 仕掛け屋といい、この辺りは口調が独特な人が多いのだろうか。偉そうなのは雰囲気だけで見るからに童顔、白にも近い髪色はその背丈の半分程まで伸びていた。そうして、目線を落とすと見えたのは彼女の細すぎると言っても過言では無い足――を通り越して机だった。彼女は何を思ったか机の上で思い切り胸を張っている。明らかに子供と話している気がするのだが、それもまた偏見なのだろうと思い挨拶を返そうとする。

「ええと……、俺は葛籠抜ツヅラヌキ……」

「良い良い、流石に知っとる。アクタとアサヒじゃろ? 因果なもんよの。山程の灰が積もる中で二人同時に消えぬ火が来たか」

 どうやら俺達の情報は筒抜けのようだ。天使長と会っていればそれもそうかと納得して苦笑する。だがフィリと名乗る異国風の少女は明らかに自殺とは無縁のように見える、そう言ってしまえば隣にいる朝日もそうだが、天使になる理由も、此処に来る人間の選定も隠されているのだろうなと思った。

「フィーはまた偉ぶっちゃってまぁ……、隠れてた癖に!」

 ヒビクが軽口を叩くあたり仲が良いのかもしれないが、コイツの場合は天使長にもタメ口なので油断ならない。とはいえそもそも俺の印象では天使自体が少しネジが外れているイメージがつきまとってならないのだが、フィリはそうでないと願いたいと思いつつ、もう既に嫌な予感はし始めていた。

「実際偉いんだからしょうがないじゃろが、存在感だかを消したのは失敗じゃったか? そもそもヒビがやかましいのが悪い、お前は見えていたじゃろうが」

 音のしない口笛をさせてヒビクは知らんぷりをしていた。

「とりあえずよろしく……お願いします?」

 朝日がフィリへと軽く会釈すると彼女は満足そうに頷いて机から降りた。


「良い良い、灰になるなよ若人」

 突っ込みたくなるのと我慢しながら、無言を貫く。会釈をした朝日よりもフィリの頭は下にあった。朝日が丁度俺の胸の高さくらいだと考えると160cmくらいだろうか。そうしてヒビクはそれよりもやや低いから155cmがいいところだろう。彼女は髪が長いのでやや身長が高い印象がついていたが朝日よりはやや小柄だ。思うだけで少し悲しい気分になるものの、成長の伸びしろはあったはず。朝日に関してはアレが成長した姿だと言って問題は無さそうだが。


 それにしてもフィリはそれをもっと下回っている、140cmあるだろうか。話しかけるのも臆する程度には小さいが、彼女はそれを気にする事も無く視界のやや下側で胸を張っている。

「それで、知りたい事ばっかりじゃろ」

「ええまぁ……、コレの使い方から此処の存在から、貴方の存在に至るまで、大体は知らないんで……」

 俺はホルスターに入ったままの銃を指差して苦笑いを向ける。するとフィリは二カーっと笑ってその銃を抜いた。

「じゃあまずコイツからじゃわな! 此処の存在……は誰かに聞け、ワシの存在は、よう知らぬ。刻景を使いすぎたわ」

 一瞬寂しそうな顔をしたフィリを差し置いて元気そうにヒビクが朝日の手を取る。

「よっしゃ! じゃあアクタんはフィーと射撃訓練ねー! アサヒちゃんは私とおデート!」

 そんな事を言い出すやいなやヒビクはさっさと朝日を連れて行ってしまった。引きずられていく朝日が目で何かを訴えていたが、何も言うまいと目を瞑って頷いておいた。


「じゃあワシらも行くかの。アクタ、ついてこい……寂しい所じゃがの」

 フィリはヒビク達が消えていった通路とは別の通路の方へと歩き出す。結局、彼女以外に出会う事は無かった。道中に他人事のようにフィリは呟く。

「そうだ……、ワシの刻景を教えておくか。ワシが何か差し出すと、それと引き換えに刻景の中の何かを一つ消しさる。ロストタイムと言うらしいんじゃが、使った記憶もないんじゃな、これが」

 ククと笑って、彼女は話を続ける。その刻景の力が本当であれば、対人であればその話の通りであれば、エレベーターに乗る時の莫大な数字の意味も分かる気がした。であれば彼女はどれ程の物を失ってきたのだろう。

「凄いじゃろ? 凄いじゃろ? まずは身長を削っていったわけじゃな。それから色素を抜いた。そこからは何を失くしたんかもわからん。だがまぁヒビやら他の連中が記憶については教えてくれるから構わん。だからまぁワシは……」

 どれがどれだけ減ったのかは分からない。だけれど彼女は笑いながら自慢話のように自身を失って人を殺した話をしているのだ。

「だからワシは、新しい話を知りたいんじゃよ、アクタ。お前の名からは『』を抜けば新しいのアタになる。さてお前はワシの始まりの二文字になれるかのぅ。くふ、これを嫌いじゃないと言える感性はワシにも残っとるようじゃの」

 彼女が意味深に笑いながらドアを開けると、見るからに射撃訓練場と言わんばかりの部屋につく。どうやらこの階層は訓練場のようだった。入ってきた時よりもだいぶ短い距離で辿り着いたが、部屋自体はホールよりもずっと広い。射撃訓練用であろう的はともかくとして、武器種の量が尋常ではなかった。

「ついたか。失えんのは技術だけで良い、忘れるワシが教えるのも変な話じゃがな。アクタ、ワシが楽しむ為にも生きてくれ給えよ」

 彼女はズルズルと木の箱を引き摺ってきて、的の前に立つ、手には俺のホルスターから抜き取ったままのハンドガンが握られていた。

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