07-02 月光の如く輝く剣
「おおおお、落ち着けお前ら。ただの鳥だ。 ……てか、苦しい！ 死ぬ！」
可愛らしく両足にしがみ付くちびっ子2人と、ガッツリと首元を締め上げてくるティンク。
頸動脈が圧迫されだんだんと頭がクラクラしてくる――てか何で首に抱きつくんだよ！？
目の前が真っ暗になる前にどうにか3人を振りほどく。
「お前らなぁ……。いくら暗くて不気味だって言っても、所詮初心者向けのダンジョンだぞ。仮にもプロの便利屋がこんな事でビビッてたら仕事になんないだろ」
3人を置いてとっとと先へと進む。
慌ててついて来る3人。
俺たちがやって来たのは街の北側。
川を渡った少し先にある"コズメズ密林"
"コンビエーニュ森林"に継ぐ初心者向けのダンジョンとしてモリノでは割と知られた場所だ。
出現する魔物はコンビエーニュとさほど変わらないけれど、取れる素材は明らかにあっちの方が上。
さらに街からも少し離れているため、わざわざ足を運ぶ人は殆ど居ない。
しかも昼間はともかく――夜はそれなりに注意が必要だ。
コンビエーニュとは違い、ここは……出るという噂だ。
アンデット系の魔物。
相手がアンデットとなると、普通の装備では太刀打ちできないし街の運送業者が嫌がるのも納得が行く。
「それにしても……本当にこんな森の中にお屋敷があるんですかね？」
「ここって仮にもダンジョンなんですよね？」
いつの間にか俺の後ろにぴったりとくっついて隠れるように歩くちびっ子2人。
「あぁ、一応事前に調べてみたけれど本当にあるみたいぞ。シャバキオ家の別邸だそうで、人嫌いだった前の当主が人の来ない所に篭りたいって事で建てたらしい」
「偏屈な人が居たものねぇ」
ちびっ子たちのさらに後ろからギュッとくっついて歩くティンク。
口だけは偉そうだが、完全にビビッてんじゃねぇか。
その時、動物でも居たのか背後の草むらが音を立てて揺れる。
「きゃーー！」
悲鳴を上げて後ろから飛びついてくるティンク。
その拍子に、木の盾ちゃんの盾の角が俺の尻の割れ目に深々と刺さる。
「痛ぇーー！」
「ご、ごめんなさいご主人様！」
……
「あのな。アンデッドが出るとは言え、所詮は初級の魔物ばっかだって話だ。リッチーやヴァンパイアが襲って来る訳じゃねぇから。ちゃんと準備さえしてればそこまで怖がる事もない。パニックになって慌ててる所を襲われるのが一番危ないんだ。とにかく、何が出てきてもまずは冷静にな！」
3人を整列させ、便利屋の主としてしっかりと冒険の基礎をレクチャーする俺。
思いのほか真剣に、じっと黙って話を聞く3人。
こりゃ完全にビビッちゃってるな……。
ここはパーティー唯一の男として頼りがいのある所を見せてやらねばなるまい。
「まぁ、そんなにビビんなくてもいざとなったら俺がどうにかしてやるから――」
「マ、マグナス……！」
俺の話を遮り、ティンクが引きつった声を上げる。
「ん？」
その隣では木の盾ちゃんが目と口を大きく開いて今にも卒倒しそうな顔をしている。
「ご主人様……う、 う し ろ」
麻の服ちゃんが、震える唇で何とか声を絞り出す。
「ん？ 後ろ？」
そっと振り向くと……
『ォ……オオオォ……！』
「でたぁぁぁーーー！！」
到底人の物とは思えない、腐敗した浅緑色の皮膚。
所々肉が溶け落ち中の骨が見えている。
毛髪はまだらに抜け、その顔には目が片方しかない。
――ゾンビだ！
「キャー！ ゾンビ！！ 助けて木の盾ちゃん！」
「む、無理です！ 私アンデッド耐性ゼロですよ！」
「わ、私なんか物理耐性以外、毒、呪い、その他諸々ゼロよ！」
パニックになって今にも泣き出しそうなちびっ子2人。
「お、おちおちおちおち、おち、おっつ―――！」
「アンタが一番焦ってんじゃない！ 落ち着きなさいよ！ ロングソードさんから紹介してもらったアイテムがあるでしょ！」
ティンクにガックンガックンと肩を揺すられ首がメリッとなる。
その痛みで冷静さを取り戻す。
――そ、そうだった！
懐から、青白く輝く液体の入った香水瓶のようなポーションを取り出す。
……今回の仕事にあたり、事前にロングソードさんに護衛を相談した。
けれど、ロングソードはアンデットに対してあまり有効ではないとの事で、今回は力になれないだろうと苦言を呈されてしまった。
代わりに、ロングソードさんの後輩だというあるアイテムを紹介してくれたのだった。
アンデットに特効があり今回の任務には"本来"うってつけだというアイテム。ただ……
『腕は確かなのだが……。滅多な事は無いと思うが、もし迷惑をかけてしまったらすまない。その時は私に言って欲しい』
何だか歯切れが悪いロングソードさんの態度が少し気になった……
『オオ……オォォォー！！』
ダラダラと涎を垂らしながら、黄ばんだ歯をむき出しにして襲い掛かってくるゾンビ。
他はボロボロなのに歯だけは随分と丈夫そうじゃねぇか。
噛まれたらただじゃすまないだろうな……。
意を決してポーションを地面へ投げつける！
淡い光がその場に広がり、真っ白なハーフプレートに身を包んだ可憐な女性が姿を現す。
満月に照らされる雪原のように青白く幻想的な長い髪。
それを後ろで1つに束ね、前髪は大きく垂らしている。
どこかロングソードと似た雰囲気がある騎士ふうな見た目だけれど、その手に持っている剣はロングソードとはまた違った輝きを放つ。
ロングソードの放つ凛々しく鋭利な光とは違い、淡い月明かりのように優しくどこか幻想的な輝きを放つその剣は――
"シルバーソード"
