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第1章 「怪獣倉庫で眠る者達」

 明かりのスイッチを入れても、倉庫の中は薄暗かった。

 ただでさえワット数の低い蛍光灯にはUVカットフィルムが貼られ、窓には黒の分厚いカーテンが掛けられているのだから、無理もない。

 それもこれも、紫外線による経年劣化から、倉庫内にいる者達を可能な限り守るためだ。

 シュモクザメみたいな異形の頭部が特徴的なパルサー星人に、皮膚が鉱石みたいにゴツゴツした溶岩怪獣マグマス。

 梁から針金で吊るされる形で保存された怪獣や宇宙人達は、薄暗い蛍光灯の光によって陰影が強調され、あたかも魂が宿っているかのような凄味と生々しさを醸し出していた。

 ここは映像製作会社である丸川プロダクションの撮影所敷地内に設けられた、衣装倉庫兼作業場。

 だが、衣装倉庫という正式名称よりも、通称である「怪獣倉庫」の方が、全国の少年少女達にとって馴染み深いだろう。

 そしてそれは、我々のような製作スタッフにとっても同じ事だった。

「随分と急な話ですよね、成相寺(なりあいじ)さん。こないだクランクアップした『アルティメゼクス』を、もう二話分だけ新たに撮影するだなんて。後番組の『アルティメットエリア』、そんなに製作スケジュールが遅れちゃっているんですか?」

「特撮シーンやアクションシーンは滞りなく撮れているんですが、ドラマパートがねぇ…何しろ捜査班長を演じて下さる予定の丹後(たんご)さんが、国営放送でやってる『赤穂の男達』に吉良上野介としても出演されていて、そっちの撮影が押しちゃっているみたいなんです…丹後さんの登場シーンが少なくても何とかなるよう、シナリオ修正にてんてこ舞いですよ。」

 一緒に怪獣倉庫へ立ち入ったスタッフ仲間に応じながら、私は軽く肩を竦めた。

 怪獣ブームの起爆剤となった「アルティメマン」を第一作とするアルティメシリーズは、初代のコンセプトである巨大ヒーロー物を踏襲した第二作「アルティメゼクス」も高評価を受け、第三弾「究極地帯~アルティメットエリア~」を製作するに至った。

 高視聴率を叩き出したアルティメシリーズには放送局も好意的で、映画や大人向けドラマでも人気の高いベテラン俳優を紹介して貰えたのは有り難かったが、そのキャスティングが裏目に出てしまうとは…

「特撮監督だけじゃなく、成相寺さんは脚本も担当されていますから、気苦労が絶えんでしょう。私なんかは、ここ最近は『アルティメットエリア』の怪獣造形にかかりっきりだからね…『アルティメゼクス』の事が随分と懐かしく感じられますよ。このユフラテ星人を作った頃には、まだ『アルティメマン』が放送していたんですから…」

 一緒に倉庫へ入ったスタッフ仲間は、梁から吊るされている着ぐるみの一体を愛おしそうに撫でていた。

 怪獣のデザインやスーツの造形を手掛けている有田得生(ありたとくお)さんにとって、ここにいる怪獣達は我が子も同然の存在だ。

 丸川プロダクションで特撮監督を務める私にしてみても、怪獣達の着ぐるみを眺めていると、彼らに連帯感と戦友意識に近い感覚を抱いてしまう。

 だからこそ、此度の怪獣倉庫の訪問には葛藤めいた物を感じてしまうのだ。

「すみません、有田さん…有田さんの造形して下さった怪獣を、改造する事になってしまって…オマケに、『アルティメットエリア』の造形でお忙しいというのに…」

 放送ストックが溜まっていない後番組の穴埋めとして、急遽決定された二話分の放送延長。

 完全新規の怪獣スーツを造形するには、時間も人手もまるで足りない。

 そこで我々は、既存の怪獣スーツの改造という苦肉の策を取るに至ったという訳だ。


 止むを得ない事情だと、頭では分かっている。

 そうはいっても、撮影現場で苦楽を共にした怪獣達のスーツを改造してアイデンティティを損なってしまうのは、何とも申し訳なくて遣る瀬無い。

 造形師の有田さんへは勿論、梁から吊るされた怪獣達に一体ずつ頭を下げたくなるような心持ちだ。

「そう御自分を責めないで下さい、成相寺さん。怪獣スーツの改造なんて現場判断でやって頂いても構わないのに、『造型して下さった有田さんに、無断で改造なんて出来無い!』って私にお声を掛けて下さったんですから。造形家冥利に尽きるって物で、むしろ感謝しているんですよ。」

 私よりも少し年上の造形家の声色は、穏やかで優しかった。

 新米の美術スタッフの中には、有田さんを兄貴みたいに慕うのもいるとの事だけど、それも頷ける話だったよ。

「それに改造される怪獣だって、きっと喜んでいるはずです。『また一暴れ出来る!』ってね。私の造形と成相寺さんの脚本で、新しい生命を吹き込んでやりましょうや!」

 先程までと変わらぬ気さくな口調と表情だが、眼差しだけは射るように鋭い。

 それは自身の創作物に真摯に取り組む、直向きで情熱的なクリエイターとしての眼差しだった。

「有田さん…はい!やりましょう!」

 返答の声は、自分でも驚く程に張りがあってよく通る物だった。

 どうやら有田さんの情熱にあてられて、私の魂にも火が着いたらしい。

 一人の創作者として。

 そして何より、「特撮テレビ映画」という同じ夢を追う戦友として。

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― 新着の感想 ―
そういえばタロウが一話だか多いのはレオの方の撮影がどうだかこうたらな事情があったとかな事を聞いた覚えが。 それにしてもねぇ。 事情によっては改造もしなければいけませんよね。 というか個人的には、だ…
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