第3章 「宇宙策士ベムテラー星人の誕生と忘却」
私と有田さんが怪獣倉庫で話し合ってから、僅か数日後。
丸川プロの歴史に、新しい怪獣と宇宙人が仲間入りする事になった。
重厚感のある銀色の装甲が特徴的な、ロボット怪獣の侵略兵器カイザーJ。
そして、紫色の複眼と僅かに開いた顎が如何にも狡猾そうな、宇宙策士ベムテラー星人。
それぞれ、甲虫獣バグビトムの胴体と頭部を素体にして作り上げられたキャラクター達だ。
「これは凄い…元のバグビトムと写真を並べて見比べたなら別だけど、それぞれ別々に登場したなら気付かれる心配もなさそうですよ…」
元の着ぐるみとガラリと変わった印象には、有田さんを始めとする美術スタッフの流石を感じてしまう。
「バグビトムは死んだんじゃありません。私達の手で、新しく生まれ変わったんですよ。」
改造した着ぐるみを誇らしげに納品する時の有田さんは、何とも誇らしげな笑顔を浮かべていた。
「それにね、成相寺さん…たとえスーツが改造されて姿が見えなくなっても、怪獣も宇宙人も不滅ですよ。いつか必ず、蘇る時が来るんですから。」
この有田さんの言葉を、当時の私は「怪獣造型家としてのロマンチシズム」と素直に解釈していた。
その真意に気付くには、まだ若かったという事だね。
そんな有田さんを始めとする美術スタッフに報いようと、撮影現場の私達にも普段以上の気合いが入った。
スタジオやロケバスの中では、スタッフや役者の間で盛んに意見交換が行われ、準備稿に無かったセリフやカットが台本に次々と書き加えられた。
変更箇所を示す赤鉛筆の字が日に日に増えていく。
変化を活発に繰り返す台本のページをめくる度に、私は「台本もまた生き物である」とその都度実感した。
盛んなディスカッションの賜物としての改稿は、娯楽作として書き上げた「パルサー星人の逆襲」よりも「侵略の価値」の方がより顕著だった。
主人公のマホロバ・ユウとベムテラー星人がコタツで暖を取りながら地球の価値について論戦を交わすクライマックスシーンも、準備稿から大きく変わった所の一つだ。
当初は宇宙空間のような精神世界で激論を戦わせる予定だったが、休憩時間にロケ弁を食べている誰かが溢した、「首から下が人間と同じなら、もっと人間らしい事をさせても面白いよな。」という一言がキッカケで、今の形に改められたんだ。
私と同じ撮影スタッフか、或いは防衛チームのアルティメフォースを演じる俳優達の一人か。
今では誰が言ったかも定かではない呟きだけど、非常に大きな役割を果たした一言である事だけは確かだった。
何せ、サブタイトルまでもが「宇宙人は電気コタツで夢を語る」に変えてしまったのだから。
それに、アパートの一室という生活感に満ちたベムテラー星人のアジトというのも、幸福な偶然の産物だった。
直前にクランクアップした青春ドラマのセットが使えたのは、本当に運が良かったよ。
様々な紆余曲折はあったものの、「パルサー星人の逆襲」も「宇宙人は電気コタツで夢を語る」も無事に撮り終え、特撮ヒーロー番組「アルティメゼクス」は、当初より二話だけ増える形で完結した。
人気の高いパルサー星人が新怪獣とタッグを組んだ娯楽作である「パルサー星人の逆襲」は、子供達からも好評だった。
だが「宇宙人は電気コタツで夢を語る」に関しては、現場の私達の意気込みとは裏腹に、そこまで話題にならなかった。
アルティメゼクスはコタツで宇宙人と議論するだけで一切戦わず、巨大化するのもベムテラー星人が地球を去るのを見送るラストシーンだけ。
そんな肉弾戦も爆発シーンもない異色の展開が、娯楽活劇回と感動の最終回の間のエピソードにしては地味な印象となってしまったのかも知れない。
そして子供達の興味が次回作へと移りつつある最終回間際に登場したキャラクターという事もあり、カイザーJとベムテラー星人は、ソフビ人形の発売はおろか、児童向け雑誌や怪獣図鑑への掲載も間に合わなかった。
とはいえ、カイザーJに関しては救いがあった。
パワフルなロボット怪獣であるカイザーJは、当時の子供達にも受けが良く、新シリーズでの再登場に合わせてソフビ人形が発売され、ついには長編劇場映画の敵役である怪獣軍団の一員にも抜擢されたんだ。
だが、巨大化や肉弾戦に向かないベムテラー星人は再登場の機会にも恵まれず、そのまま忘れ去られていくかに思われた。