察してほしい女と察せない男
俺は、空気が読めない。
顔色が窺えない。正確には、窺っても分からない。
この日も、そうだった。
婚活アプリで知り合った女性と、めでたく交際する運びとなり、何度目かのデートをすることになったのだ。
「……ごめん」
デートの最中、いきなり立ち止まってこちらを見なくなった彼女に、俺は内心混乱しながらもそう言った。
「ごめんって言えばいいと思ってるでしょう!? 私がなんで怒ってるか分かってからごめんって言ってよ!」
俺の三文字の言葉に、目の前の彼女は突然堰を切ったように、ヒステリックに捲し立てた。
怒っていることは分かる。
でも何故怒っているかは、サッパリ分からない。
「いや、機嫌が悪いことはなんとなく分かってたよ。でも、何でもない、大丈夫って言ってたじゃん」
「はあぁ……」
彼女はこれ以上ないと言わんばかりの、超特大の溜息を吐いた。
「俺がどうしたのって訊いたら……終いには放っておいてって言ってたじゃん」
俺が狼狽えながらそう言ったところで、彼女はこれまで頑なに合わせようとしなかった視線を俺に向け、大きく息を吸い、言い放った。
「女の子の何でもないは何でもなくないし! 大丈夫は、大丈夫じゃないし! 女の子の放っておいては、一人にしないでって意味なの!!」
「…………」
……何言ってんだ?
なおも彼女は止まらない。
「デートだって私の行きたいところばっかりで、自分の意見言わないし!」
……それって、まずいのか?
確かにその通りだが、彼女の行きたいとこ、やりたいことを優先させるのって、そんなにいけないことなのだろうか?
それに、俺だって常に彼女の意見ばかりを尊重する置物だったワケではない。時には自分がやりたいことを口に出し、その上で彼女の同意を求めてきたはずだ。
「たまに言ったと思ったら焼肉食べたいとか、本当は私……あの日、卸したての服だったから臭いつくの嫌だったのに!」
「えぇ!?」
な……なんで、それを言わないんだ?
「そう思ってたのなら、どうしてその時に――」
狼狽えながらも何とかそう言うも、彼女は俺の返答を予想していたようだ。
「いつも自分から言ってたらワガママって思われるじゃん……察してよ!」
「察してよ!?」
「サイン出してるんだから、気づいてよ!」
「……サイン!?」
いつから『伝えたいが口に出すのが躊躇われる時はサインを用いる』取り決めがなされた!?
未知の領域である『男女間のルール』に初めて触れた俺が、ただただオロオロしていると――
「もういい。もう疲れた」
――彼女は先程と同じように、特大の溜息を吐いた。
「何だ、もういいのか。良かったぁ」
俺が安心して胸を撫で下ろしていると――
「イイワケ、ねーだろ!!」|
「ぐへぁっ!!」
――とてつもなくスナッピーなビンタが、俺の頬で炸裂した。
俺の名前は、茂手帯人。
三十を過ぎた、空気が読めない。女性の気持ちが察せない、モテない男だ。