第4章 「帰ってくるベムテラー星人」
そんなベムテラー星人を私が再び注目するに至ったのは、「アルティメゼクス」の本放送から数十年も後の事だった。
私はその日、特撮映画の上映に力を入れている近畿地方の名画座に、「アルティメマン」や「アルティメゼクス」の撮影裏話を語るトークイベントのゲストとして招かれたんだ。
満員御礼の客席で私を出迎えてくれたファン達の強い情熱には、本当に驚かされたよ。
再放送や映像ソフトでアルティメマンを知った若い人達も少なくなかったが、客席の半数以上を占めるリアルタイム世代のファン達の熱気は、若年層に負けず劣らずだった。
そしてトークショーの後で開催されたサイン会で、私はファン達の強い情熱を改めて実感する事になったんだ。
「成相寺監督!この堺電気館にお越し下さいまして、本当にありがとうございます!」
娘と思わしきサイドテールの女の子を連れた男性は、嬉々とした様子で私からサイン色紙を受け取っていた。
すっかり大人になってはいたけれど、その純真な目の輝きは、かつての「怪獣少年」そのままだったよ。
「京花、アレは持ってきてるね?」
「勿論だよ、お父さん!見て下さい、成相寺監督!これ、お父さんに作って貰ったんです!」
女の子がポケットのメガネケースから取り出したのは、私にとっては実に意外で、それでいて懐かしい品物だった。
「それは、ベムテラー星人…?」
狡猾そうな紫色の複眼が自己主張している昆虫みたいな頭に、平凡な背広を着用した身体。
それは紛れもなく、「アルティメゼクス」の延長放送分の敵キャラクターとして急遽作り上げた侵略宇宙人の姿だった。
「バグビトムのソフビ人形の頭部をリペイントして、着せ替え人形の男の子素体に移植したんです。娘の協力で成し得たフィギュア改造でしたよ。」
「協力と言っても、私は着せ替え人形を買っただけなんですけどね。お父さんったら、自分で着せ替え人形買うのが照れくさいからって、私をだしにするんだから…」
なるほど、有田さん達と同じ方法で改造したフィギュアという事か。
それにしても、親子二代に渡ってアルティメマンのシリーズを愛してくれるとは、特撮スタッフ冥利に尽きるという物だ。
「でも、コタツで温まっているベムテラー星人を見ていると、『宇宙人も私達と同じなんだな。』って思えてくるんですよね。お父さんに作って貰ったベムテラー星人のフィギュア、成相寺監督に御覧頂けて嬉しいですよ!」
「そうかい…それは良かったね、京花ちゃん。」
こうは言ったものの、嬉しかったのは私の方だった。
本放送終盤のエピソードに登場した事もあり、当時はあまり顧みられなかったベムテラー星人。
だが、「侵略宇宙人でありながら電気コタツで温まる」という人間臭い描写が後に語り草となり、今では当時を知らない若いファンからも親しまれている。
それを知る事が出来て、何とも報われたような心持ちだったよ。
このトークイベントの模様を、新番組の企画会議で同席した有田さんに話してみると、私以上に喜んでくれたんだ。
「そうでしたか…あのベムテラー星人も、ようやく報われたんですねぇ。にしても、バグビトムのソフビと女の子向けの着せ替え人形でフィギュアを作るとは、まるで昔の私達の再現だなぁ…」
例の親子と一緒に撮影した記念写真の画像を眺める有田さんの表情は、まるで我が子か孫でも抱く時みたいな柔和な物だった。
こないだ幼稚園に上がった御孫さんを紹介して下さった時と全く同じ笑い方だから、「有田さんにとっては、怪獣や宇宙人も可愛い我が子なんだな。」と改めて実感させられるよ。
「実はね、成相寺さん…当時のベムテラー星人のマスクパーツが、私の家に保存してあるんですよ。」
「えっ、なんですって!」
それは正に、青天の霹靂だった。
「ほら、『アルティメマンライガー』の時にバグビトムのスーツを新調したじゃないですか。それで要らなくなったベムテラー星人の頭を、『捨てるくらいなら…』って記念に持ち帰らせて頂いたんです。ベムテラー星人に改造してからは撮影にも使わなかったので、保存状態も良好ですよ。」
「私は、てっきり『怪獣供養祭』で火葬されたとばかり思っていたんですが…有田さんが残して下さったんですね。」
この巡り合わせは、単なる偶然とは思えなかった。
青春時代の私達から現代の私達に向けた、時空を越えたプレゼント。
そんな気取った言い回しが、自然と脳裏に浮かんでしまう。
「どうです、有田さん?この当時物のベムテラー星人から型取りしたレプリカマスクを被って、私や有田さんがトークイベントに登壇したら…ウケると思いませんか?」
「おっ、ソイツは良いですね!やりましょう、成相寺さん!」
この遣り取りも、なんとも懐かしい。
確かベムテラー星人が生まれたのも、今みたいに思い付いたアイデアを遣り取りした末の事だったはずだ。
「この際だから、壇上に置いたコタツに入ってトークショーをやっちゃいますか?」
「シャレが効いてますね、有田さん!それで『宇宙人は電気コタツで夢を語る』のコメンタリー付き上映をやれば、スクリーンの内と外の両方でコタツに入っている事になりますね!こうしてベムテラー星人について有田さんと話していると、若い頃を思い出しちゃいますよ。」
会話が弾んでくると、新しいアイデアが次々と湧いてくる。
それはまるで、怪獣スーツ改造のアイデア出しに知恵を絞っていた、怪獣倉庫での一時みたいな感覚だったよ。
あの時に有田さんが言っていたように、ベムテラー星人にも復活の時が訪れようとしていた。
或いは、私が気付かなかっただけで存在し続けていたのかも知れない。
特撮ファン達にとっては、侵略者にしては愛嬌のあるコタツ好きの宇宙人として。
そして私達にとっては、輝かしい青春時代の結晶として。
「若い者には負けていられませんよ。私も成相寺さんも、まだまだ青春の途中なんだから。」
私の心を見透かしたのか、有田さんの笑い声が一層に大きくなった気がする。
携帯の画像を眺めていたタイミングという事もあり、その声はまるでベムテラー星人本人からの励ましみたいに感じられたよ。