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三題噺もどき

夏の虚像

作者: 狐彪

三題噺もどき―ひゃくさんじゅうはち。

 お題:ココア・白線・どうして?



「…ぁっ…」

 ジワリと汗が吹きだす。

 無意識に手のひらで影を作るも、その肌をグサグサと突き刺してくる。そのまま貫通して、その奥にある眼孔さえも焼き尽くそうとしてくる。

 周囲の景色に反射した光が、そのままの速度で、むき出しの肌に襲い掛かる。

「…あっつぃ…」

 ぼそりとこぼれた声は、先と同じセリフを口にする。

 もう思考は、暑いという言葉で支配されている。家に帰りたい。

 しかし、今日はどうしても外に出なくてはいけない。休みの日だというのに。久しぶりの休日だというのに。外出して、用向きを済ませないといけない。

 もう。この暑さで出た瞬間に、どうでもよくなりそうだったが。

 どうでもいい事では決してないので、何とか外に立っている。

「……」

 さっさと車に乗ることにしよう。そして、クーラーをつけよう。そうすれば少しは、涼しくなるだろう。

 そう思い至り(ここまで来るのに1分ぐらいかかった)、玄関の前に停めている車に乗り込む。

「うわ……」

 バコッ―という音共に、運転席を開く。それと同時に、車内からむわッとした空気が流れ出る。その暑さにおされ、思わず声が漏れた。

 毎度思うが、こういう車内に残る熱はどうにかならないものなのだろうか…。軽減する方法はあるのだろうが、失くす方法。夏場の放置車両の中の暑さと言ったら、異常だろう。

「……」

 だが、今はそんな車にかまっている暇はないので、さっさと乗ってエンジンをかけることにしよう。

 今乗っているのは、割と最近の車だから、クーラーをつけてしまえば、すぐ冷える。

 その上、運転席のすぐそこに口はあるから、動かしてしまえば、暑さはどうにでもなりそうだ。

「……」

 しかしここで、はたと気づく。

 今月割とピンチなのだ。ガソリン代まで回す余裕が、ない。ないことはないが、危うい。無駄に消費するのは避けたい。―というか、単純にガソリンスタンドに行くのが苦手なのだ。

 どうしたものか…と思いはするが。どうも何も、クーラーは付けないという選択肢しかない。それが節約になるかどうかは知らないが。暑さはもう、窓を全開にして、風を浴びて、どうにかするしかない。

「……」

 はぁ、全く。

 こういう時に、金欠になるのは、本当に。

 金の浪費を抑えろと、散々あの人に言われていたのに。今日みたいな、むしむしとした夏の日に。

「……」

 さて、さっさと行こう。

 とりあえずは、飲み物が欲しい。冷たいものが、飲みたい。―ということで、先に近所の某有名カフェにでも行ってテイクアウトをすることにしよう。

 そうと決まれば即行動。予定の時間は少々押しつつある。早く動かなければ。

 口うるさいのだ、あの人は。

「……」

 窓を開け、無心で車を走らせる。

 風があるとは言え、暑いな…。やはり体調の事を考えると、つけた方がいいのだろうか。今年の夏は異常だというし。と、思考が巡り始めたタイミングで、店に到着した。

「……」

 まだ、朝の早めの時間なので、さして人は居ない。

 涼しい店内に足を踏み入れ、迷わずレジへと向かう。今日はどうしようかと、色々悩みはしたが。甘いモノが飲みたい気分だったので、アイスココアを飲むことにした―あの人が好きだった。…こういう所が浪費と言われるんだろうか。

「……」

 会計を済ませ、レシートを持ち、受取口へと向かう。

 人があまりいなかったこともあり、さほど待ち時間もなく。可愛らしい店員さんに、営業スマイルと共に商品を受け取り、車へと向かう。

「……」

 さて…。お。丁度いい時間だ。これならまだ間に合う。

 アイスココアを一口。

 こくりと、胃に流しいれ、中からも涼む。カップホルダーに居れ、エンジンをかける。

「……」

 ウィーン…という機械音と共に、窓を開けていく。

 こんな中、クーラーをつけずに、風でどうにかしているのは私ぐらいではないか?なんてことを一瞬思い、車を発進させる。

「……」

 駐車場を出て、左へ。

 アクセルを踏み、車を走らせる。

 太陽の光が強いせいか、道路に引かれている白線がやけに目に入る。

「……」

 チカチカと目に飛び込む、その白線たちが、いつもより目に入る。ただの反射だろうか。

―赤信号。

 十字路。

 横断歩道の手前で止まる。

 太い白線が、一定の間隔で何本も並んでいる。

 目の前の道路に、車は居ない。横切る車が、数台。

 す―と、奥の横断歩道に、なぜが、目が動く。

「……ぇ…」

 その上に、あの人が、いた。

「―――」

 白いワンピースをふわりと風になびかせ。

 美しい黒髪を風に任せ。

 その華奢で細い腕を、上げ。

 頭に乗せた麦藁帽が、飛ばないように、押さえて。

 ―ニコリと、笑いかけてくる。

「…どうして?」

 かすれた声が、ぽつりと漏れた。

 忘れるはずもない、あの人が。

 なぜ、そこに居るのだろう。

 あの人は―

 だって…

 あの人は―今日みたいな―夏の日に――――


 プー―――――!!!


「っ!!」

 クラクションの音が鳴り響く。

 びくりと体が浮き、勢い信号を見上げる。―すでに青信号に変わっていた。

 慌ててアクセルを踏み、直進する。


 あの人はもう、いなかった。


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